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文通相手

作者: 森好子
掲載日:2026/06/21

1997年6月、北海道・美幌町。

放課後の空気は、夏の手前の湿り気を含んでいた。


安田恵こと、通称めぐ。制服のまま家の前に立つと、まずポストに手を伸ばした。

今日も、返事は来ていない。


「……まだ、か」


ため息をつきながら玄関を開ける。

札幌の専門学校に進学が決まって、胸の奥ではほっとしている。

でも、知らない人ばかりの街で、ひとり暮らし。

考えるたびに、胃のあたりがきゅっとなる。


そんなとき、パーソナルアドマガジンの文通募集欄で見つけたのが、

“プレシューの誠くん推しの主婦・好子”だった。


同じ推し。

しかも、年上の女性。

なんとなく安心できそうで、めぐは思い切って手紙を出した。

それから2週間。

毎日ポストを覗くのが日課になっていた。


夕食後、もう一度ポストを開けたときだった。

白い封筒が一通、ぽつんと入っていた。


「……来た!」

自室に駆け込み、机の上でそっと封を切る。


丸い字で書かれた便箋が三枚。

読み進めるうちに、めぐは何度も笑ってしまった。


好子さんは31歳。

職場で出会った夫はひつ年下で、好子さんは専業主婦をしている。

子どもはいないし、欲しくもないらしい。


“だって、推し活に時間が取られるし、

誠くんのライブに全部行くことを考えたら

子育てなんてしていられないわ!”


これには、さすがのめぐもあきれ果てた。

(主婦なのに……?・・・好子さんて子供おばさんなのかな)

そんな好子さんだが、同じ推しの話になると、熱量がすごい。


誠くんのダンスのうまさとセクシーな歌声へのリスペクト、最近の雑誌インタビューの感想。

めぐが語りたいことを、ビシバシと的確に言語化している。


(わかる……めっちゃわかる……!)

ページをめくる手が止まらない。


でも、ふと考える

好子さんは31歳で、まだ推し活を全力でしている。

それはうらやましいと思う。

でも——めぐの胸のどこかが、少しだけざわついた。


(私は、31歳になったら……どうしていたいんだろう)


札幌でひとり暮らしをして、専門学校に通って、

ITの勉強をして、

都会で働く“かっこいい大人の女”になりたい。

今は、誠くん一筋だけど、札幌に行ったら誠くんに負けないくらいの

素敵男子と恋をして、推し活なんて卒業している。

ちゃんと結婚もして、31歳なら子供も2人くらいいるかな。


少なくとも、今のめぐはそう思っていた。


いつのまにか窓の外は、薄い雲に月が隠れていた。

めぐは机に向かい、便箋を取り出す。

好子さんへの返事を書くために。


31歳で、主婦の好子さん。

誠くんが大好きな好子さん。


好子さんみたいな大人もいるんだな。

大人になっても好きなものを好きと言える好子さんは素敵だと思う。

でもめぐには、好子さんのような大人にはなりたくない、という気持ちもある。


めぐが好子さんと同じ年齢になるまで、まだ10年以上あるし・・・

今は大好きな誠くんへの思いを


好子さんに文字で伝える。

好子さんに負けない熱量で。


ペン先が紙の上を走る。

不安もあるけれど、少しだけ未来が明るく見えた。

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