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勇者で候  作者: 加上鈴子
31/39

31 この子たちの幸せを

 呆けるエトラナの表情を、信太朗はサウモの記憶に焼きつけるかのように凝視する。男性がごとき短い髪がよく似合う、鷲鼻だけど美しい、釣りあがった瞳を持っている娘。

 彼女の望みだったから、王都一の英雄にすべくスパルタ教育を施した。厳しく辛く、この男は本当に私を嫌いなのだろうかと思われるほどに……と覚悟してサウモはエトラナに接していた。エトラナをみくびっていたのだ。

「ホント好きだよね、サウモのこと」

 信太朗は切れ切れな小声で呟いた。当事者じゃよく分からなかったのだろうが、客観的に見たら、どんなにエトラナがサウモを尊敬し大事にしていたか丸わかりである。嫉妬なんか信太朗が持ったところで、これっぽっちも役に立たないぐらい。

 信太朗の小声が聞こえなかったのだろう。エトラナはしばらく黙って信太朗サウモの髭面をハゲ頭を凝視した後、またもやデコピンを繰り出した。

「たっ」

 でも、頭を撫でられたに等しいような、ゆっくりと優しいデコピンだ。

「誰が言うものか、馬鹿者が」

 声が笑みを含んでいる。

「もし言うとしても、生きて帰ってサウモ本人に向かって呼ぶに決まっている。貴様に言うセリフじゃないだろうが」

 ごもっとも。

 もしサウモに身体をお返しできない事態になっても、せめて父と呼ばれた記憶が身体に残ったら、サウモの精神にも届くかなぁなんて、ファンタジックなこと考えちゃった自分がお恥ずかしい。サウモが信太朗の身体を使ってウハウハな人生送ってるだろう様子を、信太朗は知らないくせに。届くわけがないのだ。

 ああ、そうか。と、信太朗は自分の感情に気が付いた。

 エトラナに、呼ばせてあげたかったのだ。

 それに自分が、彼女の口から父という言葉を聴きたかったのだ。

 サウモの代わりにじゃなく、サウモのためでもなく。

「ごめん。俺が、その言葉を聴きたかったみたい」

「お前が?」

 ぷ、とエトラナが吹き出す。

「余計に言えんな。私より若いだろう未熟者に向かってなんて」

 くすくすと、ほがらかに会話するも、もう声は絶え絶えだし足もずり落ちてきている。限界は、とうに超えているような有様である。いくら何でも半日とか無理だ。

 どうしよう、もう一回足に力を入れ直すべきだろうか、でも、そうしたら逆に滑ったり力が抜けちゃったりして落ちてしまいそうで怖い。エトラナは軽いけど、軽いっていっても人一人だ。腹に乗せて抱えているのにも限度がある。

 なんて余計なことを考えてることが、すでに危険だったりする。

 信太朗は骨折した右足の膝が、カクンと曲がるのを目にした。曲がったという感覚すらなかったのだ。

 まずい!

「ミーニャ早く……っ」

 悲鳴を上げて左足に力を入れ直すも、バランスが悪い。エトラナを揺らしてしまい、腹から落としそうになってしまった。壁に取り付けない彼女はサウモにしがみついているしかないというのに、そのサウモがバランスを崩したら、あっという間に落ちてしまう。

「駄目だ!」

 エトラナが信太朗の胸倉を掴む。いや引き上がりませんから。

「ミーニャっ!」

 かすれ声で孫を呼ぶ。

 手足は硬直しきっていて、多分ひどい凍傷になっている。壁から滑ってしまったら、体勢を立て直す術がない。これが外れたら一気に落ちてしまう! という最後の一線が背中からズレるのを、信太朗は感じた。

 頭上から何がしかの言葉が聞こえたのは、ほぼ同時だった。

 半日もかからなくて良かったと思ったが、どうやら間に合わなかったようだ。クサスが設定しただとかいう座標から、自分たちは落ちてきている。

 せめて、エトラナだけでも。

 信太朗は崩れていく体勢の中、最後の力を振り絞った。

「うがあああぁぁぁっ!!」

 エトラナを、投げたのである。

 胸の前から、まるで、バスケのシュートでもするみたいに。

 そんなに飛ぶわけじゃない。腕を伸ばした50センチほど上にだけ、エトラナが持ち上がったぐらいのものだ。だが、それで充分だった。ミーニャたちの“転移”する的から外れさえしなきゃいいのだ。

「シンタレア!!」

 驚いたエトラナが叫ぶ。

 閃光が亀裂の闇を白く染め上げた。

 津波に襲われたように耳の機能がなくなる。

 自分の喉が張りつめているが、何も聞こえない。

“転移”の魔力が辺りを包む。

 エトラナを連れていく。

 やっぱり自分は落ちすぎて“転移”の範疇から漏れたようだ。驚きながら手を伸ばしてくる彼女の姿が、瞬時にして掻き消えた。そして自分は落下している。亀裂の底深く、這い上がれない闇の中で、体中を骨折したまま死んでいくのだろう。

 伝説の勇者様にしちゃお粗末な死に方だが、世の中そんなものかも知れない。全盛期は皆にチヤホヤされ本人もノリノリだったが、いったん失脚したら、世間は手のひらを返すのが高速なみに速い。それが分かったからサウモも田舎に引っ込んだのだから。そうして忘れられた男がいつ、どうやって亡くなったのかも、意外と誰も知らないまま過ぎるのだろう。

 エトラナさえ分かってくれてたら、それでいい。

 あとミーニャと。

 あ、ダナクサスもいたか。

 そうだ俊足のユデアに、借りた金を返すの忘れてたわ。うーわ、ごめん……などと、いい感じに走馬灯が流れてゆく。

 白く染まった視界が闇に包まれてゆく。やがて来る落下の衝撃に備えて目をつむり、信太朗はふとエトラナが自分の名を呼んでくれたことに気が付いた。

 ニートじゃない。貴様でもない。初めての……。

 ……でも、ちょっと発音が間違えてたけどね。

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