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勇者で候  作者: 加上鈴子
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37 人間こんなモンだよね

 でも夢で会ってくれたミーニャや、向こうの世界で元気にしている皆のことは忘れていない。ミーニャとクサスの結婚も、エトラナとユデアが仲良くなっただろうことも憶えている。できれば忘れたいぐらい頭から離れてくれない。

 その記憶をひきはがすかのように。

 ――ミーニャとの夢が過ぎ去って3日目だっただろうか。

 魔がさした、とでもいうべきだったのかどうか。

 信太朗は、ふと午後10時の就寝を前に、ネトゲにログインしてみたのだった。

 久しぶりの感覚はすっかり衰えていて、しかも離れている間にゲーム画面がバージョンアップしていて、何だか見慣れない。でもビジュアルが格段に綺麗になっていて、「久しぶりだな」とテキストを送ってくれる仲間も相変わらず、そこにいて。

 気が付いたら深夜1時を回りつつあって、慌てて寝たものだった。

 ネットを始めると、3時間などあっという間だ。誰かが時間を早めてるんじゃないかとまで思えてしまう。朝の2時間をジョギングと筋トレに費やすのは、5時間にも匹敵するほど長く感じるというのに。

 汗を流すシャワーと着替えにも時間が要る。

 準備もあるので、正味3時間かかっているのだ。

 翌朝、信太朗は4時に起きれず、6時半の起床となった。

 これだけ毎日やっているのだから、たまの一日ぐらいは構わないだろう。という言い訳である。さすがに0時を過ぎてからの就寝で4時になんか起きれない。やっぱり一日6時間は睡眠が必要だ。

 翌日も、そのまた翌日もとダラダラ続いてくるのに長い時間はかからなかった。 前日の様子が気になるから、ちょっとだけ見てみよう。ってな理由でログインし、やっぱり1時になってしまい。

 寝るのが遅いから朝も起きれなくて、でもさすがにゼロは心苦しいので10分だけやっておこう、なぁんて自分に甘くなり。母親の咎めるような目を避けるため、両親が寝ている間にそろ~っと出かけて少し走って、またそろ~っと帰宅する風になった。

 もし、これが開き直ってバレてもいいや、サボっちまえ……となったら、終わりだ。という自覚は、自分も持っている。でなきゃ腹もこんなにならない。

「……」

 仕事帰りの電車で吊革に掴まりながら、信太朗は自分の身体を見おろして「駄目だなぁ」と自嘲した。トレーニングのサボり具合が、しっかり身体に現われている。

 分かってはいるのだ。でなきゃニートにも、なったりしない。サボり癖、逃げ腰、面倒臭がり。今までにも何度やめようと思ったか知れないが、すっかり板についている以上なかなかすぐには変えられない。サウモのおかげで継続されているバイトは、これだけは守らなきゃと皆勤を続けているが、それも最近、山田君キャラ変わったよねと言われて及び腰になっている。

 別に苛められたりもシカトされたりもしてないのだけれど。

 気が付いたことはある。

 こっちが堂々としていれば、別段からかわれることもないのだ。いつも何かやると、必ずと言っていい確率でからかわれ苛められ追い払われ、逃げてきた。顔のせいやらデブのせいやらオタクのせいやらにして来たが、それが原因の場合もあるが、それらが根本の原因じゃないらしいとは、自分でもうっすら分かっていたのだ。

 サウモの心を持ち続けていられれば、自分は変われる。その確信はある。

 だが、日に日にサウモの面影が消えていく。日に日に本来の怠け癖が幅を利かせている。

 気が付かざるを得なかった。

 信太朗の、信太朗ならざる頑張りがあった理由は、サウモの記憶によるところだったのだ。彼の記憶から知識と自信を得て、彼の身体から力と勇気をもらって、あれらの行動ができていたのだ。だから自分本来の身体を鍛えて鍛えて、本当の力と自信を得るべきなのだ。

 サウモが残した、たった一行のテキスト。

 あれには大きな意味があった。

 自分が実践できてないだけで。

「ただ~いま~~」

 考え疲れてトボトボと玄関をくぐる。どうにもハツラツとできない時点で負けているのだが、最近は「負け人生でも、まぁ、いいんじゃない?」なんて、めいっぱい気持ちよく後ろ向きである。だって筋トレしなくて死ぬわけじゃないし。サウモの年齢に達するまでに、まだ50年もある。さすがに、50年しかない、という思考にはなれない。

「信太朗、ちょっと」

「?」

 母親が、玄関先にまで迎えに来てくれた。いつもなら台所にいて夕食の支度をしながら「おかえり~」と声をかけてくるだけである。

 でも朗らかなお出迎えではない。何やら不穏な空気を感じる、眉がひそめられている怪しげな顔である。

 靴を脱ぐ間にも腕を引っ張られて即されて、鞄を持ったままダイニングへ連れられる。入る前に廊下を歩きながら訊かれたのは、「あの子あんたの知り合い?」という質問である。

 あの子って誰じゃいと思いながらダイニングを覗いた信太朗の目が、点になった。

「……誰?」

 指をさして立ち尽くすも、母親もぶんぶんと首を振るばかりである。ダイニングのソファに、何かが座っている。いや何かなんて表現もないが、普通の人呼ばわりするには、あまりにも普通じゃない人が座っているのだから仕方がない。

 自慢ではないが山田家は海外旅行と無縁である。両親が新婚旅行でハワイに行って、25年。家からもまともに出られないニートが、日本を出るなどありえない。

 だが指さす先に鎮座まします珍獣は、どう見てもガイジンだ。かなり奇異なファッションの。頭がモヒカンになっていないだけマシなのかなという風な、派手なパンクである。アウターは黒のレザーだが、インナーや挿し色がやたらカラフルで、全体の形は一瞬セーラー服に見えないこともない、という不思議ないでたちである。首やら腕やらにはトゲトゲのついたバンドが巻きついている。肩にかかるパーマの赤毛は緑のメッシュ入りで、体型は結構ちっちゃい。

 珍獣は、少女であった。

 メイクもどキツイので、声を聞かなければ少年だろうかとも思えただろう。いや、甲高い声の男の子だっている。でもガイジン少女の心当たりなんて……一人いる。

 信太朗が心に描いていた金髪美少女の、眼鏡とおさげのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。

 パンク少女は、信太朗を見ると迷いもせずに叫んだ。

「Sintrea!」

 シンタレアと聴こえた言葉に、だから発音が違うってば、と内心でツッコミを入れた信太朗だった。

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