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婚約破棄される悪役令嬢は、王国を救うためモブ令嬢を最高の王妃にプロデュースします〜だって私、完璧な婚約破棄士ですもの〜

作者: 三日ノ 翔
掲載日:2026/09/11

 「クローネ様、私と一曲お相手頂けますか?」

 

 そのダンスの誘いを受けて良いものか、私はチラッと横に座るレインハルト殿下に目をやる。

 

 しかし、レインハルト殿下は私を無視し一言も喋らなかった。

 

 残念。嫌そうな素振りでもしてくれれば断りやすかったものを。


「申し訳ありません、バートラム伯爵。私、今夜は気分が少しすぐれませんの」

「おや、残念です。しかしクローネ様はもうすぐこの国の王妃になるお方。私のような老体は大人しく身を引きましょう」


 バートラム伯爵はそう言って、私に向かって優雅に一礼した。


 よかった。あっさりと引き下がってくれて。

 

 そのまま歩き去る伯爵の背中を見送ってから、私は手鏡を取り出した。

 

 ドラゴンの卵ほどもある、頭上の巨大なシャンデリアの光が私の顔を明るく照らす。よし、今日のメイクもバッチリだ。


 私がいるここ——ハイネ王国王宮の大広間では、今まさに盛大な舞踏会が催されているところだ。


 上座に座る私の前では、色とりどりの宝石やドレスで着飾った貴族たちが楽団の演奏に合わせてワルツを踊っている。


 そして私の隣で先ほどから仏頂面をしているのが私の婚約者こと、この国の王子・レインハルト殿下だ。


 主賓なのに何か思い詰めた様子で、私と一切踊ろうとしない。まあそれはそれで好都合なのだけど。


 そんなことを考えながら殿下を観察していると、


「皆の者、聞け!」


 突然声を上げたかと思うと、殿下はそのまま立ち上がった。


 楽団は演奏を止め、人々は一斉に殿下の方を向く。


 まあ予想していたこととはいえ、急に大声を出されると驚くな。


 さすが王族として慣れているのか、殿下は群衆の注目など意に介さずに、


「私、ハイネ王国王子レインハルトは、今日この場で婚約者クローネとの婚約破棄を宣言する!!」


 そう高らかに叫んだ。



 ♢♢♢♢♢


 

 突然の殿下の発言に人々は凍りつき、大広間は静まりかえった。


 しばしの静けさ。しかし、その沈黙を破ったのは先ほど私が誘いを断ったバートラム伯爵だった。


「で、殿下正気ですか!? 我が国を挙げたレインハルト殿下の結婚式と戴冠式が、もう来週に迫っているのですぞ!」


 バートラム伯爵のこの一言をきっかけに、大広間はざわめきに包まれた。


「ばかなっ、もう列国からの招待も取り付けておるのだぞ!」

「殿下は一体何を錯乱しておられるのだ!」

「マリッジブルーか?」

「クローネ様はどうした!」


 貴族たちは手当たり次第に叫び出す。

 

 張本人、そして当事者として、さすがにこの混乱を無視するわけにはいかない。


「みなさん、お静かになさってください」


 私が声を張り上げると、貴族たちは一斉に口を閉じた。


 視線を感じながら椅子を立ち、隣に立つ殿下の方を向く。


「まあ殿下、先ほどから何か思い詰めたご様子で心配していたら……。マリッジブルー、というものでしょうか?」


 クスクス。


 私の冗談めかした一言に、大広間に静かな笑いが広がる。


 しかし、レインハルト殿下のひと睨みで、たちまち元の静けさを取り戻した。


「断じてマリッジブルーなどではない。クローネ、私は出会った時からお前の美貌の虜になっていた。しかし今や事情が変わり、百年の恋も醒めたわ! これを見ろ!!」


 そう言ってレインハルト殿下は、胸ポケットから二枚の写真を取り出し見せた。一枚目には毒薬を買う私が。そして二枚目には王宮の廊下でキスをする男女が写っている。


「皆もこの写真を見よ! キスしているのはクローネと商人のアベルではないか!」


 再び大広間にざわめきが走った。


「アベル……あの悪名高いアベル商会の会長か!」

「確かクローネ様を殿下に引き合わせたのも、あいつじゃなかったか」

「どういうことだ! まさか、殿下を殺し二人でこの国を乗っ取るつもりじゃ……」


 周囲の動揺を物ともせず、殿下は続ける。


「今まで私はクローネ、お前についての悪評は一切信じなかった。王妃の座を狙うものや、他国から来たお前を憎むものは大勢いるからな。だが、こんな証拠が出てきた以上、もうお前と結婚することはできない!」

「さあ、何か申し開きはあるか。クローネ!」


 大事な場面なのに、殿下のかつてない真剣な表情に私は思わずクスッと笑ってしまう。


「一言だけありますわ。私と婚約破棄なさるのはどうぞご自由に。でも、来週の結婚式と戴冠式はどうするおつもりですか? 諸国の賓客を前に、お一人で恥を晒すことになりましてよ」


 私がこう言うと、殿下はフッと微笑んで、


「お前に心配してもらう必要はない。……結婚相手はもう決めてある」


 殿下のこの言葉に、再度大広間が騒がしくなった。


「王族に次ぐ身分となると、バートラム伯爵のご令嬢か?」

「いや、ハリエル公爵のご令嬢もまだお若い」

「まさか、私の娘か!?」


「静かにせよ!」


 レインハルト殿下の一言で、みな口を閉じる。


 殿下はそのまま咳払いをし、


「私の新しい婚約者は……ここにいるアイリスだ!!」


 そう言って、入り口の扉を指した。


 

 ♢♢♢♢♢


 

 扉から現れたのは、白いドレスをまとった痩せた一人の少女だった。長い赤髪を、今夜は三つ編みに編んで俯いている。見た目は清楚で美人な方だ。しかし舞踏会用の豪華な衣装を身に付けた私と比べると、明らかに見劣りしていた。周りもそう感じたのだろう、たちまちヒソヒソ話が始まった。


「あれはアイリスじゃないか。変わり者のヒーズ辺境伯のとこの」

「ああ、平民に混じって動物の世話ばかりしてるって言うあの娘か」

「しかし見た目も身分も、とても殿下と釣り合わんぞ」

「クローネ様と比べると、確かに見劣りするな」


 「あ、あの……」

 

 自分に向けられる貴族たちの好奇と品定めの目線に耐えられなかったのか、アイリスは私に話しかけようとした。


 まずい、今は困る。この流れのまま計画を推し進めたい。


 私はアイリスを制し、殿下に高らかに告げた。


「まさか、からかっていらっしゃるのですか。この私を捨てて、田舎臭いこの女を取ると? どうせ結婚式が終わったら用済みにして、放り出すおつもりでしょう?」


 もちろん言い終わった後、悪役としてのクスクス笑いも欠かさない。


「私は本気だ、クローネ。その証拠に……」


 そう言うなりレインハルト殿下は、貴族たちが見守る中アイリスに熱い口付けをした。


「ん、んんっ……!」


 突然のキスに戸惑ったのか、アイリスの顔はみるみる赤くなり、両手で恥ずかしそうに顔を覆った。


「さあこれで分かっただろう。私はアイリスを愛している。来週、私はアイリスと式を挙げ結婚する。クローネ、お前は追放だ。とっとと私の国から出て行け!!」


 ”私の国”か……。政治に興味がなかった殿下にも、ようやく自覚が芽生えたようで何よりだ。


 困惑し、その場で固まっていた貴族たちも、ようやく状況が飲み込めたようだ。利に聡い彼らは、私が不利だと分かった途端私を罵倒し始めた。


「ふざけるな、この悪女め!」

「前から私は胡散臭い女だと思っていた!」

「二度と我らの国の国境を跨ぐな!」


 ついさっき私をダンスに誘ったバートラム伯爵まで、顔を赤くして叫んでいる。


 「あらあら皆さん、まるで子供ですわよ。そんなに声をあげなくとも、嫌われ役は退場致しましょう」


 そう言い残してその場で一礼した私は、そのまま踵を返して扉を抜け大広間を後にした。

 

 

 ♢♢♢♢♢



 「ふうっ」

 

 人気のない廊下に出るなり、思わずため息を漏らす。やっと計画をやり遂げたのだ。気が緩むのも仕方ないだろう。


「あーあ、やっと堅苦しいお嬢様言葉を使わずにすむ! 恥ずかしいのよ、あれ」


「俺は好きだぞ。お疲れさん。良い演技だったよ、クローネ」


 廊下の暗がりから出てきたのは、私の浮気相手にして大商人のアベル——という設定だった、私の兄のリードだ。


 「兄さん、王宮の廊下にいたら危ないわ。ついさっきから兄さんはこの国のお尋ね者よ」


「ああ、だからすぐ出発だ。用意はできてる。歩きながら話そうか」


 そう言ってリードはスタスタと王宮の出口に向かって歩き始めた。私も慌てて後を追う。


 「それにしても今回の王子はやりやすかったな。わざと浮気の証拠を掴ませて煽ったらすぐに乗ってきた」


「単純なのよ。まあ、根っからの悪人という訳じゃないし、王子としての自覚も芽生えたみたいだから大丈夫でしょ。あとはアイリスが上手く補佐してくれればこの国も安泰……」


「お待ちください、クローネ様!!」


 背後からの突然の声に私たちが驚いて振り返ると、そこには頬を赤く上気させ呼吸を乱したアイリスが立っていた。


 大広間から私を追って来たのだろう。あの場から抜け出すなんて、意外と肝が座っている。


 私はすぐさま「悪役」のモードに切り替える。


「あら、どうしましたのアイリスさん。だめじゃない殿下を放っておいては。それともこの私を笑いに来たの?」


「とぼけないでください! 今のお二人の話を聞いて確信しました。……クローネ様、なぜわざと殿下に婚約破棄されるよう仕組んだのですか!?」


 全部聞かれていたのか。私は演技を止め、アイリスにこう告げた。


「……個人的な事情よ。貴方には関係ないわ」


「関係ありますっ! もし私に同情して譲ったのなら、私は何もかも捨ててこの国を出ます! 敬愛する殿下を騙して王妃の座に着くことはできませんもの!」


 それではこの壮大な芝居の意味がなくなってしまう。賢いアイリスのことだ、私が話さなくともいずれ気が付くだろう。仕方がない、全てを話そう。


「……分かったわ。アイリス、貴方にだけは全てを話す。ただし、秘密は死ぬまで守ってもらうわよ」


 アイリスが静かに頷いたのを確認してから、私は話を続けた。


「じゃあ歩きながら話しましょう。……貴方がさっき言った通り、私の目的は婚約破棄されること。でも、あなたのためじゃないわ。この国のためなのよ」


「ハイネ王国のため?」


「そう。貴方も知る通り、レインハルト王子は悪人ではないけれど、周りに流されやすい単純な性格。簡単に言えば世間知らずの坊ちゃんじゃない?」


「そんなことは……」


「そんな王子は来週戴冠し、この国の王位に着く。でもね、政治に興味のない無知な王子を操って、戦争を起こそうと企んでる一派が貴族たちの中にいるの」

 

「せ、戦争!? この数十年というもの戦は起こっていないのに、今になってなぜ?」


「心当たりはないかしら。国境近くに住む貴方なら気付いているんじゃない?」


 しばしの沈黙の後、アイリスはハッとした表情を浮かべた。


「確かに、お父様から国境の修復に使う鉄鉱石の値段が最近上がってるって聞きました。まさか、お金儲けのために買い占めを!?」


「そう、戦争は儲ける絶好の手段。他にも穀物相場がここ半年で倍以上になってるわ」


「そんな、ひどい……。もしかして、クローネ様はそれを止めるために?」


 私はアイリスに向かって頷いて見せた。


「噂を聞いた私たちが、戦争を防ぐために一芝居打ったってわけ」


 「でも、わざと殿下に婚約破棄されることが、どうして戦争を止めることになるんですか?」


「最初は婚約破棄のためじゃなくて、戦争を企んだ悪徳貴族の一派を探るために潜り込んだの。後で送ろうと思ってたけれど……まあいいわ、今渡しておくわね」


 そう言って、私はアイリスに一冊のノートを差し出した。


「これは一体何ですか?」


「私が調べた戦争計画の情報がそこに全て載ってる。首謀者のバートラム伯爵が簡単に喋ってくれたわ。悪女を演じてた私のことを、同じ穴のムジナとでも思ったんでしょうね」


「そんな大事なものを私に……?」


「貴方だからよ」


「わ、私だから?」


 「知ってるのよ。貴方が怪我をした動物を放っておけなくて、身分を隠して動物病院でボランティアしているのを。それに、あなたの父親は貧しい病人のために私財を投げ打ってまで病院を開いてる。貴方たちのような人達が国の中枢を担うべきだわ」


「大袈裟です。私はただ、あの子たちを放って置けないだけで」


「それに今回悪徳貴族の一派を潰しても、肝心の王子がしっかりしないとまた同じことが起きて国民は苦しむことになる。それで、貴方みたいなしっかり者で聡明な人を王妃にする必要が出て来た」


「そんな、私のような田舎娘が王妃だなんて、とても務まりません!」


「そうね、王子は世間知らずで、外見だけで中身のない女にすぐ引っかかる。普通だったら貴方のような内面にダイヤの輝きを隠した女性には目もくれなかったでしょうね。だけど……」


「もしかして、そのためにわざと殿下の前で悪女を演じて……?」


「鋭いわね。そう、王子は私みたいな悪女に騙されて、一度痛い目みる必要があったのよ。そしたらほら、目が覚めた王子はちゃんと貴方を選んだでしょ」


 アイリスが息を呑む様子を横目で見ながら、私は廊下を真っ直ぐ歩き続ける。前方が明るくなってきた。もうすぐ出口だ。


 何秒か後、アイリスは再び口を開いた。


「で、でもハイネ王国のために、どうしてそこまでするんですか?」


「うーん、悪役令嬢演じるのって意外と癖になるし、それに……」


「それに?」


『私は婚約破棄のプロ、「婚約破棄士」だから』


 アイリスにそう言い残して、私は目の前の月明かりをくぐり、そのまま走って外に出た。冷たい夜気が私の頬を撫でる。


「クローネ、積もる話は済んだか? 出発するぞ」


 出口では私より先に外に出ていたリード兄さんが、石畳の上で二頭の馬を引いて待っていた。


「ええ、終わったわ。行きましょう」


 リードにそう告げて馬に飛び乗る。馬に乗るには長すぎるスカートが邪魔で苦戦していると、


「クローネ様っ!」


 大きな呼び声に思わず振り向くと、アイリスが王宮の出入り口に立っていた。おどおどした態度は消え、堂々と胸を張っている。


「どうぞご無事で! 私、期待に応えられるように、精一杯王妃の務めを果たさせて頂きます!!」


 アイリスは声を張り上げた後、私に向かってそのまま大きく頭を下げた。


 私とリードは顔を見合わせて笑い、馬の手綱を手に取った。


 半年過ごしたこの王宮ともいよいよお別れだ。


 手を振るアイリスを尻目に、馬を城門まで進める。


「止まれ! そこにいるのは商人のアベルか!?」


 先に呼び止めたのは右の門番だった。腰の剣をカチャつかせながら、左の門番も後に続く。


「貴殿にはバートラム伯爵から手配書が回って来ている。そのまま大人しく……」


 全く、最後の最後に水を差してくれるものだ。バートラム伯爵め。


 もちろん従うわけもなく、私たちはそのまま門番たちの制止を振り切って、夜の闇へと駆け出した。


 

 ♢♢♢♢♢



 アイリスとの別れから一ヶ月後。


 アイリスから改めて感謝の手紙が届いた。


 どうやって私たちの居場所を探し当てたのか分からないが、王妃の権力を上手くコントロールできているということなのだろう。


 ハイネ王国ではレインハルト王子の戴冠式とアイリスとの結婚式が盛大に行われたらしい。


 私が着るはずだったウェディングドレスの胸のサイズがぶかぶかだったのはご愛嬌だ。


 そして王国を挙げてのお祭り騒ぎは一週間も続いたという。


 まあバートラム伯爵を始めとする悪徳貴族たちは厳しい取り調べを受けていたようだが。


 街での噂を聞く限り、王位を継いだレインハルトとアイリスは大規模な減税など善政を敷き、国民も喜んでいるようだ。


 もちろん戦争の企てが全て失敗に終わったのは言うまでもない。


「クローネ、いつまで手紙を読んでいるんだ。俺にも早く読ませてくれ」


 隣の馬に乗るリードが私をせっつく。


「今渡すわよ兄さん。それよりテイカ王国の王都はまだなの?」


「もうすぐだ。それまでにお嬢様言葉を取り戻しておけよ。王都に着いたら、まずは王子の好み調査からだな」


「もちろん分かってる。だって私は……」


「完璧な婚約破棄士だもの!」


 fin.

 最後までお読み頂きありがとうございました!


 クローネのような、したたかな主人公が好き!

 クローネいいぞ、がんばれ!

 アイリス応援してる!


 と思ってくださいましたら、

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