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勇者で候  作者: 加上鈴子
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2 どうやら運が向いてきた?

 推定16歳から手渡された斧には、鎖と分銅まで付いていて、やっぱりずっしりと重かった。その武器を持ちあげちゃう、この子は一体……と思ったものの、事態はそれどころではない。

 信太朗はよく分からない間に、パパパと着替えさせられていたのだ。

「まったく最近お爺ちゃん、寝起き悪くない? ボケるには早いよぉ」

 などとブツクサ言いながら、なめした皮の鎧を信太朗に着せて、美少女は「よし」と彼を隣の部屋にうながす。そこはリビングのようで、4人分の椅子と大きな丸テーブルがあった。4人家族ってことか……? などと妙に冷静な判断をしつつも、実際の信太朗はわやくちゃ状態である。

「だから俺は君のお爺ちゃんなんかじゃなくて、山田信太朗って言って日本人で23歳で無職でニートで童貞で」

 必死である。

 自分でも何を言ってんだか、よく分かっていない。

 取りあえず言ってはならないことを口走ってしまった感はあったのだが、彼女はそんなこと聞いちゃいないようだった。こっちもこっちで必死である。

「セテカが!」

 と言われれば聞かざるを得ない。

 彼女の方は人命に関わっているのだ。

「とにかく早く行ってあげて、お爺ちゃんなら瞬殺でしょ! エトラナさんも、もう行ってるよ。あの人まで死……ううん、怪我したらっ」

 そうか、この世界には生きかえるってオプションはないのか。などと、やっぱりどこかズレたことを考える信太朗。だが、このお爺ちゃんとやらなら瞬殺だと聞いて、やっと頭の芯が冷えてきた。

 確かに、と思う。

 握らされた、この斧。少女が手にするにしては激烈に重い斧だが、これが、自分にとっても重くはないのだ。重いが、重くない。それほど鍛えられた体をしているということである。

 この爺さんとやらが何歳なのかは分からない。

 しかもハゲてるし。

 だが間違いなく、これなら勝てると思えた。

 ザクなるものがどんな怪物なのか知らないが、この老人はかなり期待されているのだ。

 気合いさえあれば、いざとなったら何とかなる──という考え自体を捨てる気はないが、立派な腕力だってあるに越したことはない。このハプニングは、平凡の打破ではないか。信太朗は急に悟り、天の啓示を受けたような気分にさえなった。

 少女がわめく。

「何かよく分からないけど、話なら後で聞くから。森の中よ!」

「分かった」

 信太朗は低く、しっかりと声を出して頷いた。改めて思ったが、この声も自分のものではなかった。バリトンである。オペラとか歌ったら迫力ありそうな声色である。

 少女は信太朗の返答に安堵の笑みを浮かべて、玄関の扉を開け放した。一緒になって走りだす彼女に、ちょっと余裕が出てきた信太朗が叫んだ。

「お前はここで待っていなさいっ」

 だが返ってきたのは素直な返答でなく、叱咤だった。

「何、言ってんのよ!」

 何でやねん。

「私の魔法がなくちゃ勝てるものも勝てなくなるわよ!」

 という解説を受けて、信太朗の世界観が更にファンタジックな方向へ広がる。

 どうやらアルプス地方にぶっ飛ばされたワケでないことは確定した。元々ザクなる名や、武器だらけのオヤジの部屋を見た時から方向性は悟っていたが、やはり異世界だったのだ。

 信太朗の足取りがぐっと軽くなり、スピードを増した。

 段々と怖いものがなくなってきた。

 夢にまで見た異世界おっこちストーリーに、まさかニートの自分が登場するとは思わなかったのだ。普通は女子高生の役どころである。出版社だって23歳のムサい不細工が主役じゃ、売る気にならないだろう。

 けれど、そこが現実。事実は小説より奇なり。世の中、何でもアリである。

 信太朗の未来が急に開けていく。

「よぉし、行くぞ!」

 起き抜けとは打ってかわって張り切りだした信太朗に、美少女がうんと頷く。力強い笑みは、完全に信太朗のことを本来の老人だと思っている顔である。彼女との会話に多少の違和感を感じなくもなかったが、その正体が何なのかはっきりしなかったので、信太朗は取りあえず考えないことにした。

 後でこの子の名前も聞かないとなぁと思いながら森に分け入り、悲鳴の方向へと走る。

 森の入り口では、すでに熾烈な戦いがくり広げられていた。血まみれの男たちがいた。同じく血まみれで泣いている少女もいた。戦闘の似合わない風情からして、どうやら彼女がセテカのようである。

 金髪美少女が叫んだ。

「セテカ!」

 正解だった。

 美少女はそのまま走りこみ、彼女の様子を見ている。男たちの手によって助けだされたのだ。

 だが戦闘は終わっていない。周囲の男たちが信太朗の姿を見て、次々に「サウモさん!」と歓声をあげた。信太朗は自分の名前を手に入れた。

 やはり自分は期待されているのだ。若い男にまで期待されてる老人ってどんなんやねんと思ったが、気持ちいいことには変わりない。

 信太朗は斧をブンと振って声援に応えてみた。まだザクなる怪物が奇声をあげている。大将は赤かったりして、といらんことを考えたが、すぐに顔を引き締めた。倒さなければならない。今からが本番……だ……。

「ザク?」

 目が点になるとは、このことを言うのだろう。

 っていうかベタな展開はよせよと信太朗は、誰にともなく愚痴った。

 いや確かに凶暴ではあった。たった一羽だがザクだろう鳥は、辺りの木をなぎ倒し、男たちを蹴散らして暴れている。鳥の全長は、おそらく3mはあるだろう。くちばしが血まみれなのは、容赦なく突いてくるからだ。

 羽根でも攻撃することができるのか、先端も血にまみれており、体には男たちが投げこんだ槍が何本か刺さっていた。しかし槍もなくなったらしく、矢は当たらずに折れて落ちてしまうらしく、なすすべもなく翻弄されているような事態となっている。

 しかし、その姿は。

 言うなれば、ヒヨコ。

 色が黒ければダチョウにも見えるかも知れないが……やっぱりヒヨコと言った方が正しい気がする。奇声は、聞き方によってはピィピィと聞こえる。でっかい赤ん坊がお腹を空かして泣いているという印象である。戦闘意欲が削がれる。

「お爺ちゃん危ない!」

「サウモさん!」

 人々の叫びに耳を傾けた時には、遅かった。

 気が付くと信太朗は宙を舞っていた。

「はへ?」

 ヒヨコから強烈な蹴りを入れられたのだ。ヒヨコは、いやザクは一回転してビシッと大股を開き、勝ち誇ったようにピィと鳴いた。信太朗は見ていたのに避けられなかった自分に呆れた。

 蹴りが入る瞬間、自分の手がゲームのコントローラーを握る形になったのである。

 ジャンプは十字ボタンの上。殴る時はAボタンで、蹴りはBボタンである。

 ↓→↑←AB同時でコンボ炸裂だが……って、そんな戦い方じゃない。

 指先一つで戦うゲーマーに、実戦は不可能だった。

「この!」

 気を取りなおして信太朗は走り、斧を振ったが、ザクは余裕で避けてしまう。周囲の村人もきょとんとしている。誰かがあれは本当にサウモさんかと言い、先ほどの美少女が失礼なと怒っているのが聞こえた。

 いや、そっちの男が正しいよと思ったものの、信太朗はそう叫ぶ余裕さえ持てずにいた。

 こういうものは体が覚えているのかと思ったのに、ザクの隙もまったく見えないし、斧の有効な使い方もよく分からないのである。斧として使用すると、反対側の分銅が邪魔である。時々一回転して自分に当たってきたりする。非常に恥ずかしい。

 逃げる方は体にバネがあるためか、それなりに避けることができる。しかし攻撃できなければ意味がない。信太朗は全速力で逃げだしたくなってきた。

 なんてぇことを考えていると、勝てるものさえ勝てなくなる。

 見かねた男らが援護してくれたものの、それでもどうにもならない自分の駄目さ加減に嫌気がさして、信太朗の動きはすっかり鈍ってしまい、2度目の攻撃を食らうハメになった。ヒヨコがピィピィと鳴いている。

 鳴き声が近づき、起きあがりかける信太朗の真上に降りそそぐ。信太朗を踏み潰す体勢だ。

 皆が口々に危ないと叫ぶ。んなこたぁ分かっちゃいるけど避けられない。美少女も何やら理解できないことを口走っていたが、どうやら間に合わないらしい。必死の形相が物語っている。

 始まって5分で絶体絶命ってな映画を見た時、いつも思ったものだった。俺だったら、このシーンで死んでるなぁ、と。

 それが今なのかも知れない。

「避けろ馬鹿!」

 耳元で叫ばれたような大声が、信太朗の目を覚まさせた。考えるより先に体が反応して、避けることができた。直後、自分がいた場所にドォンと重い物が落ちた。ザクの足だ。

 ゴロゴロと転がって手を突き、がばっと起きる。起きた時には、ザクの足に向かって声の主が斬りつけている様子を見ることができた。

 女性だった。

「エトラナさん!」

 金髪美少女が叫ぶ。ここへ来る前、彼女が信太朗を焚きつけるために口にした者の名だ。

 女性だったのかと思いながら信太朗は、不謹慎ながらエトラナという女性に見惚れてしまった。少女というには大きい。20代半ばか。同い年と言うには、しっかりしているように見えた。

 褪せて茶色がかっている黒髪はざんばらで、男性のようだ。だが鎧で隠していても浮かび上がってしまう絶妙なプロポーションと、鋭利な横顔の中で光る吊り目がちな黒い瞳が、彼女の美女っぷりを示している。瞬きするたび、まつげがバチッと音を立てそうである。

 そのエトラナが叫んだ。

「ミーニャ、障壁の魔法!」

「分かったわっ」

 と金髪美少女が応える。信太朗は美少女の名を手に入れた。

 うわぁと思いながら見物していたら、周囲の男とエトラナにまで怒られた。

「サウモ、援護しろよ!」

 しかも他の皆が「さん」付けなのに対して、エトラナだけは偉そうである。そういえば先ほども「逃げろ」の後に「馬鹿」が付いていた。「馬鹿」って世界共通なんだなぁと思ってから信太朗は、ようやく皆と言葉が通じている……ということに疑問を持ったのだが、今はそれどころではない。

 わめくヒヨコを何とかしなければならない。

 エトラナが「右!」と叫んでくれるので、信太朗はその通りに動いた。続けざまに色んな注文が飛んでくる。その通りに動くだけで精一杯だ。

 だが、どういうワケか、彼女の言った通りに動くと体が楽だった。動きがスムーズでザクへも攻撃できた。斬りつけるのが忍びなかったので分銅でだけだったが、それでも効果はあった。

 ザクがピィと鳴く。

 今度の攻撃は金髪少女ミーニャがさえぎってくれたらしく、見えない空間でザクの羽根がはじき返された。これが“障壁”なのだろう。

 どぉんとザクが倒れる。ピイィィと断末魔の悲鳴を洩らすヒヨコの姿には、哀れみが感じられた。草木が潰れて、土煙が上がり、ヒヨコの体が痙攣した。だがエトラナは構わず、ヒヨコにとどめを刺そうとしている。

 ヒヨコは小さく鳴きながら、信太朗を哀願の目で見あげてきた。信太朗は思わず「待てよっ」とエトラナの一撃を止めてしまった。

「完全に殺さなくてもいいだろう、もう動けないよ、この子」

 外見にそぐわない語調で訴えると、皆が「はぁ?」と一斉に顔を傾げた。あまりに非常識な意見だったらしい。皆の顔には思いっきり「何言ってんだ、このオヤジ」という言葉が浮かんでいる。

 だが信太朗の倫理観からすると、動けなくなった者を殺すなんてと思えてしまう。皆が傷ついてはいたが、この鳥はまだ誰も殺していなかったのだ。

 非難の目を無視して、信太朗はザクに近寄ってみた。

 自分がサウモなる老人とは少し違うらしい、と、誰もが気づいているだろう。演技の必要は感じなかった。信太朗は信太朗として、ヒヨコに微笑みかけた。

「もう、お帰り」

 そう言いながら、鳥を撫でてやろうと手を伸ばした。槍も抜いてやりたい。鳥は可愛らしい声で信太朗に挨拶をして去っていくのだ……。

 と夢見たところで、やっぱり蹴られた。

 ピイィィ! とザクが威嚇の声をあげる中、信太朗は綺麗に弧を描いてぶっ飛んだ。ちょっと涅槃が見えたような気がした。

「馬鹿っ!」

 エトラナが叫び、吹き飛んだ信太朗の前に立ちふさがって最後の一撃を繰り出した。

 辺り一面に血が舞った。斬首されたザクから血が噴き出しているさまは、噴水なさがらである。その臭いに息を止め、信太朗は口と鼻を押さえた。

 ザクの死体も目に余るものがあり、思わず目を背けてしまった。二次元画像で慣れていたはずの光景はあまりにリアルで、鉄と肉の臭いが鼻腔を塞ぎ、吐き気がした。思わず信太朗は四つん這いになって数歩逃げて、たまらず木の根にうずくまって吐いた。

 だが皆はその死体に歓声を上げるのだ。あまつさえ、死んだばかりの死体に向かって、さらに斬りつける輩までいる……と思ってからよく見ると、それは切りわけている作業だった。羽根をむしっている者もいる。頭のなくなった首を下になるよう転がして、羽根や足、背中などを指で探りながら刃を入れている。大きな包丁である。最初から、死んだら解体する気だったのだ。

「ほら」

 と男がエトラナにザクの首を差し出している。エトラナの胴体ほどはありそうな大きな首を、まだ血がしたたっているというのに、彼女はひょいと肩に担いだ。鎧から、その下のシャツまで、すべてが血に塗れていく。ドロドロとベタベタと、赤黒い液体が汚らしく彼女にまとわりついていく。

 だが不思議とそれが、とても美しく感じられた。

 意志の強さを映す瞳が、彼女を美しくしているのかも知れない。よく「男は顔じゃない」と言われるが、女にもそれが当てはまるのかも知れない。よくよく見ると、エトラナの正面顔はそれほどの作りではなかった。吊り目が目立ちすぎていて、細い鷲鼻とツンと尖った上唇とのバランスが悪いのだ。そうは思っても、やっぱり綺麗だった。ここにいる誰よりも。

 心身共に嫌と言うほどダメージを食らった信太朗は起きることができず、口元を拭ってから、しばらくボンヤリと皆を眺めた。屈強な体を手にしたのに何もできなかったという失望が大きかった。今が「ここぞ」という時だったはずなのに。

「お爺ちゃん……」

 ミーニャが心配そうな表情で近寄ってくる。いや、怪訝な顔か。

 彼女の後ろに、エトラナ始め、男たちが集結している。悪さをした子供時代の信太朗を怒る時、父親がしていたのと同じ表情をしていた。

 エトラナが言った。

「あんた誰?」

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