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勇者で候  作者: 加上鈴子
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1 夢見る23歳無職童貞

あまり深く考えずガガガと読み流して時々ツッコミいれてニヤニヤしてもらえると、嬉しくて作者がどこかで2回転ぐらい踊っているかも知れません。ちょっぴりオトナな表現もあるので気をつけて下さい。

 山田信太朗はニートである。

 本人は、そうでもないぞ、ちゃんと外出するし買い物も一人でできるしイベントにだって行っちゃうよと胸を張るが、世間的には23歳にもなって無職で両親に食わしてもらってれば、立派にニートである。英語でNEETである。イギリス発祥用語である。

 三流大で下宿中に手に入れた知識と言えば、アニメと漫画に尽きる。むろん就職の手助けになるワケがなく、本人にも就職活動の意志がないことから、卒業はしたものの生活手段がなくなり、おめおめと帰ってきて今にいたる。

 それでも、お母ちゃんにケツを引っぱたかれて時々はバイトもするので、まだマシだ。なのでニートフリーターと名乗ってもいいのだが、月の半分も働いてない状態だと、やはりヤバいんでないかと思われる。

 人に会うのが怖いワケでもない。

 人とソリが合わないことを怖れているワケでもない。

 新しい人に会うたびに「ぷ」と小さな笑いを頂戴してしまうことを怖れる時代も終わった。だが不細工をウリにしてお笑い界に足を踏みだせるほど、もの凄い作りなワケでもなく才能も特になく何ごとも中途半端で、なまじ働かなくても暮らして行けるモンだから日々適当にやっている。

 多分、平凡な毎日を打破する手段を探して、自分は心の旅を続けている途中にあるのだ──などと真面目に考えるイタイ23歳は、今日も気だるい朝を迎えようとしていた。

「うー……」

 信太朗はベッドでまどろむ時間が一番好きである。

 夢と現実の狭間にあって、今日一日いつもと違う何かが起こりそうな予感を感じることができる。実際には目が覚めてしまえば昨日と変わらない今日の始まりでしかない。食卓に冷えた朝飯と小言付きの伝言がぴらっと置いてあるだけの食堂に移動して、腹を満たして、さぁ何をしよう……というところである。

 通常の社会人なら、朝にメシ食う暇すらあるモンか、このボケェっというところだが、信太朗には関係ない。

 メモには時々“洗濯物よろしく”とか“庭そうじお願いね”とか書いてあるのだが、ほぼ要求に従ったことがない。目の前で言われたら別だが。片づけなくても洗わなくても、一日2日や4日に5日、人間どうにかなるものだ。死にゃあせん。

 今日のご飯は何かな~……あ、でも食うのも面倒だな、もうちょっと寝てようかな、昨日もサクラちゃんは可愛かったよな……などとゲームキャラクターの面影を反すうしつつ、まどろんでいる時。

 突然、異変は起こった。

「きゃあぁ~!!」

 ベタなぐらいに甲高い悲鳴が聞こえてきたのである。

 信太朗の部屋は2階。信太朗が起きる時分には、住宅地なので出勤の方々が去り、静かなものである。だからこそ朝のまどろみを堪能できるのだったのだが、そこへ来てこんな悲鳴を聞いた日にゃあ飛びおきないワケに行かない。

 よっしゃあーっ! と思いながら信太朗はガバッと起きた。悲鳴が聞こえたのは、すぐ近所のようだったからだ。2階から思う存分ウォッチングできるかも知れない、もとい、すぐに走れば助けられるかも知れない。勇者誕生である。

 手を付かずに起きることもできないぐらい腹筋のないタプタプした体で何をぬかすかな、このブ男が……と信太朗の姿を知る者なら思うだろうが、人間ここぞという時には何でもできるものだと思っている彼には通じない。今の今まで23年間「ここぞ」がずっと、なかっただけなのだ。

 すぐにベッドから出て着替えて走って5分かなと思いながら周囲に目を向けた信太朗は、やっと、もっとすごい異変に気づいて、自分が悲鳴を上げてしまったのだった。

「どわあぁ~っ?!」

 自分の部屋ではなかったのである。

 木の板を張りめぐらしただけといった、粗末な作り。彼の6畳間よりも小さな部屋のようだった。古ぼけた木造の家具から、ワケの分からん武器や草の束などが、ところ狭しと壁や天井にまでぞろぞろ並んでいるせいで、部屋が狭く見えるのかも知れない。

 どこぞから風が吹きこんできて、ひゅおぉ~と信太朗の心境を表すかのような音を立てた。

 見知らぬ部屋にポツンと一人。窓まで木造で、閉めてあるので暗い。木と鉄がすえた臭いを充満させている室内で、信太朗は再度ガバッと毛布をかぶった。よく見たらベッドも彼のものではなかった。こんな汚くて硬い毛布など、使ったことがない。寝心地最悪である。目覚めも最悪だ。

「夢だ夢だ夢だ夢だ」

 呪文のように繰り返しながら、がっちりと目をつむる。

「羊が一匹、羊が二匹、羊が……」

 しかし数えれば数えるほど、もっと目が冴えてくる。そういえば本当に羊を数えて眠る人なんているのかなぁなどと余談が頭をよぎった瞬間、再び外から悲鳴が聞こえてくる。

 何も聞こえな~い、俺知~らないっと開きなおった時、そんな彼を叱咤するかの別の声が上がった。

「お爺ちゃん!」

 お爺ちゃん?!

 信太朗は思わず、声の方を見てしまった。

 一つだけの扉が開き、そこから美少女が飛びこんできていたのである。

 金髪碧眼。ゆるいウェーブが見目麗しく彼女の白い肌を彩っている推定16歳は、たたたっと可愛らしく木なり色のフレアスカートを揺らして、信太朗の手を握った。そして、ぐいぐいと引っぱるではないか。

「ちょ、ちょっと……?」

「早く! またザクが出たのよ! セテカが襲われて、村の人たちが救出に行ったの! お爺ちゃんも早く行ってあげて、このままだと全滅だわ!」

 ザクですか。

 と、どこか冷静な自分がツッコミを入れている中、信太朗は慌てて窓に貼りついた。観音開きの窓をバタンと開けはなつと、そこには見渡す限りの草原と森、遠くの山々と地平線際に並ぶ街の風景が広がっていた。どこかで沢山の悲鳴と叫声がしていたが、視界にはない。とっても平和な風景である。確か昔観たアニメでこんな風景があったぞ、などと思うほどデジャブを感じる。

 ああ、そうだ。

『アルプスの少女○イジ』だ。

 どこからかホルンの音が聞こえそうな、ピロリッピロリ~と笛の音が聞こえてきそうな、緑と空の光景である。

 そう思ってしまうと、主題歌が頭について離れない。もうちょっと新しいところ思い出さないかな俺と思いながらも離れない。もの凄い勢いで現実逃避だったが、消そうと思っても離れない。

 ヨ~ロレーイレイッホ~と歌うコーラスに合わせて踊るハイジが思い浮かび、ああ、この美少女、小さかったらクラ○っぽいなぁなどと、どんどん妄想が働いてきた。現実の緊迫感をうち消すのどかさがイイ感じである。

「何してるのよ、お爺ちゃん!」

 美少女がぐいぐいと信太朗を引っぱる。信太朗は脳裏に流れる歌を聴きながら、どうして自分が爺呼ばわりされているんだろうとボンヤリ考えてから、やっと自分の格好に気が付いた。

 彼女に引っぱられている、自分の手。

 床を踏みしめる自分の足。

 ベッドから起きたばかりだというのに寒さを感じない気候と、熱いほどの自分の体。

 胸に手を当てると、何やら筋肉がギチギチと音を立てそうな胸板が貼りついているではないか。袖の下に隠れている腕には、それほど太くはないが締まりのある筋肉が脈打っているではないか。起き抜けだというのに、すでに体中の血が沸きたっている。軽い。この世界の重力が現実より小さいんじゃないかと思えるほど、自分が軽い。

 そして何より、自分の顔が問題だった。

 思わず彼女の手を振りほどいた信太朗は自分の顔をまさぐり、真っ青になってしまったのだった。自分の鼻はこんなに高くない。一晩でヒゲはこんなに伸びないだろう。もじゃもじゃしている。目の下には確かにクマができる時もあったが、こんなに皺は寄らない。

 自分の顔ではないものが、自分の顔になっているのだ。彼女がお爺ちゃんと呼ぶ人のものであろう。

 つまり自分は、見知らぬ誰かの体内に入りこんでしまったのだ。それは分かる。無駄な漫画知識も役に立つものだ。

 そして信太朗はさらに、ここが異世界のようだとか自分が別人のようだとかいうレベルでない部分で驚愕していた。鏡がないのが残念なような、安心だったような。

 頭を撫でくりまわして彼が更なる悲鳴を上げたとしても、仕方がなかっただろう。

「ハゲ~っ?!」

 申し訳なさそうに、産毛のような毛髪がはらはら付着しているだけだったのである。

「お爺ちゃん?! もう! 行こうよ!」

 美少女は信太朗の叫びをスルーする。ずっしりと重そうな斧を渡されて、信太朗は泣きたくなった。何がどうなっているんだか、さっぱり分からない。

 教~えて~、おじい~さん~と脳裏でハ○ジが歌っていた。

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