16. 展開求めて新天地
でもって多分サウモもB型だろと思ったり。王都での俺様っぷりも板についていたようだ。ちょっと人とすれ違うだけで、ひそひそ話をされちゃう知名度である。
「ほら、あれが勇者様よ」という賛辞の類は気持ち良いが、そればっかりじゃない。昔の勇者よという微妙な賛辞(?)はまだいいとして、大通りを歩けばマッチョに絡まれ、裏通りを歩けばヤクザっぽいのに絡まれるのだ。
せめて春を売ってるオネーちゃんに絡まれないかしらなどと夢見たら、どうやらソッチもお盛んだったご様子で、
「あら、サウモじゃないの」
「ここ歩かないでよ、また誰かが泣くはめに陥るわ」
と、追い払われる大歓迎である。
仕方がないので信太朗は頭巾をかぶり、エトラナは町娘、ミーニャは逆に髪をひっつめて女剣士に変装してエトラナの剣を預かる、という妙なパーティになってしまった。いっそカツラの方が目立たないんじゃねぇ? と思ったが、そんなもんを買う余裕はない。
回復したエトラナを説得して、王都にやって来たのは『エノアを引きずり出す方法』探しの一環である。あのまま魔の山に再チャレンジしても絶対に無理だと言い聞かせたのだ。
『ほら、だって俺だし!』という説明に説得力があるというのも頂けないが、エトラナの自棄をなだめるためならプライドなんぞ、なんのその。いや初めから持ってないよね、とか言わないで。
自ツッコミしながらも、サウモが俺様全開だった過去を知っていてもなお王都に来たのには、もちろん理由がある。ある人物を探すために訪れたのだ。
「どんな人? お爺ちゃんの昔の仲間?」
当然なミーニャの質問に、信太朗は曖昧にしか答えられなかった。仲間ではない。知り合いでもないからだ。もちろん信太朗自身も、その人物に関わったことなどない。というか誰かすらも分からない。
「なんていい加減なんだ、この馬鹿者がっ!」
聞いていたエトラナから盛大なケリを頂いたものだった。ああ懐かしい、この感触……などと、蹴られる痛さよりもエトラナ復活の元気さの方が嬉しい状況にある。
石畳に転がされ踏みつけられてニコニコ笑っている73歳ハゲ親父という図が気持ち悪かったので、エトラナの足はすぐ引っ込んだ。地面から見上げられるとマズいスカート姿だからでもある。
「も、ものすごい満面の笑みだな」
「えぇ、いや、だって、まぁ」
言葉を濁してエヘエヘ笑う信太朗。君の復活が嬉しいんですなんて間違っても言えません。半殺しにされてしまう。
しかも見えちゃったもんで、えへへ、とか死んでも言えません。信太郎は、蹴られたせいで鼻血が出ちゃって、不幸中の幸いと胸を撫で下ろした。半殺しも絶交も通り越して瞬殺されてしまう。
いや。本当はもう絶交されても、おかしくないところまで来ている。エトラナもミーニャも当然のように同行してくれたし、吹雪で死にそうにまでなってくれているが、本来なら一緒には来なくてもいい子たちだ。ミーニャには責任あるが、死にかけるほどまではしなくてもいいかなと思われる。あんまり当たり前に来てくれてるので忘れてしまうが、そこは肝に銘じておくべきだろう。
これから会う者、すること、なること。場合によっては二人を避難させなきゃならないのだ。
「とりあえず手掛かり一つないってんなら、手掛かりを探すしかなかろう」
エトラナは転がるサウモが立つのを待ってから「行こう」と通りを闊歩しだす。ふわりと広がるスカートが新鮮である(あとミーニャの剣士姿にも鼻血ものである。詳細はお好きにご想像されたし)。
どこへ? と聞く間もなく着いた店には、『ギルド』と看板がぶらさがっていた。ギルドってどこかで見たような、などと思いだすまでもない、つい1ページ前の話だ。ツワモノ登録組合みたいなモンである。
情報集めはギルドから。基本である。
最初の方でエトラナが村の用心棒を雇った時にも、ギルドは登場している。これまでにも魔の山の噂やら買い物やらでも、信太朗たちは何度となくギルドを活用しているのだ。
ただし、これまでの村だと従業員一人か2人がせいぜいだった営業所な感じのギルドだった。が、さすが王都のギルドとなると規模が違う。事務員さん雑用さん店長さん副店長さんといった風情の面々が十数人、カウンターの向こうで働いているのだ。
ほう……と見渡しながら、信太朗ことサウモは、ゆっくり頭巾を取った。一瞬、店内のツワモノたちが、ざわっを信太朗を注視したが、すぐに視線は離れていった。見ると、店員らしき男が面々を睨んでいる。ギルドではケンカすんな、とかいうルールがあるのだろう。
カウンターの手前、ドアをくぐったスペースには自分たち冒険者の面々がたむろしている。テーブル席まで用意してあり喫茶も完備の周到さだ。登録や変更、相談も受け付ける。……なぁんていう、ここまで来ると、まるで銀行窓口に来た気分になるなぁと感心すら覚える。人間の営みを突き詰めると、機能性というのは似通って来るものなのだろう。
エトラナが相談窓口に立つと、受付嬢は背後の信太朗を確認し、
「サウモヴァル様に関する情報ですか?」
何も訊かないうちから、だしぬけに訊き返されたのだった。
「え?」
声を上げかけた信太朗を制して、カウンターに片肘をついたままのエトラナが、お嬢さんを覗きこむ。
「そうだと言ったら、どうなるんだ?」
「サウモヴァル・マハテ様に大切なお知らせがございます。こちらへご移動お願い致します」
エトラナに睨まれてもビクともせず、柔らかい言い方ながら強制で。さすが猛者を相手取るギルドの社員だなぁ、などと明後日なところに感心する。今はエトラナが町娘なせいかも知れないが、でも、この眼光は怖いはずだ。
サウモ宛てに伝言と聞いて思いだすのは、つい先日の腕相撲相手だが、まさかそんなに早くはないだろう。飛脚もビックリな速さで旅してきたつもりだ。
3人、顔を見合わせて、言われたとおりに席を移る。衝立で囲まれているテーブル席に落ちつくと、受付嬢はその間に用意してくれたらしき茶を3つ置いて、去っていった。入れ違いに、サウモらの向かいには中年のおっさんが座った。
「私、ギルド王都支店の支店長プーキリと申します」
名刺まで出してくれる丁寧さだ。
「お会いするのは初めてですが、お名前はよく存じております。今なお現役で活躍しておられるとか」
「あー……実は俺、」
「ええ、まぁ」
必殺バカ正直の技を繰り出しかけた信太朗を、エトラナが肘鉄で、ミーニャが足を踏んで制してくれる。っていうか痛い。支店長さんからは見えない角度だったので、信太朗は笑顔を絶やさず耐えた。分かりました余計なこと言いません。
支店長は空気を察してくれたのか気がつかなかったのか、言葉を続けた。
「サウモヴァル様が王都にいらっしゃったら連れて来てくれと、ギルド連盟は言付けを受けたまわっております」
「……え?」
呟いたのは、信太朗ではない。エトラナだ。だが信太朗も内心で、え、と思ったから疑問点は同じだろう。王都に来なかったら、その伝言はサウモにまで行きつかなかったわけ? という部分である。
先に説明した通り、ギルドの営業所は各地に点在している。王都でなくとも、各所を通せば僻地の村にとてメッセージを届けることは可能なのだ。
「俺いや、わしが王都に来なかったら、その言付けはどうなったんじゃ?」
「お教えすることなく消えただけでございますね」
店長はこともなげに言い、一枚のカードを、うやうやし~く差し出したのだった。両手で扱い、カードに向かって平伏している有様である。何やらロウの印章がどぉんと押されている、あとには名前しか書いてない名刺みたいなカードである。
はて何じゃったかなと首をひねってカードを手にしかけた信太朗をはねのける勢いで、エトラナがカードに飛びついた。
「こ、これは……!」
「てててっ」
背後からは信太朗の頭に乗りかかって、ミーニャがカードに食い入っている。
一連の反応を見て、思いだすより先に察することができた。
「王族の紋章かぁ」
呟いてから、じわじわと思いだした。このロマラール国の王朝に代々伝わるデザインだ。獰猛な獣にツタが絡まっている絵柄が、ロウの中に浮き出ている。
だが、そこに書いてある名前には、憶えがない。見た感じ男名だが、サウモデータファイルにはないようだ。また憶えてないだけかも知れないが。
読み方は分かる。
「ダナクサス・ツィファ?」
王族の名前には神名が入る。あと名字もない。はずなのだ。でもツィファという言葉が書いてある、これは動詞や形容詞じゃない。名字に見える。
ええとと悩みつつサウモの記憶を掘り起こす信太朗に、中年店長が口を開きかける。
「ダナクサス様は……」
と、ここで途切れたのは、別の声が上がったためだった。バァンとドアを開けながら飛びこんできた、戦士らしき男が叫んだのである。
「ザクが出やがった、群れだぞ! 応援を頼む!」
「ザク!?」
まっさきに反応して立ちあがったのはエトラナである。瞬時にして戦士の顔になっている。だがサウモの顔は、信太朗の心境大全開で暗転だ。
……ここに来て、またあのザクが出るんですか、しかも群れですか神様。
全員の叫びが重なる中、信太朗は遠い目で気絶しかけていた。