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勇者で候  作者: 加上鈴子
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3 異世界でも駄目人間は駄目人間(痛い)

 やっと自分のことを話せるようになったのはありがたかったが、どうにも居心地が悪かった。ミーニャと一緒に飛びだしてきた家に戻り、リビングの椅子に座って話をするものの、信太朗的には体育座りして毛布の中で丸まってしまいたい気持ちだった。皆に帰って欲しかった。ほっといてくれと泣きたい気分だった。

 信太朗は叱られた子供がごとくビクビクしながら、少しずつ言葉を紡ぐ。屈強なハゲが丸まって恐縮するさまは皆の怒気を削いだらしく、皆、鼻白んでいた。

 話を聞きつけたらしい村の女性までもが集まって、家の中は人がギュウギュウ詰めになった。それでも「サウモが別人になった」という事態は重大らしく、誰も帰らない。不安半分、興味半分といったところだろうか。皆の目がやけにキラキラしていた。

 そんな中、エトラナだけが最後まで怒りの表情を崩さなかった。

 そして信太朗がすべてを話しおえて、ミーニャが入れてくれた暖かいお茶を口にして息をついた瞬間、叫んだのだ。

「馬鹿か貴様!」

 ぶふぉっと吹きだす信太朗。

 他の皆も驚いた様子だった。

 確かに信太朗は皆の守護神がごとき存在を消してしまい、何の役にも立たなかったかも知れないが……信太朗とて被害者なのである。何がどうなったんだか、まったく分からない間に戦闘に駆りだされたのである。ミーニャは言い分を聞いてくれないし、ハゲ爺のくせに体操選手みたいな体してるから勝てるのかなとか思っちゃうし、敵はザクだしヒヨコだし……。

 と、口の中でだけモゴモゴと言い訳するも、それは外には出てこない。

 エトラナの迫力が反論を許さないからだ。

「貴様が巻きこまれた能なしだというのは、よく分かった。だったら、まず戦うな! ミーニャは関係ない、途中から貴様は自分の意思で戦ったんだ、その落とし前ぐらいは手前でつけやがれ。人のせいにするなっ」

 すごい言われようだが、やっぱり反論の余地がない。ごもっともである。

 信太朗が自分自身の力量を心得ていなかったことが、そもそもの原因だったのだ。いくら、この爺が昔は勇者と讃えられた屈強な戦士だったとしても、それを使いこなせるかどうかは中の人間の精神状態によるらしい。

 あの頃は王都の真ん中に住みついて仕事をこなさなければならないほど忙しかったが、その分充実していた。隠居した今でも訓練は欠かさず、ミーニャにも魔法を教え込んだので村一つぐらいは魔物から守って行けるが、またアーバオアクウのような強敵が現れたりしたら、手に負えるかどうか……。

 などと思ってから、信太朗はふと気づく。

 今の独白は誰のですか?

「……君、俺の弟子……?」

 信太朗は目が覚めたような顔で、エトラナを見あげた。

 間違いない。この女性は、エトラナ・ディヴァルダは王都のギルドで知り合って俺……いや、サウモに弟子入りした、元戦士だ。サウモは、正確にはサウモヴァル・マハテ。かつては国中に名を知らしめた、最高の勇者だった。

 今年で……。

 ……73歳になる。

「う、うわあぁぁっ?!」

 突然あたふたしだした信太朗に、皆が騒然とした。情けないハゲ爺に弟子呼ばわりされたエトラナは凍りついている。その通りだからだ。

「あんた、記憶が、」

 言いよどむエトラナに、信太朗がすがりついた。泣きそうな顔の真ん中で鼻水がダラダラ流れているが、それどころではないパニクりようである。白髪混じりの髭に鼻水が流れこんで光り輝き、みっともないことこの上ない。

「ある! 俺はサウモヴァル・マハテ、73歳だ! ミーニャは孫、あんたは弟子! 俺、最強だったんだよなぁ?!」

 あまりにも最強と呼べない姿だが、正解である。

 しかも叫んだ瞬間に歯がぶっ飛んで、信太朗はフガフガとしか話せなくなってしまった。カチャーンと床に転がる総入れ歯に、皆が唖然となってしまった。ふごーというサウモの情けない声など、皆、聞いたことがなかったに違いない。

 信太朗は慌てて歯を拾ったが、どう装着していいんだか分からず、真っ赤になって狼狽した。

「お爺ちゃん」

 ミーニャが見かねて手を添えてくれる。女の子の指が自分の口に忍び込んでくるなどという事態は初めてであり、心臓が飛びでるほどの興奮である。だが残念ながら信太朗は、今は違うドキドキで興奮せざるを得なかった。激烈に情けなさ過ぎて涙も引っこむ有様である。ふごーという声がふいーというため息に変わり、少しだけ落ちついた。

 ミーニャはすぐに隣の部屋へ行ってしまった。水を使っているらしき音が聞こえた。手を洗っているのだろう。文句は言えない。

 どうして起き抜けしょっぱなから、ずっと入れ歯を装着した状態で寝ていたワケだ? と思わなくもなかったが、入れ歯な方々の生活状況を知らない信太朗は、興奮しすぎてサウモの入れ歯に関する記憶を思い出すこともできない。信太朗はえぐえぐと入れ歯を歯茎に馴染ませながら、またションボリと席に着いたのだった。

 着きながら、信太朗はふと自分が皆の言葉が理解できる理由について分かった気がした。

 この爺さんの記憶にあるからだ。

 都合良く忘れちゃってるらしい記憶もちらほらと見えるのだが……つまりは起き抜け当初、信太朗が何も分からなかったのは自分のパニックで、冷静に爺の記憶を探れなかったからだった。だが言語は脳味噌に染みついていたので、さらっと使うことができたのだ。今の信太朗は、急にバイリンガルになれたようなものだった。翻訳コンニャクを食ったような気分である。

 なんてことが分かっても、むしろ皆の言葉が理解できない方が良かったんじゃないかと思うぐらい、ちっとも嬉しくなかったが。

 エトラナがため息をつき、

「で、どうなんだい?」

 と、戻ってきたミーニャに向かって、厳しい声を上げた。

「……え?」

 話を振られると思っていなかったのだろうミーニャは、パッと見で分かるほど緊張した。ビクリと肩を震わせて、半分笑ったような顔でエトラナを盗み見ている。

 この顔は知っている。と、信太朗は思った。

 イタズラが発覚した時の彼女は、怒られることを怖れて、こういう顔になるのだ。そういえば、よくサウモはミーニャを叱っていたようだった。魔法教育もスパルタだったようである。メシがまずい日は、ちゃぶ台もといテーブルをひっくり返し、作り直させた料理まであったようである。

 この爺、かなり頑固だ。

 勇者と讃えられて、鼻タ~カダッカだった時代までありやがる。

 信太朗は急に親近感を憶えた。と同時にミーニャにも同情した。この美少女、孫であるのをいいことに、かなりこき使われていたのである。

 そして昨夜、「お爺ちゃんなんて消えちゃえ~!」と3歳児なみの願いを込めながら、寝ていたサウモに向かって、ある魔法を行使した……。

「ミーニャ」

 その記憶にぶち当たった信太朗は、驚愕というか怒りというか呆れたというか、とにかく感情ごちゃまぜの表情でミーニャを凝視したのだった。目覚めたサウモが飛んでいく直前にしていた表情だった。

 エトラナは、すっと目を細める。

「あなたのしわざね?」

 話の展開について来れない村人が数人、ざわついた。

 ざわめきにさえ非難されていると感じたのか、ミーニャは床にペタンと座りこんで泣きだした。エトラナは呆れ顔だ。信太朗も少し呆れたが、まぁ気持ちは分からないでもない。思わずポンポンと頭を撫でてしまった。

 ハエでも追い払うかのように、嫌がられてしまったが。

 しょぼんとする信太朗サウモを無視して、ミーニャはわめいた。

「だって、お爺ちゃんが悪いんだもん!」

 誰もが心の中で“順序立てて説明しろよ”とツッコミたくなるガキっぷりである。

 ああ、そうだった……と信太朗はサウモの記憶を探って、思った。ミーニャはまだまだ子供なところがあるのだ。だからこそ厳しく躾てたんだがなぁとサウモは考えていたらしいが、信太朗的にはそれもちょっとどうかと思う。厳しくすりゃあいいってモンでもない。

 甘やかしすぎれば俺のようになっちゃうけどね……と自嘲する信太朗を放置して、ミーニャは「だからね」と、ことの次第を話しだした。

 いわく、サウモとケンカした、と。

 融通が利かないので、ちょっと懲らしめるつもりだったのだ、と。

 どうせなら新しい魔法の実験もしたかったので“転移”を試してみたのだ、と。

 そしたらワケの分からない空間につながってしまい、肉体は飛ばず、中身だけが入れ替わっちゃったのだという。

「次元を挟んでの“転移”の場合、物質保存の法則に従って肉体が飛ぶことはないの。でも魔力が働いてるモンだから、その力に魂……正確にはエーテルっていうんだけど、これが吹き飛ばされちゃってね、」

 魔法講座になってきたミーニャのセリフを、エトラナが冷ややかに断ちきった。

「戻しなさい」

 途端にミーニャは小さくなった。気のせいか村の者も全員、エトラナが喋る瞬間には肩を竦めているようだ。信太朗は、わしの愛弟子は村最強じゃったかな……? と思ったが、どうにも今ひとつ思いだせない。脳味噌の中までは鍛えられなかったらしい。

 ミーニャはゆるく首を振った。

「取りあえず、この人になっちゃったお爺ちゃんをぶん殴って気絶させて、ベッドに放りこんで、その間に元に戻そうとしたんだけど……戻すのは不可能とかって本に書いてあって……。エ……エヘ?」

「エヘじゃなーいっっ!!」

 全員が大合唱になった。

 それで彼女は信太朗の言い分を無視して、とにかくサウモになりきってもらえないかという思いもあり、すっとぼけていたらしい。中途半端に変な風に話が通じてるような気がしたのは、間違いではなかったのだ。朝から入れ歯が装着されていたのも、このためだったのだ。

 本当はサウモを森の中に飛ばして、ザクの群れとでも戦ってきやがれと思ったんだそうだ。それはそれでエゲツナイものがあるのだが、そうなった方が一般的な復讐だっただろう。

 よもや異世界とつながって、あまつさえ中身だけが入れ替わりなどというファンタジックな展開になるとは、夢にも思わないに違いない。

 が。

「よくあるのよねぇ」

 と、誰かがため息をつくではないか。

 よくあるんかいっ! と内心ツッコミを入れたものの、タイミングよく言葉にすることができなくて、信太朗は「あの~」と口をモグモグさせた。

 ザッと十数人の目に見られてしまい、かあっと顔が熱くなるのを感じる。見られることに慣れていないのだ、そんなに見つめないで欲しい……と信太朗はうつむいて、ゴショゴショと訊いてみた。よくあるんですか? と。

「実際には初めて見たけど、多いって聞くわよ。特に魔法が栄えてる街だと、慣れない人は使っちゃ駄目だっていう“転移”の禁止条例まであるそうだから」

 そう言われてから、やっと思い出す。記憶の引き出しが硬くて、なかなか思いだせないのだが、確かにそんな条例があった気がする。サウモはミーニャに“転移”を禁じたのだろうか。そこまで憶えていない。

 すると今こうしている時にも現実世界のどこかの誰かが、こちらの世界で「OH! NO!」とか叫んでいるかも知れないワケだ。その場合、転移した先の体は庶民か貴族か王族か……。

 取りあえず73歳のマッチョハゲでないことだけは確かだろう。

「勘弁してくれ……」

 信太朗は耐えきれなくなって、思わず机に突っ伏した。

 このまま硬く目を閉じていれば何もなかったかのように自分のベッドに戻っているかと思ったが、ストーリー的にも現実的に考えても、そうはならないのだろうなぁ……と信太朗はそっと涙を拭いた。

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