20 まさかのネタが連発です
昔、自分が人からの嘘で散々傷ついたせいかも知れない。単純に、嘘のつけない必殺バカ正直なだけだろと言われたら、まぁそうなんだと思う。でも嘘つかないってのは、信太朗が信太朗らしく、頑張らなくても頑張れる、唯一の人づきあい方法なのだ。
ただ「言わない」だけ、という選択肢もあった。でも今はクリアできても、いずれ言葉の端々でバレるのだ。だったら嫌われても計画が振り出しに戻っても、やっぱり正直に言うしか手はないのだ。
「言わない」でいられてることは色々ある、それは信太朗だって心得ているつもりだ。言わずにいるネタもないではないが、これは黙ってていい話じゃない。
とかって、信太朗的には結構、思いつめていたのだが……。
「なるほどね、了解。じゃあ、そのエノアさんとやらに会いに行くのが、手っ取り早そうね」
――なんて、シリアスがバカバカしいぐらい、会話はあっさり終了したのだった。
「……あれ?」
思わず突っ伏し、ビールをあおる信太朗。
「何、あたしがガッカリすると思った? 今まで解決できなかった問題だもの、それぐらいの障害は覚悟してるわよ。キーマンがサウモじゃなく、その魔道士なのも納得できるわ」
なんて、やっぱり朗らかに言われたら、最初からアテにしてなかったわよと言われたようにも錯覚しちゃうが、きっと他意はないのだ。うん。
ホント人様のツボってのは、どこにあるのか分かりません。
2時間後には、ジョッキを人数×数杯と、料理の皿を人数×2倍ぐらい空にして、おおいに盛り上がっているテーブルとなったのだった。
「まぁね、おかしいと思ってたのよ。噂と全然違うんだもの、サウモ」
「くれっぐれも今のサウモは、サウモじゃないからね! 中身はニートってんだ」
事情を聞いたクサスが、ものすごいヘッドバンギング納得をしている横で、エトラナがまさかの大トラである。あと一杯でもジョッキを追加したら、店を破壊しそうな酔いっぷりだ。体調が治ったばかりなのに大きな戦闘をして疲れて、そんな体に大量の麦酒を注ぎ込んだ結果だ……と思いたい。
そういえば、いつもはあんまり飲まないようにしてなかったっけ? などと思い返しても後悔先に立たず、後のまつり。
酔った勢いというのは恐ろしい。そもそも“転移”のことも、ちゃんと王子様に説明するつもりでいた。“サウモ”を期待してくれていたダナクサスに、今の“サウモ”じゃ、あまりにも使えなくて申し訳ないからだ。
が、酔ったエトラナの口からは、単に中身が違うんですというだけじゃなく、中身たる信太朗の、悲哀の全貌が明るみにされてしまったのだ。せっかくサウモの体なのに使いこなせず足手まといで、どうしようもないという信太朗のダメっぷりまで王子様の耳に入るところとなったのだった。
「そこまで言わなくても……」とテーブルの隅っちょでジョッキをちびちび傾ける信太朗だったが、とりあえず嘘は言われてないので黙っておくしかできない。まぁ嘘が混じってても特に何も口出しできないが。
「まぁまぁ、ニートもよく頑張ってるんでしょ?」
などとオカマ王子が信太朗をかばえば、
「クサスはこいつの怠けっぷりを分かってない!」
と、エトラナがジョッキをテーブルに叩きつける始末だ。
ミーニャはどっちつかずのまま、にこにことジョッキを開け続けている。もう6杯目のような気がするが、見ちゃ駄目だ。気にしたら負けだ。エトラナなんか、すっかり王子様とタメ口である。
仕方がないのでか何か知らんが、クサスが「まぁね」とエトラナを肯定してやっている。
「まぁ、ニートなんて仇名がついちゃってるぐらいだし。それ相応の駄目っぷりは想像できるわ」
などと綺麗に信太朗を一刀両断してくれる。
「でも急に異世界へ飛ばされたら、誰もがビックリするわよ。あたしなんか事前に説明受けてたけど、目が覚めた時は悪夢だわと思ったもん」
うふっと笑って、麦酒を一口。首をすくめるクサスの仕草は、美人のお姉さんがしそうな優美なものだ。決して無精髭の濃いオッサンがすべきポーズではない。だが昔からやり慣れてるように、その仕草は板についている。オカマ歴=年齢なのかなと回らなくなってきた頭で考える。
「クサス……様って幾つなの?」
酔った勢いで呼び捨てを試みたが、どうも性に合わない。オカマオッサンは「クサスでいいわよ」と笑ってから「24よ」と答えた。
「は?」
「聞こえなかった? に・じゅ~・よんっ」
語尾にハートマークが付きそうなセリフだが、低いダミ声では説得力がない。
「……本当に?」
異世界ファンタジー、名前が横文字だけあって、顔立ちも西洋人だ。日本人から見るアメリカ人などは、かなり年上に見えたりする。下手するとインド人とかも彫りが深くて何歳か分からないのだ。オッサン面に髭まで生えられたら年齢不詳は当然だが……。……24?
「40前後かと思った」
「何? 何か言った?」
「いえ何も! お若いなぁ、僕よりひとつ上なだけかぁと思っただけです!」
思わず、いいお返事をしてシャキーンと背筋を伸ばすと、オカマ王子は「ひとつ上」のところに食いついてくれた。
「あら、ニートは23歳なのね。前途ある若者じゃないの」
「あー、えー、まー」
若者のくせに前途が見当たらないので返事が良くない。見透かしてか、ふふと笑うクサスが「それで」と言葉を続けた。変な間だったので女性2人も「ん?」と頭を上げた。
「ニートの本名と国はどこ?」
「……え?」
言われたことのない質問だ。今までに訊かれててもおかしくない設問だったが、何しろコッチの皆さんは信太朗のプロフィールに興味がないので、国とか聞かれたことがない。年齢の話ですら今、初めて交わされたのだ。
そういえばエトラナたちって俺のこと何歳だと思ってたんだろうと気になったが、聞かない方がいいだろうとは察せられる。多分14・5ぐらいのもんだろう。どうせ脳は中2です。
脱線した。
国だ、国。
……と考えてから、やっと信太朗は「……え?」と気が付いたのだった。中身が信太朗でも脳味噌は73年使い倒した中古品だし、アルコールが入ったおかげで余計に回らない。10分前の会話をようやく咀嚼し終わったような有様だ。
つまり王子様が、ニートなる用語が固有名詞でなく、信太朗の仇名となっていることを分かっている部分である。ニートなんて仇名が駄目っぷりを示している、ということは“ニート”の意味も知っているのだ。
事前に説明も受けてたけど、やっぱりビックリしちゃった異世界の朝。
信太朗は赤い顔も醒める気持ちで「俺は日本で……」と呟きながら呆然と、ダナクサスを見つめた。
「名前は、シンタロウです」
オカマ王子は、ほうという顔をしている。そうか日本人か、とか呟いている。何やら合点が行ったらしい。日本のアニメっていいわよねぇとか心くすぐるコメントを頂いたが、今は二次元萌えトークに興じている場合ではない。
「名字は?」
「ヤマダ。……っていうか、クサス。あなたは、」
「うん、この際だから全部ぶちまけときましょうか。明日から宜しくお願いしなきゃなんないし」
ちょっと息をついた言葉には疲れも混じってて、今まで聞いた中で一番、彼の“素”と感じられた。つまり、るんるんきゃっぴきゃぴな風情が仮の姿なのだ。それにしちゃ馴染んでいるから、ずっと長いこと作り続けているということか。
彼の正体もさることながら、『明日から宜しく』とサラッと挨拶されて現実に立ち返る信太朗であった。
最強最悪の魔物アーバアオアクーを目覚めさせよう企画が、明日から始まるのだ。