第十九話「その少年、主人公」
僕がこれから通う学園は、ラウングロース学園と言う。
その学園はマジシャンとルーザーの両方が通っており、それぞれ魔法科と一般科に分かれている。
マジシャンである以上、僕も当然魔法科に通う羽目になった。
しかし最悪な事に、僕は魔法を使えない。
どうやら僕を通わせる上で、そればかりは誤魔化しようがなかったらしい。
そもそもそれなら何故、僕を潜入させたのか。
文句を言っても仕方がないのは分かっている。
けれどどうして、よりにもよって僕なのか、それだけが腑に落ちずにいた。
「はぁ……」
僕は度々吐いている溜息を、その学園の校門前で吐いた。
厳しい残暑が、より一層気分を重くさせる。
今日からここに通うというのに、嬉々とした感情は表れなかった。
「どうしたの、お兄ちゃん? そんなに最初から落ち込んでたら駄目でしょ。もっとシャキッとしなきゃ!!」
「瑠璃……」
そう、僕の隣には瑠璃が立っている。
葵さんに言われたまま家に帰った後、僕は姉さんと瑠璃に学園に通う事を話した。
これから毎日学園に通う上で、それを悟られないのは難しいと判断したからだ。
だが当然、潜入捜査については秘密にしている。
アモスの仕事上で、とだけ話すと、意外にも二人は深く追求してこなかった。
そして更に意外だったのは、その学園には瑠璃も通っていたと言う事だ。
どうやら初等部から高等部までエスカレーター式で、そこの中等部に瑠璃は通っていたらしい。
因みにその時瑠璃に、「私の通ってる場所忘れちゃったの!?」と怒られたが、どうにか切り抜けた。
――とまぁ、そんなこんなで今に至るわけだ。
「お兄ちゃん、何ブツブツ言ってるの?」
「な、何でもないよ!」
「ふぅん。それよりもお兄ちゃん。私こっちだから、もう行くね」
「うん、行ってらっしゃい」
中等部と高等部の校舎は別になっている。
その為僕は瑠璃と校門で別れる事となった。
無論僕だって立ち尽くしたままというわけにもいかず、高等部の校舎へと歩いて行く。
学園内の地図を完全に把握出来ているわけではないが、職員室だけは率先して覚えた。
職員室に行く事さえ出来れば、後は教師の指示に従うだけでいいからだ。
職員室まで歩いている途中、多少周りの生徒の注目を浴びていたが、やはり転入生だと分かるものなのだろうか。
風景を見慣れていない場所を歩くと言うのは、新鮮味と同時に、不安も感じる。
そんな感覚のまま、職員室に着くと、僕の入るクラスの担任である、若い男性に出会った。
その担任に軽く説明を受け、その後に続く。
「ここが、君の入るクラスだ。先に僕が行くから、呼んだら入って来なさい」
「はい、分かりました」
言われた通り、教室の前で待機する。
中で担任の声がする。
僕の事も含め、連絡事項を生徒達に伝えているのだろう。
少しの間暇を持て余していると、意外にも直ぐにお呼びの声が掛かった。
その呼び声に応じ、扉を開け、教室の中へと入る。
途端、先程まで担任、または友人や、窓の外へと向けられていた視線が、扉の開く音がするなり、全員が僕へと注目した。
それは想像していた以上に、僕の体をより硬くさせた。
悟られる程ではないが、小刻みに足が震えている。
震えた足で、ゆっくりと教卓の隣の位置まで進む。
傍から見たら数秒程度の出来事も、僕にはそれが何倍にも感じられた。
黒板の前に着くと止まり、黒板に自分の名前を書く。
「今日からこのクラスに入る事になりました。白銀才人って言います。よろしくお願いします」
特に何か挨拶を考えていたわけでもなく、面白味のない平凡な挨拶をする。
何人かの生徒は僕の挨拶が終わると、ヒソヒソと話していた。
それは明らかに、自分に対しての事だと分かった。
だからこそ一体何を話しているのか、尚更気になって仕方がない。
担任からの僕の紹介も終わり、僕は自分の席となった場所に移動し、座った。
担任からの紹介には、僕がアモスに入っていると言う話は無かった。
やはり潜入捜査とあって、秘密にされているのだろうか。
その後大した話も無く、ホームルームは終了した。
そして次の授業まで、少しの時間が空く事となる。
ならば当然、突然の転入生に生徒達は集まって来るわけだ。
何人もの生徒達が、席を立ち、僕の元へと向かって来る。
予想は出来ていたので、驚く事はなかったが、大勢の人物に詰め寄られるのは、あまり慣れているものではなかった。
そんな中一人、飛び抜けて早く向かって来た人物がいた。
「なあ、転校生。俺と勝負しようぜ!」
瞬間、僕含め、辺り一帯が沈黙の空気に襲われた。
「……はい?」
あまりに突拍子もない言葉に、何をどう反応すればいいのか、全く分からなかった。
ただ周りの生徒は、「またか……」と言った様子で、呆れているだけだった。
つまりこの栗毛の青年の突発的な行動は、日常茶飯事と言う事だろうか。
「だ~か~ら~。俺としょう――ぶっ!?」
栗毛の青年が言い終わる前に、その頭が凹型に変形した。
そしてそのまま床に倒れた。
よく見ると誰かから、手刀を食らっていたみたいだ。
「何言ってんの、あんたは。転入生の彼、困ってるでしょうが!」
栗毛の青年に手刀を食らわしたのは、赤髪にポニーテールと、明るい印象が持たれる少女だった。
「ごめんね、えっと……才人君。こいついつもこんな感じだから、無視してくれていいわよ」
「あ、うん……」
脳が未だに状況の判断を仕切れていない為か、気の抜けた返事しか出来なかった。
「あたしの名前は火野原 雅。こっちの馬鹿は一色 佑助。呼び捨てで呼んでくれていいわよ。その代わり私達も呼び捨てにするから」
「うん、よろしく。みや、び」
状況の整理は出来ていないものの、挨拶をされた以上、こちらも返さないわけにはいかない。
「――ってぇな! 何すんだよ!?」
挨拶を終えたところで、先程まで倒れていた佑助が、ようやく起き上がった。
変形していた頭は、既に元に戻っていた。
いきなり手刀を食らわしてきた雅に、当然ながら怒っていた。
「何って、こっちが聞きたいわよ。いきなり勝負って、何考えてんの?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれた……」
雅の質問に、佑助は不敵な笑みを浮かべた。
初対面の僕でも、今からろくでもない事を言うのだと、安易に予想がついた。
「こんな時期に突然現れる謎の転校生! 俺は確信したね。こいつが俺の永遠のライバルになると!!」
いや、何それ……?
「はぁ? あんた、またそれ?」
「えっと……どういう事?」
僕を置いて、二人で話が勝手に進んでいたので、近くにいた男子生徒に説明を求めた。
「あぁ、あいつ……あ、佑助の方な。よく分からんけど、『主人公』ってやつになろうとしてるんだ」
「そう、その通り。俺は主人公になる。まず世界を救って、そして――ハーレムエンドを目指すのさ!!」
突っ込み所が多すぎて、どこから突っ込めばいいのか分からない。
ただ一番突っ込みたいのは、世界を救う事よりも、ハーレムが主目的である事だ。
堂々とし過ぎていて、逆に清々しい。
「その時のハーレムには雅、お前も入れてやるよ」
「別にいいわよ。そもそも謎のって、ただの転入生じゃない」
雅が至極真っ当な意見で反論する。
「い~や、俺には分かるね。才人は絶対、どこかの組織から潜入を命じられたスパイだ!!」
「そんなわけないでしょ。ねぇ、才人?」
「う、うん……」
実は当たっているだけに、反論のしようがない。
「それにこの学園のどこに、潜入してまで調べる様な事があるのよ?」
「あ~……女子生徒の個人情報?」
「そんなの調べるの、あんたぐらいよ!!」
と、雅が再び佑助に手刀を食らわせる。
その夫婦漫才の様なやり取りに、既に慣れそうになりつつある僕が居た。
突然の事で最初はよく分からなかったが、今は愉快なカップルだな、とそう思えた。
「「カップルじゃない!!」」
「え、そうなの!?」
「そうよ。あたしとこいつはただの幼馴染。付き合ってなんか全然ないわよ」
「全くだ。俺はハーレムを目指してるから、一人じゃ終わらねぇよ。大体こんな暴力女、誰がいるかっての。どうせ三十路になっても、相手がいなくて一人寂しく――」
言い終わる寸前、時間がスローモーションで動いていた。
佑助の顔の頬に、雅の拳が当てられ、そのまま拳に押されていた。
顔は先程以上に酷く変形していき、首が折れるんじゃないかと思う程だ。
雅の腕が伸びきると、佑助の体が、まるでドリルの様に回転し、飛び、舞った。
わぁ、人間って、飛べるんだね。
衝撃すぎる出来事に、それしか思考する事がなかった。
そして時間は、元の速さへと戻った。
「ねぇ、何か言った?」
「びびべ、ばびぼびっべばべん(いいえ、なにもいってません)」
床に倒れた佑助が、体をピクピクと震わせながら答える。
本気で痛そうだ。
「そう、それならいいの」
何故だろう。
凄く似たやり取りが、アモスでもあった気がする。
「雅って、葵さんと凄く気が合いそうだね……」
「葵さん?」
「いや、こっちの話……」
気は間違いなく合うが、二人を会わせてはいけない。
そんな直感が、僕を襲っていた。
「それよりも雅。えっと、学園の案内、頼んでもいいかな?」
僕のここに来た本来の目的は潜入捜査だ。
ただ単に学園生活を楽しむ事が第一目的ではない。
だからこそまずは、学園の地図を把握する事が、最も優先すべき事項だ。
「あぁ、そっか。まだ転入初日で分からないもんね。いいわ、私に任せなさい!」
「うん、ありがとう」
「うわ、その笑顔反則……」
「何が?」
「いえ、分からないならいいわ。ただ私は良いとして、何人かは既にアウトね……」
言葉の意味が上手く理解出来なかった。
ただ女子生徒の視線が少し強くなったのは、気のせいだろうか。
「学園の案内なら、俺も行くぜ!」
「復活早っ!?」
最早再起不能かと思っていた佑助が、見事なまでの短時間で、復活していた。
「ま、慣れてるからな!」
慣れだけで、こうも早く復活出来るものだろうか。
拓郎と言う人間の異常なまでの根性に、僕は感心せざるを得なかった。
「あんたも来るわけ……?」
「才人は俺の、永遠のライバルになる男だからな。そのライバルについて、知っておくのは当たり前だろ?」
「いや、だから何それ……?」
「永遠のライバルだか何だか知らないけど、まぁいいわ。ゴメンね、皆。才人借りていくわ!!」
と、雅はクラスメート達にそう言った。
何人かの生徒達から抗議の声が上げられたが、雅は構わず僕を連れて教室を出た。
主人公に憧れる愉快な少年、一色佑助。
少し暴力的だけど、佑助を止める良い突っ込み役の少女、火野原雅。
新たに始まった学園生活に僕は、予想以上に忙しそうだと思ったが、でもそれ以上に楽しそうだとも感じた。
「ほら、佑助も来るんだったら、さっさとしなさい!」
「でも雅、まだ一限目も始まってないぞ?」
「「あ……」」