第一目録 偽ざる世界で
登場人物紹介
朝霞 しいな
かつて東京博物館にて約百人を展示されていた童子切安綱にて斬殺。
混乱に乗じて数多の刀を盗み出した。
幼少の頃のトラウマのせいで、
生きることに消極的。
誕生日の三日前に、
謎の現象に巻き込まれた。
物語が進むと確実に崩れるキャラ。
三船 怜嘩
しいなの妹。
少し天然。
両親の死後、まだ幼い怜嘩を三船夫婦が養子に引き取った。
高野 和明
しいなが初めて楽園で出会う魔術師。
西洋魔術を扱う集団、
黄金の夜明け団に所属している。
嶽兎とは犬猿の中。
神劉 綾乃
しいなが通う高校の会長。
最強と名高い最強の人。
ネタ発言ボケ発言を連発する。なにかと常識が通じない。
楽園に関係はないようだが?
神劉 嶽兎
綾乃の兄。
調子のよいシスコン大魔王。
女性に甘いが辛く当たられる宿命を背負った熱いやつ。
時雨 渚
しいなに一目惚れした一年の、
図書室の死神こと図書委員。
黒魔術師にして一級の戦士。
十宮 尊
ハイテンションなマシンガントークガール。
そしてクラスメイト。
動いていないと落ち着かないらしい。
本人曰く、
綾乃を神が如く崇め姉のように慕っているらしい。
天敵は嶽兎。
必殺技は必殺。
神崎蛍
副会ちょー。和明と知り合い+片想い(?)中。
真面目なまとめ役。
『お堅い感じだが、打ち解けると柔らかいぞ。特に胸部あたりが』
というのは和明談。
リーゼリット
堕ちた黒き熾天使。
閉鎖空間内にて縛られている。
骸
楽園に蠢く異形の存在。
黒翼を持つ。
聖天使
背に黄金の翼を持つ異形の天使。
閉鎖空間内の四隅、
中央部にそれぞれ配置された塔に居る。
聖なる御名は
『ラファエル』
『ジブリエル』
『ミハイル』
『ウリエル』
『ケルビム』
『ラグエル』
『ザラキエル』
用語解説
童子切安綱・・・
源頼光が酒天童子の首を跳ねたと言われる妖刀。
グリモア・・・
魔術書。
『ソロモンの鍵』等。
閉鎖空間・・・
しいな達が無意識下に召集させられた異空間を勝手に呼んでいる名。
七つの大罪・・・
『傲慢』(ルシファー)
『怠惰』(ベルフェゴール)
『強欲』(マモン)
『憤怒』(シャイターン)
『嫉妬』(リヴァイアサン)
『暴食』(ベルゼバブ)
『色欲』(アスモデウス)。
()がそれぞれ対応する堕天使(悪魔)。
熾天使・・・
天使の最高位。
智天使・・・
第二位。
堕天使・・・
神によって天界から追放された天使。
(ルシファーや、グリゴリなど)
また、天使の突然変異というケースもある。
堕天戦争・・・
天使軍と悪魔、堕天使軍の戦争。
ソロモン・・・
イスラエル王国第三代の王にして最盛期を造り上げた人物。
神に授かった叡智(指輪)で悪魔七十二柱を従えた賢人。
グリゴリ・・・
堕天使の集団。
その意味は『監視者』。
代表的な者ではシュミハザ。
誕生日より三日前――。
放課後の中庭はやけに静かだ。
「ふぅ・・・」
設置してある自販機で購入した、中身を飲み干した缶を近くのゴミ箱に放り込んむ。
・・・外れた。
虚しく音を立てて、
空き缶が転がっていく。
ボクは悪態をつきながら、のろのろと自販機前のベンチから立ち上った。
(なにやってんだろうな・・・)
気だるげに、
まだゆっくりと転がっている空き缶を、腰を曲げて手に取る。
缶に描かれた渋いおじさんがボクを見つめている・・・。
このデザイン、ボクは何となく好きだ。
もちろん、味も好き。
やはり、缶コーヒーはBUSSに限る。
なんてことを考えながら缶を握り潰し、ゴミ箱へ投下。
ベンチに立て掛けておいた、布で巻かれた細長い荷物を肩に担ぐ。・・・。
空は果てしないな・・・。
こうして空を仰ぐと、
実に自分の小ささが解る。
いや。痛感する、というべきか。
まったく、どうして自分は生きているのだろう。
こんな、下らない人間が。
・・・。
いや。
そんなこと、別にどうでもよいか。
頭を振って雑念を追いやる。
こういうときは、軽く流すのが一番だ。
あまり考えすぎても、ただ疲れるだけ。
最近、そう思い始めた。
どうせ、答えは見つからない。
・・・ボクはどうにも、ネガティブらしいな。
微かに笑い、荷物をもう一度担ぎ直した。
再度、雲一つない悠久な空を眺める。
・・・ああ。
世界はこんなにも広いのに。
ボクはいつも一人だ・・・。
・・・。
5時を告げる『ふるさと』が鳴る。
・・・おっと。
少し長居し過ぎたな。
校門の方へと足を向ける。
微かに胸に疼く、何故か寂しい気持ちを捨てながら。
「あーさーくーんっ!一緒にかえろーうよっ!」
校門を出てすぐ、後ろからボクを呼ぶ元気な声が聞こえてきた。
・・・はて。
ボクと一緒に帰りたがるような女子はいただろうか。
不思議に思い振り返ると、
綺麗な長髪を振り乱して校門へと疾走している生徒が目に入ってきた。
・・・ああ。あいつは確かクラスメイトの十宮と思った時には小さかった彼女の姿は大きくなっていた。
目算距離50メートルを一瞬で駆けたことになる。
目の前にまで迫ったというのに、彼女は止まる気配を見せない。
・・・寒気がする。
そして、笑顔のまま一気に低くまで身をたわめて・・・。
「おい十宮、なにを・・・」
――――跳躍。
「必殺・真超絶暗黒スーパーサンダー神雷稲妻烈龍電ラ〇ダーアンキィィィィィック!!!!」
さらりと避けた。
「ふぇ・・・?」
そして、目標を失った少女は巨大な校門の柱へと・・・。
――――なにかが拉げる音がした。
・・・。
帰ろう。
そう思って、一歩足を踏み出す。
「ま、待ってください・・・」
ガッ、と墓から蘇ったゾンビよろしく足を掴まれた。
振り解こうとしても、信じられないほどの力で握られており、身動きがとれない状態だ。
・・・まさか引きずっていくわけにもいかない。
一つ嘆息。
「・・・解った。解ったから早く立て。そして血を拭え。今のお前の姿を見たら救急車を呼ばれるぞ」
まるでトラックに轢かれたかの様な姿だ。
というか救急車を呼んだほうがいいのか・・・?
「・・・流石朝君、我が十宮家に伝わる千人殺しの必殺をかわすなんて、私の見込んだ男だけはありますね」
よっこらしょ、と立ち上がりハンカチでだらだらと流れる血を拭う十宮。
「ちょっと待て。お前、いきなりボクにそんなリアルに危険な必殺をかましたのか?そしてお前の祖先は何ライダ〇だ。
それともアン〇ンマンか?あとネーミングセンスの欠片もなかったぞ。というかお前よく生きてるな」
「ふふ。私にとって唯一の不幸は技が『必殺必中』でなかったことです」
「そうか、それはボクにとっての幸運だ。というか質問に答えろよ」
「そういえば朝君、今日もかっこいーですね(笑)」
「いろいろ言ってやりたいが、まずは言葉のキャッチボールをしようぜ十宮」
「バットとグローブならありますけど?」
「意味が伝わってない・・・。十宮、そもそも根本的に間違っていると思うが、その二つで何をするつもりだ。そしてどこに隠し持っていた」
「いやですね、朝君。ご都合しゅ」
「それ以上はまずいからな!」
慌てて十宮が言い終わるまえに口を挟む。
この野郎・・・。どさくさに紛れてなんてことを口走りやがる・・・。
「ふぅ。まあいいです」
「おい、今の溜息はなんだ」
いちいち面倒なやつだ・・・。
紹介が遅れたが、こいつは十宮尊。(とみやみこと)
我がクラスメートである。
新学年、春早々から教室の隅に一人でいたボクに、なにかと絡んできた物好きだ。
この学校で唯一、ボクと普通に話をする生徒とも言える。
人とあまり関わりたくないと思っているため、かなり迷惑に思っていたが、それを一か月ほど繰り返せば
次第に慣れてくる。
「とりあえずかえりましょう」
「辿り着くまで長かったな」
再び、嘆息。
「ま、いつものことか・・・」
「そうですよ」
間違っても胸を張るところじゃないからな。
「じゃ、とりあえず」
ボクは今日初めての笑顔を浮かべて、言った。
「・・・一人で帰れ」
その後、数多の必殺を浴びせられかけたのは言うまでもない。
都市部には珍しく、ほとんど舗装されていない川に沿って、
ボクらは帰路に着いていた。(ちなみに力に屈した訳ではない)
川の名前は忘れたが、この辺りで一番大きい川だったと記憶している。
そのため、隣、というか川に合わせて広々とした公園が作られている。
将光学園のとなり、ちょうど東門から出ると公演の入口となっている。
いつ来てもカップルや、家族連れで賑わっているらしい。
「・・・で、なんですよ!」
十宮の口から次々と放たれる会話をことごとく聞き流し、
ボクはそんなことを考えていた。
「もー!麻君、ちゃんと聴いてますか?!」
ボクがあまりにボーッとしすぎていたため、これまた恒例だが、
磁器のような頬をぷくっと膨らませる十宮。
お前はフグか。
「わるかった。(棒読み) あとお前、今何かを間違えただろ」
「こころの籠った謝罪ですね。<KBR>尊は満足ですよ」
満足そうに笑顔を作る尊。
相変わらず解らんやつだ。
などと思いながら、尊の笑顔をじっくりと眺める。
こうしていると、なかなか可愛いやつだな、などと失礼なことが(事実だが)脳裏を過った。
「あ。いま朝君私に惚れましたね?」
なんでそうなる。
「馬鹿言え。天地がひっくり返っても、あり得ないな」
「えー! ・・・・・・そこまでですか」
少し、声と表情が曇ったことにボクは気付かなかった。
「当たり前だ。そもそも、ボクみたいな人殺しが誰かに好かれるかよ」
つい。
ボクはつい、いつものように。
ふっ、と自嘲気味に鼻で笑った。
「・・・そんなこと。そんなことないと、尊は思います」
立ち止まって、今度は悲しげな微笑みを浮かべる尊。
・・・ああ。
また、やってしまったな・・・。
別に、ボクがどうなろうとどう思われようと、そんなことはどうでもいい。
ボクは尊を無視して歩き出す。
いくら教室の陰に居たって、誰か――――――そう、例えば尊みたいなお節介―――――は話しかけてくる。
決まって、友好的な、人懐っこい笑顔で。
昔は、まだボクだって邪険に扱ってなんかいなかった。
むしろ逆――――嬉しかった。
『ボクにも、友達ができるかも・・・』
そんな風に思った。
でも、結局は、ボクは『自分自身で』それを壊してしまう。
昔、ボクをともだちだと言って左指を介抱してくれたお人好しは、二度とボクと話すことはなかった。
最初こそボクを気遣ってくれた兄は、父に加担するようになった。
優しかった母は死んでしまった。
・・・いや、みんな死んだ。
名も覚えていないともだちも父も兄も母も。
で。
・・・ボクが殺した、らしい。
記憶すら曖昧で、いまだにボクの心を苛む・・・。
だが朧気な記憶とは別に、確かに言えるのは。
あの日からボクに話しかけるのは怜嘩と三船夫婦だけになったということだ。
・・・それでも恵まれているほうだろう。
みんな、ボクを人殺しと畏怖した。ボクから離れていった。
――――別にどうでもよかった。元に戻るだけだから。
だが、事件のあと、気に掛けてくれた子がいた。
だが結局、虐めを受け、悪くもないのに追い込まれた彼は転校してしまった。
・・・だから、ボクは誰かにボクのことで悲しい思いをしてほしくない。
こんな存在に、気を掛けてほしくない。
そう思うようになった。
・・・だから、陰にいた幼い少年は殻に閉じこもるようになった。
誰とも接しないように。誰かに不快な思いをさせないように。
・・・そして誰かと接するのが怖かった。
ああ・・・。
嬉しかったんだ。
尊がボクを人殺しと知って尚、話しかけてきてくれたことが。
・・・甘いんだよ、ボクは。
「朝君!」
後ろから尊が叫んだ。きっと、笑ってる。
「明日・・・また明日、学校で!」
慣れすぎたんだよな・・・きっと。
ボクは耐え切れず、彼女を見ることなく走り出した。
「ふぅ・・・」
住んでいるアパート前の信号で、ボクは詰まっていた息を吐きだした。
先ほどの公園、川沿いの道からはそれほど離れていないが赤信号だ。
「十宮のバカが・・・」
滲んだ涙を乱暴に拭い、ずってきていた荷物を担ぎなおした。
なんで尊が、冷たいボクにあそこまで纏わりついてきたのか、少し解った気がする。
「くそ・・・」
涙が止まらん・・・。バカのお人好しが・・・。
ボクが飽きずに自然と学校に向かっていたのは、あいつのおかげだったのだろう。
明日、あいつに謝らなければならない。
それと、お礼。
・・・。 あいつにお礼か。なんか、笑われそう。
でも、本当に気を遣ってほしくないのなら、そうするのが一番だよな。
と、少し言い訳がましく自分を納得させ、可笑しくなって少し笑う。
・・・と、向いの信号が点滅し始めた。
どうやら、ずっと考えすぎて青信号を逃してしまっていたようだ。
「ボクらしくもないな・・・」
車が来ていないのを急いで確認して、ボクはそそくさと横断歩道を渡った。
☆―――★―――☆―――★―――☆―――★―――☆―――★―――☆―――★―――☆―――★―――☆―――★―――☆―――★―――☆
「・・・ただいま」
誰も居ない小さな部屋に、ボクの声が吸い込まれていった。
「おかえりー」
そして返ってくる返事。
・・・は? そんなバカな・・・。
ボクは一人暮らしだ。
・・・幻聴?
多分、違うと思う。
というか流石にこれは違っていて欲しい。
誰だ・・・まさか泥棒!?
・・・もないな。
盗まれるようなものもないし、そもそも返事をする意味が解らん。
・・・。
荷物を担ぎ直し、唾をゴクリとのみ込む。
そして、意を決し、恐る恐る歩みを進める。
ドアに手を掛け・・・おもむろに開く・・・!
かくして現れたのは・・・。
「はろはろー」
泥棒でもゴーストでも妄想の具現体でもなかった。
そこに居たのは・・・。
「あ、綾乃!?どうしてここに?!」
そう、我が将光学園生徒会長だったのだ・・・!
「どうしてここに、はないだろう?つれないぁ、しいな(はぁと)」
「やめろ!可愛いことを言ってるように見せかてスタンガンを構えるのはやめろ!」
「ふふ、しいな。そんなに脅えることはない。優しくしてあげるから・・・」
「優しくしようが変わらねぇよ!あと慈悲深そうな台詞のわりに顔が怖いよ!」
というかお前も質問に答えろよ!
尊といいコイツといい、ボクの周りにまともな奴はいないのか?
「くふふ。私を置いてかわいー女の子と帰った罪、死を持って償うといいわ」
「待て! おまえ何故それを!? そしてスタンガンで殺る気なのか!?」
じりじりと不敵な笑顔でにじり寄ってくる幼馴染。
「ふ・・・しいな。おまえが一度だってこの私に隠しごとを隠しきれたことがあったか?」
勝ち誇った笑顔を浮かべる、生徒会長神劉 綾乃。
彼女とは幼馴染・・・というか腐れ縁というか・・・。
とにかく昔から接点があるのだ。
ある時はドスラン〇スを狩りにでかけ、またある時はゾンビを殲滅する手伝いをしたりもした。
現世に蘇った酒天童子を狩ったりもした。
・・・とにかく尊とは違った意味ではちゃめちゃなやつである。
(事実何があったのか、それともゲームの話なのか。そこは想像にお任せする。
ただ苦労したとだけ伝えておこう)
そんなわけで、長い付き合いがあるのだが、悔しいことにボクは一度として隠し通せたことがない。
「――――かわいー女の子といちゃいちゃして甘い言葉を投げかけ肩を抱いてたよなー?」
だがそんな事実は認められない。
「・・・と語尾につける筈だったんだが・・・」
・・・。
「・・・本当に『可愛い女の子』と帰ったようだな・・・!」
笑顔が怖い・・・。
どうやら、鎌を掛けられたようだ。本人にその意思はなかったようだが。
(墓穴を掘るという)
「べ、別にいいだろ・・・。特になにかあるわけでもないし」
「・・・ま、それはそうなんだけどね・・・」
と、冷静さを取り戻した顔でスタンガンと、ついでにサバイバルナイフをポケットにしまった。
「しいながモテる筈がないし・・・」
さらりと失礼なことを言うんじゃない。(事実だが)
「まして、いちゃいちゃはないぜ、綾ちゃん」
と、部屋の奥から第三者のイケメンボイスが。
「・・・嶽兎も居たのか・・・」
ボクは疲れたように呟く。
「ふ、当たり前だ!綾ちゃんの居るところには嶽兎ありと覚えておけ!」
ボクの部屋なんだが・・・。
言っても聞かないのは解っているので、あえて黙っておく。
それがこの、神劉兄妹なのだ。
自他諸々全員が認めるシスコン大魔王。
そして妹の世界最強の生徒会長。
そしてこの街で知らないものはいないと言われる、鬼殺し伝説の残る名家の後継ぎだ。
話が少し戻るが、我が家系が神劉家と親しかったために、二人とは幼少より接点があるのだ。
でなければ、ボクみたいな人間が話せる立場の人ではない。
とはいえ・・・。
「出て行け」
少し怒気を孕んだ声に、
「「はい・・・」」
しょんぼりと肩を落とし、兄妹は玄関を潜って帰っていった。
・・・。
何しに来たんだ・・・。
扉が閉まる寸前、綾乃が慌てて引き返してきて、
「しいな! ・・・元気そうでなにより」
微笑み、言うだけいって、今度こそ玄関から姿を消した。
・・・。
嶽兎にからかわれ、怒っている綾乃の遠ざかる声を聞きながら、ボクはしばらくそこから動けなかった。
バカやろー・・・。
確かに久しく会っていない。
最後に会ったのは、一年の終業式か。
ずっと避けてきていたが・・・。
尊のせいもあり、今日は昔通り接することになった――――できた。
ボクも少し、変わったのかもしれない。
いや、寂しくなりはじめたのかもしれない・・・。
――――ともかく・・・。
あいつらどうやってボクの部屋に入ったんだ・・・?
不可解な謎に頭を捻りながら部屋に入ると、
何やら空腹感を刺激する良い香りが、ボクの鼻腔をくすぐる。
つられて小さなテーブルを見ると、なんとも旨そうな料理が置かれていた。
「気にしなくてもいいのにな・・・」
サランラップを外し、食欲のままに唐揚げを口に放り込む。
・・・ああ。
急に、皆どうしたっていうんだ。
また、お礼を言わなきゃいけないじゃないか・・・。
少しは・・・。
心を開いても、いいのかもしれない。
『おにいちゃんは、優しすぎるんだね・・・』
いつだったか、怜嘩はボクに言った。
どれだけ意識して避けても、普通に接せられると無意識のうちに普通に接してしまう。
それを怜嘩は優しいといった。
本当は、ただボクが弱いだけなのに・・・。
・・・。
制服を脱ぎ棄て、ラフな格好に着替えたボクは、少し早い食卓に着いていた。
「うむ。旨い」
誰にともなく呟く。
綾乃も料理ができるようになったのか・・・。
ふと遠い日のことを思い出すと、
上手に切れないと半泣き半ギレで包丁を振り回していた少女の姿が脳裏に蘇る。
兄の嶽兎は三人の中で一番器用だった。
だから綾乃に集中的に狙われ、嶽兎の微塵切りサラダが食卓にでたんだったな・・・。
・・・。
懐かしい思い出なのに、微笑ましくない・・・。
苦笑しながら、サラダに箸を伸ばす・・・。
――――ボロッ・・・。(炭登場)
・・・。
適当な物を箸でつかみ持ち上げた瞬間、ボロボロと崩れた。
形状的に、短冊切りされた・・・されていた人参と踏んだ・・・!
だが、なぜ人参(多分)が炭化してるんだ?
人参(?)に何をした・・・?
なんだか、突然心配になってきた。
盛られていたレタスを慎重にのけると・・・。
『超・木端微塵切り』にされたキャベツ(色とサラダという一般イメージ的に多分)が現れた・・・。
・・・。
切りすぎだろ・・・。
消しゴムのカスの方がまだデカイじゃないか・・・。
レタスはカムフラージュだったんだろうな・・・。
多分、嶽兎がどうにか見れるものにしようとはしたんだろうな・・・。
・・・。
もう、何が出てきても驚かないぞと心に誓い、
たんまりと盛られたキャベツを口に放り込む。
うん、この味はキャベツだ。
少し安心し、さらに味気ないキャベツを食べると、キャベツの山から卵が現れた。
まるで、巣の中にあるみたいだ。
面白いな、と思い、卵を手にとる・・・。
ああ。
これは驚いた・・・。
どんなびっくり食材(例えば空飛ぶアンパン)が来ようが驚かないつもりだったが・・・。
この卵は『生だ』・・・。
普通の食材を普通に調理出来ないことに驚いたは・・・!
せめて茹でようぜ・・・。
嘆息し、再び苦笑。
ま、あいつらの気持ちが籠ってるだけに、無暗に怒れないな・・・。
・・・。
にしても、なんだこの卵は・・・。
妙に温かいし、振動してるし・・・。
突如、携帯のバイブルが鳴る。
自分の携帯の番号を知ってるのは数人だが、はて誰だろう。
画面を確認すると、綾乃だった。
何用だろうと思いながら、電話にでる。
『もしもし?しいなか?もう料理に手をつけたか?』
妙に切羽詰った慌てた声なので、少し怪訝に思ったものの、感想が気になるのだろうと思いなおし、
「ああ、旨かった・・・」
人参が炭になってたけどな、と言おうとしたが、
『ああ、遅かったか・・・!』
「?どうゆう・・・」
がちがち・・・。
なにか硬質な物体が噛み合う音がした気がするが、自分に関係はないだろう。
『くそっ、卵は?!卵はどうした?!』
がちがちめきめき・・・。
卵?
ボクには綾乃の言いたいことがまったくわからない。
何を焦っているのやら・・・。
「おい綾乃、なんか雑音が・・・。まあいいか。ああ、あの卵な。それなら、ボクの手の中で・・・」
視線を落とす。
・・・ん、卵は?
・・・。
がちがちばくばくむしゃむしゃむしゃむしゃ!!
・・・。
ごしごし。
「テーブルの上で料理や皿を食ってるよ」
・・・意味が解らんは!!
と絶叫しかけた。
『気をつけろ!その卵はただの卵じゃないぞ!!最強最悪の暴食卵・・・パンドラエッグだ!!』
なんだその危険なモンスターエッグはぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!????
とまた絶叫しかけたが、耐えた。
ボクは冷静でネガティブなキャラなんだから・・・。
「・・・」
ちょうど卵の中心の割れ目――――恐ろしく鋭い牙の生えた口―――で目に着くもの全てを食べ尽くした卵と目があった。(眼はないようなので、そんな気がした)
『安心しろ、奴はターゲットにしたもの全てを食べるが見つからなければ食われることはない!』
綾乃がなにか言っているが残念ながらもう遅い。
携帯から流れる綾乃の声も、もうろくに聞こえない・・・。
・・・。
卵がにやりと笑った・・・。(ように見えた)
嫌な汗が背を伝う。
そして・・・。
「あ、綾乃のバカ野郎ーーーーーーっ!!!!」
急いで反転、ボクは全力で部屋から逃げ出したーーーーっ!
☆ー★ー☆ー★ー☆ー★ー☆ー★ー☆ー★ー☆ー★ー☆ー★ー☆ー★ー☆ー★ー☆ー★ー☆
・・・。
夜。
あの後、追いかけてきたパンドラエッグは秘剣、蛍丸で一刀両断にしてやった。
四月ももう終わるというのに、今日は珍しく寒いので、
ボクは閉まったばかりの毛布を押し入れから引っ張り出した。
「ま、朝には温かくなってるだろうしな・・・」
と呟きながら、ベッドの端に折りたたんで置いておく。
夜中に、やっぱり寒ければ被ろうと思ったのだ。
「今日も色々あったな・・・」
といっても、おもに午後にあったことばかりだが。
(とはいえ、全く何もない日ばかりのボクにしてはやはり多い)
いろいろ悩んだのだが、結局は『いつも通りいこう』
そういう結論に辿り着き、ボクは明かりを消した・・・。
少し。
ほんの少しだけ、『あした』を楽しみにしながら・・・。
暗転。
ボクは、珍しく楽しい気分で歩いていた。
「・・・」
たまたま出来ていた水たまりを覗き込み、髪が乱れていないかを調べてみたり、
自分でも不思議なのだが、ボクはどうやら『浮かれている』らしい。
いつだったか、『下界の都大路に敷き詰められた財宝、足下に踏みつけられた黄金はいかなる聖なる祝福よりも遥かに素晴しい』と賛美していた友人をたしなめたことがあるが、
これではボクも人のことを言えないな・・・。
と苦笑する。
「・・・リズ?」
ボクは誰一人通らない辺境に造られた・・・正確には造った、可愛らしい小さな家の入口で呼びかける。
が、どうやら家の主は留守のようだ。気配を感じない。
右手に持つ手土産をバルコニーに置き、趣味の良さがうかがえる椅子に腰かけた。
それなら、少し寝て待つとしよう。
ここ最近、忙しかったからな・・・。、
青い空を見つめていた瞳を閉じて、ボクは浅い眠りについた。
これからの不安と、主に会えなかった、少し寂しい気持ちを押し殺しながら・・・。