プロローグ
讃えよ 蹄の軌跡
喰らう者は 海の屋根色
御者台の乙女 沼に住む獣の眷属
木の壊し手と共に 大いなる天球を駆ける
いにしえの大地に 乙女の加護あれ
ふたりの息子達が 黄昏を引き連れる刻まで
***
昼過ぎまで降っていた雨はとうに止み、青色を追おうとする橙の光が、そこにいる人々の黒い服をどうにか色彩に染めてやろうと手を伸ばしていた。遮られれば途端に自身も黒色の影を広めるだけだというのに、その弔いに参加した人々の喪服を、物言わぬ石板を、刹那の温もりで触れようとする沈み際の陽光。
国の礎たる尊い犠牲も、今となっては単なる石碑。整然と並んだ終末の記録に、今日、新たな頁が加えられる。
少し背丈の高い芝も名残の露が重たくて、新鮮な花が供えられたばかりの真新しい大理石板に頭を下げる。
ハンカチで目頭を押さえすすり泣くのは貴婦人達で、俯き肩を震わせているのは故人の同僚であった剣士団員ら。皆が悲しみに暮れる中で崩れ落ちそうな体を互いに支え合う老夫婦は、愛しい息子ばかりでなく、流すことのできる涙さえ枯らし失っていた。
黒の集団からおもむろに進み出たのは、銀色の髪の少年。年の頃は十二、三といったところだろうか。幼くか細い体には、質の良い黒の礼服は不思議なほど似合い、大人達の視線を一手に背後へと受けながら、彼はまるで動じる様子もない。
泣くこともせず、じっとその墓を見つめて佇む少年。葬列が歩む意味を知らない年齢ではないだろう。だが彼は、仮面を被ったが如くひたすらに無表情であった。
静かに跪く、たったひとり。小さな手指がなぞる文字列は、名誉の殉死を遂げた剣士を称えるための美しく陳腐な詩と、彼が永久の旅路へと踏み出した日付。
剣士の命日としてそこに刻まれた日付は、この国の第一王子の二十二回目の誕生日だった。月の綺麗な晩……祝いの席にて暗殺者の手から王子を救った護衛は、次期の剣士団長を期待されるほどの将来有望な若者であり、王子自身にとって無二の友でもあった。
無慈悲なる死よ 汝の吐息は蒼く冷たい
しかし見よ この勇猛なる若者の焔の如き生を
彼の者は真実に生き 忠義に散った
忘るるなかれ友よ 彼の者が遺した希望を
戦士アルジズ ここに眠る
雨上がりの湿った風にさらわれた銀髪を気にする風もなく、小さな唇を噛んだ少年の名は、ウィアド・アルスヴィズ。
前途ある若者の死を悼む詩と共に墓碑に刻まれた日付は、彼ウィアドの二十二回目の誕生日だった。
あの日ひとりの剣士が死んだ。そして王子も、また。