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勇者で候  作者: 加上鈴子
35/39

35 事態が収束して行きます

 でも、そっちの「まさか」は、やっぱりミーニャの笑い声によって否定されしまったのだった。

「またニートとお爺ちゃんが入れかわることはないわ。もしできても、そうしない。例えニートだけじゃなく、お爺ちゃんもが望んでいるとしてもね」

「サウモさんも望んでるの?」

 ミーニャの意識がちょっと言いよどんだが、すぐに「少しね」と返してくれた。

 真っ暗で相手の表情が分からないっていうのは不便なようで、不便じゃない。声の様子や息遣いから心が感じられる。電話みたいなもんだな、と納得しながら信太朗はミーニャの言葉に耳を傾けた。

「君の世界で体験したことが色々面白かったみたい。今、療養中だからってのもあるけど。思うように行かない身体に苛々してるのを、エトラナがなだめてくれてるわ。私は今ちょっと忙しいもんだから、相手してられなくって」

 語尾がちょっと大きく、ゆっくりになった。付け加えられた意味深な一行の中に「訊いて訊いて」とせがむ気持ちが見える。なんかウキウキである。訊かないと胸倉を掴まれそうだ。

「あ、えー……ミーニャが忙しいって、どうして?」

 よくぞ訊いてくれました! ってな喜びを抑えて「え? 私のことなんて、どうでもいいじゃない」などと、うそぶきやがる。重ねて問うのもアホらしいのでスルーしようかと思ったが、そこは彼女の方が早かった。

「でも一応お伝えするとねー。私、結婚準備してるんだ」

 この、語尾にハートマークが3つぐらい飛んでそうな告白ったら!

 だぁれだ、その男ーっ!? と、自分がサウモになった気分で激昂しかけて、ああ、そうかと分かった気がした。そりゃサウモが苛々してるわけだ。身体のせいばかりではあるまい。罪な娘である。

「相手……誰?」

 信太朗の脳裏に浮かんだのは、俊足のユデアだった。いい男だったし、いい仕事してくれたし、性格もさっぱりしてる。今までに列挙された登場人物から言って、他に思い当たるキャラがいない。いるとすれば、あとは……。

「……エノアなんてことはないよね?」

「誰それ?」

 即答だった。

「へ?」

「そんな人いないし、名前も知らないよ?」

「……?」

 そんなわけがない。信太朗は元に戻るためだけに、エノアを頼って旅してきたのだ。ミーニャだって承知していた。エノアが超絶美形だと聞いたから会いたくて、というのが彼女の理由だったはずだ。

「え、だって、超絶美形の魔道士でさ」

「やぁね、ニート。魔道士なんて、おとぎ話よぉ。なんで知ってんの?」

 え~……?

 気が遠くなりかけたが、どうやら彼女がエノアなる存在をすっかり忘れているらしいことは理解できた。

「でも俺こうして現代に戻れたし」

 エノアのおかげで……と言いかけたが、思うところあって言葉を飲み込んだ。するとミーニャが、うん、まぁねと少し斜めに首を傾げて頷いた。

「いくらクサスの魔力と合わせたからって、ニートとお爺ちゃんが入れかわってくれたのは奇蹟だったわ。多分もう二度とできないと思う」

 説明してから、もう一言。

「すんごい疲れたし」

 本音爆発、ミーニャ様健在である。

 まぁ、そりゃそうだろう。死にそうな雪山でチャンバラしたあげく、ミーニャは槍を降らすわクサスに魔力を与えるわの大活躍だったのだ。多分、漫画にしたらミーニャの言動が一番派手だっただろう。自分はといえば殴られるわ相手の剣を避けるわ落ちるわの、踏んだり蹴ったりだっただけだ。

 別にビリー隊長(仮名)をやっつけられなかったこととかに何の未練もないけれど。

 皆が無事で良かったなぁと思っている。

「じゃあさ、」

 信太朗はさっきの結婚話を蒸し返した。

「誰と結婚するの? ユデア?」

「冗談」

 一笑に伏されたユデアを哀れに思いつつも、信太朗は次に出されたミーニャの告白に、真っ白になってぶっ飛んだ。

 ……今なんてった?

「く、クサス?」

 いや、まぁ確かに他に名のある男性はいませんが。

 っていうか別に、今までに登場してなかったイケメンとかでもいいじゃん? なんて信太朗が口をぱくぱくさせるところではないが、なぜよりにもよって40歳(にしか見えない)オカマのオッサンが相手なのかと。確かミーニャは面食いだ。

「そんなに驚かなくてもいいじゃない。クサスは紳士で、素晴らしい人よ」

 ちょっと待て何その昭和の乙女みたいな誉め方ーっ!? っていうか確か彼の中身は、レティスちゃんである。

「クサスも元に戻れたの? だって中身は……」

 よもやエノアの記憶が消えたのと同時に忘れてしまったのだろうか? と思ったが、それはなかった。信太朗のことも憶えてくれているミーニャだ。忘れたのは、エノアのことだけらしかった。

「15歳イギリス在住、レティス・キャンベル。ダナクサスの中にいるわよ」

「じゃあ……」

「私、レティスと意気投合したの」

 混乱してきた。

 ミーニャの声が慈しむ、優しい音色に変わる。

「レティスは女の子だけど、女の子を好きになる厄介な性質を持ってたんだって。だからクサスと入れかわれて、本当の男になれて、すごく喜んでたわ」

「え。じゃあ、元々のクサスは、オカマの振りしてただけってこと?」

「ううん」

 何かを思いめぐらしたらしく、ミーニャの声が止まった。先を即す気になれなくて待ってたら、やがて教えてくれた。クサスも厄介な性質だったのだ、と。

 つまりクサスには、男だけど男を好きになる性質があったのだ。王位継承権問題もさることながら、ダナクサスは、心のままに女装を楽しんでいた、ということになる。

 信太朗が彼に出会って最初に感じた悪寒は、それほど間違いではなかったのだ。ホモさんがマッチョ好きなのかどうかは、別にして。

「レズとホモかぁ」

「今の呟きは聞かなかったことにしとくわ」

 ミーニャの声が怒気をはらんだ。そうだ。今の彼女は中身のレティスと外身のクサスを、共に受け入れている。最愛の者となっているのだ、大仰天なことに。

「何しろ立場も王子様だからね。お爺ちゃんにだって文句言わせなかったわよ」

 勝ち誇ったような声は、本当に嬉しそうで。今までずっと交際の機会を取り上げられてきたミーニャとしても、この結婚が楽しみで仕方がないらしい。一瞬よぎった疑問も、すぐ解消されてしまった。

「クサスったら夜もスゴイの。何しろ元女の子だからツボを心得てるし、でも15歳だから初々しくって! 反応が可愛すぎて寝るのも惜しいくらい」

 などとノロケられては、ごちそう様すぎて戻しそうだ。そこまで考えてなかったのだが、この分ならお世継ぎも早そうである。

 誰にも自慢できずに溜まってたのかなぁとも思える。そこらの人にバラせるノロケではない。とはいえ、エトラナやサウモじゃ、こんな話をしたら叱られるか、なだめられるか、どん引かれるか。嫌われまでしないにしても、引かれるのは嫌だろう。

 信太朗だって引きそうだし経験はないし聞かされたって困るのだが、でもミーニャの喜んでいる様子にだけは共感できる。だからサウモも反対できないんだろうなぁと分かるほどに。

 あの時に感じた赤い糸は、どうやら本物だったらしい。

「良かったね」

 信太朗は心から言った。

「おめでとう」

「……ありがと」

 照れ臭そうなミーニャの声が、この上なく可愛い。信太朗は自分に身体がなくて良かったなと思った。あったら、抱きしめちゃいそうだ。もうすぐ人妻になる子だが。っていうか多分、抱きしめなんてする素振りを見せただけで瞬殺されそうだが。

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