23 作品史上最高に不穏です
「その、強大な敵ってのが何なのか……皆、知ってんの?」
信太朗は小さな声でクサスの耳元でささやく。
「いやぁね、くすぐったいわ」
身をくねらせてオカマオッサンが笑い、「なぁに? 知らないわよ」と、うそぶいた。
知らないのか……っ。
オッサンの反応にもゲンナリしたが、魔物の存在を知らずして連れて来られてる30人も気の毒になって、二重にガックリ来る。
確かに信太朗たち4人だけで魔の山に登っちゃって何かあった日には、ダナクサス様が亡くなったのはサウモのせいだ、となってしまう。でも30人も一緒にいたら、73歳の爺が全員をやっつけてまでダナクサス様を殺すってぇのは、さすがに無理でしょ? という論法である。なるほど、それは納得。
でも、その証言を得んがためだけに危険な魔の山にまで登らされちゃうなんて、割に合わない。本当にただの「サウモの監視」だったら、そりゃ美味しい仕事だし、彼らはそう思っていることだろうけど。
倫理的にも実力的にも、信太朗サウモじゃクサスを殺せない。腕相撲大会の勝者ユデアまでが、ここに召喚されている理由でもあろう。
でも、そんな阿呆な理由で招集されるよりは、どっちかってぇと能天気に、もしアーバオアクーが復活したのにエノアが出て来やがらねぇ! ってなっても、30人いれば何とかなるよ倒せちゃうよ、という方が前向きだし、展望が明るい。
でも無理とサウモは知っている。何しろ王都を半壊させた、咆哮一つで100人を殺した悪魔のような動物なのだ。いや、はっきり悪魔だといえる。人間と同等の知能を持って人間以上の魔力を持って、人間社会を滅しにかかった……姿を見たことがないアーバオアクー。
常に人に取り憑いていて本体を持たず生き延びてきた、姑息なヤツである。
――前回エノアと組んで魔物を封印できたのは、封印に足る強大な魔力を持った奥方が引き受けてくれたためだった。奥方の体内に、ヤツを封印したのである。摂り憑き元の魔法使いとナニかあったのかどうかは分からないが、私の身で国が救えるならと協力してくれたのである。そりゃもう、このエピソードだけで300枚は書けちゃうスリルとサスペンスの超ド級ファンタジーが展開されたものであった(表現が古いです)。
あれから45年。貴族の奥方は亡くなり、封印の魔物は子孫へと受け継がれてしまった。封印が解けることはないとエノアは約束してくれたものだったし、奥方もサウモが伝えたエノアの言葉を信じていたのだろう。サウモへの連絡は、まったくなかったのだ……今までは。
まだ納得が行かない。
自分でもしつこいと思うが、腑に落ちないものは仕方がない。
ダナクサスが自分を召喚した理由。この旅に大量の用心棒を雇った理由。もっともらしくはなっているが、プロットが甘いのだろう、こじつけ臭い(黙れ)。
なんてぇ信太朗が悶々と悩んでいる間にも足は進み、山の厳しさも増している。周囲の木々が低くなり、むきだしになってきて、歩きやすかった草の絨毯も、土と岩のアスレチックに変貌している。このまま進んでいいものかとまで悩み始めた時、ゴウっと雪が舞った。
「きゃ!?」
「いきなりかよ!」
状況を把握している女性2人は、すぐに対応して防寒着を着こみだした。信太朗も同じく、持ってきた上着をリュックから引っぱりだす。他の皆は、いきなり吹雪いたことが半信半疑らしく「すぐに止むさ」と気にせず歩いている。
「駄目だよ、着こまないと。この先ずっと、こんな調子だよ」
そう。アーバオアクーというお土産をエノアが気に入ってくれなきゃ、この吹雪は止まない。死の吹雪なのだ。
どんどん積ってくる雪と、どんどん暗くなる空のせいで視界まで危うい。足は思うように動かなくなってくるし、寒いを通り越して冷たくて、顔が痛い。こういう時の髭は一種凶器でもある。顎が水を吸って重い。
「あー。前回で懲りたのに、剃っておくの忘れてたよ」
軽口を叩いてみたが、周囲からの反応がない。すみません面白くなかったですか……と振り返ってみて、信太朗はありえない光景に目をぱちくりさせた。
ゴウっと雪が吹きすさぶ。
信太朗の斜め後ろを、エトラナが歩いていたはずだった。その後ろにミーニャと、ダナクサス。信太朗サウモは案内役で、先頭を歩いていた。
まさか自分の後ろで、音もなく、こんな事態になっていようとは。
「……何事?」
我ながら間抜けな質問じゃね? と思ったが、口から出ちゃったモンは戻せない。言葉もゲロも。まぁお下品。
「ぐふぉっ!」
いきなり腹を殴られた。
さすがギルド上位ランキング男の鉄拳は伊達じゃない。腹筋を締めたつもりだったが、たった一発でしっかり内臓がよじれて吐いちゃったのだ。身体をくの時にした途端、後頭部をガンと殴られて、星も飛んだ。気絶しかけたが、まだ駄目だ。信太朗は頑張って踏ん張った。
「あら、さすがに勇者様だこと。ちょっとじゃ倒れないわね」
オカマ王子がしれっと微笑む。顔色も目つきも昨日と同じ……つまり信太朗が知っている、いつものクサスだ。
でも彼の状態は今や、仲間ではなかった。30人の雇われ猛者も、すでに敵と化していた。
エトラナとミーニャをふん捕まえて、はがいじめにしているのだ。