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Case3.ハナズオウの警告(前編)



「お願いします、伯爵! 我が家の使用人を助けてください……!」


 唇が触れ合いそうな距離で大声を上げる青年に、エドワード・レイヴンズクロフトは目を白黒させた。







 常緑樹の森の奥。謎めいた一族・レイヴンズクロフトの屋敷を、悩みや不安を抱いた者たちが、今日もひっそりと訪れる。

 今代当主、二十歳のエドワードは、話を聞いただけでたちどころに謎を解く異才の持ち主だ。金髪の巻き毛に深蒼の瞳の美男は現在、同世代の青年に詰め寄られて閉口(へいこう)していた。

 彼は、パーシヴァル・ロックウッドと名乗った。「パーシーと呼んでください」と気さくに笑う彼は、地方の子爵家の跡取りだそうだ。そばかす顔に濃茶の癖毛の素朴な印象のその男は、話し始めると一転、切羽詰まった様相でまくし立てた。

 同性に至近距離で見つめられ、喜ぶような趣味はない。内心の冷や汗を隠し、エドワードはなだめるように右手を顔の前にかざした。


「落ち着いてください。……それでは、こういうことですか? 一週間前、あなたの従僕が屋敷の裏で殺されているのが分かった。当初、強盗の仕業とも思われていたが、奇妙な証言をした別の使用人が、犯人として連行されたと」

「その通りです……!」


 エドワードのまとめに、パーシヴァル――パーシーがブンブンと首肯(しゅこう)する。かたわらに腰掛けた妹のシャーロットは、今日も人形めいた無表情で、訪問者の話を手元の紙束に書き留めていた。


 殺害されたのは、パーシーの従僕、トマス・サンダー。二十三歳。幼い頃からロックウッド家に奉公に上がり、パーシーとは実の兄弟のように育ったという。

 犯人とされているのは、子爵家の会計係のバーナード・ヒル。長年務めた老会計係の後任として、三年前に雇われた。三十五歳。事件当夜は子爵のお供で近場に外出しており、翌日の昼に帰邸したそうだ。

 トマスは屋敷の裏、庭の手入れ道具用の倉庫の中で見付かった。腹部を何ヶ所も刺され、多量に出血したことが死因だ。発見者は早朝、いつも通り仕事をしようとした庭師だった。

 しかしバーナードは、トマスの遺体があったのは「倉庫の手前」だと思い込み、聴取でもそう述べたそうだ。トマスは重症を負ったものの即死ではなく、降り始めた雨雪を避けるため、倉庫に逃げ込んでいたと思われている。発見場所を誤認したのは犯人だからと、警察は彼を連行した。

 ちなみに、当初強盗が疑われたのは、トマスの部屋が荒らされていたからだ。トマスの部屋は裏庭のすぐ近く。その窓が開いていたことから、侵入した犯人と鉢合わせ、逃げた犯人を追っていった末に殺されたのだろうと。


 憔悴(しょうすい)しきった表情で語り終えたパーシーは、深く息を吐いて呟いた。


「先ほど申し上げた通り、他に兄弟のいない私は、トマスを実の兄のように慕って育ちました。トマスも、私の世話を一心に……我が家は母を早くに亡くしていますので、尚更」


 ぐすりと鼻を啜る音が響く。そのあとを、シャーロットの筆記の音が追いかける。強弱のあるその筆音に、エドワードはかすかに鼻に皺を寄せた。


「犯人とされている、バーナードはどうですか?」

「とても優秀です」


 間髪入れずにそう答え、パーシーは鼻息も荒く語り始めた。


「お恥ずかしい話、先任の会計係はだいぶ老いていて……処理のミスも多かったんです。我が家に仕えてくれて五十年あまり、祖父も父も、お金のことは彼に任せきりでした」

「ほう……」


 エドワードはちらりとシャーロットを見て、何事もなかったかのように続けた。


「バーナードは、どこで?」

「優秀な会計係を探していると、父が知人に相談したところ、たまたま町中で出会ったんです。以前はあの名家、ノースコート辺境伯の家で見習いをしていたとかで、推薦状も持って来ましたよ。我が家には過ぎる人材でしたが、帳簿に目を通した彼が、先任者のミスをたちどころに見抜き……」


 それで即雇用した、と。

 確認するようにひとりごち、エドワードは頷いた。


「失礼ですが、使用人同士の関係は良好でしたか?」

「それはもう! 我が家は、『全員がひとつの家族』が代々の理念ですから。父も私も、使用人も皆、お互いを家族と思って協力し合っています」


 自信満々に答えたパーシーに、エドワードは優雅に微笑んで言った。


「それはそれは。素敵なご関係ですね」


 パーシーは嬉しそうに破顔する。

 しかし、すぐに暗い表情に戻り、彼は目尻に涙を浮かべて言った。


「だから……。ありえないんです。バーナードが、トマスを……など。いえ、バーナードに限らず、うちの者の誰かが仲間を手にかけたなんて、僕は信じない。

――お願いします。どうか、バーナードに掛けられた容疑を晴らし、卑劣(ひれつ)な強盗犯を見つけてください!」


 必死の様子で頭を下げる彼に、エドワードは無言で思考を巡らせる。しばしの沈黙の末、エドワードは再びその唇を笑みの形に引き上げた。


「バーナードと、トマスは普段から親しかったのですか?」

「……はい。トマスはまだ若いですが、長く勤めている責任感からから、新入りの使用人に親切にしてくれます。バーナードとは、寝る前にコーヒーを飲み交わしたり、休みが重なれば町に出ていたりしたようです」


 シャッ、ジャッ。

 シャーロットのペン先が、鈍さと重さを帯びる。エドワードはふと瞬きをし、顎に手を当てた。

 一方のパーシーは、沈黙した彼に不安を覚えたのか、縋りつくように身を乗り出した。


「あの、伯爵……?」

「――ああ、いえ」


 失礼、と呟き、エドワードは伏せた目線を戻した。


「最後に。強盗に入られたということですが、トマスの部屋以外に異変は?」

「ありません。狭い屋敷ですから、何かあればすぐに分かります」


 きっぱりと告げたパーシーだが、不意に何かを考え込む姿勢になる。じっと様子をうかがうエドワードに気付き、彼は焦って両手を振った。


「あ、いえ! そういえば、家にあったガラクタが、いくつかなくなっていることはありました。

例えば、しまい込んでいた古い食器の話題になった際、見つからなかったり……。目録には乗っていたのですが、きっと先任の会計係がミスをしたのでしょう」


 ――シャッ。


 シャーロットの筆記が、にわかに勢いを増す。エドワードは真剣な表情で、パーシーに確認した。


「目録には、なんと?」

「前王朝時代に、うちの先祖が下賜(かし)されたものだと。なんでも、当時の王弟で、のちに公爵になられた方からだとか。――ありえませんよ、こんな田舎領主の家に、そんなもの」


 恥じるように、パーシーは続ける。


「現にその品は、その老会計係が由来を調べて記載したものです。先祖の誰も、そんなものだなんて話は聞いていない。バーナードが調べ直し、そもそもそんな公爵は存在しないとのことですから」


 価値のないガラクタだが、老会計係が大切にしていた食器だった。彼の思い出としてとっていたが、無くなったのなら仕方がない。


 パーシーの父親も、そのように笑っていたのだという。


「なるほど……」


 呟き、エドワードはかたわらのシャーロットに目線を向けた。


「……シャーリー。神は、君になんと?」


 目を白黒させるパーシーを無視し、シャーロットは無言で紙束を差し出した。



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