14 腕相撲ってシンプルだよね
しゃべらなくていい、力任せでいいのは、気が楽だ。
案の定、サウモは勝ち抜いてくれた。しかし魔の山の麓に位置する小さな村であるにも関わらず、マッチョの生息人数が多い気がする。30人とか、ちょっと多すぎではないか?
と思っていたら、側にいた誰かが言った。
「さすが、この村の恒例行事だよな。まさかサウモさんまで参戦に来るたぁ」
どうやら昔の領主とやらが、謝肉祭に腕相撲をするのを恒例にしていたとか何とかで、村の名物になっちゃったらしい。由来はさておき、ありがたい恒例である。ただ力任せに相手の腕を倒せばいいだけなのだから。
賞金もらったらミーニャに怒られないで済むし、ビールも飲めるし……何より、エトラナの機嫌も少しは晴れるかも知れない。というか晴れるといいな。
幸せな想像をしながらも、コツは必要である。信太朗は力を込めるタイミング、駆け引き、気合いの入れ方なんかを自分なりに考え、勝ち進んで行った。人生において、あまりない状況である。
『勝つって気持ちいいもんだなぁ』
人とのいさかいを避けて自室に閉じこもっていた傷つきやすい23歳が、腕っぷしでもって連戦連勝である。ヒヨコやヤクザまがいの方々にタコ殴りにされた過去を帳消しにして余りある体験である。
歓声が信太朗を包み込む。いや正確にはサウモを、なのだが。
だが。
相手の腕をぱたぱた倒して行く信太朗に、ついに試練が訪れたのであった。
「……え?」
信太朗は何が起こったのか分からない面持ちで、倒れて行くサウモの腕を見つめた。
あと一人、決勝となった最後の戦いで、信太朗の描いた妄想が腕と共に崩れて行く。油断はしていなかった。つもりだった。サウモの身体をフル活用していたつもりだ。
相手の方が、強かっただけだった。
「え、あの、ちょっと待って、いや、えええぇぇっ」
パタン。
情け容赦なく手の甲が樽にくっつき、一斉に場が沸いた。相手の名前を皆が連呼している。優勝だと叫ぶ声が聞こえる。信太朗だけが賑わいから取り残されて行く。
「嘘だろ」
「嘘なもんか。あんた70過ぎの爺だぜ」
思わず口をついて出た呟きに、優勝した男が反応して、信太朗を見てせせら笑った。若い男だ。信太朗よりは年上だろうが、明らかにサウモより若い。小さな村に隠居した73歳は、過去の称号をすっかり錆させていた。多分、衰えたことはサウモ自身がよく分かっていたはずだ。
信太朗の胸に熱い感情がわいた。どす黒くもある。はっきりと分かる、悔しさだった。負けて悔しい。これはサウモの感情だ。負けるが勝ちよと人生を達観していた信太朗に、こんな思いが急に沸くはずがない。
サウモが経験してきた、負ける屈辱。誰にも負けるもんかという意地。毎日毎日、過酷なまでのトレーニングをしてきた影には、タカビーなだけじゃ成し得ない真摯な向上心がある。
金のためもあった。子供の頃のサウモは貧乏だった。稼ぐために、強くなった男なのだ。
このまま、サウモを負けさせてはいけない気がした。
「た……頼む」
「あん?」
信太朗は声を振り絞って、歓声に押し入って優勝した男に頼みこんでいた。
「頼む。もう一回、勝負してくれ! このままじゃ……こんな勝負じゃ終われない」
負けたマッチョたちや観衆の目にさらされながら、言っちゃってから後悔した信太朗だったが、出した言葉は戻せない。もう一回やって打ちのめされたら、もっと目が当てられない。勝算があって言いだした言葉ではないのだ。
だが切実な問題として金がいるのだ。準優勝には賞金がない、シビアな大会なのである。なんとしてでも食らいついて意地でも勝って、サウモの栄誉と賞金を手にしなければならない、それしか信太朗の頭にはなかった。
「お願いだ、もう一回やらせてくれ。金は……賞金は、半分でいいから」
「はぁ? 勝つつもりかよ」
再び笑われて、顔が熱くなるのを感じた。往年の勇者を皆の前で、晒し物にしている。信太朗自身が笑われているのではない。サウモが笑われているのだ。73歳にもなって、今さら群衆に笑われているのだ。信太朗のせいで。
「俺は、サウモじゃないんだ」
ひょっとしたら、この間の不良ども同様、サウモをやっつけに、かかられるかも知れない。そう思いながらも、今の自分がサウモヴァル・マハテではないことを、ここにいる皆に訴えたかった。本当のサウモはこんなんじゃないんだ。もっとかっこよくて、もっと、ちゃんと強いよ。
会場の皆は信太朗を殴りはしなかった。
さすが、“転移”によって異世界へ飛ばされるてな事態が「よくあるのよね」と称される世間である。皆さん、サウモの中身が何やら弱弱してる兄ちゃんらしいぞ、というのを速攻で納得して下さっている。納得せざるを得ないほど別人なせいかも知れないが、何にしろご理解の早いのは話がスムーズで良い。
だが再戦は決行されなかった。
え~? 何でだよケチ! と内心で毒づきつつも、口には出せないのが信太朗クオリティである。絶句していると、男は勝者の笑みを浮かべながら言ったのだった。
「半分でいいんだろ?」