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Case3.ハナズオウの警告(中編)

「……か、神、ですか?」


 わけが分からないといった様子で、しどろもどろになったパーシヴァル・ロックウッドが尋ねる。エドワード・レイヴンズクロフトは妹の記したメモに目を走らせながら、おざなりに答えた。


「シャーロットには、神の声が聞こえるんです。こうして皆さんのお話を書き留めながら、同時に、神の言葉を……」


 何度か紙片の上を往復したエドワードの視線は、部屋の中央に鎮座する、見事な大理石のマントルピースの脇に向かう。彼はコツコツとブーツの足音を響かせ、一冊の分厚い本を取り上げた。

 壁に背を預け、エドワードは丁寧にページを繰る。

 根が素直なパーシーは、先ほどの言葉に影響を受けたのだろうか。窓から差し込んだ光を半身に受けるエドワードの姿は、彼の目にはなぜか最後の審判に立ち会う天使のように映った。

 そんなパーシーの感想は知らず、エドワードは満足そうに書籍を閉じ、頷く。

 

「――分かりましたよ、パーシーさん」


 エドワードの言葉に、パーシーははじめ何を言われているのか理解出来なかった。


「え、……え?」


 ポカンと口を開ける彼に、エドワードは幼い子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと声を発した。


「犯人が、分かりました。

トマス・サンダーを殺したのは、バーナード・ヒルです」









 しん、と静まり返った応接間に、パーシーの荒い呼吸だけが響き渡る。

 彼は顔を赤くしたかと思えば青ざめさせ、エドワードを見たと思えば落ち着きなく視線をさまよわせる。露骨にうろたえる彼を、エドワードと、そしてシャーロットすらも、冷たい目で見つめていた。

 パーシーはようやくエドワードに目線を定め、震える声で尋ねた。


「じょ、冗談ですよね……?」

「本当です。妹が聞いた、神の言葉を疑うんですか?」


 真顔で答えるエドワードに、パーシーがついに立ち上がった。


「……ふざけるな! 何が神だ、田舎貴族だと思って馬鹿にしてるのか!? 俺の家族を、」

「……名家の推薦状を(たずさ)えた人間はありがたがるのに、神の声を聞く人間は疑いますか」


 実に興味深い精神だ、などと続けるエドワードに、パーシーは一瞬言葉を詰まらせる。けれどすぐさまエドワードに詰め寄り、そのクラバットを掴み上げた。


「いい加減にしろ! 神の言葉の方が、よっぽど胡散臭いだろうが!」


 今にも殴りかかられそうだというのに、エドワードはまるで子犬にでも飛びつかれているかのような、余裕の笑みを浮かべている。その笑顔に気味の悪さを覚えたのか、パーシーは恐る恐る手を離した。

 乱れた服装を軽く整え、エドワードは目を細めて話し始めた。


「そうおっしゃるなら、推薦状の出処(でどころ)は当然、確認されたのですよね? 名など簡単に偽れる。紋章院に行けば、家紋も見られる」


 パーシーは後ろめたそうに目線を逸らした。当然、彼も父も調べてなどいない。

 答えを聞かずとも察していたエドワードは、溜め息と共に続けた。


「あなた方が、使用人も家族と思い、大切にしていたことは事実でしょう。それに感じ入り、熱心に仕えた者がいることも否定はしません。

ただ、トマスとバーナードが、そうでなかったというだけです」


 ノロノロと、パーシーが顔を上げる。


「バーナードだけじゃなく……、トマスも……?」

「残念ながら」


 はっきりと言い切り、エドワードは謎解きを始めた。


「バーナード・ヒルは恐らく、たちの悪いヤクザ者なのでしょう。自分に都合の良い職場、雇用主のもとを、言葉巧みに渡り歩いた。

手始めに彼が行ったのは、前任者の否定」


 ひてい、と力なくパーシーが呟く。エドワードは軽く頷いた。


「小さなミスをことさらにあげつらい、正しい処理を古い法律に当てはめ『誤りだ』と主張する。彼の力強い言葉に、皆さんは騙される。正しいのはバーナードで、間違っているのは前任者だと刷り込まれる」


 ひと息つき、エドワードは立て板に水の勢いで続けた。


「そうして、彼は帳簿を思いのままに誤魔化し始める。目録に載っていた古い食器を、こっそり売り飛ばしたのもバーナードでしょう。恐らくそれは、『王弟オーガスタスの名誉』と呼ばれた逸品(いっぴん)骨董品(こっとうひん)愛好家の垂涎(すいぜん)の的ですよ」


 嘆くように言ったエドワードに、パーシーは顔色を悪くして俯いた。シャーロットがとがめるようにエドワードを見るが、彼の説論はとどまることを知らない。


「大それた犯行には、協力者も必要でしょう。長く屋敷に勤めるトマスは、まさにうってつけだった。彼らはコーヒーで親睦を深めたのではなく、犯罪計画を練っていたにすぎない。

そして、何らかの事情で二人の関係に亀裂が入った。だからバーナードは、トマスを殺した」

「証拠は……、あるんですか……?」


 きっぱりと断じるエドワードに、パーシーは途切れ途切れの声で反論を投げた。その言葉に、何の説得力もないことを自覚しながら。


 エドワードは真顔で応じる。


「ありませんよ。――ただし、今回の事件、ただの強盗事件ではないと判断する根拠ならば、いくつか。

一つ目。強盗だとするのなら、なぜ犯人はトマスを殺し、彼の部屋だけ荒らして逃げたのか? あなた方の誰も、騒動に気付いていなかった。ならば、その場でトマスを殺して、他の場所を悠々と探せば良かった。

二つ目。強盗犯の咄嗟(とっさ)の犯行にしては、腹部滅多刺しは少々過激だ」


 そんなことをしている暇があれば、さっさと逃げ出せば良い。もっともなエドワードの言葉に、パーシーは何も言えずに推し黙った。

 パーシーにとっては気まずい、沈黙の時間が流れる。その静寂を破ったのは、意外にもシャーロットだった。


「――兄さん。その、『何らかの事情』って?」


 エドワードが驚いたように妹を振り返る。シャーロットはじっとアメジスト色の瞳に力を込め、エドワードを見つめていた。

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