13 インターバルにはほど遠い
やっと下山した3人は、麓の近くに栄えている町へと入り、宿を取った。宿なんか取ったらエトラナが稼いでくれた金が、またもや空になる。しかし、泊まらないわけに行かない事態だった。
エトラナが憔悴しているのだ。顔が赤く、肌も、うろこみたいにひび割れている。ベッドに寝かせるとミーニャが「凍傷ね」と診断した。彼女は信太朗にも、いや、サウモの頬にも手を当てて、同じ診断をしたのだった。
真面目顔するミーニャに触れられると、違う意味でドキドキである。その手のひらが拳になるのか、電撃が出るのか水をぶっかけられるのか。
信太朗は内心ごめんなさいごめんなさいと唱えながら椅子の上で縮こまり、次に言われる小言を待ったのだが、これは信太朗の勘ぐりすぎだった。触れられたままの頬が、ほわりと暖かくなってきたのである。ミーニャは小さく何かを唱えていた。
「魔法……?」
そういえばミーニャは魔法が使えたんだったっけ、と初期設定を思い出しつつ暖かい『力』に身をゆだねると、信太朗は身体の芯が脈打つのを感じた。終わったらしき彼女は「“治癒”よ」と微笑むと、エトラナの側へ膝をついた。両手をエトラナへとかざす。
怪しい詠唱を始める寸前のミーニャに、信太朗は「あれ?」と気付いて声を上げてしまった。
「何?」
「あ、いや、ごめん、その……ミーニャは凍傷になってないの?」
「うん大丈夫。私は魔法で防御してたから」
セリフの最後にハートマークがつきそうな可愛らしい声で言われ、それなら良かったと安心してミーニャの“治癒”を見守り……そうになって、「いや、ちょっと待て」と気がついた。
「3人ともを防御できなかったのかよ」
「えー、疲れるし」
「……」
聞いた私が馬鹿でした。信太朗は内心、屍を味わった。さすがサウモの孫である。自分一番、兎にも角にも生き残れ。シビアな爺の究極の教えは、しっかり孫に根付いてますよ~……。
このオチに脱力したせいで信太朗は、凍傷を治してくれたお礼を言いそびれてしまった。言うタイミングを探して、あうあうと喘いでいたら、いきなりミーニャがひらひらと手を振るではないか。
「じゃあニート、行ってらっしゃい」
「は? どこへ?」
「稼ぎに」
「……!」
必殺美少女微笑で見送られて、突っ立ってられるわけがない。まして彼女の前には横たわるエトラナの青ざめた姿だ。「もうすぐ日が暮れるわ。せめて夕飯代ぐらい、どこかからせしめてもらわないと」
「せしめるって」
なんかミーニャが段々、本性を現してきたように思われる。今まで頑固爺の下で耐え忍んで来た、その鬱屈がじわじわと滲みだしているようである。信太朗に宿る、わずかばかりあるらしき野生の勘が告げている。ここは従っておけと送りバントを打っている。
「滋養のあるもの食べさせないと」
エトラナを盾にされたら最強である。逆らえるわけがない。シンテーヤバには頼れないのだ。ミーニャも魔法で手がふさがっている、と来ている。自分で稼ぐしかない。
それに、もし手が空いていても、ミーニャでは、そんなに稼げはしないのだ。
なぜミーニャじゃ稼げないのか。実はたいした特技を持っていないからである。魔法は、特技とはなりえないのである。 信太朗は手ぶらで大通りに出て、夕刻となる町の風景を観察した。活気がある。ミーニャたちと住んでいた村よりも規模は大きいが、この間立ち寄った県境の町よりは小さい。道は、大通りだけ石を埋めて舗装されている。木の家、塗り壁の家。王様は立ち寄らなさそうだが侯爵とか何とか偉いさんなら、いても良さそうな雰囲気だ。
あまりよく憶えていないが、確か王都からも、そんなに遠くないはずである。
舗装された大通りには、露店がたくさん並んでいる。焼き鳥を売る店、大道芸人。焼き鳥のオヤジは火の魔法で焦げ目をつけ、芸人は風の魔法で宙に浮く。それこそ王都にまで行けば、こんなレベルの魔法を使う輩は吐いて捨てるほどいるのだ。
もちろん希少価値ではある。サウモやエトラナ、村の者も大半は魔法を使えない。魔法の規模にしたって、ほんの一滴すら水を作れない者や、怪しげなお守りを売りつける輩など様々である。ミーニャにできるとしたら水芸ぐらいだろうが、制御できてない暴走娘なので、サウモは日ごろ口酸っぱくミーニャに魔法の訓練をさせていたのだ。
何しろ自分の祖父を異世界にぶっ飛ばしちゃう子だしね!
と、一連の思考にオチをつけて、内心むせび泣きながら歩いていた信太朗だったが、さて、どうやって稼いだらいいものやら。
どうやら何かの祭りがあるらしいというのは、しばらく眺めていて、やっと分かった。飾りを見て懐かしく感じたことに一つ、思い出があったからだ。
息子夫婦と、孫のミーニャと。もう、お尋ね者の烙印も消えて平穏な毎日を過ごしていた、ほんの数年前の過去だ。4人で王都の祭りを観に行った。秋の大祭、謝肉祭である。この村にも立ち寄ったことがある。だから憶えがあったのだ。「さぁ、腕っぷしに自信のあるヤツぁ、寄っといで!」
威勢のいい声が聞こえて来た。聞き覚えがある気がする。
見ると、露店のより2~3倍は大きな天幕が張ってある。むらがる人だかりの隙間から見える、天幕の下で叫んでいる声の主は少年である。だが彼の後ろにひしめいている男たちは、臭い立つようなマッチョの集団だ。どりゃあ、とか、うるあぁっ、などという威勢の良い掛け声が響きあう天幕の下、行われているのは……。
「腕相撲?」
3つのビヤ樽が立てられている上に互いに肘をつき、がしぃっと固い握手を交わしたまま、その手を進行方向へと倒す。どう見ても腕相撲である。しかも、
「優勝者には賞金があるよ」
などと呼びこんでいる。そりゃ熱くならないワケがないワケだ。
聞いた瞬間、信太朗はこれしかない!! と、ひらめいた。天の啓示、神様の贈り物にも思える。何しろ身体はサウモなのだ。なんて手っ取り早い、ご都合主義、あ、いや、謝肉祭様様である。
「すみません」
と受け付けてもらいに少年へ声をかけたら、あんたサウモじゃないかとビックリされた。何しろサウモだ、有名人だ。うわぁしまったと思うも、やりきるしかない。相撲相手のマッチョな兄ちゃんより怖い存在が、宿で微笑んで待っているのだ。
しゃべりあぐねていた信太朗だったが、祭でテンション上がりまくりの人々がいい感じに迎えてくれたので、そのまま、あれよあれよとビヤ樽に肘をついていた。