18 なんだか、やれてるみたい?
そんな信太朗の隣にいつしか、ぴったりと寄り添うようにして剣を振るっている者がいる。エトラナじゃない。信太朗が一人でもできる子と見限られると、彼女は速攻で自分らしい戦い方に戻って、あっちこっちと飛び跳ね始めたのだ。
一か所にとどまるより、素早く動いて相手が鈍くなっている箇所を突く。それがエトラナの戦い方らしい。非力な女性だからスピードでカバーというところだ。スピードだって、力がなけりゃできないことだが。
対してサウモはどっしり構えて、迫って来る敵をなぎ倒すタイプである。いかにもオレサマな戦い方だが、強くなければできない戦法なのは信太朗とて分かる。間合いに入ってくるものすべてを瞬時に打ち払う自信があってこそ出来る技だ。
単に身体の節々が動かなくなってきてるだけ、という話もあるが。
「やっぱり昔みたいには行かないよなぁ」
サウモのウハウハだった時代を懐かしむ余裕が出ているだけ、前回とはわけが違う。それというのも、サウモを補佐するように戦ってくれている男がいるからだ。
ピイイィィという断末魔の叫びがいくつも上がる中だったが、信太朗の心はザクのうるうる目より、一緒に戦う者たちに向いていた。うるうる目を見ないようにしているという方が正解だが、実際、初めて見た時よりは心もちが変わっている。
ザクの干し肉、ザクの煮込み、ザクの唐揚げ、ザクステーキ、ザクハム。認めないわけに行かない。唐揚げなんか、普通に家で食べていた鶏の唐揚げと同じだった。見た目同様の味なのだ。しかも、これが鶏よりもおいしいと来ている。でっかいだけに大味なんじゃないかと思っていたら、なかなかどうして、よく引き締まっていてプリプリだ。さすが野生の味というところか。この辺り、旅道中のエピソードで書いておけば良かったなと思ったが、今さらなので脳内補完お願いします。多分、干し肉とかもあります。
不思議なもんである。
食ってうまかったとなると、ただ可哀想~てな感情だけでなく、うまそうという食欲がそそられるのだから、人間てば現金だ。しかも死闘の末に手に入れた食糧となれば、感慨もひとしおだ。ごめんね~などと心中で手を合わせながら、渾身の一刀。
ザクが勝てぬと悟ったようで、一匹また一匹と、森の中にどっしどっし逃げていく。
「あ、こら待て!」
俺の唐揚げ! とばかりに追おうとすれば、そこは追うなと制される。森は彼らの住み家だと、境界を区切ってあるらしい。
「サウモ」
「……あ」
信太朗は後ろから自分の肩に手を置いてきた男に振り返った。気が付いたら結構な運動量になっていて、ぜいぜいと息を切らしている自分がいる。筋トレは早く終わらないかな~とか思いながらやってたのに、これだけ動き回ってた自分に気がつかなかったのは初めてかも知れない。
「終わったのよ」
半数ほどのザクが逃げただろうか。辺りには黄色を赤く染めたヒヨコの死骸が横たわり、血の臭いを充満させている。鼻腔を刺すような刺激臭に吐き気を覚えたが、それよりも吐き出したい塊が腹から沸き上がり――。
――叫んでいた。
「うおぉおおぉぉっ!!」
勝利の雄叫びなのか悲しいのか、やるせないのか何が何だか自分でも分からない。無性に叫びたくなったのだ。どえらい疲れたせいかも知れない。まだ体の芯がほてっているせいかも知れない。とにかく吐き出したかった。叫んだらスッキリしそうな気がしたのだ。
呼応して、にわか討伐隊が叫ぶ。やったぞ、という喜びが聞こえる。信太朗の、サウモの叫びに応じた皆は、勝利を叫んでいる。一緒に吠えているうちに、信太朗もちょっと嬉しい気分になってきた。勝ったぞ、やったぁっ……という気持ちで正解なのだろう。多分。
などと自分の心境を噛みしめ分析していたせいで、気が付くのが遅れてしまった。
信太朗は、はたと止まって、側の男に振り返った。男だ。肩に手をかけて追うなと制してくれた。
……終わったわよ、と制してくれた。
「お、オネエ言葉?」
男は、やっと振り返ってくれたわねとか何とか呟いてから、応えたのだった。
「オネエ言葉? 身体は男だけど心が女だから、ちょっと言葉使いに現われちゃうだけじゃない」
すねるような、くねくねっと感まで現わされては、どうしたものやら。信太朗は笑うわけにも行かず、かと言ってどんな顔すればいいやら引きつってしまった。ありがとう、一気に冷めました。
今まで出会わなかったタイプだ。この世界、ホモは稀に違いない。……と、思いたい。
これで女性読者が萌えてくれるような外見ならまだ許せるのだが、それがそうでもない。結構どころか、がっつり男くさい。主人公じゃなく脇役な感じで、頼りになる用心棒な役どころになりそうだが、映画だとクライマックスで主人公を守って死にそうだ。中肉中背。前に腕相撲やった相手、俊足のユデアの方が背もあって、いい男である。数日すりゃ濃い無精髭だってぼーぼーに生えてきそうだし、脇や足も色々臭そう。こういう顔ってソース顔っていうんだっけ?
なんて、人を外見で判断しちゃいけないが……と頭では自分を諫めても、感情では偏見がっちがちである。下手すりゃ現代社会にいる俺の方がいい男なんじゃね? とまで錯覚してしまいかねない独断っぷりだったが、その錯覚はありえなかった。
何しろ、このホモさん、やけに存在感があるのだ。
はっと気づいて信太朗は服の前を掴んで首元まで全部隠した。実物のホモさんはマッチョが好きだと聞いたことがある。ずっと側にくっついて戦ってくれてた理由は、まさかソレ!? と気付いたのだ。
「お、わ、わしにそんな趣味はないぞ」
「は?」
しゃがみこんだまま後じさろうとしたが、その前にエトラナたちがやって来たので、逃げてる場合ではなくなってしまった。
「サウモ何やってるんだ、ザクの後始末が……あ」
戦いの中心部にいたエトラナは全身血まみれである。彼女の背後では、皆がザクの首を落とし、解体作業にかかっている。
「あ、そうか、手伝わなきゃ、って」
立ち上がろうとしたら、エトラナにハゲ頭をぶきゃと掴まれた。
「何するんだ、じゃー」
どうも老人言葉が板についてない。が、エトラナはそれどころじゃないらしく、サウモに話しかけていたホモを見て硬直してしまったのだ。
次いで寄ってきたミーニャまで「あっ」と可愛らしい仕草で固まっちゃったのである。
「え? 何? このホモさん知ってるの?」
「誰がホモやねん!!!」
見事にハモった3重奏が裏手ツッコミと鉄拳と平手打ちでもって、信太朗に繰り出された。うっかり口をついて出ちゃっただけなのにぃ~……と涅槃を見る信太朗に、友達がいないのも当然だねと思ったのは、誰だったか。