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勇者で候  作者: 加上鈴子
36/39

36 もうちょっとだけ続くんじゃ

「あ、そうだ」

 信太朗は、もう一人まだ独身のお嬢さんがいるのを思い出して我に返った。

 サウモと親子になれたのかどうか。

「ミーニャ……エトラナは? 元気?」

「元気よ」

 ミーニャの声が、ちょっとトーンを変えた。

「?」

 あんまり元気じゃない口ぶりだ。だが、そう感じたのは第一声のみで、また元の声音に戻ったのには、むしろ違和感を感じるほどだった。ミーニャの質問は脈絡がなかった。

「知ってる?」

 とか訊かれても、何をだか分からない。

「エトラナって、昔はユデアに憧れてたんだって」

「え」

 本当に脈絡がない。

「お近づきになりたくて、だから同じギルドに登録して、強くなって一緒にザクとか倒すんだって、お爺ちゃんに弟子入りして」

「……へぇ」

 としか言いようがない。潔く声かけずに、まずは強くなってから知りあうんだと決意していたのだろうか。ユデアが彼女のことを知らないわけだ。いいところのお嬢さんだったのを隠すために、名字も言わずにいたというところか。

 じゃあ、今回の件なんかバッチリではないか。一緒に旅もしたことだし危険も共に乗りこえて、いっぱい接点ができた。

「そういえば、サウモはユデアにお金を返してくれたかな?」

「あ、ううん。踏み倒してた」

 おい。

 思わず心中でツッコミを入れたが、なぜか納得できるから不思議だ。さすがオレサマ勇者様サウモ様は、骨折していようが我が道を突き進む。

「クサスの払った報酬が、もらった賞金の20倍ぐらいあって。立派よね、クサス。敵役やらせちゃった皆にも、ちゃんと支払ってたわ」

 ある意味では当たり前な気がするが、そこは深く突っ込まないでおこう。

「で、ユデアはこっちに寝返って頑張ってくれたからってんで、ちょっと皆より高くてさ。それだけの報酬がもらえたのもワシらのおかげじゃろうって言って、お爺ちゃんが借金チャラにしちゃった」

「あ~……えーと。うん、さすがだね」

 心配するのがバカバカしいぐらい元気なんだなということは分かった。脱力するやら呆れるやらで気が抜けた信太朗だったが、気が抜けた本当の理由は実のところ、自分でも分かっていない。

 いや、分からない振りをしたいから、かも知れない。

「じゃあ、エトラナは……」

 ユデアと仲良くなれたのかな。と、までは言えなかった。言いたくなかった。

「エトラナは、サウモのこと……」

「え? 何?」

「いや、いい。何でもないんだ」

 ごまかそうとした別の質問が新たな地雷源になりかねないと悟り、慌てて口を閉じる。心を読まれてなければいいがと信太朗は祈った。

 ミーニャがまだ、サウモとエトラナが親子だと知らない可能性もあるのだ。

「じゃあ、こんなところかしらね」

 息をついたミーニャの言葉が、会話を締めくくろうとしている。

「あ、うん。どうもありがとう」

「スッキリした?」

 多分、大体。訊きたいことは全部聞いたはずだ。基本的には皆が元気なら、それでいい。加えて幸せなんだったら、もっといい。

「皆に宜しく。幸せにね」

 ミーニャとエトラナに宛てて。

「もちろんよ」と、微笑みの声が木霊する。

 どこか遠くなってきた彼女の声が「本当はね」と、密やかに響く。

「私たちが元気なこと伝えに来たかったのもあるけど、逆に、あなたが元気かどうかも知りたくて来たんだよ」

 ちょっと照れ臭そうに、どこか憮然とつむがれた意外な言葉に、どう反応していいんだか分からない。

「……俺?」

 気にしてくれてたのか、ということが信じられなくて。嬉しいより先にいぶかしんでしまう自分の反応が情けない。ミーニャは相変わらずねと苦笑したようだった。

「元気でいて、しかも私たちのこと気にしてくれてて嬉しかったわ。現代に戻ったら忘れちゃうかと思ったから」

 忘れるわけがない。

 人生史上二度とないに違いない、貴重な体験でもあったのだ。昔の友達と一緒だ。もう会えないけど大切な、一生ものの思い出である。

 また時々こうして声を聞かせてくれるだろうか……と少し期待したが、すぐに打ち消した。多分ない。人妻にもなることだし、こうして決着をつけてくれた以上、関わらなければならない事態もないのだ。

 おそらくは……と信太朗は、ミーニャの記憶にエノアがいない理由を思いめぐらした。

 憶えている必要がなくなったからじゃないか、と。

 一切、姿を見せなかった魔道士。見た者はなく、見ても忘れさせられてしまう、ということだ。ひょっとしたらサウモが憶えていなかった理由も、忘れさせられていたためかも知れない。で、必要になったから思い出した、と。

 じゃあ、なんで俺が憶えてるわけだと疑問が浮かぶが、これも案外と、目覚めたら忘れてたりするのかも知れないなと思えた。信太朗があの世界の住人じゃないから記憶の操作ができないのだ、てな理由なら嬉しいが。

「じゃあ、これからも元気でね。早く彼女とか作るんだよ」

 とかって何だ。

「そのうちね」

 苦笑して、遠くなるミーニャの意識を見送った。胸中で手を振る。すぐ作れたら23歳で童貞なんかやってねぇよと思ったものの、そこは口に出しても仕方がない。

 物理的に独り者なのを打破できないのもあるが、しばらくは精神的にも無理そうだ。

 エトラナが、ユデアと。

 そんな映像が脳裏にちらつく。2人なら、お似合いだ。

 ひょっとしたら、こっちに来てるはずの向こうの人を探したら、また冒険になるのかも? などとも思いついたが、時間と金が無駄にかかりそうなので却下した。レティスの例もあることだから、いないはずはないだろうが、誰が異世界人かなんて見た目だけじゃ分からない。

 あっちからこっちにはアクセスできても、こっちからはあっちにアクセスできない間柄だ。足掻いても、また向こうに行けることはないだろう。いくら魔道士のこと知っていたって、有効活用できる日は来ない。

「……」

 目覚めた信太朗は、半ば夢うつつで天井のサクラちゃんを眺めながら、呟いた。

「魔道……? 誰だっけ?」

 ものの見事に忘れていた。

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