第十六話「再会、そして後悔」
シロクロコンビと共に、仕事へいったあの日から数日。
僕はもう何度目かも分からない、アモスへ行くという行動のついでに、街をうろついていた。
基本的に暇があれば訓練をする気でいる。
今の僕には、それしかする事がないのだから。
「――とは言っても、どうしたものかなぁ」
訓練ばかりしていたところで、現状は何も変わらないのは分かっている。
それよりも記憶を取り戻す方法を考えるべきだ。
考えるべきなのだが、何かすれば確実に元に戻る、とかいう方法があるわけでもなく。
研究所から持ち帰った本は、相も変わらず固く閉ざされたまま、開く様子は微塵もない。
結局は低回しているだけだった。
「はぁ……ん?」
溜息をつき、再び顔を上げたところで、一人の人物を見つけた。
人混みの中でも映える金髪と、その美しい顔。
間違いない、彼女は――
「アシュリー!?」
僕が数日前出会った、アシュリーだった。
アシュリーは僕の声に反応し、振り向いた。
「え? さい、と……?」
僕と再び会う事が予想外だったのか、アシュリーは目を見開いた。
「うん、久しぶり」
長ったらしく話しているつもりはなかった。
少しの間世間話でもし、直ぐにアモスに行こうと考えていた。
「丁度良かったわ。ちょっと協力してくれる!?」
「へ?」
だからこんな事になるなんて、思ってもいなかった。
突如アシュリーに腕を引っ張られ、それと同時に腕に抱きつかれた。
「な、なな、何を!?」
「いいから!」
ただでさえ女性にそれほど慣れているわけではない。
その上抱きつかれるなんて、以前の手を繋いだ時とは、比べ物にならない気恥ずかしさだった。
アシュリーの大きいとも小さいとも言えない、ふくよかな胸が、僕の腕に抱きついた事で押し潰されている。
その感触と光景に、鼻血が出そうになった。
「アシュリー、待ちなさい!」
僕が気恥ずかしさで悶えていると、一人の男性が僕、というよりはアシュリーの元へと、やってきた。
「どうしてそんなに避けるんだい?」
男性は悲しそうな表情で、アシュリーに問う。
「えっと……誰?」
「お父様」
「お父様ぁ!?」
お父様って言う人、初めて見た……じゃなくて。
目の前男性は確かにアシュリーと同じ金髪で、顔もどこか似ているところがある。
だが男性の年齢は、どれだけ多く見積もっても、精々二十代後半程にしか見えない程の若々しさだ。
お兄様、の聞き間違いじゃなかろうか?
「ん、誰だい君は? 親子の間に入らないでくれないか?」
聞き間違いじゃなかった……。
「それに、君にお父様と言われる筋合いはないよ。私にはリアトリスという名前があるんだ」
アシュリーのお父様らしい、リアトリスと名乗る人物は、隠す気もなくあからさまに、僕を邪魔者だという顔で見てくる。
「あ、いや、僕は……」
「私の彼氏。これからデートだから付いて来ないでくれる?」
「「なにぃ!?」」
あまりの爆弾発言に、声を上げる。
しかもお父様に至っては、顔色を真っ青にし、今にも倒れそうで心配になる。
「あ、アシュリー?」
「お願い、あわせて」
僕が問うよりも早く、耳元に呟いてくる。
そして一応だが理解した。
事情は分からないが、アシュリーはこのお父様から逃げ出したいみたいだ。
「ど、どういう事だい、アシュリー? パパに内緒で彼氏なんて……」
パパ……。
もうどこから突っ込んでいいのか分からない。
「不良に絡まれた事があって、その時に助けてもらったの。それ以来付き合っているわ」
前半は嘘ではないから困る。
「そ、そんな……」
最早この世には絶望しかない。
そんな表情でお父様はその場に崩れ落ちた。
流石に可哀想な気がしないでもない。
「さっ、行きましょう」
アシュリーは気に留める様子もなく、立ち去ろうとする。
すると、先程まで崩れていたお父様が突然立ち上がった。
「待ちなさい。待って。待ってください、お願いします!」
あまりの必死さに、可哀想を通り越して、哀れだ。
「……何ですか?」
それでもアシュリーは止まりこそしたものの、振り向きはしなかった。
アシュリー、それはいくらなんでも酷いぞ……。
そして僕の存在が完全に無視されている事に薄々気づき、泣きそうだ。
「えっと、そこの少年――」
「才人です」
良かった、無視されていなかった。
「才人……!?」
僕の名前を聞くと、お父様は何に驚いたのか、声を上げた。
「えっと、何か……?」
もしかして、記憶喪失になる前に知り合った事あるのか……?
「いや、何でもないよ……。それよりも才人君。君はアシュリーと付き合っているらしいが……」
嘘ですけどね。
「私やアシュリーがどういう身分の者か、分かっているのかい?」
「えぇ、まぁ……」
アシュリーがお嬢様だという事は聞いた。
だがおそらく聞いているのは、そういう事ではないのだろう。
ないのだろうけど、取り合えず知っている事にした。
「なら分かるだろう? 君がどういう人物か知らないが、身分違いというものだ」
いくらアシュリーと別れさせる為とはいえ、その物言いには流石にカチンときた。
何か反論しようと思ったその時、
「待ってくださいお父様!」
アシュリーが割って入ってきた。
「アシュリー、彼がどれだけ優しかろうと強かろうと、身分が違うという事実に変わりはないんだよ?」
「いえ、そんな事ありません。お父様は知らずに言っているのでしょうから、言っておきますが、才人はこう見えてこの若さでアモスに所属しています」
こう見えてって何だよ……。
僕そんなに頼りない見た目か?
「それは本当かい!?」
アシュリーの言葉に、お父様は思わず驚き、こちらを改めて見直す。
というより、今初めてまともに見られたかもしれない。
「は、はい……」
持っていたアモスのカードを、取り出し見せた。
「これは……確かに本物だ。まさか君の様な若さで入っているなんて、驚いたよ」
先程までの少し見下した様な態度が、一変してなくなっている。
その事にこちらの方が驚いてしまう。
「どう? お父様、これでも身分違いかしら?」
「確かに……。身分違いというのは撤回するよ。悪かったね」
「い、いえ……」
こうも急に態度を変えられると、こっちが困ってしまう。
「だが、それとこれとは話が別だよ。アシュリーとの交際は認めない!」
あ、結局そうなるんですね……。
予想はしていたが、いい加減面倒くさいと思う。
というか何ですかそのポーズ。
「異議あり!」みたいな、感じの。
本当にこの人、アシュリーの父親か?
「じゃあ、どうすれば認めてもらえますかね……?」
もう何でもいいから、さっさとアモスに行かせてくれ。
今なら大体の言う事なら聞いてしまいそうだ。
「そうだな……」
お父様は暫くの間、手を顔に当てながら、考え込んだ。
そして、改めてこちらを見、こう言った。
「私はね、娘を誰かに嫁がせるとしたら、娘を守れる、頼りのある男性の元へ嫁がせたいと思っているんだ」
「はぁ」
何故に結婚の話になっているんだ?
自分で話をかなり飛躍させている事に気付いていないんだろうか。
「だから君が頼りのある男性かどうか、試験させてもらうよ」
「ええええええ!?」
「なに、心配する事はないよ。アモスに入っているのなら、それ相応の実力はあるんだろう? なら大丈夫さ」
「それは、その……」
相応の実力を持っていたのは前の話であって、今はもう目も当てられない程に弱くなっている。
どういった試験かは知らないが、認めてもらえる気がしない。
アシュリーに救いを求めてみても、
「それならいいわね。分かりました。その試験、受けます!」
この様に、受ける気満々だ。
頼むから少しは僕の意思と言うものを尊重してほしい。
「では早速準備するとしようか」
お父様はそのまま去っていった。
「期待、してるわよ?」
「……はい……」
うぅ、何でこんな事に……。
そこから先の事は、あまり記憶に残っていない。
気が付けば近くにある、アシュリーの別荘らしい場所に呼ばれ、そこの庭に立たされていた。
庭とは言っても、お金持ちとあってか、その広さはとてつもなく広大だ。
眼前には、僕と然程歳の変わらない見た目をした青年がいる。
確かお父様の知り合いの息子で、歳にしては優秀なマジシャンだとかどうとか。
僕はその青年と、よく分からないが決闘する事となった。
勝負の方法は人命に関わらなければ基本的に何をしてもいい。
魔法も当然使っていい。
武器は鈍器のような、用法上の凶器までなら許可された。
だがグロウシェイドは刀や鉄砲等、性質上の凶器なので、使えない。
もっとも、まともに扱える気がしないのだけど。
しかも僕は記憶喪失の所為で、魔法も使えないときた。
つまり、素手で戦って、負かさないといけない、という事だ。
「本人が負けを認めるか、私が勝負は決したと判断を下したら、その時点で終わりだ。さぁ、才人君。君の力を見せてもらうよ」
そんな期待されても困るんですけど……。
本当、何でこんな事になったんだ?
僕の予定だと、今頃アモスで訓練を受けているはずだったというのに。
アシュリーに話しかけた事が間違いだったんだろうか……?
「おい!」
後悔で落ち込んでいる中、いきなり呼びかけられた。
呼んだのは、これから僕と戦う事になっているらしい青年だった。
「は、はい!」
「俺様もよく分かってないけどよ。やるのか、やらないのか、どっちなんだ!?」
いい加減待ちくたびれたのか、いらついた顔でこちらに話しかけてきた。
「え、えっと……」
チラリと横目でアシュリーを見る。
アシュリーは自信満々の表情と、期待に満ちた目でこちらを見ていた。
この時点で、僕には逃げ場がないと、悟ってしまった。
「やり、ます」
僕の返答を聞き、青年はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ハッ、じゃあもう、やるぜ?」
「え……?」
何を、と聞くよりも早く、身体が反応した。
地面を蹴り、右へ跳ぶ。
直後、元々自分が居た場所には、青年が殴りかかって来ていた。
僕がいなくなった事で、代わりに殴られたのは、大地だった。
青年がその拳を叩きつけた瞬間、大地が唸り、その体を割っていく。
そして、小さなクレーターが、出来あがった。
「いいっ!?」
「ほぅ、よく俺様の攻撃を避けたな。流石はアモスって事か……」
青年は僕に避けられたというのに、悔しがるどころか、むしろ喜んでいるようだった。
「ハッ、おもしれぇ……」
いや、こっちは面白くないから!
「俺様の名前は蘇芳 鷹。今からお前を倒す奴の名前だよ!」
言い終わると同時に、蘇芳と名乗る青年は、再び殴りに掛かってくる。
「何で……こーーなるのーーーーーーー!?」
僕の叫び声は、ただただ虚しく、辺りに響き渡っただけだった。