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二重の疎外

王立セレスティア魔法学院の中庭に、今日も一人の少年が佇んでいた。


レイ・アストライア、十六歳。銀白色の髪が春風に揺れ、右目は深い青、左目は紫に輝くオッドアイが遠くの空を見つめている。その美しくも異質な容姿は、どこにいても人々の視線を集めた。そして同時に、恐怖と嫌悪を向けられる理由でもあった。


「また一人でいるのね、あの子」

「気味悪いわよ、あの目。まるで化け物みたい」

「この前の魔法実習でも大変だったでしょ?教室の壁が吹き飛んじゃって」


聞こえるはずのない距離から漏れ聞こえる噂話に、レイは小さくため息をついた。彼女たちの感情が、まるで色のついた霧のように見えるのだ。薄汚れた灰色の恐怖、どす黒い嫌悪、そして時折混じる好奇心の黄色。


この奇妙な能力に気づいたのは、つい最近のことだった。最初は目の錯覚だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。人の感情が、まるで色彩豊かなオーラのように見えるのだ。


「レイ君!」


突然背後から声をかけられ、レイは振り返った。同じクラスの女子生徒が小走りでやってくる。彼女の周りには、薄いピンク色の親切心と、僅かな緑色の同情が漂っていた。


「一人でいると暗く見えるから、たまには皆と一緒にお昼を食べない?」


「ありがとう、エミリア。でも大丈夫だよ」


レイは苦笑いを浮かべながら首を振った。彼女の親切は本物だった。しかし、彼女の後ろにいる友人たちからは、明らかに嫌悪の黒い霧が立ち上っている。


「そう...分かった。でも、何かあったらいつでも声をかけてね」


エミリアが去っていく後ろ姿を見送りながら、レイは再び空を見上げた。


なぜ自分だけが、こんな力を持ってしまったのだろう。制御できない魔力だけでも十分だったのに、今度は他人の感情まで見えるようになってしまった。


中庭の向こうから、また新たな生徒たちがやってくる。彼らの感情の色を見る前に、レイは静かにその場を離れた。一人でいる方が、まだ楽だった。


昼休みの学院は、どこまでも平和で美しく、そして彼にとっては何より残酷な場所だった。


午後の魔法実習の時間。レイは教室の最後列、窓際の席に座っていた。いつもの指定席だ。


「今日は基礎的な光魔法、『ライト・オーブ』の練習をします。手のひらに小さな光の玉を作り、三十秒間維持してください」


マクミラン教授の声が教室に響く。生徒たちは一斉に杖を取り出し、呪文を唱え始めた。


「ルミナス・スフィア!」


教室のあちこちで、手のひらサイズの光の玉がぽつぽつと現れる。しかし、どれも薄暗く、すぐに消えてしまうものばかりだった。


レイは杖を手に取ったまま、躊躇していた。いつものように、制御できずに暴走してしまうのではないか。そんな不安が胸を締め付ける。


「アストライア君、まだですか?」


教授の視線が向けられ、クラス全体の注目がレイに集まった。生徒たちからは様々な色の感情が立ち上る。期待という名の野次馬根性のオレンジ、不安の青、そして幾人かからは明らかな敵意の赤。


「はい...」


レイは小さく息を吸い、杖を軽く振った。呪文は唱えない。唱える必要がないのだ。


瞬間、手のひらの上に眩い光の球体が出現した。教室全体を照らすほどの強烈な光。しかし、それだけでは終わらなかった。


光の球の中心部に、小さな紫色の渦が現れる。光と闇が混じり合い、美しくも不気味な輝きを放ち始めた。


「うわっ!」

「また暴走してる!」


生徒たちの感情の色が一斉に恐怖の灰色に変わる。レイは慌てて意識を集中させ、なんとか光の球を消そうとした。


しかし遅かった。


光と闇の球体は急激に膨張し、教室の天井近くまで達した。そして次の瞬間、静寂と共に消失する。


後に残ったのは、焦げた匂いと、天井に刻まれた黒い円形の焼け跡だった。


「...授業を中断します。アストライア君、保健室へ」


マクミラン教授の声は冷たかった。彼女の感情の色も、他の生徒たちと同じ灰色に染まっている。


レイは無言で席を立ち、誰とも目を合わせずに教室を後にした。廊下を歩きながら、背後から聞こえてくる声が耳に刺さる。


「やっぱり危険よ、あの子」

「なんで普通の魔法学院にいるのかしら」

「両親は何を考えてるんだか...」


夜。寮の自室で、レイは窓辺に座り込んでいた。


月明かりが銀髪を照らし、オッドアイが静かに輝いている。昼間の出来事を思い返すたび、胸が痛んだ。


なぜ自分だけが、こんなに異常なのだろう。


普通の魔法使いなら、基本的な光魔法を使うのに杖と呪文が必要だ。しかし自分の場合、意識するだけで発動してしまう。そして毎回、制御できない。


光の魔法に、なぜか闇の力が混じってしまうのだ。


両親に聞いても、「生まれつき魔力が強いから」としか言わない。でも、これが本当に生まれつきなのだろうか。


ふと、机の上の鏡に映った自分の顔を見つめた。右目の青と左目の紫。生まれつきのこの瞳は、自分でもその理由が分からない。両親に聞いても、はぐらかされるばかりだった。


「レイ」


突然、頭の中に声が響いた。いや、声ではない。もっと深い、魂に直接語りかけるような何かだった。


「誰...?」


部屋の中を見回すが、誰もいない。しかし、確かに何かを感じる。自分の中に、もう一つの意識があるような。


それは温かくもあり、同時に冷たくもあった。光のようでありながら、深い闇をも秘めている。


レイは胸に手を当てた。心臓の鼓動が、いつもより速く感じられる。


「君は一人じゃない」


再び響く声。今度ははっきりと聞こえた。


「僕は...誰なんだ?」


問いかけに、答えは返ってこなかった。ただ、胸の奥深くで何かが蠢いているのを感じるだけだった。


窓の外では、夜が更けていく。明日もまた、同じような一日が始まるのだろう。疎外され、恐れられ、そして孤独を噛み締める日々が。


でも、今夜だけは違った。自分の中に、確かに「誰か」がいる。それが味方なのか敵なのかは分からない。しかし、完全に一人ではないのだと分かった。


レイは静かに目を閉じ、その不思議な存在に意識を向けた。答えを求めて。


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