ソコハカトナク
「心配いらないわ。協力してもらいたい事ってのはこの世界に来た貴方ならきっと望んでいる事だから」
ゆりは以前校長の物だっただろう大きな机に腰をおろしながら、柔らかい口調で語りかけてきた。
だが警戒は解けない。第一印象からして第一印象なのである。目蓋を閉じれば今も鮮明に思い出すことが出来るパンt……もとい残虐さ。死なないからって人を屋上から蹴り落として良いわけがない、ギャグシーンでもなければ。いやギャグシーンなら良いのか、と言われたら先程勢いで2killほどした手前、自分も人に言えないと言いましょうか。
「……何すんだ?
こっちは子どもがお腹を空かせて待ってるんだから手短にな?」
「………………」
ゲシッ。
岩沢の頭を手でクシャクシャしながら言ったら隣からローキックが飛んできた。ブーツで蹴るな、痛い。
「……あなた達もしかしてそっち側なの?」
「?」
「?」
何の事だ。皆目見当がつかない。
ゆりはそう言うや否や眉をひそめて、逆に日向の表情はニヤケた。
「……まぁいいわ」
ごほん、とゆりはわざとらしく咳をして真面目な顔に戻る。
「私達、死んだ世界戦線は理不尽な人生を強いた神への復讐を目的に活動しているの」
「……っ」
岩沢の表情が曇る。そういやひさ子と一緒の時聞いたっけな、2人とも不幸なんて言葉じゃ言い表せないような人生を送ってきたんだ、と。
俺はさり気なく岩沢の頭を撫でてやった。……今度は反撃はなかった。
「貴方だって、納得出来るような人生じゃなかったでしょう?」
「……生憎、イマイチ思い出せないもんでね」
「そう、……不幸なんだか幸せなんだか。
話を戻すわ。私達の目的は神への復讐、これは良いわね?」
「ああ、……でも神なんて俺は見ちゃいねぇぜ?」
そんなモノが何処にいる? と。
そもそも俺が果たして理不尽な人生を送っていたのかすらわかりゃしない。
「神への糸口、それはもう見つけたわ。
……天使。戦線の当面の敵ね。
貴方には私達と一緒に天使と戦って欲しいの」
「戦うって……それに天使?」
こっちに来てからも俺は神も天使も俺は見た事なんてない。岩沢も首を横に振る。
うーん……というか神だの天使だのと、もしかしてそっち系の人? 日本の一般ピーポーは宗教と政治、好きな球団ときのことたけのこどっちが好きかを友人と話さない方が良いってを分かっているもんだと思っていたのだが。
「……無から有を生み出す事が普通の人間に出来ると思う? あんなの普通の人間に出来る事じゃない……神か、神に繋がっているとしか思えないわ。
見た目は私達と同じでもきっと鬼に衣ってやつでしょうね……現に」
滝沢はゆりが苦虫を噛み潰すような表情を浮かべながら話しているのを横目に、
(おい岩沢、なんかとんでもないのを相手にしなきゃいけないような気がするっつーか、お前コレ知ってたのかよ)
(いや?)
(お前な……)
「だから私達は……って聞いてる?」
「おう、聞いてる聞いてる」
「……話を戻すと、天使は生徒会を牛耳って季節毎にイベントを開いているの。今回私達はそれをぶち壊しに行く」
「……なんで?」
素直に受け止めると生徒会主催で楽しい事やるからハメ外していいよ~。って事だろうに、何が問題なんだ?
「やっぱり聞いてなかったんじゃない。いい? そういうイベントがあると大抵何人か『消される』のよ!私達の目的はそれを防ぐ事」
「……消される?」
「そう、天使にね。普通の学園生活を送れば文字通りこの世界から存在が消されるの。普通に授業を受けたり、生徒として模範的行動をして消えていった人がたくさんいるわ……」
滝沢はゆりがまた表情を曇らせているのを横目に、
(そうなのか?)
(さぁ?)
(お前何も知らないのな。つか俺は真面目に授業受けてるのになんで消えないんだ?)
(……あんたそれ本気で言ってる?)
(うん)
(…………)
「話聞けやごるぁー!」
ガァン!
「うぉお!?」
小声で会話してたらゆりが拳銃を発砲してきた。頬に熱さを感じて、指で拭うとぬるりと赤い液体。
……え、え、え? 何? ホンモノ? というか何でそんなもんがここに? 日本は何時から銃社会に!?
「……ごほん、ごめんなさいね? それで今回のミッションなんだけど……」
何事もなかったかのように振る舞うゆりを前に、俺は目尻を若干光らせながら岩沢に非難の視線を送る。お手伝いとかヤの人に頼んだらイカンのではないのでしょうか……。よく分からないけどそういうのは少しでも関わっちゃダメだと思った俺は冷静に
「クリスマスを阻止するわ」
「乗った」
「え……?」
即答した。岩沢が何言ってるの? と言いたげな視線を向けてくるけど知らん。お前に独り身の辛さが分かるか、あ、辛さ感じてないだけですか、そうですか。
「学生の分際で勉学に精を出さずに色恋沙汰ばかりにうつつを抜かした色欲塗れの野郎達をその銃で滅ぼしてこいって事だろ?」
「……いえ、一般生徒はクリスマスパーティーのため食堂ににいるんだけど、貴方は日向君と一緒に天使をそこに近づかせないようにダンスしててもらえるかしら。一般にはノータッチでね」
「へいへい、時間稼ぎすりゃいいのね」
「……ずいぶん物わかりが良いわね、順応性はある方?」
意外だと言うようにゆりは言う。岩沢を見てみると相変わらず乗り気でないようで表情はあまり明るくない。
「前回OKしたから尺稼ぐ気ねぇって。うちは大体いつも一話3~4000文字なんだよ」
「……あ、そう」
えらくメタな理由だ。実際くどすぎる癖して進んでないとは思うが。
「それにな、お互い協力するんだろ? こっちが人手足りないのは事実だし、うちの姫様をんな化け物と戦わせる訳にゃいかねぇし、俺がやるしか無いだろ」
滝沢はそう言うと岩沢の方を向いてニカッと白い歯を見せた。
「岩沢の戦場は用意されてるようだしな」
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と、言うわけでだ。
「生徒会長様、出来ればこのままお帰りいただけるとありがたいんですがね?」
俺は今連絡橋上でゆりから受け取った自動拳銃を天使(……ホントに生徒会長だとは)に向けながら言い放つ。
「それは出来ないわ」
「もう向こうのイベント枠には空きがなくてね。会長には是非とも別会場で、さっきから完全空気、描写も無くて背景と同化中の日向あたりとダンスしてもらいたいんだな、これが」
「悪かったな!」
軽く半泣きの日向が叫ぶ。
「それも出来ないわ」
「おいおい、日向じゃご不満のようだぜ?」
「ホントに悪かったなぁ!!」
軽く自棄になって叫ぶ日向の横に立つ、と天使がこちらにゆっくりと歩みを進めてくる。
ゴングなんてありゃしないんだよなぁ、こういうのってさ。
天使は目の前まで来ている。生まれて始めて触る重さから目を背けて、時間稼ぎをするのはもうおしまいだ。
どうにでもなれと俺は彼女にむけた拳銃の引き金に力を込め……、
「……ん?」
あれ、撃てない。
「安全装置って何処なん?」
滝沢は初めて銃に触れた。そして、そういう事にも興味がなく……、つまり、知識がなかった。
「会長会長、安全装置って何処についてんの?」
「おまっ」
そして何を思ったか日向ではなく天使にそんな事を聞き始めた。
「……ここ。このツマミを下にこうすれば撃てるわ。そしてここを押し込むとマガジンが出てくる」
天使は拳銃を受け取ると、安全装置の外し方だけでなく弾薬交換の手順まで懇切丁寧に滝沢に教えた。
「おおー。流石会長、物知りなんだなぁ」
「そうかしら」
ちょっぴり頬を赤らめる天使。彼女は思う、『宙二コミック』が役にたつなんて……やっぱり読んでいて良かったな、と。
「んじゃ返してくれ」
滝沢は手を出すと彼女に渡した拳銃を受け取ろうとした。
彼女は銃口を滝沢に向けることで返事をした。彼女は思う、でもあの漫画を見ているとやっぱり銃よりも剣や魔法の方がカッコいいわ、と。
そして流線型の死神は、乾いた音を立て滝沢の頭から赤い花を咲かせた。
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「平和だなぁ」
あっさり滝沢がやられてしまった、という事はつまり自分が天使を1人で足止めしなくちゃいけないという事で……、そこまで考えて日向はゆっくりと息を吐きながら感慨(現実逃避)にふける。
俺の武器は、いつだか使った長剣だけ。あぁ、銃なんてまだ数揃ってないし弾もあんまりねぇんだよなぁ……。
うん、無理だ。でも止めなきゃいけないんだよなぁ……。滝沢も1人で突っ込んだ? し逃げらんねぇよなぁ。
「……ハンドソニック」
そう言うと天使の服の袖から刃が生成された。向かい合うように日向も長剣を構える。
天使はゆっくり間合いを詰めたかと思うと、表情を変えぬまま地面を蹴って、日向に突っ込んだ。
刃を立てて、高速で放った天使の刺突は日向の首筋をに深々と突き刺さった。
いや、突き刺さるはずだった。
「おおおおお!? なんか知らんが出来たあああああ!!」
日向の前に復活した滝沢が割ってはいって天使の刃を白羽取りしていた。……やった本人が一番驚いていた
「すげえなお前……つか復活早すぎだろ」
一方日向は滝沢の体はギャグで出来ているんだなぁ、とか助けてもらったそばからそんな事を思っていた。
「……」
天使は無言で腕に力を込め、刃を進ませようとする。滝沢も刺されたくないと更に力を込める。
「日向日向! これすげぇ胸筋使う! つれぇ! 二回もお前を助けて死ぬとか勘弁だから早く助けて!?」
「あ、ああ分かった!」
天使の力は凄まじい。じりじりと、ゆっくりだが剣先は滝沢に迫っていく。
日向は滝沢の声に応えると長剣を大上段に振り上げる。大丈夫だ、俺はこの剣でキリングマシーンと化したあの椎名さえ倒したのだ(track:zero参照)。天使にだって勝てるはずだ!
日向は、彼自身の出せる力全てを込めて、新しい仲間の為に剣を振り下ろした。
「……無駄よ」
日向は忘れていた。
Q.俺は椎名をどうやって倒した?
A.闇打ち。
--椎名に正面から挑んだらダルマにされたという事を。
----剣道にはすり上げ技というものがある。
天使は白刃取りされていた刃を引き抜くと日向の剣に対して斜めに受けるように切り上げ、流れるような動きで振り下ろす。
日向の肩から腹まで、撫でるように切っ先が走った。
……いつかと違って今度はよけた、とも言えそうに無い。
ガン! という音と共に世界は闇に包まれた。
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両手が自由になった瞬間、日向が斬られる直前に、先ほど回収してポケットに入れていた拳銃を天使に向けた。今度は安全装置は外してある。
銃口が揺れる、成功している自分をイメージする。いや、この距離なら外すべくもない、……と思う。
早鐘を打ち続ける心臓、胃の内容物がせり上がってくる嫌な感覚を、下っ腹に力を入れることで抑える。
自分を信じ、滝沢は自分のイメージした通りの軌道で銃から弾丸を吐き出した。
「あ」
残念なのは素人のイメージとは何時も当てにならないものだと言うことで……。
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「何はともあれお疲れ」
「そっちもな……どうだった?」
「成功かな、みんなまた来てくれそう」
岩沢はパーティー会場でサプライズ、という形でライブを行っていた。ゆりに言わせれば『また聴きに来たい』と思わせる事が大切らしい。
「そっちは?」
「……とりあえず俺に銃は扱えないって分かった」
二枚抜きはしなくても良かったんだよなぁ……たはは。お陰で時間は稼げたから成功っちゃ成功なんだろうけどさ。
「当たり前だよ
……それにあんたにはずっとあたし達の近くに居てもらわなきゃ困る」
「……そういうのはクリスマスのうちに言ってもらいたかったな」
もう日ィ変わっちゃってるけどね、と岩沢は肩をすくめた……どうも軽口扱いされているような気がする。
思わず乾いた笑いが漏れる。子どもが嘘泣きを覚えるように、人は生きてくうちにいつしか嘘笑いを覚える。もう死んでるが。
「はぁ……どうせ誰にでもそういう事言ってんだろ?」
「んな訳ねえじゃん……」
「どうだか。さっきだってゆり相手に鼻の下伸ばしてたクセに」
「お前にはあのやりとりがそう見えたのか!? ありえねーし……」
「なら……良いけどさ」
ふむん、全くお前は俺のママか。
「せっかく人がクリスマスプレゼントを用意して来たってのに……」
「クリスマス……プレゼント?」
「そこ、期待はするなよ? 時間無かったんだから」
そう言って滝沢が取り出したのは、
「……リストバンド?」
「ああ、お前いっつも付けてるからな。好きなのかと……違うのか?」
いや、だからって女の子へのプレゼントがリストバンドって……と岩沢は思った。 だがクリスマスプレゼントなんて貰ったのは久しぶりである、彼女がその存在すら忘れていた程に。生きていた頃はそれどころではなかったのだから、無論嬉しくないわけがない。
「……あ、ありがと」
「いえいえ。
……ああ、あとお前にしかやってねーんだから、そこんとこハッキリさせとく。……っあーだから今度から下らない事で拗ねんなよ?」
「!?(文字表記不可能な叫び)」
「……そんだけ。んじゃ帰って寝るわ、またな」
滝沢はそう言うと、まだ帰ってこない岩沢に背を向けて部屋へと帰った。
翌日、空き教室では何食わぬ顔で何時も通り練習をするメンバー達、もちろん岩沢もいたが、その手首のリストバンドは白に変わっていたそうな。