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勇者で候  作者: 加上鈴子
4/39

4 泣いてばかりもいられない

 ひとまず「どうにもならないらしい」という結論を得た村人は、人それぞれの言葉をサウモらに投げかけてから去っていった。

 一番強烈だったセリフは「役に立たないハゲ爺か」という小さな独り言だったが、他にも「あ~あ」とか「元に戻ったら遊びに来てね」とか「またザクが来ても逃げるんだよ、怪我したら大変だからね」とかいう言葉の数々が、さりげなくサックリと信太朗の胸をえぐっていった。

「元気出してね」とか「すぐ元に戻れるよ」という暖かいセリフもあるにはあったが、それでも信太朗自身を慰める言葉ではないように思える。皆“サウモの受難”を心配しているだけな気がする。

 仕方がないことだったが。

 村一番、いや国一番の勇者だった者が、ある日を境にただのハゲになっちゃったら、自分だったら泣くだろう。村の存続……つまりは自分を守ってくれる人がいなくなってしまったワケで。

 例えばの話、信太朗の親がいきなり死んじゃったら、明日から自分はどうやって暮らして行けばいいんだかと思うだろう。そもそも、あの両親が死ぬところなんて想像が……。

 ……想像が。

「やべ」

 リビングにまだ残っていたのは村の代表格らしき男性とエトラナと、ミーニャである。

 3人は突然サウモが泣きだしたことに、ぎょっとした。絵的にまったく美しくない。信太朗は言い訳しなかった。泣けてきた理由が「オヤジの死ぬところを想像したから」では冗談にもならないし、同情もされなさそうである。

 男23歳、人の死に目に会ったことはある。だが、それが自分に近しい人となると、なかなか想像できない。どれだけ自分が幸せな生活をしていたんだかと感慨にふけりそうだ。こんな感情は中学生の時に飼っていたカメのシンノスケが亡くなった時以来でないかと思える。親戚の叔父よりカメが大事か信太朗とツッコミを食らいそうな回想だが、得てして人間そんなモンである。

 信太朗の父親は今年50歳になる。上の姉が結婚して出産したのでお爺ちゃんと呼ばれているが、まだまだそんな年じゃない。73歳には、ほど遠い。

 そう考えてから、信太朗はふと気づいた。

 今の自分は、73歳なのだ。

 いかに死ななさそうでもマッチョでもハゲでもヒゲでも、この先50年も60年も生きるとは思えない。……いや、この爺さんなら、この世界なら生きるのか? だとしても、とにかく爺さんの肉体でこの先ずっと暮らして行くのは嫌だ。すでに記憶の扉は固く、しかも入れ歯と来たモンだ。

 一人で泣いて一人で考えこんじゃってるハゲ爺を眺めて、エトラナたち3人はため息をつく。ほぼ不可能だと言われても、じゃあと言ってこのままにしてはおけない。

 エトラナがどう話しかけようかと困惑したところに、男が「とにかく」とサウモに声をかけた。信太朗はその男のことも知っていた。村長だ。サウモを歓迎して村の守護神にすえた、ちょっと狡猾なところもある中年のオッサンである。

「元のサウモさんに戻れず働いてももらえないのなら、来月からの給金も考えなくてはならなくなる」

「村長、あんた……」

 エトラナが小さくうなったが、村長は目をそらした。さらに言及しようとしたエトラナを、信太朗自身が止めた。

「いや、いい。エトラナ」

 サウモの顔をして。

 エトラナは一瞬泣きそうなまでに眉尻を下げた。

 彼にとって一番の問題は村の存続であり、そのために必要なのはサウモの腕前なのだ。腕を振るってもらえない彼に払う金など、この村には一文もない。細々と暮らしている小さな村である。

 少なくとも皆が帰ってから金の話を切りだしたことは、彼なりの配慮なのだろう。

 サウモは残念ながらその現状も知っている。だから何も言えず、エトラナのことも止めたのだった。信太朗が何か思ったとしても、それをサウモの口からは言えないぐらい、何も言えない。

 サウモが殺人犯だった時代をかくまってくれた村長には。

 エトラナもそのことは知っている。村人全員が、ミーニャも、全員が知っている。今は無罪放免になったが、それでも苦い過去には違いないのだ。73の年を経ても、その記憶だけは鮮明だった。

 王宮おかかえだった魔法使いを殺したのだ。

 魔物が取り憑いていると確信したサウモは若気の至りだったこともあって、勇者の名にかけて魔法使いを一刀両断してしまった。王宮の広間で、皆が見ている前で。

 そこで「おのれ~」とか言って魔物が出てきたところをさらにやっつけて……というのがセオリーだったのに、魔法使いはパッタリ死んだきりだったのだ。あ……あれ? と思っても、斬っちゃったモンは生きかえらない。ごっめーん間違い間違い、では済まされない。

『この馬鹿モンを引っ捕らえろっ!』

 ゆでだこ状態の王様が家来たちに命令する中、サウモは慌てて逃げだして命からがら逃げきって、ここの村長にかくまってもらったのだった。

 村長は、その時には王都でサウモが起こした事件を知っていた。知っていながら、逃げてきた彼を黙ってかくまったのだ。その時の村長は、男の中の男だった。

『人間、誰しも間違いを起こします。大事なのは、それからです。あなたには色々と世話になりましたから』

 当時、村長になったばかりで若かったのに、とても懐の深い男だった。で、そうやって売りつけられた恩を盾に、老人になってもまだまだ働かされている次第なのだが……。

 無罪放免になったんだから、もういいじゃ~んと思っても、一度受けた恩を死ぬまで忘れない男気の良さが、サウモにはあるらしい。さすがマッチョな肉体を作りあげた老人と言えるだろう。これだけの肉体、維持するだけでも相当のトレーニングと精神力が必要そうだ。

 なぜサウモが無罪になったか。

 本当に魔物が潜んでいたからだった。

 斬っても表に現れて来ず、墓地に埋められた後にコッソリ活動していたのである。魔法攻撃しか効かないタイプの魔物だった。そのことをサウモは独自で突きとめて、王都に戻った。魔物を退治するために。

 サウモは世界中でもっとも強い魔法使いを捜し出し、見事に魔物アーバオアクウを倒したのだった。指名手配も解けて信用も取りもどして、一件落着。だが心身共に傷ついて疲れきったサウモは、年齢もいい頃加減だったこともあり、そのまま隠居生活に入ったワケである。

 息子夫婦も王都から村に移ってきて、4人暮らしになった。リビングの4人掛けテーブルは、その頃の名残だ。2人が孫のミーニャを残して他界する前の……。

「うわ」

 また泣けてきた。

 信太朗は、今度はぐっとこらえて考えないように努めた。老人の記憶には悲しいことや寂しいことが多すぎる。いちいち思い出していると、こっちまでシンミリしてしまう。

 そうかお爺さんお婆さんが忘れっぽいのは、こういう思い出で泣かないようにするためかも知れない……と信太朗は思った。自分も忘れたいことは山ほどあるのでそう思えるのだが、思い出し泣きできるほどグレートな記憶はあんまりない。

「貴様いい加減にしろよ」

 とうとうエトラナが信太朗の頭をペチンと叩いた。地肌へ直に平手打ちされた状態なので脳天で「ぺちぃんっ」と気持ちいい破裂音がした。産毛もはらっと落ちたような気がして、信太朗は反射的に顔を上げていた。

「何するんだよっ」

「考えこんでいて、どうにかなるワケがない。貴様がすべきことは2つだけだ。元に戻る方法を探すことと、体の鍛練だ」

 信太朗の鼻先に指をぐっと指して言いきると、エトラナは村長にふり向く。

「私宛の給金は今後ミーニャが取りに行くわ。メドがつくまでパブの仕事を辞めて、私もここで暮らします。魔物討伐の仕事は私が続けるから、安心して頂戴」

「エトラナ、お前さん……。いや、お前さんだけでは、ザクの群れや大物が出てきたら……」

 言いよどむ村長を、エトラナは例の強い目で抑えつけてしまった。戦える者はエトラナだけではない。剣技を持っている者も他にいる。サウモがいなくても、まったく何ともならないワケではないのだ。

 村長は分かったと言い「メドがつくまでだな」と念押しして帰っていった。

 パブを辞めるということの意味が思いだせなくて、信太朗は「パブ?」と小さくエトラナに訊いてみた。叱られることを想定してビクビクしたのだが、意外なことに彼女は微笑んだだけだった。村長を見送り、ドアを閉じて3人だけになったことで、リラックスしたのかも知れない。

 ふり向いたエトラナの微笑みは、とても寂しげなものだった。

 信太朗の胸がきゅんとトキメいてしまったが、いらんことを言えばはっ倒されそうで言えなかった。

 黙ってしまったエトラナと信太朗の間に立って、ミーニャが声を小さくして教えてくれる。小さくしたところでエトラナにだって聞こえてはいるのだが、気持ちの問題だろう。

「お爺ちゃんね、弟子のくせして、エトラナが村のパブで仕事するところは、見に行ったことがないのよ」

「仕事?」

 と聞き返したら、それにはエトラナが応えてくれた。

「シンテーヤバを弾いてるんだよ」

 ぶっきらぼうに言われて、信太朗は恐縮した。まさかパブの仕事と聞いてイケナイ方を想像したのだとは、死んでも言えない。聞こえないぐらい小さく「ごめんなさい」と呟いた。

 ここまで聞いて、察しないワケには行かない。シンテーヤバは何かの楽器であり、彼女はサウモがパブに行かないことを寂しがっているのだ。……としか察することができていない信太朗は、さすが経験値ゼロである。

 リアクションの少ない信太朗に失望したのか疲れたのか、エトラナは、

「じゃあ私も」

 と玄関に向かう。慌ててミーニャが立ちあがり、彼女に礼と詫びを述べた。一緒に暮らすと言いだしたエトラナを否定しなかったのは、ミーニャとしてもその方が助かるからだし、一緒に住むことは初めてではない。エトラナが押しかけてきた当初は、3人で暮らした日々もあったのだ。とはいえ互いに自立した今となっては、また一緒に住み始めることには負荷の方が大きいだろう。

 そうした気持ちを込めて謝罪するミーニャに、エトラナはやっと優しい笑みを浮かべることができたのだった。「俺も」と立ちあがって謝罪した信太朗に向けられた顔には、般若が巣くっていたが。

「取りあえずザクの首を換金して、家を片づけてくるわ。明日また来るから、今日はゆっくり休みなさい」

 エトラナはそう言って、ミーニャの頭を撫でた。ハゲ頭を平手打ちされた自分とはえらい差である。マッチョ爺の姿で指をくわえて羨ましがる方がどうかしているのだが、誰にも何の優しい言葉をかけてもらえない信太朗は自分の姿を忘れそうになっている。

 そう思っていたら願いが通じたのか、くるっとエトラナが信太朗にふり向いた。笑顔で。

 ええええ?! と信太朗はどきまぎして、ぎこちない笑顔を作った。

 だが降りそそがれた言葉は、やっぱり信太朗が期待するようなものではなかった。

「貴様は今からトレーニングだ。サウモが組んでたメニューを全部こなせ」

「ええええ?!」

 心の声がそのまま出てしまった。するとエトラナは「当たり前だ!」と信太朗を蹴飛ばす。

「えっと、あの、これサウモさんの体なんですけどっ?」

 痛みはさほど感じないが、一応は老体である。なのにエトラナにはサウモをいたわるという機能が付いていないらしい。まだ、毎日こき使われただろうミーニャの方が、何だかんだ言いながらもサウモを「お爺ちゃん」と呼んで助けてくれる。ザクの森に“転移”を試みていた少女ではあるが。

 サウモってエトラナに嫌われていたんだろうかと信太朗は思ったが、そうした部分での記憶はまったくない。思いだせない。少しでも焦るとただの信太朗に戻ってしまって、サウモの思い出がなくなるのである。

 床に尻餅をついたままの信太朗を見おろして、仁王立ちでエトラナは怒鳴った。

「ああ、そうだサウモの体だ。貴様が衰えさせていいワケがない! 少しでも鈍らせてみろ、私が貴様に引導を渡してくれるっ」

 体はサウモだが、運動するのは信太朗の意思である。

 ずーっと続く最大級のイヤンな展開に段々慣れてきて「次は何して叱られるんだろう」と、信太朗の心境はすっかり後ろ向きになっていた。ここまで来ると次ページでいきなり死んでても、それもアリなのかと思えてくる。

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