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勇者で候  作者: 加上鈴子
24/39

24 万事休すって、このことか

「別に、あなたがボケてくれるのを待ってたわけじゃないんだけどね。あたし本当に封印されてたし」

 語尾に「うふん♪」と付きそうな明るい声だが、その手には物騒な刃物が握られていて、しかも刃先にはミーニャの首がある。

「あら動いちゃ駄目よ、切れちゃうわ」

 と、どっちに向かって言ったんだか分からないが、信太朗の足もミーニャの抵抗もぴたっと止まり。

“だーるまさんがーこーろんだー”ばりの見事な静止を披露しつつも、信太朗は内心ガマよろしく汗をダラダラ流していた。冷や汗と実際の汗の両方である。

「いや、もうちょっと楽な姿勢でいいわよ?」

 お許しが出たので、信太朗は上げていた片足を下ろし、伸ばしていた手を引っ込めた。

 息をついて、信太朗はダナクサスを睨みつける。なるほど30人もの証人なんて複雑な説明を受けるよりも、よっぽど分かりやすい。『(実は魔物の)王族クサスが元勇者の犯罪人サウモを倒すの図』というワケだ。王族殺人未遂の罪を着せられるワケだ。

「封印、解けてるの?」

 軽く言いたかったけど、低い声になった。自分でも驚くほど、怒ってる自分を感じる。対してクサスは軽い。

「解けたような、解けてないような」

 オカマ王子は帰国子女風に肩を竦める。言語が英語なら、アハンとか言ってそう。

「言ったでしょ。融合してるって。王子様が飛んでっちゃったから、あたしじゃ制御しきれてないみたいでね」

 っていうセリフは、イギリス少女の視点だ。なのに、後に続けられた言葉は魔物のものになっていた。

「でも融合できてるから特に支障はなくてね。魔法を駆使しなきゃアイツにも狙われないし」

 アイツと聞いて思い浮かべる人物は一人である。魔法を使わなきゃ現われない、というお堅さも彼らしい。

 ってことは、こんな計画立てて魔物を呼びだしても、魔法が出て来る騒動にならなきゃエノアを引きずり出すってことは、できないわけだ。

 信太朗サウモがよっぽど愕然とした表情だったのだろう、クサスが「残念ね」と苦笑した。

「君は日本に戻る術を、エノアに頼りたかったのよね。叶わなくて残念だわあ」

 そのセリフの直後、信太朗は斜め後ろから殴られた。当然クサスの拳じゃない。さっきも一発下さったヤツで、30人中の一人だ。いかにもな感じの顔が、いかにもな感じの、長袖長ズボンなのが不思議なくらいホットな身体にくっついている。吹雪すらも気にせずに、タンクトップと短パンはいてそうに見えるのに。

 殴られながら背後を見た信太朗は内心、よし今からこいつをビリー隊長と呼ぼう、などと思ったのだった。割と余裕である。

 ビリー(仮名)はハハハと笑いながら、

「ちゃんと墓は建ててくれるってよ。勇者様の死に様を世間に知らしめねぇといけねぇからな」

 と、信太朗サウモの腹に、もう一発をぶち込もうとして……。

 ぴたっと止められたのだった。

 ちょっと前の信太朗なら止めた自分にビックリしただろうが、今は余裕だ。いちいち驚いてる暇じゃないって話もある。筋トレ成果もあるのだろう。実戦もこなしたし。

「止めてんじゃねぇよ、お譲ちゃんたちがどうなってもいいのかよっ」

 信太朗ははっとして手を放した。途端、腹への一発が決められる。ビリー(仮名)は、そうこなくちゃと爽やかに笑った。

 続けて2人目3人目とギルドの猛者が、反撃できない信太朗をもてあそぶ。

「サウモ! ……もがっ」

「お前は後で、じっくり殺してやるよ」

 叫んだエトラナの口を右手で覆った男の左手が、彼女の首から胸元を撫でている。くぐもった悲鳴で身をよじったエトラナが、後ろ足でエロ男の股間を蹴りあげた。

「野郎!」

 別の男が彼女を殴りつけて、再びはがいじめにする。

「ま、待て待て待てワシだけでいいだろ、2人は放せ! エトラナもミーニャも、俺には関係ないじゃろが!」

 信太朗言葉と爺用語がごちゃまぜになっているが、構ってられない。

「あら駄目よ、あなたの仇を取りかねないわ。女は怖いものよ」

 とか言う、これはダナクサスの経験なのかなぁと少し思ったし、確かに2人は怖いけどねとも思ったが、そんな場合でもない。その間にも信太朗はサンドバックよろしく殴られて、新雪に鮮血をまき散らしている。

「よせ、やめろ! お前たちは騙されてるんだ!」

 30人の猛者たちは、嘘で雇われている。何とか説得できないかと思ったが、2人の命を盾にされては、これ以上はしゃべれない。

「あら、下手なこと言ったら手元が狂っちゃうわ。大人しく殺されてくれなきゃ困るじゃない」

 クサスが優雅に手首を動かす。ミーニャの細くて白い首筋に、すぅっと赤い線が走った。

「ミーニャ!」

 信太朗が叫ぶも、ミーニャはうめき声ひとつ上げない。刃は、皮一枚をかすめているだけらしい。強い目をしている。マッチョ男の手がなかったら、その口元が見えたなら、きっと可憐で不敵な笑みも浮かんでいることだろう。さすがサウモの孫である。

「殺さない! ワシはお前を殺したりは、」

「っせぇ爺ぃっ。さっさと死ねよ」

 周囲の男にどつかれ転び、盛大に口の中を切り。今は身体の痛みより寒さ冷たさより、どうすれば2人を助けられるのかしか頭にない。だが、いい案が浮かばない。つまり頭は空っぽである。

「くっそう!」

 叫ぶ信太朗の頭上に、とうとう刃物が掲げられた。遊びは終わりらしい。ガキンと振りおろされた一刀は避けたものの、

「避けるんじゃないわよ!」

 とクサスに脅されたら動くわけに行かない。

 万事休す!

 と、思ったら!

「きゃっ!?」

 クサスに異常事態が発生した。

 何やら邪魔が入ったらしい。

 ラッキー、こうじゃなくっちゃな! と急いで顔を上げたら、クサスが頬を押さえている。どうやら殴りつけられたようだった。ミーニャはクサスから引きはがされていた。

 実行したらしき人物は、エトラナ救出に成功しているところだった。自由になったエトラナが、すかさずエロ男を叩きのめしていた。

 仕事が速い。さすが俊足の男である。

「ユデア!」

 寝返ってくれたらしい。

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