6 旅立ちはセオリーでしょう
魔の山に住む、人里に姿を現さない魔道士という存在。
魔道士なる言葉も世間では忘れ去られた架空の言葉となっており、いるのかどうかすら分からないような希有な話である。彼らのことが掲載されている本はお伽話だと言われ、彼らを見たことがある者はいない。
魔の山に登って無事な者もいないのだ。
サウモ以外は。
信太朗は、なんかどっかで聞いたような話だなぁと思いつつ、記憶を探る。そうしてサウモが出会った魔法使いが本当は魔道士だったこと、そしてそれを人前では言わないように気を付けていたことなどを思い出していった。
魔道士は7人いたが、そのうちの一人だけが助力してくれたのだ。
名前は確か……エノア。
「あ、なんか今モウレツに嫌な予感がした」
信太朗はごちたが、娘たちは2人とも聞いちゃくれなかった。
エノアはお約束なほど美形の男だった。黒いマントに新緑の長髪がよく映えていた記憶がある。その中で光る瞳は深い翠色だった気がするが……取りあえず心臓に悪いほど耽美な顔だったような気はする。そして二度と会いたくないほど毒舌家だったような気もする。
「あいつの助けを借りないと、元の世界に帰れないのか……」
と呟きながらも信太朗はすでに、魔道士に会いに行く旅に出発していた。呟きは、歩きながら出されたものだ。はあぁという、ため息付きである。丸まった背中からぷしゅ~と空気が抜けていそうな萎み方である。
旅の仲間は、エトラナとミーニャである。
「こら、ニート!」
と呼ばれて、すぐに反応できる自分も悲しい。
孫のミーニャが「ニート?」と首を傾げた。
「サウモの中身を今後ニートと呼ぶことになった。ミーニャも、こいつをお爺ちゃんなどと敬愛することはないぞ」
「うん分かった」
ミーニャは頷いて、さっそく信太朗のことを「ニート」と呼んでみている。可愛らしく呼びかけられたら、余計、普通に「はい」と応えてしまうではないか。
本当はミーニャに対して「サウモのことを敬愛はしてないだろ」とツッコんでやりたかったのだが、そのタイミングも流れていってしまった。
的確なタイミングに言葉を挟めない男である。
「一歩進むたびに、いちいち落ちこんで嘆くのはやめろ、うっとおしい。良い兆しも貴様にかかっては凶兆になるのだな」
「そ、それは、だって、あんたは魔道士を知らないから……」
「だが貴様なら、知らずとも、知らぬ間から嘆くだろう」
さらっと返されて、ぐっと信太朗は黙る。確かに信太朗には、そういうところがある。新しい人に会うのなんか怖くないよ~と口では言いながらも、内心ドッキドキなのである。皆そんなモンだろうと思っていたのだが、どうやら世の中にはそうでない人種もいるらしい……と最近になって分かってきた。
人と接することに恐怖を感じない、けれど相手を傷つける言動にはちゃんと敏感な人種が。
「エトラナ」
うっかり名前を呼んでしまい、睨まれた。小声で「さん」と付け足したが、そこはスルーされた。できれば僕のことも傷つけないで頂きたいのですが~と思ったが、そこは承認してもらえないらしい。
エトラナが黒髪をざっと掻き上げて、歩みを速める。
「今日中に県境の町までは行きたい。さっさと歩け」
ファンタジー用語な名前が羅列している中で「県」というのがやけに日本くさいが、実際には「プレファー」と聞こえている。近い用語に訳すと「県」になるのだ。「村」は本来「ビレジャ」と聞こえているし、逆に「ザク」には「凶暴」という意味が含まれている。
まだ慣れないが、バイリンガルも面白いものだ。
誰にも何の自慢もできない能力と化しているが。
自分の言葉通りにざっと歩きだすエトラナの後ろ姿は、とても凛々しかった。村で見た男たちより、よっぽどイイ男……なんて言ったら、また殴られるだろうが。せめて平手にしてくれたら可愛いのに、思いっきりグーである。
まさに言葉通り。
エトラナという名前には「凛乎」という意味がある。きりっとして勇ましいさま。りりしいさま@GOO辞書。凛乎たる態度。
あらゆる意味で彼女に追いつけない自分を感じる。
イジケながら信太朗が、ミーニャだって歩くのが遅いじゃんか……と言い訳に使おうと思ってミーニャを見たら、彼女はとっとと先に進んでエトラナと並んで歩いちゃっていた。
はやっ。
「こらニート置いていくぞ♪」
ミーニャは満面の笑みで手をヒラヒラ振っている。あ・の・や・ろ・う……と思っても、これまた何も言えない信太朗だった。
信太朗は「女って要領いいよな」と肩を落とさずにいられなかった。
出発の時だって、2人の旅立つ用意は、まぁ早かった。こうなるって分かってたんじゃないですかと訊きたくなるスピードだった。
エトラナはギルドに連絡して用心棒を村に雇い、自分たちが不在になっても大丈夫な状態を作ってしまった。
ミーニャは、どうやらサウモからエノアという男のことは魔法使いとして聞いていたようで、旅セットの準備から前夜のお肌の手入れに至るまで余念がなかったのだ。美形ってのを知っていたらしい。
『あの時から、もう45年もたってるから、エノアさんもすっかりお爺ちゃんになってると思うわ。でも、そんな方のお子さんがいたら、きっと絶対綺麗な人だから』
だから会ってみたくて♪
と、ミーニャは言う。
完全に物見遊山である。
だが……と信太朗は出発前のミーニャを思い出しながら今のミーニャを眺めて、思った。彼女ぐらい楽天的な方がいいんだろうなぁ、と。
ミーニャには、花という意味が込められている。
エトラナにまとわりついて、きゃーきゃーと喋るミーニャの存在は、魔法が使えるヤツという以外に、ムードメーカーの役目も持っているのかも知れない。彼女と喋っている時のエトラナは、柔らかな顔をしている。
「魔の山、無事に登れるかな~」とか「ミーニャが本を持ってるんだ、その記録を信じるしかないだろう」とか「お爺ちゃんが大丈夫だったんだから大丈夫よね」とか喋っているのが聞こえてくる。楽しそうである。
俺も混ぜてくれよぅと思ったが、信太朗は後ろからコソッとついて歩くしかできない。自分が発言したら、2人の顔が曇りそうで怖い。
サウモに弟子入りしたエトラナはミーニャを妹のように思っていたし、両親を早くに亡くしたミーニャは、エトラナを姉か母親であるかのように慕っている。2人を引きあわせたのはサウモだったが、サウモとエトラナ、サウモとミーニャのつながりは、この2人によって保たれていたのだ。
ミーニャはサウモを嫌っていたし、エトラナもサウモには常に挑み続ける強い女でしかなかった。少なくともサウモはそう感じていたようだ。彼は2人に対して少なからざる想いを持っていたようだが……。
信太朗はサウモの昔を思い出しながら「うわぁ」と思った。
なかなか、この爺さんも微妙な人間関係を渡り歩いてきている。ただの筋肉バカじゃなかったのだ。ニートちゃんな自分より、よっぽど複雑かも知れない。
信太朗の人付き合いは、簡単だった。気に入れば付き合う。気に入らなければ切る、だ。家族だけはそういうワケに行かないのでウザいなぁと思いつつも適度に相手をしてきたが、会いたくない時は部屋に鍵をかければOKだった。引き籠もりになるほどキツい相手に巡り会わなかったのが、信太朗の幸運だった。
そんな自分には、切りたいけど切れないなんていうウザい状態が、よく分からない。嫌なら、やめりゃーいいじゃん。サウモが持っていた色々な鎖は、重くて硬くて大変そうだなぁ、などと思う。
じゃあ今の自分がエトラナやミーニャのことをウザいと思って、関係を断ち切れるのかと言えば切れないワケだが。
きっと2人も信太朗のことを、そう思っていることだろう。
文中で信太朗が悩んでいる「どっかで聞いた話だなぁ」という話とは、拙作「イアナ神戦記」のことです。超絶美形魔道士、出てます。はっはっは。