Case3.ハナズオウの警告(後編)
パーシーはシャーロットが口をきいたことに驚いたのか、どこか惚けた表情で彼女を凝視している。
一方、エドワードとシャーロットは、互いの目を無言で見つめ合う。只人には簡単に口を挟めない、ピリピリとした空気の中、エドワードが優雅に唇を歪めて口を開いた。
「これには、明確な証拠はない。だが、殺害の方法は、強い恨みや怒りを表している。
ならば恐らく、トマスはバーナードを裏切ろうとしたのではないかな」
パーシーが弾かれたように顔を上げるが、何も言えずに視線を逃がした。エドワードはシャーロットとパーシー、二人の顔を交互に見ながら、推論を口にした。
「二人の協働のもと、不当に得た財産を、トマスが一人占めしようとしたか。あるいは、バーナードを主人に突き出し、自分が横領の主犯になろうとしたか。
……いずれにしろ、ろくな理由ではないでしょう」
軽蔑するように言い切るエドワードに、パーシーが泣きそうになりながら叫んだ。
「そんな……! トマスはただ偶然バーナードの罪を知っただけとか、たとえ共犯であっても、改心して告発しようとしたとか……。そんなふうに考えることも出来るでしょう!」
「ならばなぜ、彼は最期の瞬間に、犯人を示す『何か』を残さなかったのですか?」
恐ろしいほど冷淡なエドワードの言葉に、パーシーは何も言えずに伸ばしかけた手を下ろした。最後のよすがさえ失った青年は、一気に十も二十も老けてしまったような、疲れ切った空気を漂わせる。
そんな彼の希望を粉々に砕きさる言葉で、エドワードは推理を締めた。
「話し合いの決裂の末に殺されたにしろ、突然襲われたにしろ。腹部を正面から、何度も刺されたんだ。犯人の顔は見ていたでしょう。倉庫まで這って行き、扉を開け閉めする力もあった。
――トマスは、悪を告発して主人を守ることよりも、雨雪と、再びの襲撃を避けることを選んだ。自分の身を守ることを優先したんです。……つまりは、その程度の男なんですよ」
「今回はずいぶんと、容赦なかったわね」
紅茶を上品にすすりながら、シャーロットは対面に座るエドワードを睨みつけた。
パーシーは背中を丸め、幽霊のように覚束ない足取りで屋敷を出て行った。半開きになった唇からは、「どうして」「どうして」という嘆きの言葉が漏れ出していた。
黙って彼を見送ったあと、いつも通りに紅茶と菓子を楽しみ始めたエドワードに、シャーロットはうそ寒い気持ちを覚えていた。エドワードはそんな彼女の非難もどこ吹く風で、乾いた喉を紅茶で潤している。
(……分かっている。この人は、どこまでも自分の美学を追求する)
内心でひとりごちるシャーロットの口元に、エドワードは戯れのようにクッキーを運ぶ。彼女が仕方なく咥えると、エドワードは満足げに微笑んだ。
「『持つものの義務』を理解していない貴族が、僕は大嫌いなんだ」
貴族には大きな富が集まる。先祖代々受け継ぐ土地の賃料や税収、事業投資収入、王都に所有する不動産の賃借料。豊富な財源を基盤に、領民の揉めごと対応から国の公職まで、様々な役目を負う。
貴族として、使用人や領民と親しくするなとは言わない。けれど、馴れ合いの果てに目を曇らせ、使用人に舐められるなど、あってはならないのだ。
間近で細められたエドワードの瞳には、冷徹な光が宿っている。シャーロットはかすかに喉を鳴らし、クッキーと共に反論も飲み込んだ。
「……そうね」
シャーロットは淡く微笑み、お返しとばかりにエドワードの口元にクッキーを押し付ける。
彼は目をみはり、そして嬉しそうにクッキーに齧り付いた。
「――うん、甘くて美味しい」
「当然でしょう。私が焼いたんだから」
薄い胸を張り強気に告げるシャーロットに、エドワードは声を上げて笑う。
レイヴンズクロフトは、歴史の長い名門伯爵家だ。けれど、彼らが特別視される理由は、数代前に家紋に描き加えられたある意匠にあった。
エドワードは先祖から受け継いだその意匠に、忠実に生きている。彼が自分の能力を用いて他人の謎を解くのは、趣味や道楽ではなく、彼なりの「ノブレスオブリージュ」の一環だ。
(そして、私のこの奇妙な力を、その謎解きに使うのも……)
シャーロットは微笑み、兄に堂々と紅茶のお代わりを要求した。彼の趣味は紅茶をいれたり、自分流のブレンドを生み出すことなのだ。
しばらくして、紅茶のカップを手にソファーに戻ってきたエドワードに、シャーロットは問いかけた。
「……そういえば、兄さん。ハナズオウってどんな花なの?」
今回シャーロットの脳裏に浮かんだのは、ハナズオウという名の花だった。同時にほんのりと甘い香りを感じ、その後のエドワードの推理との差に改めて驚いたものだ。
エドワードはいたずらっぽく笑い、「実は僕も知らないんだ」と舌を出した。そのまま軽やかに立ち上がり、部屋の隅に置いてあった植物図鑑を手に取り戻ってくる。
二人で図鑑を覗き込み、目当てのページに視線を落とした。エドワードがそこに記された特徴を読み上げる。
「ハナズオウ。春の花、枝に蝶のような紅紫の小さな花を密集させる」
「……へぇ、可愛いわね」
ポツリと呟くシャーロットに、エドワードはニヤリと微笑んで言った。
「ちなみに、いくつかある花言葉のうちのひとつが、『裏切りのもたらす死』」
「……可愛くないわね」
途端に仏頂面になり、シャーロットは溜め息をついた。




