27 意外な展開、次々と
ミーニャの手がなおも発光し続けて、クサスを……いや、アーバオアクーを満たしているらしい。お腹いっぱいの幸せを感じているような顔だ。
魔力の流れを感じる信太朗サウモは、ミーニャが自分の魔力を彼に与えていると分かって慌てた。
「何やってるんだよ、ミーニャ! 疲れて死んじゃうじゃないか!」
魔力だって無限じゃない。それどころか使いすぎると死ぬ恐れとてある、精神力や体力と変わりない代物だ。サウモがトライアスロンやっても平気なのと一緒で、魔力を鍛えてあるミーニャは、普通の人よりは平気だが、それにしても、しかし。
相手は魔物である。
「大丈夫よ……クサスの意識が生きてるもの」
多少身体が斜めになってきたが、それでもしっかと立ったままミーニャは、オカマオッサンの額に手を当てて何ごとかを囁いている。
「大したことない魔力だって、始めから分かってたし」
と、さすがミーニャ様な発言もあるものの、クサスを見る目が慈愛に満ちているように見えるのは、目の錯覚だろうか。と、信太朗は呑気にも目をごしごしこすってしまった。
封印が解けたからといって、別にクサスの外見まで変化したわけではない。ちょっと目つきが厳しかっただけで、輪郭や体形はそのままだ。無精髭がツンツン痛そうな、汗まで濃そうなラテンじみたナリに変わりはない。
だが、なんと言えばいいのか。
言葉には表せない、奇妙な空気が2人を包んでいるのである。
チュー見ちゃったせいだろうか。そういう経験はまったくないが、もし運命の赤い糸ってヤツが本当にあるとすれば、ミーニャとクサスをつないでいるかに見えちゃっているのだ。
「ない! ありえないから、それ!」
自分の感覚に自分でビックリして、全否定で首を振る。ざしぃっと立ち上がって、クサスから引きはがすべくミーニャの肩を掴みかけ……。
「サウモ!」
エトラナの叫び声に振り向けば、どアップなビリー隊長(仮名)がいるではないか。信太朗に斬りかかっているところだった。
「ちょっとおぉっ!?」
大慌てて避けて転げ、大慌てで起きる。人生、七転び八起き。まだ七転八倒ではないようだ。
「何するんだ、お前らの敵は俺じゃないってば!」
「うるっせぃっ! じゃあ何だ、俺たちが悪役ってことになるじゃねぇか!」
その通りです。
とツッコミ入れてやりたかったが、それどころではない。完全に頭に血が上っている筋肉馬鹿には、口で言っても通用しない。殴って大人しくさせるしかないようだ。
怪我してうめいている者、事態を飲み込みかけて戸惑ってる者もいたが、半数ぐらいは大暴れしている。
「手前ぇが死ねば賞金が出るし、俺らの悪名だって挽回されて、英雄にならぁ!」
よく分からない理論である。どうやら勝てば官軍らしい。味方に回ってくれたユデアも、この論法には手を焼いているようだった。
「だーかーら! 悪玉はアイツなの、王族だけど中身は悪者なの! なんで分かんねぇかな、くそっ」
とか叫びながら、先ほどまで仲間だったギルドメンバーを気絶させてかなきゃいけないのだから、大忙しだ。
吹雪は止まないし、ミーニャの魔力供給も一段落してくれないし、エノアは出現しやがらないし。やっぱりにっちもさっちも行かない、そんな時。
「あっ!」
「エトラナ!」
「おいっ!?」
それは起こった。
白い視界の中、かすかに見えていた彼女の姿が、突然、落ちたのだ。
落ちた。それは分かった。ずるっと、何か足を取られて体勢を崩したのが見えたのだ。直後、彼女の身体が沈んだ。
「エトラナーっ!!」
信太朗は走った。
すぐ近くだった。
積った雪もものともせず、ジャンピングスライディングで落ちてゆく彼女の手に狙いを定めて、がしぃっと掴んだ。それと同時に、彼女を飲み込もうとしているものの正体が足元に見えた。雪に覆われて見えなかった、クレバスだった。
人2人など楽に落ちるだけの隙間を持っている、雪の亀裂である。
エトラナの手を掴んで引き寄せながら、うわぁとクレバスの底を見る信太朗は……自分も、そこに落ちていることに一瞬、気付かなかった。
「あれ?」
スライディングで止めときゃ良かったのに、どうもジャンピングが余計だったらしい。エトラナと一緒に、穴へと落ちてしまったのだ。
「ええぇぇっ!?」
空中でいくら暴れても、落下は止められない。