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Case1.黄色のカーネーションとホオズキ(後編)

「実は、妹――シャーロットには、神の言葉が聞こえるんです」


 しんと空気の冷えきった応接間に、能天気にすら聞こえるエドワード・レイヴンズクロフトの声が響く。ギシギシと音のしそうな動きで顔を上げ、ロバートはエドワードとシャーロットを交互に眺めた。

 楽しそうな笑顔で、エドワードは続ける。


「皆さんのお話の記録を取っていると最初に言いましたが、実は彼女、記録と同時に託宣の内容も書き記しているんですよ。

……神が告げたのです。あなたの言葉は、聞くに耐えない嘘まみれだと」

「――兄さん」


 釘を刺すようにシャーロットが声を上げる。意外に強いその声に、ロバートはぎくりと肩を跳ね上げた。エドワードは興味深そうにそんな彼を見つめ、首を傾げる。


「まず、『嘘』の対象は何か? ――それは、『大事な』と『弟』。また、あなたの表情が極わずかに変化したのは、『後継者は嫡男のみ』と口にした時」


 ここから導き出されるのは、と、エドワードは歌でも口ずさむような気軽さで続けた。真っ白な頬にはかすかに血の気が差し、テノールが弾むように言葉を紡ぐ。


「先ほどあなたは、『兄はおっとり、弟は活発』と言った。悪く見れば、お兄さんを下に見ているのではとも取れる。『(じぶん)の方が跡取りに相応しい』、『なぜ、出来損ないの兄が、美味しい立場を独り占めするのか?』

――だから、殺した」


 ヒュッと息を飲んだのは、ロバートのみ。エドワードは落ち着き払って、シャーロットは無表情で、ただその場に佇んでいる。


「弟さんが、父君と喧嘩をなさったのは本当でしょう。家を飛び出して行ったのも。ただ、戻らなかったのは、お兄さんの方だった。

土砂降りの中、駆け出していったあなたを、お兄さんは案じたのでしょうか。そして、家の外ででも揉み合いになった。不幸な事故か、未必の故意か、あなたはお兄さんを死なせてしまった」


 ロバートは俯いたまま、何も答えない。荒い呼吸に、肩が忙しなく上下する。

 エドワードはそんな彼を、まるで珍しい昆虫でも観察するような目で、じっと見つめていた。


「そこからは簡単。あなたはお兄さんのコートを脱がしてそれを羽織り、お兄さんの遺体は簡単に隠して家に戻った。家人が寝静まったあとに、ゆっくり片付ければいいのだから。

……愚鈍な者が、賢明な振りをするのは難しい。けれど、その逆は容易でしょう。あなたは、お兄さんとして生きることに決めた」


 だから、『弟さん』は今ここにいる。

 にこりと言い切るエドワードに、ロバートは震える声で言い返した。


「……何か、証拠でもあるのですか」

「ありません。言ったでしょう、神の託宣だと」


 いっそ無邪気に、エドワードは答える。顔を勢いよく上げ、絶句するロバートに、エドワードは変わらない調子で続けた。


「あなたがうちにいらしたのは、最初の話がどこまで通じるのか、試したかったから? 騙し通せたなら、このまま。無理なら、――我々を消してしまえばいい」


 自分と妹の命が狙われる可能性も考えながら、こんなにも堂々と推理を口にしたのか。

 その静かに歪んだ狂気性に、ロバートは開いた口が塞がらない。シャーロットはやはり無表情で、じっと一点宙を見つめている。

 しかし、彼のその奇妙な余裕の理由を、ロバートはすぐに察した。エドワードは不意に真顔に戻り、低い声で呟く。


「馬鹿なことは、考えない方が良い。()()()()()()()を、知っているのなら」

「――っ!」


 ロバートは再び息を飲み、エドワードを凝視する。視線を真っ向から受け止めたエドワードは、先ほどまでの耽美な笑顔を浮かべた。

 そしておもむろに立ち上がり、マントルピースの中にシャーロットの記したメモの束を投げ入れる。彼はマッチを擦り、わずかなためらいもなく紙束の上に放った。

 パチパチと音を立て、メモは少しずつ炎の色に侵食されていく。


「――さあ、お帰りを」


 優雅に一礼し、謎めいた青年伯爵は微笑んだ。









「……大丈夫なの?」


 紅茶のカップを手に、シャーロットはジトリとエドワードを睨んだ。整った眉の間には盛大に皺が寄り、さきほどまでの人形めいた雰囲気はすっかり消えている。

 指先に摘んだクッキーを一枚、口に放り込みながら、エドワードは上機嫌に答えた。


「大丈夫だよ。彼も貴族の一員なら、我が家の後ろに誰がいるのか、薄々聞いてはいるだろうさ。小心者のようだし、第二の強行に及ぶ度胸はないたろう」

「……だと良いけど」


 肩をすくめたシャーロットが、ほっそりとした指をクッキーに伸ばす。淡く色付いた口元に運び、小鳥のように咀嚼(そしゃく)しながら、シャーロットはふたたび顔をしかめた。


「ねぇ、『神の託宣』って、やめてくれない? 嘘くさいわ」

「『嘘を耳にすると、花の香りを感じる』よりは、信憑性(しんぴょうせい)はあるだろう?」


 シャーロットが閉口(へいこう)する。


 そう、彼女がメモをしていたのは、神からの託宣ではない。物心ついた頃から、彼女には、他人の嘘を敏感に察する力があった。それも、『嘘の内容を暴くヒントになる花の香りを感じ、頭にその花の名前が浮かぶ』という、一風奇妙な力が。匂いがない花の場合は、名前だけが出てくるそうだ。

 けれど彼女には、その花が示す真意を読み解く力がない。それを理解するのは、爆発的な(ひらめ)き力を誇る、エドワードの役目だ。

 エドワードは相手の話を聞きながら、無数の可能性を思い浮かべている。そして、シャーロットの嗅いだ香りと花の名前を手がかりに、一息に真相にたどり着く。

 彼が話の合間に確認していた書籍。あれは、多くの花の花言葉を集めた辞典だった。


 託宣(ヒント)を得る者と、それを読み解く者。

 彼らは常に、二人で一つなのだ。


「――どの辺から、怪しいと思っていたの?」


 まだ湯気を立てる紅茶を音もなく飲み下しながら、シャーロットが胡散臭そうにエドワードを見る。彼はソファーに背中を預けながら答えた。


「最初から」

「へぇ?」


 馬鹿にするようなシャーロットの返事に、エドワードはムッとしたように言い連ねた。


「見栄じゃない。……彼は、あっさり自分の名前を答えた。だが、弟の名前は(かたく)なに呼ばなかっただろう?

『自分は兄だ、ロバートだ』と無意識に言い聞かせていたのか。あるいは、弟の本名がロバートで、僕に名を呼ばれた時に反応を間違えないように、注意していたのか。何度呼び掛けても、そんな印象だった」


 だから、怪しいと思っていた。


 そうこともなげに答えるエドワードを、シャーロットは無言で見つめながら思う。


(……その程度で? 化け物なの?)


 失礼な心の声には気付かないように、エドワードは猫を思わせるしなやかな動きで、「んぅ」と声を漏らしながら背伸びをした。

 シャーロットは内心で溜め息をつき、冷ややかな声で言った。


「……あんまり、人前で『妹』『妹』言わないで。花の香りが充満して、判断が狂うわ」

「そいつは失礼」


 一切反省などしていないように、軽い調子でエドワードは答える。今度は表立って大きな溜め息をつき、シャーロットは話題を切り替えた。


「今回の花。――黄色いカーネーションと、ホオズキ。花言葉は何だったの?」

「ああ」


 クッキーに手を伸ばしかけていたエドワードは、ニコリと笑い、答えた。







「黄色のカーネーションは、『軽蔑』、『嫉妬』、『失望』。ホオズキが、『偽り』、『誤魔化し』だよ」



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