19 外も中身も強烈です
「あーのーねー。あたしはホモじゃないの。オカマ。って偉そうになんて言いたくないけど、心は女だけど好きなのは女の子よ」
すごく分かりにくい説明だ。
ホモもといオカマおっさんが、ビールをどんと机に置きつつ、くだを巻く夕暮れ。森を後にした一行は、一連の作業を終えてから、夕食を摂りつつの会合をしていた。
ザクの解体作業を終えて、ギルドに戻って一息ついて。ヒヨコ頭を換金して、銭湯に行って風呂で血を洗い落とし、着替えた服もすぐに洗濯板で、がしがし洗い。特に、血はすぐ落とさないと染みになる。
銭湯のオバちゃんに樽と板と浴槽を血で汚しやがってと叱られたので、割増料金払って乗り切った。世の中すべては金である。
お待たせ~と待ち合わせたギルドに4人が全員集合した時には、すっかり日が暮れていた。
改めて自己紹介をしたところ、女性陣2人が彼を見て固まった理由が分かったのだった。
「初めまして、とはいえお嬢さん方はあたしを御存知みたいだけど。あなたに名刺を渡すようギルドに託していた張本人、ダナクサス・ツィファよ」
オカマが王族だったのだ。
いや、オカマだからって王族を外されなどしないだろうが。しかし美形じゃない王子様とかどーよ、と思うが、遺伝子の気まぐれでもあったのだろう。王族はみんな美形じゃないのかとかいう偏見だが、血筋を重んじるもんじゃないのかと考えると、ちょっと不思議な(というか不気味な?)キャラである。
「知らない方が阿呆なんです、お気になさらず」
信太朗はまた、見えないところでドツかれた。
「あ。あー、サウモヴァル・マハテです。最近、年のせいでボケ……あ、いや」
影で連打である。余計なセリフ大得意を自覚していながらも止められない、そんな自分の性格が憎い。
でも今は、サウモのボケが原因でってしておいた方が、この人を忘れちゃってる言い訳としては良かったんじゃないかなぁと思って言ったのだ。それを却下されたら、何をどう言えば正解なのかが分からなくなって、口を閉ざすしかなくなる。
マッチョな肉体を器用にしょぼ~んと縮めて、王族ダナクサスさんと握手する。不細工なオカマという微妙な方は「略称でいいわよ。クサス」と、この上なくほがらかだ。
「店も閉まるし、お腹も減ったから場所を移しましょ」
恐縮する3人を、大通りから少し入ったところの酒場に連れてってくれる。
行きつけの店らしく、店員さんとも親しげだ。客は多すぎず少なすぎずの適度な賑やかさで、話をするにはもってこいだった。
というわけで、一行目のセリフに至るのであった。
「まず、お2人はあたしのこと知ってるみたいだけど……それは『ダナクサスはオカマなせいで王位継承権を剥奪された』って話じゃないかしら?」
激烈自虐カミングアウトである。問われて2人がそうですと言えるわけないじゃないか! と思ったが、そこはエトラナはともかく、さすがミーニャであった。
「そうです」
言いよどむエトラナをかばうように、きっぱりと言い切るミーニャが男らしすぎです。もちろん、るんるんキャラのまま。
「国王キースマラナの第三王子なれど、第一王子が亡くなったため第二王子と共に狙われる存在になった、と聞いています。ダナクサス様の性癖は物心ついた頃から現われていた兆候だったけど、第一王子が亡くなってからは顕著になったとか」
「ミーニャ、歯に衣着せなさすぎじゃ、」
信太朗は、あまりにあまりな内容の説明っぷりに慌てたが、当の本人は大笑いしただけだった。さすが器の大きさが違うといったところか。
ちょうど運ばれてきた麦酒ジョッキをめいめいが手に取り、乾杯しながら彼は「そうよ」と肯定した。
「陰口で知るより清々しいわ。事実だから仕方がないし。そこまで分かってくれてるなら話も早くて助かるわ。あたしに封印されてるモノのことは、まだ誰も知らないけどね」
「は?」
さらっと付け加えられた一言に、3人が固まる。周囲の喧騒が耳を素通りする中で、クサスは再度ゆっくりと言い直した。
「あたしの中に封印されている、アレ。こう聞いて分からないサウモじゃないわよね?」
分かりません。と、言ってしまいたかったが、そうも行かない。この展開で、「封印」と聞かされて思い当たるものは一つしかない。前振りされてない、まったく別の「アレ」だったらどうしようと思ったが、そうだったら、まぁその時はその時だ。
今回の、王都に来た目的そのものが、彼の方から会いに来てくれたのだ。ご都合主義もはなはだしい。
無精髭にいちゃんは頬杖をついて、「で」と、ちょっと頬を赤らめつつ微笑む。
「決めてたの。あなたが王都に来るのなら、その時は何とかしてもらおうって」
なんか彼の口から言われたら、イヤンな意味に聞こえるから不思議だ。心なしか女性2人も引き気味である。
「いや、あの、ちょっと待って下さい。なんで、わざわざ“王都に来たら”限定なんですか」
「あら、あなた憶えてないの?」
「えぇ、まぁ」
何しろ73歳、中身も単なるデブヲタニートですから。内心そっと涙をふきつつ、
「困ったわね」
と首を傾げる王子の言葉に、耳を傾ける。
「あなただけがアレを倒せると聞いていたから……封印そのものは頑丈で、あたしが何かよっぽどショックを受けない限りは、解けることがないみたいなんだけどね」
「倒し方……」
「あなたも、そうでしょう? サウモ。倒す覚悟ができたから、再び王都にやって来てくれた。違う? 村に引っ込んだままのあなただったら、あたしは会おうと思わなかったわ」
「いや、あー……」
気まずい。
すんごい気まずい。
まさか倒すあてなんて憶えてないけど、とりあえず封印解きに来ちゃいました~、なんて言えない。しかもサウモじゃないし。
でも、まぁ倒せれば結果オーライなんだよなぁ、あいつを引っぱりだしてさ、俺の“転移”もしてもらってさ。などと某魔道士のことを頭に描いた瞬間、
「あ、そうか」
信太朗は、サウモの知識を思いだした。
倒し方というのは、サウモが倒す方法じゃない。ある人物がアーバオアクーを倒せる唯一の存在であり、その存在を知る者が、ただ一人、サウモしかいないからだ。だから魔道士なる者を知らない、記憶を持ってない世間では、そこんとこ素っ飛ばして、サウモがアレを倒せる男、という風に短縮化されちゃったのだ。
でも、待てよ? とも思う。
確か倒すことができなくて、やむなく「一生封印」という措置を取った魔物なのだ。封印を解いてエノアを召喚することには成功しても、ちゃんと退治には至らないかも知れない。
「思いだしたよ、ソレを倒す方法」
呟いて、3人の顔が信太朗を向く数秒の間だけ、信太朗は迷った。全部を言うべきか、否か。オカマ王子には倒せるよと豪語しておいて先ずは封印解いちゃわないと、解かせてもらえないかも知れない、という懸念もあるのだ。
だが信太朗には、唯一無二のポリシーがひとつだけある。
弱っちぃし逃げるし挫折するし調子にも乗るしブサメンでデブで、いいところはひとつもないけれど。だからこそ、とも言える。
絶対に、嘘だけはつきたくないと決めていた。