17 またもや戦闘モードらしい
しかし居合わせてしまった手前、行かないわけには行かない。
実は中身が違うんですとか、もう引退しちゃったんだ残念! などという言い訳は使えない。さっきエトラナとミーニャに言葉を遮られたせいで、がっつりサウモさん現役バリバリまっしぐらである。
恨みを込めて2人を振り返ったが、2人とも目を合わせずに「ほら行くよ!」などと信太朗をせっつくではないか。信太朗は2人に顔を寄せて、小声で抗議した。
「このカードの人に召喚されてるんだぞ、ワシっ」
「それがどうした」
軽く一蹴である。死んじゃったらどうするんだよ……と恨んだものの、エトラナの辞書に『見捨てる』という項目がないことは、よく知っている。今はそりゃ、ザクの群れが襲撃かましてるってことの方が大事だろう。信太朗の辞書にだって一応はないことにしておきたい項目だが、でも、それよりも『自己犠牲』の方がありえない。
他の者なら楽勝だろうが、サウモなら大丈夫だろうが、今は信太朗だ。
「初めてザクと戦った時のこと憶えてるだろ? そもそもエトラナだって、俺にまず戦うなって怒ったじゃないか」
「 や か ま し い 」
これも小声で、しかも低いので店長ほか皆様には聞こえなかったようだ。が、信太朗がわめくのを止めるには充分だった。ミーニャが凄んでも迫力あるぐらいなのに、エトラナが凄めば、そりゃ当社比37倍で怖くたって当たり前っちゃ当たり前だ。ちなみに注釈するほどでもないが、37というのは適当な数字である。
「いいから来い」
見えないように……とはいえ腕を掴まれ立たされてたら、すっかりバレている気もするのだが、幸い皆それどころではなくなっている。問答無用で「ほら」と斧を持たされ、どこから出てきたんだと見渡せばカウンターに“武器コーナー”なんてえものがある。さすがギルド、至れり尽くせりである。
「いらなーい。そんなサービスいらなーいっ」
声に出てるのか内心でだけで叫んでるのか分からないほどの小声で、斧を持たされている現状に抗議するも、あらがえるわけがなく。
有無を言わさず連れ出され、他の猛者たちと一緒に現場へと向かう。郊外の、王都に近い草原だ。北にも南にも森林が広がっている。北には、信太朗たちが死にかけた山を含む山脈が見える。信太朗たちは南へと走っている。暖かい地域が住みからしい。
「ヤツら増えてるぞ。人間を襲いやがった。境界線を越えて来た以上、許すわけに行かない」
「おう、やっちまえ!」
「ザク退治は久しぶりだぜ!」
走りながら説明してくれた先の男と並んで走る者たちが、口々に叫んで殺気だった。血の気も多いが笑顔も多い……なぜに? と皆を見渡して理由が分かった。
全員の視線が、走るミーニャを追っているのだ。カワイコちゃんが参戦ともなれば、ここぞとばかりに皆が燃えても当たり前だろう。ここの漢字は萌えでもよし。沸きすぎた血を鼻から放出しそうな勢いだ。
「お前らにゃ、やらんぞ!」と叫んでみたくなった信太朗だったが、今はそれどころじゃない。走りながら、ミーニャに対するサウモの気持ちがちょっと分かった気がした信太朗であった。
ほどなく丘の向こうに森と、黄色い群れが見えてきた。木々を踏み倒しながら団体でピーピー言いながら、でかいヒヨコが大地を揺らしてドォシドォシと歩いている。堂々たるものだ。
「うわぁ破壊力抜群……」
「何か?」
信太朗の呟きを、すぐ側にいた戦士が聞き咎める。ああ、いやと手を振って、信太朗は背中に背負っていた武器を手にした。エトラナが物色してくれた斧は、旅に不向きなのでと村に置いてきた大斧と似たような大きさである。
ブンと一振りしてみる。身体に浸みついている感覚が、これはいい斧だと告げている。本来のサウモなら、ヒヨコたちの1羽や2羽3羽、4羽5羽となぎ倒すのだろう。
だが、ここで下手にやる気を出してはならない。二度あることは三度ある。四度も五度も同じこと。なにしろ俺は山田信太朗である!!
よく分からない大自慢を内心で叫びながらも、すでにエトラナは黄色い群れに飛び込んでいる。足場の悪い山を背景にしつつ、猛者たちも次々と黄色い群れに立ち向かっている。
ミーニャも何やら呟きだしている。手のひらを合わせた中に光の球が生まれている。それを両手で覆いつつ横腹に引いて行く金髪美少女魔法戦士というビジュアルが、とっても凛々しくてファンタジー。
などと見とれつつ、どっかで見たポーズだなと元ネタを思い出すのと、ミーニャが光球を発射するのは、ほぼ同時だった。
ザクの群れとミーニャの間に、信太朗は立っているのだが。
彼女の中段に引いた球が、気合いの叫びも決め台詞もナシに、問答無用で打ち出されたのだ。
「ニート、どいてええぇぇっ!!」
「いや待って無理いいぃぃっ!!」
どっっしぇえぇぇ~と悲鳴を上げつつ身体を回したら、すんでのところでかわせたらしい。ギュンとうなりを上げて信太朗の脇をすり抜け、光の球がヒヨコにぶつかり、バァンと弾けた。文字通り血の雨が降った。グロい。ロケット弾もビックリの威力である。危ないこと、この上ない。
バレリーナのパ・ドゥ・ドゥを会得しつつ、やっと止まった信太朗サウモは、ぜぇぜぇ言いながらミーニャに詰め寄った。ちょっと目が回っている。
「お、お前なぁ、ちゃんと周り見てからやれよ、危ないだろうがっ」
「大丈夫よ、お爺ちゃん以外の人は見てるわよ」
えぇっと思って見渡したら、確かに皆、ミーニャの魔法に気を配りながら戦っている。
「っていうか、お前って何よ」
「あ、ごめ、いや、つい」
などという口論を横に、ザックザックやられて行くザクたち。そりゃもうザクだけに、ザックザク。大事なことなので二度書きました(黙れ)。
「ニ、いや、サウモこっちだ! 援護してくれ!」
うろたえる信太朗のヘタレっぷりが皆に露見する前に、エトラナに叫ばれて救われた。信太朗は彼女の叫ぶ方向に飛んだ。
「右の、そう、そこだ! 足を斬れっ」
言われ、その通りにザクを斬りつける。ぴいいぃぃぃという悲鳴は日本語に訳すと「いやああぁぁんっ」て感じに聞こえる。可愛くて仕方がない。これでサイズが小さければ、いつか見た縁日の、ヒヨコが密集して鳴いていた風景である。
でも実際は上から見てない。下からザクたちの鋭いクチバシを見上げている状態なので、相当違っている、それが救いだ。声さえ聞かなきゃ弱い者イジメ気分には陥らない。
それからもエトラナの指示通りに右左上下と動いていたら、それなりに活躍してるみたいな雰囲気になって来た。致命傷は与えられないものの、ヒヨコが段々弱まっているのは明らかだ。
クリティカルヒットを繰り出せない、弱気な信太朗にピッタリの指示をエトラナが出してくれているのだと、戦いながら分かった。信太朗は首を落とすとかできないのだ。
前もそうだった。エトラナの言う通りに動いたら身体が軽くて、ちゃんと戦えたものだったのだ。最後の最後にやっちまったけど。
なぁんて、ちょこっとイイ感じに回想を入れてしまったのが、まずかった。
「危ないっ!」
本気で危ないらしいエトラナの声が、ぐわんと揺れた。いや。揺れたのは、自分だった。
頭を蹴飛ばされて、吹っ飛んでしまったのだ。ちょっと待てよ頭はやめてよ禿げてるんだから、なんて文句垂れつつ空を飛び、ずしゃあぁっと落ちた上から間髪入れず降って来るヒヨコのクチバシ。
「どっしぇえぇぇーっ!?」
大慌てで避けつつ、ぶんと腕を振る。クチバシと頬の間辺りに当たって、血が飛んだ。ヒヨコがビイィィと苦しがって暴れたが自分も死ぬところだったのだ、正当防衛だ許してくれぇっと思いながらも結構、果敢に攻めまくる。
首、胸、尻尾。早く指示してくれよと内心で悲鳴を上げながら闇雲に斧を振り回していたサウモは、たまらずエトラナを呼んだ。
「おい、エトラナ頼むよ! 俺どうすりゃいいんだよって、あれ?」
戦いながらも、彼女の顔が何やら呆けているのだ。
「どうしたんだよ!」
「いや、だって」
ちょっと言い淀むエトラナを援護するように、物影からミーニャが口を挟んだ。
「だってニートが自分から戦ってるんだよ? そりゃビックリもするって」
って言われた方がビックリな理由である。生きるか死ぬかの混戦に放り込んでくれたの、あんたたちじゃないかーっ! と、内心でわめきながら、まずはザクの一掃作業にとりかかる一行であった。