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銀色世界  作者: レイ
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第二話「自堕落な医師」

「「記憶喪失!?」」


白髪の男との会話の中、白髪の男の発言にシロクロコンビが声を揃えて驚く。


おそらく考えもしていなかったんだろう。

二人は「そんな馬鹿な」と今にも言ってしまいそうな顔をしている。


僕だってこうやってシロクロコンビの様子を冷静に観察してはいるものの、心の中はざわついている。


記憶喪失と知った事自体には不思議とそれほど驚かなかった。

でも記憶を失って、今後どうすればいいのか全くわからない事に一抹の不安を覚える。


そんな事を考えているのが分かったのか、分かっていないのか、白髪の男は、


「記憶喪失とは言っても、おそらく一時的なもんだろう。遅かれ早かれいつかは記憶も元通りになるさ」


と、励ましに近い言葉をくれた。

どっちなのかは定かではないが、少なくとも悪い人ではないと、そう感じる事は出来た。


「いつかはって、どうにかして戻す方法とかはないのか? 流石にこのままだと色々な都合で困る事が多いんだが」


シロクロコンビのシロの方が白髪の男に問う。


確かに記憶を戻す方法があるなら是非それを試したい。

こんな何も分からないまま生活していくのはあまり良い気分じゃない。


「そんな都合の良い方法があったら苦労はせんさ。だがまぁ、あえて言うとすれば才人が記憶を失った原因さえ分かればどうにかなるかもしれないんだが……その肝心の才人が居た場所がなぁ……」


白髪の男が溜息と共に吐き捨てる。

何か問題があるんだろうか?


「あの、何か問題があるんですか? その……僕が居たらしい場所って」


「問題も問題。大問題。問題があり過ぎて放っておきたくなるよ」


「えっ!? それってどういう事ですか!?」


予想以上の発言に僕は動揺を隠せないでいる。


記憶喪失になってしまう状況になるような場所なんだから、多少の問題くらいはあるだろうと思っていた。でもまさかここまで言わせてしまうとは、一体どんな場所なんだろうか。


「お前が居た場所は元々は研究所でな、医療について研究されていたんだ。そこは十数年ほど前に謎の爆発が起きて研究が打ち切りなったのさ。以来そこは誰にも使われていない。まあ実際は医療についてじゃなく、人体実験とか怪しい研究をしていたとかいう噂だけどな。真偽のほどは分からん」


「えっと……何でそんな場所に僕が?」


「さてね。以前のお前が何を考えていたかまでは知らん。ともかくお前はそこに一人で行って、そこで倒れていたって事さ。それで、だ。ここまではいい。これだけならまだお前が何で記憶を失ったかの原因も、調べれば分かったかもしれん」


「じゃあ、一体何が問題だって言うんですか?」


あまりに焦らされ続けていく内に、自分の中で苛立ちを感じ始めているのが分かる。

白髪の男にとってはどうでもいい、他人事かもしれないけど、僕にとっては重要な事だから急かさずにはいられない。


「そう急かすな。焦ったところで良い事なんて何もないぞ? 焦らなくても説明ぐらいしてやるさ。お前は患者なんだからな、知る権利はある」


僕が苛立っている事を分かっておきながらも尚、白髪の男はいつもの調子で喋り続ける。


僕を落ち着かせようとしているのか、元からこういう人なのか。

ともかく何を言っても無駄だと言う事は分かった。


「倒れているお前を見つけた時、研究所はそれこそ原型がないくらいに思いっきり破壊されていたんだ。いやむしろ、研究所で爆発が起きたって報告を近隣住民から聞いて、そこに向かったらお前が倒れていたって言う方が正しいな」


「な、何で!?」


「分からん。近くに誰かが居た痕跡もなかったし、警察はお前がやったんじゃないかって思っている。ただ謎なのが、あれだけ建物が倒壊したのにも関わらず、倒れていたお前が何故か無傷だったって事と、何で大した外傷もないのにお前は記憶を失ったのかって事だな」


「……」


絶句。

今の状態は正にそれだった。

全く声が出なかった。


自分がどういう存在か、何で記憶を失っているから知るはずもなく。

むしろそれを知りたいと今僕は思っている。

ただ白髪の男から聞いている限りだと、自分は普通の日常とは遠く懸け離れている人間なんだって分かった。


自分について少しは知る事が出来たと言うのに、素直に喜ぶなんて出来やしない。

自分は何かヤバイ所に足を踏み込んでいるんじゃないか。

そういう不安が胸を煽る。


「さらに追い打ちをかける様で悪いが、あそこは立ち入り禁止になっている。建物も破壊して、つまりよほどの理由がなければお前は犯罪者になって逮捕されかねない。ただ、流石に記憶を失ってる奴をいきなり逮捕するってのはないだろう。良かったな」


何が良かったと言うんだろう。


記憶を失って自分が何なのか全く分からない。

そんな状態で過ごしていかなければならない。


かと言って、記憶が戻ったら戻ったで逮捕されてしまうかもしれない。


こんな状況でどこが良かったと言えるんだ。

これならいっそ研究所が倒壊した時に、僕も一緒に死んでしまっていた方がよかったんじゃないか?


「僕は……僕に、一体どうしろって言うんですか?」


「そんなの俺に聞かんでくれ。それを決めるのはあくまでお前だ」


「僕には、どうしたらいいか分かりません」


何て情けないんだろう。

最早自分の事でさえ他人に任せてしまっている。


「そんなに気にするな。お前は深く考え過ぎなんだ。確かにお前がやってないって証拠はないが、逆にお前がやったって証拠もないんだ。大した外傷もないって事はおそらく精神的ショックによる記憶喪失なんだろう。だとしたらお前はあの研究所で何か嫌なものでも見ただけかもしれない。建物の倒壊による近隣住民の被害もなかったわけだし、そこまで気にする事じゃないさ」


「気にしたところで何も変わらない、って事ですか?」


「そうだ。だから堂々とお前のやりたい事をしていればいい」


「そう、ですね。確かに言う通りかもしれません。ありがとうございます」


「おいおい、そんな礼を言われる程の事じゃないぞ」


彼にとってはそうなのかもしれない。

けど少なくとも僕にとっては今の言葉はかなり救われた。

だから礼を言わずにはいられなかった。


この人は格好がだらしないし、態度もあまり良いとは言えないけど、本当はとても良い人なんだな。

初対面の僕ですら、こんな短時間でそう感じられるのだから、おそらくこの人の知り合いは全員そう思っているだろう。


「あぁ~、何だ。とりあえず、もういいか?」


白髪の男との話が一段落ついて終わったと思ったんだろう。黒服の男が割って入ってくる。


そういえばこの二人居たな。

自分の事で頭の中が一杯だった所為か、忘れていた。


「あぁスマンスマン。存在を忘れていた」


「「おい!!」」


「そう怒るなって。多分才人もそうだったぞ」


「「そうなのか!?」」


「え!? い、いや、そんな事ありませんって! ちゃんと覚えてました!」


ゴメンナサイ。

本当は忘れてました。


「ほおー……」


「……何ですか?」


これは多分、信じてないな。

まあ事実嘘ですけど。


「いや、何でもない。で、結局何なんだ? 用もなく会話に入ってきたりはしないだろ?」


「当たり前ぇだ。こいつが今後どうしてぇかはともかく、俺らはこいつをどうすりゃいいんだ? このまま自由にさせておくわけにもいかねぇんだろ?」


「ああ、当然だ。とりあえずは今から今後どうするか決める為にこっちで色々調べるさ。ってなわけでこっからは個人情報とかに関わってくるから、シロクロコンビはさっさと出ていけ」


「「だからシロクロコンビ言うな!!」」


最後までシロクロコンビは息ピッタリと文句を吐き捨てながら出ていった。

あの格好をやめるだけで呼ばれなくなりそうなのに、どうしてやめないんだろう?


シロクロコンビが出ていった事によって部屋には僕と白髪の男の二人きりとなった。

これが女性との二人きりなら多少は意識するかもしれないけど、男だから別段そういう事はない。


それはともかく、これでもう盗聴器が仕掛けられていたりしない限りは誰にも聞かれる事はないだろう。

まあ聞かれて困るような事があるのかは知らないけれど。


「さて、と。あいつらもいなくなったし今から調査を始めるか。……っと、そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前はパスティア・ミザリー。一応ここで医者をやっている」


言われてようやくまだ名前を知っていなかった事に気が付いた。

そういえばシロクロコンビの名前もまだ知らないな。

後で会ったら聞いておこう。


「えっと、はい、よろしくお願いします。ミザリーさん」


「名字で呼ぶな、名字は嫌いなんだ。パスティでいい。まあ大抵はこう言っても、そのまま『パスティア』って呼ぶ奴ばかりだけどな」


「え!? あのー……僕も『パスティア』さんじゃ、駄目ですかね?」


「嫌なら無理にとは言わないさ。お前の勝手にすればいい」


「じゃ、じゃあよろしくお願いします。パスティアさん」


「パスティア『さん』ねぇ……。まあいい、ああよろしく」


パスティアさんはまだ何か言いたげな、そんな顔をしている。

だけどいきなり下の名前、しかも愛称で呼ばされそうになったこっちの身にもなってほしい。


「じゃあ才人、今から俺は幾つか質問をする。それに出来る限り全部に答えてくれ」


「はい、分かりました。それで、一体何を質問するんですか?」


「なに、お前が覚えている事と忘れた事をいくらか調査するだけだ。忘れたやつによっては説明とかしておく必要があるからな」


パスティアさんが散らかりきった机から紙とペンを取りだした。

おそらく今からする質問の答えを紙に書き込んでいくんだろう。


ただ、あんなに散らかりきっているのに直ぐに取り出せた事に驚いた。


直ぐに質問してくるかと思えば、それよりに先にさっきまで持っていた何かの書類を、机に無造作に放り投げる。


そんな事をしているから机が散らかるんですよ、と言ってしまいたかった。

だが今それを言うのはやめておいた。

それよりも先に、自分の事を早く知りたいからだ。


「さて、始めるか。まずお前は自分の名前すら忘れていたわけだが、他人の名前や容姿は覚えているか?」


「いえ、一人も……」


「ふむ、対人関係は全く覚えていない、か」


パスティアさんは僕の返答を聞きながら紙に書きとめている。


いきなり全部忘れていると言うとても幸先の悪い調査が始まった。

何か段々不安になってきた。


「じゃあ日常生活で行うような事はどうな? 例えば鉛筆、ペンの使い方。他にも食事の仕方や携帯電話の使い方とかだ」


「あ、その辺はちゃんと覚えてます」


そんな事まで忘れてしまっていたら、僕はただの駄目人間だろう。

今でも既に相当な駄目人間になっているんだけど、それは気にしないでおこう。

パスティアさんの言った通り。


「その辺も全部忘れていたら楽しい事になってただろうに……残念だ」


「今何か酷い事呟きませんでした!?」


「気の所為だ、じゃあ続けるぞ?」


何か別の意味で不安になってきた。

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