表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀色世界  作者: レイ
19/26

第十八話「変化は常に」

「いたたたたたたたたっ!?」


「ほら、じっとする!」


僕は今、全身の痛覚に喚きながらも、アシュリーから治療を受けている。

どうやら見た目ほど大した傷ではなかったらしく、簡単な治療で済まされた。


「全く。よくあれだけ血流しておいて、貧血にもならなかったわね」


「同感」


もしもなっていたら、今頃負けていただろう。

そうでなくてもお父様が止めてくれていなければ、負けていたかもしれないというのに。

本当に運が良かったとしか言いようがない。

いや、こんな状況に陥る時点で運が悪いのか……?


「と、とにかく勝ってくれた事には、その……一応、感謝しとくわ。ありがとう……」


アシュリーは照れ臭そうに、手でその美しい髪を、クルクルと弄りながらそう言った。


「へ?」


「だから、えっと、お礼……とか……」


「いや、待って。何の話?」


「……え? 何って、交際の……」


「……あぁ、そういえばそんな理由で戦っていたんだっけ」


すっかり忘れていた。

傷の痛みやら、戦いが終わった安堵感やらで、そんな事はとっくに記憶の外に行っていた。


僕の言葉を聞くと、アシュリーの顔が途端に呆れた表情へと変わった。


「あなた、馬鹿?」


「ち、ちがうよ!!」


多分。

完全に否定しきれないのが悲しい。


「やぁ。付き合っているだけあって、仲は良いみたいだね」


そんな風に話していると、今回の件の張本人とも言える、お父様がこちらにやって来た。


「才人君、傷は大丈夫かい?」


「あ、はい。そんなに大した傷じゃなかったみたいです」


痛みなどはあるものの、動かす分にはさして支障がないと、体の感覚で分かる。


「そうか、それは良かった。流石はアモスに入っているだけあるね」


「お父様、そんな社交辞令は結構です。それよりも――」


長ったらしい話は嫌いなのか、アシュリーは簡潔に話を終えようとする。


「あぁ、言わなくても分かるよ。交際について、だね?」


「……はい」


考えている事など、全てお見通しといった態度にアシュリーは少し、不服そうにしていた。


「確かに才人君は鷹に勝った。その強さは認めるよ。だが、それだけではまだ交際は認めない!」


「お父様、それでは約束が違います」


お父様の発言に驚愕しながらも、アシュリーはあくまで食い下がる。

言葉は静かだが、明らかな怒りの視線を、お父様に向けていた。


「アシュリーこそ何か勘違いしていないかい? 確かにパパは試験をすると言ったけれど、試験があれで終わり、とは一言も言った覚えがないよ」


まるで子供のような言い訳に、僕は怒るよりも何よりも、呆れるしかなかった。

それと同時に、それ程までに娘の事を思っている父親の愛情に、心温まるものがあった。

しかし当の本人は、意地悪されているとしか、思っていないのだろう。

愛情と言うのは、注がれている本人は存外気付かないものだからだ。


「では、最終的に何を、どうすれば、認めてもらえるのですか」


「そんなに怒らなくても次で最後だよ。なに、簡単さ。今度はアシュリーが才人君と戦えばいいのだからね」


「「…………はぁ?」」


一体この人は、いやこの親子は何度、僕を驚かすと気が済むのか。


「もしいざという時、女性に守られる様な男性は、交際相手にはふさわしくない。才人君もそうは思わないかい?」


「え? ま、まぁ、そうです……ね?」


いきなり話を振られた事に、若干戸惑ったものの、お父様の言う事に納得出来るものがあったので、同意した。


「だからアシュリーと戦い、アシュリーに勝ったなら、今度こそ交際を認めよう」


こちらもその考えは理解出来る。

納得もいく。

だが、


「あの、リアトリス……さん」


耳打ちをする為に、お父様の耳元へと歩み寄る。

そして、囁く。


「もし、アシュリーがわざと負けたら、どうするんですか?」


囁いた途端、お父様の顔は「しまった」といった表情に変わった。

阿呆だろ、この人……。


「だ、大丈夫だよ、才人君。アシュリーは負けず嫌いなところもあるからね。そういう事には手を抜かないさ」


「じゃあ、僕がアシュリーを傷つけても、いいんですか?」


「だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ!! あ~……傷つけずに勝ちなさい!!」


無茶言うな……。


「それに、アシュリーって優しいですよね?」


「あぁ、優しいね!」


何で自信満々なんだ……。

僕もどうせこう答えてくるのが、分かっていて質問したのだけど。


「そんな優しい子が好きな人と戦いたいと思いますか? もしかすると戦わせようとした、という理由で『お父様何て大嫌い!』ってなるかもしれませんよ」


「っ!?」


実際に言われる事を想像したのか、お父様の顔は最早泣きそうになっていた。

流石にちょっと言い過ぎたかもしれないと、後悔する。


「分かった、もういい。アシュリーとの試合は無しにする!!」


だがその甲斐はあったようで、概ね期待通りの結果に至った。


再びアシュリーの元へと戻る。


「あなた、一体何言ったの……?」


想像もしていなかったのであろう事態に、流石のアシュリーも動揺していた。


「問題点の指摘を、少々」


「どういう事?」


「あ~、気にしなくていいと思うよ」


「……分かったわ。気にしないでおいてあげる」


アシュリーはあくまで公言しようとしない僕に、不満を募らせている様子だった。


「それよりもお父様。結局交際は認めて貰えますか?」


「む、むむ……」


一体どうしたものかと、お父様は困り果てていた。

一度アシュリー側に味方した以上、これからもそうするつもりだが、お父様の方にもフォローを入れるべきか、悩む。


「……仕方がない。今だけは、認めよう……」


そして考えに考え込んだ末、遂に、お父様の方が折れた。


「い、今だけだからね!? パパは完全に認めたわけではないからね!!」


せめてもの抵抗。

しかしそれすらも、アシュリーは軽く払い飛ばした。


「分かっています。さぁ、才人。お父様にも認めて貰えた事だし、デートに行きましょうか」


アシュリーは僕の腕に、見せつける様に抱きつき、そう言った。


「え!?」


アシュリーの突然の行動と発言に、お父様ではなく僕が驚き、声を上げる。


「だって付き合っているんですもの。デートをしたところで、何もおかしくはないでしょう?」


「それは、そうだけど……」


それはあくまで、本当のカップルならば、という話だ。

嘘の交際で平静とした態度でデートを公言出来るほど、僕は出来た人間ではないし、女性慣れもしていない。


チラリと横目で、お父様を見る。

お父様は悲しみや怒り、様々な感情が入り混じった何とも言えない表情で、僕とアシュリーを見ていた。

その視線に耐えられなくなり、顔を背ける。


「どうしたの? 行かないの?」


おそらくアシュリーには僕がどう答えるか、分かっていて質問しているのだろう。


「行き、ます……」


この様な空間に、いつまでも耐えて居られるほど、僕は強靭な精神を持ち合わせていない。


「良かった。じゃあ早速行きましょう」


「アシュリーーーーーーーーー!!」


娘を取られたショックに、お父様は今度こそ泣き崩れてしまった。

そんなお父様を見向きもせず、アシュリーは僕を引っ張り、外へと連れ出した。


綺麗な薔薇には棘がある、というのはまさしくこの事を言うんだろうか……?

いや、微妙に違う気がする。


外へと連れ出された後、僕はアシュリーと二人、並んで街を歩いていた。


「あのさ……」


その間終始無言だったのだが、別に無言の空間が辛くて話し掛けたわけではない。

ただ少し、言っておきたい事があっただけだ。


「……何?」


「流石にちょっと、可哀想だった気が……」


今頃どうしているのか、怖くて想像もできない。


「別にいいのよ。昔からあんな感じだったもの」


昔から、と言う事は娘に近づく男達には皆、あんな調子だったのだろうか。


「私はよく覚えてないけど、私が三歳ぐらいの頃から、近づいてくる男の子は払っていたらしいわよ。払わなかったのなんて、鷹ぐらいじゃないかしら?」


流石にそれは、親として正しいのか、どうなのか……。

ここまで理解に苦しむ人物も、そうは居まい。


「本当、昔から変わってないわ。反抗期でなくても鬱陶しく感じるくらい……」


と、言葉は否定的なのだが、その表情は本当に微かにだが、笑っていた。

おそらく本人には自覚していないだろう。

それで、口ではああ言っていても、父親を嫌っていないのだと悟る事が出来た。


「何、その顔。妙に腹立つんだけど」


「え、僕何か変な顔してた?」


「ええ、とっても気持ち悪い顔していたわ。……ってこのやり取り、前にもあったわね……」


「確かに……」


以前にもあった同様のやり取りに、二人して既視感を感じた。


しばしの沈黙。

しかしそれは、アシュリーによって直ぐに破られた。


「そういえば、才人はこれからどうするつもり?」


「どうする、って?」


「本当は何か、用事あったんでしょう? 私が無理矢理巻き込んだから、今はここにいるけど」


確かに、当初の予定では僕はアモスに行くつもりだった。

そのつもりが、様々な出来事が折り重なり、今に至っている。


ただ、アモスには本来行かなくてもいい

自主的に葵さんに訓練をつけてもらっているだけだからだ。

そう、だから必ずしも行かなければならない、と言う事ではない。


葵さんに、連絡さえしていなければ。


「――とまぁ、その、色々ありまして……遅れました。ゴメンナサイ」


正座をさせられたまま今までの経緯を、掻い摘みながら葵さんに説明した。


「へぇ、人を散々待たしておいて、そっちは彼女とイチャイチャしていたわけ……」


「いや、だから彼女じゃありませんって」


因みにあの後、アシュリーと別れ急いでアモスに向かったものの、許しては貰えなかった。

まず着いた時点で一発、遅れた理由を説明している途中で数発、殴られた。

蘇芳との戦闘でついた傷が、いくつか開いたのは言うまでもない。


「全く、こっちにも用事とかあるのよ? それに携帯で連絡するとか、事前に出来る事もあったでしょうが」


「ゴメンナサイ……」


こちらが全面的に悪い以上、何も言い返す事は出来ない。

仮に出来たとしても、葵さんの場合はそれを聞きもせず殴ってきそうで、結局は出来ない。


「ま、これ以上同じ事言っても変わらないか。それよりも才人、あなたに任務的な事、来たわよ」


そう言って葵さんは、僕に何かの衣類を、投げつけてきた。


「これ、何ですか?」


「近くにある学園の制服。あなたそれ着て、来週からそこに通いなさい」


「へ? な、何で……?」


「理由はいくつかあるわね。まず一つは、記憶喪失で失った知識をまた学んでくる事。で、次に、これが一番大きな理由なんだけど、いわゆる『潜入捜査』をしてほしいのよ」


葵さんによると、とある大きな事件に、その学園が関わっているかもしれないという情報が、入ってきたらしい。

だがその事件がどういうものかは、教えて貰えなかった。


「でも学生として潜入しただけで、そんな簡単に分かるものなんですか?」


「十中八九無理ね。実際に調べるのはあくまで私達。あなたはその間を繋ぐ回線みたいなものね」


大した成果は、期待されていないと言う事だろう。

勿論そんな事は自分でも重々承知しているし、一々落ち込んだりはしない。


「実際に入学したら、必要に応じて私達が指示を出すわ。それ以外は基本的に好きにしてていいわよ」


「学園生活を満喫していろ、って事ですか?」


「まぁそういう事ね。彼女を作ったりしても、勿論オーケーよ? あ、でも既にいるわね」


と、葵さんはからかいながら言ってくる。

ここで向きになっては葵さんの思う壺だ。

一言言いたい衝動を無理矢理に抑え、平静な態度で対応する。


「どうせ出来ないでしょうし、変な期待しても無駄ですよ?」


すると案の定、葵さんはつまらなさそう顔をしていた。


「取り合えず用件はこれで終わり。訓練は……今日は止めておいた方が良さそうね。詳しい説明は今度するから、さっさと帰って休みなさい」


「は、はい」


僕は葵さんに言われるがまま、アモスを去り、家へと帰った。



◆葵


才人が去っていくのを見届けて、直ぐ様ある人物へと電話を掛ける。


「あ、もしもし? 才人に伝えといたわよ」


『そうか、ありがとう。これで一応仕込みは完了した事になるね』


相手はうちの上司だ。

誠や恭介の馬鹿が、数少ない苦手としている人物。

まぁその数少ない人物の中には、私も入っているのだけど。


「だけどいいの? よりにもよって才人に潜入させて」


『……どういう事かな?』


「才人なら、私達に指示された事以外は、相談するよりも先に、自分で解決しようとするわよ。多分それに関しては、記憶を失ってからでも変わってないと思うわ」


『それならそれで、こっちが楽でいいさ。ともかく彼には期待しているんでね。やりたい放題やってくれて構わないさ』


この上司が一体何を企んでいるのか、私でも分からない。

いや私どころか、他の誰も知らないだろう。

そういう人物なのだ。

誰にも明かそうとせず、何を考えているか分からない不気味な奴と、わざと周りに思わせようとしている。

本当に、嫌らしい奴。


「何を期待してるのかは知らないけど、そうそう期待通りにはならないわよ。記憶を失ってから、すっかり丸くなったもの」


『ふむ……見た限りだと、俺にはとてもそうは思えないな』


「……会ったの? いつ?」


本当にいつの間に。

あまりの抜け目のなさに、思わず感心してしまう。


『ちょっと前にね。気付かれない様に観察していただけだよ』


つまり見られている事に才人は気付いていなかった、という事だ。

いくら相手が同じアモスのメンバーで、相当な実力者とはいえ、気配に全く気付かなかったというのはあまりに情けない。

今度は目隠しさせて訓練をつけてやろうかと、少し嫌がらせじみた案が、頭に浮かぶ。


「それで、そうは思えない理由って?」


『確かに、表情や性格はそうかもしれない。けど彼の眼はまだ丸くなっていなかったからね。何かを決意したような、強く鋭い眼をしていたよ。それについては本人も気付いていないだろうさ』


「へぇ~、じゃあその強く鋭い眼とやらを、今度会った時にでも観察させてもらおうかしら」


『あぁ、そうするといい。ではこちらも忙しいから、そろそろ切らせてもらうよ』


「えぇ、また」


それ以降携帯が喋る事はなかった。


辺りを静寂が包む。


何か大きな出来事が動き始めている。

そのような感覚を私は、心の中で微かに感じ取っていた。

というわけで、ここまで読んでくださって、ありがとうございます!

次回からは『学園編』(○○編がしたかっただけ)が始まります。

以降も読んで頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ