11 いきなり最終回?
死の吹雪だった。
身を切るような寒さという表現があるが、それは切るというより、身を引きさかれるような寒さだった。雪がまるで石つぶてのように、バチバチと彼らの顔や体を傷付けていた。踊り狂い猛威を振るう雪は、とどまるところを知らない。
真っ白い世界の中を3人が歩いていく。
周囲には人気どころか、民家の影さえ見当たらない。あるわけがない。このように深い山の奥で。
全身を打ちつけられて、彼らの足はもはや前に進まず、その場にさえ立っているのがやっとという状態だった。ただでさえ足場が悪く切り立った山でこのような雪にまみれながら、歩けるものではない。
動けない彼らの体は、半分以上が雪に埋まってしまっている。体だけでなく顔にも雪が氷になって、こびりついている。
フードの中に舞い込んでくる雪が、前髪やまゆげ、髭や産毛までもを凍らせている。3人は、一人は老人だったが、一人はまだ青年の目をしている。しかし、もう何日剃っていないものか、彼らの口まわりにはびっしりと無精髭が生えていた。
それほどに、この山に居続けているのだ。
終わらない吹雪の中を。
「待て待て、ちょっと待て!」
轟音を押しのけて老人、サウモがわめいた。
「今ちょっと何か混じったから! 無精髭とか生えてないから! オープニングのコピペ(※)全部ちゃんと修正しろよ!」
「誰に無精髭だと?」
「俺が言ったんじゃなーいっ」
三白眼でサウモを睨むエトラナだったが、目の下には青黒いクマがくっきりと浮かんでいる。3人目の登山者ミーニャもそうだ。サウモに鍛えられている孫娘であり、祖父の斧をひょいと持ち上げてしまえる怪力の持ち主だとしても、この山の恐ろしさに勝てるものではない。
違わないこともない。彼らが登っている山は前述に記した山そのもの、魔の山である。踏み込む者を許さない、頂上を拝ませない魔道士たちが巣食う山だ。
「っていうか展開、端折りすぎじゃね!?」
のどかな県境の宿を出たと思ったら、すぐにクライマックスだ。サウモの現代状況をなど信太朗たちは知らない。知る術もない。今なお信太朗はサクラちゃーんと心中で祈っている状態である。
せめて、山登りの装備を集めたりとか魔の山の噂があって云々かんぬんとかって、セオリー踏んで気分を盛り上げてから窮地に至るモンだろうが!? ページクリックしたら11ページ目にしていきなり死にそうって、これどーよ!?
心中でわめく信太朗だったが、ストーリー的にも描写としても無駄そうな中継ぎなどは、端折るに限る。読者様の方がよほど要領よく堅実に物語を楽しんでいるのだ、皆様の脳内補完に頼った方が気持ちよく展開できるというものである。
ちゃんと信太朗たちの装備は登山のそれになっている、と念のため補足しておこう。
「何か色々間違ってる気はするが……」
などと地の文にツッコミを入れるのにも疲れた信太朗は、現実に目を向けることにしたのだった。かれこれ4日目となる、眠ることすら許してくれない猛吹雪の中で、ちょっとでも足を止めたら雪に埋もれて死んじゃうだろうなと分かる現実に。
「だから来るのは時期尚早だって言ったでしょ~っ」
嘆く声もむなしく風に消えていく。2メーター前が見えないホワイトアウトである。下手すれば2人を見失うので、3人は互いの身体にロープを張っている。そのロープが引っぱられたらしく信太朗はよろけ、すぐ目前に般若の形相を突きつけられた。エトラナに胸倉を掴まれている。
「だったら、いつならいいんだ! 一生、無理だろう! どうせ死ぬなら同じことだ!」
顔に氷をこびりつかせて叫ぶエトラナの声は息も絶え絶えで、今にも泣きそうに見えて、信太朗の胸をしめつける。山に登り始めた初日から、ずっと彼女はピリピリしている。いつも緊張気味ではあるが、特に気を張っていた。その緊張は死にそうになっている今ももちろん、解けていない。
エトラナだって、魔の山の噂と信太朗の話を信じていないワケではないのだ。だからこそ焦ったとも言える。一刻も早くサウモを元に戻して村に帰りたいのだ。信太朗は、普通に登って行ってもエノアには会えないよと主張したのだが、先を急ぎたいエトラナの迫力に負けて山を登るはめになったのだった。
エトラナからは、心中の願望すら感じられる。どうせ助からないなら華々しく散ってやると背中が語っているのだ。立派な無理心中だ。
「ミーニャ、あなたは山を下りなさい」
信太朗の胸倉から手を放したエトラナは、ミーニャの腕を引っぱり上げて命じた。フレアスカートを脱いで山のいでたちになっているミーニャだが、可愛らしいことには違いがない。こんな美少女まで連れてたら、ちょっとは吹雪も緩めてくれないかしらんと期待していた信太朗だったが、さすが魔道士、容赦がない。そんなので入山が許されるなら、ここはハーレムと化していることだろう。
少しでも止まったら死ぬ、その教え通りにミーニャは雪から足を引き抜き、一歩でも先へ進もうとしている。彼女は力を入れて振り上げた手を、エトラナの腕にポンと乗せた。掴む力も残っていないのだ。だがミーニャは2人に、笑みを見せた。
「いやよ」
「な……」
それは先日、宿でチンピラたちに水をぶっかけた時に見せた迫力に勝るとも劣らない笑顔だった。往年のサウモが作り上げてきた、いつも称えていた表情だ。そういえば彼女はサウモの孫なんだったと思い出させる目である。
「エノアさんの子供か孫に会うまでは死ねないし下りないわ。絶対、美形に違いないもの」
いや、あの。と、喉まで出かかったが信太朗に言えるワケがない。
命を賭して、そんな迫力まで見せておいて、言うことソレですか……?
サウモの記憶を掘り起こしてみるだに、確かにミーニャには筋金入りに面食いなところがある。でなければ16歳ともなれば結婚して子供の一人や二人いていい年なのだ、この世界では。むろん例外は大勢いるし、そもそも一番身近なエトラナだって結婚していないので忘れがちだが、サウモ的には孫に彼氏の一人もいないというのは、ちょっとした悩みどころだったみたいだ。
いや、孫が連れてくる男を片っ端から殴り倒してりゃ、そりゃ男だって逃げるよ思うよ。信太朗はサウモの思い出に向かってツッコミを入れるも、サウモの気持ちとて分からんでもない。息子夫婦をなくしての大事な孫だ、そんじょそこらの優男にはやれない。それこそ王族とか、世界を轟かさんばかりの魔道士でもない限りミーニャが結婚するにふさわしい男とは認めない。
「あ……あ~、あ~、なるほど」
「何がなるほどだ」
「いえ」
うん、まぁ命を賭しての迫力を見せてでも叶えたい夢かも知れない。これ逃すと一生結婚できない、ともなれば。サウモが認めるほどのミーニャの結婚相手は、この山頂にしかいないのだ。このハゲ爺もいい加減、残酷な条件を突きつけるものである。
ミーニャは己の未来のために。
エトラナはサウモのために。
なら、俺は?
信太朗は吹雪で頭が弱ってきたのを自覚しながら、なんで自分がこんな苦労してんだかを今一度、逡巡する。ハゲで入れ歯で老い先短いマッチョ爺に取り憑いてしまった日々。孫に嫌われ村にこき使われ、弟子には尊敬されてるんだか敵対視されてるんだか分からない熱い視線を注がれ……毎日やることといえば入れ歯の洗浄と筋トレだ。
だが、と、信太朗は自分の感情を少々もて余している。この旅を始めた辺りから、ずっと感じていたことだ。役立たずで嫌われてて苛められてて、それでも、そんななのに、サウモでいることが嫌じゃない自分がいるのだ。自身のふがいなさは、いちいち情けない。でもサウモの肉体、サウモの存在は嫌いじゃない。むしろ俺なんかが汚しちゃってゴメンねという気持ちもある(その頃サウモは信太朗の犯罪歴とか色々汚しまくっているので、おあいこなのだが、信太朗はそんなこと知らない)。
俺このまま元に戻れなくてもいいやとか思ってる……?
「うわっぷ!」
ぶひょおおおぉぉぉと風が強くなり、信太朗の思考をさえぎった。ついでにエトラナから飛んできた鉄拳も、風と一緒になって信太朗にぶち当たる。とはいえ、その力はかなり弱っていた。信太朗とて避けられないほど弱っている。世界一の勇者といっても、もはや過去形だ。73という年齢が何を意味しているのかは、こういう時に痛感する。関節とかも冷えて痛い。
「動かんか貴様~~っ。死にたいのか~っ」
ということは、まだ簡単に死ぬ気はないらしい。だが、このまま歩いてみても、らちが明かないのは必須だ。魔道士は出てこない。いつもの悲観視でなく、はっきりと分かる。魔道士が出現に足るだけの理由を、自分たちが持ち合わせていないのだ。
理由を作らないと。ただ元に戻して下さいと願うだけの我がままから、何かでっかい理由にジョブチェンジさせなければ、あいつを引きずり出すことはできない。世界が滅びるぞぐらいの理由でないと。
信太朗の。いや、サウモの脳裏に言葉がひらめいた。
「……アーバオアクー……?」
魔物の名だ。王宮おかかえだった魔法使いに潜んでいた、サウモを陥れてくれた狡猾な敵。
サウモが憶えている限り、世界が滅びそうな大きな事件といえば、これに尽きる。魔道士エノアを引きずり出して封印をした、強大な魔物だ。
封印をしただけだ。消滅はしていない。場所も憶えている。あいつが甦ったら、どえらいことになる。
が。
それしかないかも知れない。
信太朗はぐっと顎を引いて、2人に言った。
「いったん退却だ。3人で山を下りよう」
※ この辺のネタは拙作「イアナ神戦記」です。二次作品じゃないので、それ以外は単独で楽しんで頂けるはず! ……です!☆