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銀色世界  作者: レイ
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第二十三話「後悔する現実」

「はぁ……何でこんな真夜中に……」


音という音が何一つしない闇夜の中を、僕は一人静かに駆けていた。

現在時刻は十一時半。

警察に見つかったら当然補導されてしまう時間帯だ。


僕は先程葵さんに電話を掛け、今日の報告をした。

入学初日の成果など期待出来るはずがないと、葵さんも分かっていたのだろう。

別段咎められたりする事もなく、本当にただ報告をしただけで話は終わった。


だが問題はこの後だ。

報告をするだけで話は終わるかと思われたその直後に、葵さんはこう言った。


「悪いけど才人、今から学園に潜入してくれない?」


学園の生徒達ついてどうしても知りたい事があるらしく、僕を潜入させようと思ったらしい。

僕ならば最悪見つかっても、言い訳が出来るからという理由もあるそうだ。


僕は出来る事ならば行きたくない。

だから当然多少の反論ぐらいはした。


例えば学園のセキュリティシステムに引っ掛かったりするのでは、とか。

しかし葵さんは、僕が何を言ってくるのか完全に予想していたんだろうか。

学園のコンピューターに侵入して、セキュリティは解除した、と返してきた。

そんな簡単に侵入出来るのか、そもそも侵入出来るぐらいならそこから知りたい情報を盗んで来られないのか、等色々と思うところはあった。

だが何をどう反論しても、葵さんには無駄だと悟り、僕は敢えて追求しない事にした。


そうして僕は嫌々ながらもその指示に従ったと言うわけだ。


多少急いで向かった為か、大して時間が掛かる事もなく学園に着く。

昼間に見た時は非常に大きく、立派な校舎だと思った。

しかし今の時間帯に見ると、その大きさはただ不気味に感じさせる以外の役割を、はたしていなかった。


「う……」


学園に着き、いざ中に入るとなったところで、足が止まった。

何かあるかもしれないという不安に、足が入る事を躊躇ってしまっている。

だがその抵抗を必死に払い、覚悟を決めて学園内に入る。


学園にはすんなり入る事が出来た。

葵さんの言う通り、セキュリティは作動していないようだ。

葵さんは本当に学園のコンピューターに侵入出来ていたらしい。

情報収集の速さや技術、更にはあの誠さんや恭介さんよりも強いと言う。

全く、葵さんの凄さにはつくづく恐れいる。

記憶を失ってから今まで、おそらく一番敵に回すと怖い人物だろう。


昼間に記憶した高等部の校舎内を壁伝いに移動する。

懐中電灯等で辺りを照らすわけにもいかず、視界がよく確保されていない中で移動しようとした結果だ。

目指すは学園長室。

学園長室の位置は把握できている為、焦らず着実に足を進める。


目的地である学園長室の前に着き、中へと入る。

学園長室に入ると同時に、校内は更に闇をより濃いものにさせた。

月がその身を雲に隠し、光を照らさなくなった為だろう。

普段はそんな事で怖がる筈がないのだが、今は状況が状況だ。

視界の確保が更に難しくなったという事実は、自分が考えていた以上に不安や恐怖を加速させていた。


早く事を終わらせてしまおうと、手袋を付け、早速作業に移る。

学園長室のどこに生徒の情報が載っている資料があるのか分からない。

もしコンピューター内にある場合は、僕だけでは侵入する事が出来ない為、面倒だが葵さんに連絡しないといけない。

早々に終わるよう、出来れば直ぐに見つかるような場所にあって欲しいと願うばかりだ。


あれから数分程経っただろう。

全く見つかる様子もなく、いい加減物色を諦め、携帯電話を取り出した。

そしてそのまま葵さんに連絡しようと、指を動かした瞬間、それは何者かによって阻まれた。

携帯電話が、弾丸の様な物に射抜かれ、破壊されたのだ。


「……え?」


現状を直ぐに把握する事が出来なかった。

おそらくその後何も起こらなければ、僕は何も分からず、立ち尽くしていただけだったろう。

だがそれは、右の頬から感じられる痛みが許さなかった。

弾丸の様な物は携帯電話を破壊したあとも続けざまに放たれ、僕の右の頬を掠めたのだ。


僕はわけが分からないまま、学園長の机を盾に素早く隠れた。

それで危険が完全に回避出来たわけではないが、少なくとも落ち着いて頭を回せられるくらいの安全は確保出来ただろう。


「貴様、そこで何をしている」


若い青年の声だった。

僕と然程年齢は変わらないだろう。


「こんな真夜中にこのラウングロース学園に侵入。その上、よりにもよって学園長室で何かをしているという事は、当然それ相応の覚悟は出来ているんだろう?」


青年の顔は暗闇の所為で見られない。

だがおそらく、この学園の生徒である事は間違いないだろう。

しかしただの生徒ではないと、僕の直感が告げていた。

どうにか言い訳でもすれば見逃してもらえるだろうか?

いいや、無理だ。

これもまた直感に過ぎないが、どう言葉を取り繕ったとしても、彼は僕を見逃さないだろう。


「五秒数える内におとなしく出てこい。そうしたら命だけは見逃してやる」


青年は言った。

つまりそれは、おとなしく出てこない場合、即座に僕を殺しに掛かると言うわけだ。


「いち……」


僕の命を左右するカウントダウンが始まる。

おとなしく出て行って、警察に突き出されるのならまだいい。

アモスにいる葵さん達に言えば、直ぐにでも解放してもらえるだろう。

しかし命を奪おうとすらしている彼が、そんな普通の行動を取るとは思えない。


「に……」


ならば一体どうすればいいのか。

五秒というあまりに短い時間で、僕は生への道標を見つけ出さなくてはならない。


扉の前に青年は立っており、扉は塞がれている。

その上、おそらく先程の弾丸の様な物は魔法だと思うが、青年がどういった魔法を使うのかも分からない現状で、正面から迎え撃つのは無謀と言っていい。

さらにここは三階。

窓から飛び降りるなど、以ての外だ。


前も駄目、後ろも駄目。

上下左右は床、壁、天井。

まさに袋のねずみだ。


「さん……」


刻々とタイムリミットは迫っている。

最早悩んでいる時間はない。


「し……」


意を決し、ポケットに手を入れる。

そして中に入っていた物を掴み、急いで引き抜く。


「ご。時間切れだ!」


「ごめんなさああああああああい!!」


青年が数え終わったと同時に、精一杯の謝罪と共に僕は青年に攻撃を仕掛ける。

謝罪と言っても、青年に対してではない。

グロウシェイドで斬って飛ばした机の、持ち主である学園長に、だ。


「なにっ!?」


まさか机が飛んでくるなど、思ってもいなかったのだろう。

突然すぎる出来事に、青年は驚きを隠せていないと、たとえ暗闇で見えずとも分かった。


「くそっ!!」


ようやく暗闇にも目が慣れたのか、青年の行動がハッキリと分かるようになった


青年は慌てた様子で、大きく後ろに跳躍していた。

机もそれを追うかの様に飛んで行く。

そしてそのまま青年の体に直撃――しなかった。

机は青年の直ぐ目の前で多方向から何かに貫かれ、勢いが完全に静止した。


「くっ……」


出来れば直撃して、そのまま気絶でもしてくれればと思ったが、流石にそこまで甘くはないようだ。

だが本来の目的は果たせられた。

青年を学園長室の外へやり、退路を作る。

それと同時に時間も稼いでより逃げやすくする。

青年が飛んでくる机を対処している間に、僕は素早く学園長室から抜けだしていたのだ。


廊下を全力で駆け抜ける。

体力の配分など考えている余裕はない。

一刻も早く、この学園から抜け出さなくてはならない。

ただそれだけを考え、僕は走っている。


「逃がす――ものか!!」


叫び声が聞こえると共に、僕の脇腹を先程の弾丸の様な物が掠める。


「ぐあっ!!」


激痛と衝撃に耐え切れず、僕はその場に転倒してしまった。

痛みが感じられる場所を抑えると、ヌルリとしたものが僕の手に触れる。

これが何なのかは直ぐに分かった。

血だ。

頬の時とは比べ物にならないほど出ている。

血とはこれほどまでに嫌な感触だったのか。

ただ触っているだけで、様々な負の感情を起こさせる。


中でも最も大きいのは、恐怖だった。

但しそれは、血だけの所為ではないだろう。

何故だか僕は今、青年から命を狙われている。

以前のチンピラ同然の犯罪者グループなど比ではない。

人を殺す事に何の躊躇いもない、本当の殺意だ。


この世の全てをも呪いたくなる。

どうして命を狙われなくてはならないのか。

どうして僕がこんな目に遭わなくてはならないのか。


コツ、コツ、という足音が近づいてくる。

僕の考えなんてお構いなしに、青年は僕の命を狩り取ろうとゆっくりと、しかし確実に近付いて来ていた。


脇腹をやられ、もう本気で走る事は不可能だ。

それに仮に走る事が出来たとしても、彼の魔法を避けながら、逃げられるという保証はない。


激痛に耐えながら、直ぐ近くの教室に飛び込むように入る。

このまま廊下で倒れているよりは、安全だと判断したからだ。


「グッ――、ハァ、ハァ……」


脇腹を抑え、ふらつきながら再び机の影に隠れる。

そして机に背を預け、大きく息を吐く。


どうする、一体どうすればいい?

おそらくこのまま逃げていても、そう簡単に逃げさせてはくれないだろう。

それならば、迎え撃つしかない。


使えそうな物と言ったら、今手に持っているグロウシェイドぐらいだ。

数少ない魔具の一つであるから、能力を発動する事さえ出来れば、もしかすれば青年を倒せるかもしれない。

だがその肝心の能力を、発動させる方法が未だに分かっていない。


発動するか分からない能力に賭け、無謀にも向かっていくか。

それとも来るか分からない助けを待ち、ひたすら逃げ惑うか。

二つに一つ、どちらか選ばなくてはいけない。


「僕は、どっちを……」


「選ぶ必要はない。何故ならここで死ぬんだからな」


「っ!?」


油断していた。

正確にはまだ来ないと思い、気配を感じ取る事を怠っていた。

青年の方も気配を殺し、僕に近付いて来ていたのだろう。

こちらは気配を感じ取ろうとせず、もう一方は気配を気付かれぬよう消していた。

そうなれば僕が気付かないのは至極当然の事だった。


誰の目から見ても分かる、僕の負けだ。

青年は僕を完全に捕えており、即座にグロウシェイドを振ったとしても、それよりも早く僕の息の根を止めるだろう。


「あ――」


最早声も出なかった。

僕の運命は既にそのまま死へと直結している。

文字通り、手も足も出ないのだ。


「これでチェックメイトだ。最後に遺言ぐらいは聞いてやる」


遺言?

そんなものあるはずがない。

元々ここで死ぬ気など、なかったからだ。


あまりにも唐突すぎる。

その所為で、先程まで感じていた死への恐怖すらも忘れている。


「どうした、何もないのか? なら……」


青年は手をゆっくりと振り上げる。

その行動が何を意味しているのか、直ぐに分かった。


僕は、ここで終わりなんだ。


そう悟った瞬間、様々な後悔が胸に押し寄せる。

しかしそれも全て、今となってはもう遅い。


もしも、もしも最後に、願いが一つだけ叶うのならば、皆に会いたい、そして、謝りたい。


まぁでも、そんな願い事すら、叶えてくれないみたいだけど。


「死ね」


そして、青年の手が、無情にも、振り降ろされた。

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