前編
「二月になったわね。いい時期だわ、プリキュアを語りましょうか」
放課後の教室で、未来ちゃんが、そう言ってきた。いつもながら唐突だなぁ。
「二月は、そんなにいい時期なのー? ミクちゃーん」
私も彼女に話しかける。この未来ちゃんと私は中学生で、そして同性の恋人同士だ。元々は幼馴染で、去年のバレンタイン前日に告白されて以来、私は未来ちゃんとラブラブ生活を楽しませてもらっている。
「ええ、いい時期なのよ。色々な意味でね。二月はプリキュアの新シリーズが始まるし、そして私たちが付き合い始めてから一周年だもの。これまでの出来事を振り返りつつ、これからの日々を素敵に過ごすために、私たちが大好きなプリキュアを語り合いましょう」
「なるほどー。全然わからなかったけど、わかったー」
未来ちゃんは頭が良すぎて、私を含めて誰も、彼女の言動を理解できないことがしばしばだ。慣れているので、私は彼女の提案を受け入れた。未来ちゃんが笑顔で話していれば、それだけで私は幸せなんだし構わないのだ。
「いつもながら、私の提案を受け入れてくれて、ありがとうね。まずはプリキュアの劇場版を語りましょうか。『映画プリキュアオールスターズF』。これは凄かったわね、シリーズの放送開始二十周年を記念して、これまでのプリキュア全員が登場するって触れ込みだったんだから」
「ミクちゃんと一緒に、映画館で観たよねー。私たちが生まれる前から放送されてたキャラクターもいたけど、皆が同世代の女子として、同じ空間に存在してたのが面白かったよー」
「まさに時空を超えた共演だったわね。美少女ヒロインは永遠なのよ。俗に言う、『サザエさん時空』理論が働くのよね。いつまでもワカメちゃんは小学生で、そして私たちは、きっと十年後も中学生に違いないわ。だって私たちは美少女だもの」
「そうなのー? それだとミクちゃん、背が伸びないよー?」
彼女は身長が一三〇センチしかない。そういう未来ちゃんが私は大好きだけどね。
「いいのよ、低身長については諦めてるからね、私。これからも私は毎年、プリキュアを語り続ける美少女キャラクターを目指してみせるわ。二月はプリキュアとバレンタインの季節ね」
「そうなんだー。じゃあ私たち、永遠に変わらず仲良しだねー」
「……そ、そうね。そういうことに、なるのかしら……」
急に未来ちゃんが、不意を突かれたような顔でモジモジしている。どうしたのかな?
「ミクちゃん、プリキュアの話をするんじゃないのー? どうして黙ってるの?」
「ちょっと待って……今、貴女の笑顔が眩しくて直視できないだけだから。純粋な子って凄いわね……きっとプリキュアの魅力も同じだわ。心が綺麗な、少女が活躍する姿に、きっと私たちは惹かれるのよ」
「良く、わからないけど、私はミクちゃんの方がプリキュアに見えるよー。可愛くて凛々しくて、それでいて去年は私をトラックから守ってくれたんだし」
「そんなこともあったわね……あんまり自慢できる話じゃないわよ、私がトラックを撥ね飛ばして。警察に捕まってても、おかしくなかった状況だもの」
未来ちゃんは謙遜というか、反省してるみたいだけど。彼女が私の、命の恩人であるのは間違いないのだ。誰が何と言おうが、未来ちゃんは私のヒーローでありヒロインなのだった。
「何処まで話してたっけ。劇場版のプリキュアについてだよね」
「ああ、うん……映画については、とりあえず切り上げましょうか。二月初めに復活祭上映が行われたばかりだし、あまりネタバレしない方がいいかも。とにかく二十周年を記念したプリキュア映画は、一種のお祭りみたいで、とても楽しかったわ」
「バトルも凄かったよねー。映画の、興行収益って言うんだっけ、それがこれまでのプリキュア映画の中で最高だったらしいし。これだけの規模で映画をまた作るのは、ちょっと難しいと思うけど、これからも劇場版プリキュアが楽しみだよー」
「さて、気を取り直して。今月からプリキュアの新シリーズが始まったけど、その前の2シーズンを私は振り返ってみたいわ。こっちは、ある程度のネタバレもしていくわよ」
「ふむふむー。最近まで放送してたのは、『ひろがるスカイ!プリキュア』で。そして、その前のシーズンは『デリシャスパーティ プリキュア』だったよねー」
「タイトル紹介、ありがとうね。では、『デリシャス』から語っていきましょうか。これは食、つまり食べ物をテーマにした作品だったけど、『デリシャス』も『ひろがるスカイ』も反戦を訴えていたように私には見えたわ。放送時期に、現実世界で大きな戦争が始まってたから、そう見えちゃったのかもだけど」
ふぅ、と一息ついて。それから未来ちゃんは、再び語りだした。
「まじめに話しちゃうけど戦争はもちろん、災害なんかでも、もっとも傷つきやすいのは幼児だと思うのよ。そういう小さい子が、満足にご飯を食べられなかったら、それは悲しいことだと私は思うわ。たとえ戦争や災害じゃなくてもね。親からの愛情をもっとも身近に感じることって、毎日の食事じゃないかしら」
「うん、わかるー。家族で楽しく食事するのって、心が温かくなるよねー」
「『デリシャス』の劇場版も、最初にお腹を空かせた、小さな子がいるのよね。その子にヒロインが、ご飯を食べさせてあげるのが物語の始まりで。そして、成長したストーリー冒頭の子に、あらためてヒロインが愛を与えて終わる。『デリシャス』の劇場版は、そういう話だったと私は理解しているわ」
「なるほどー。プリキュアは愛を与える存在なのかもねー」
「そうかもね。プリキュアと一口に言っても、シリーズごとにテーマは変わってくるだろうから、解釈の押し付けはしたくないけど。それでも、『罪を憎んで、人を憎まず』という姿勢は、これまでのシリーズにも共通してるんじゃないかしら。『デリシャス』のラスボスに対しても、ヒロインたちは改心を促していたしね」
「最新の劇場版でも、敵のことを最後は許してたよねー。仲良くできるのなら、それは良いことだよー」
そう言った私を、未来ちゃんが眩しそうに見つめて、それから笑ってくれた。
「そうねぇ、貴女みたいな人が増えれば、きっと世界は平和になるわ。『仲良し』ってテーマでも話したいんだけど、ヒロインには幼馴染の男子がいて、その彼も一緒に戦ってくれるのよね」
「うん、『デリシャス』に出てた男子は拓海くんだねー。プリキュアでは珍しい展開かもー」
「珍しいといえば、第1話から出てたローズマリー、略してマリちゃんもそうね。男性なんだけど戦闘能力を失くして、プリキュアを指導する役割のキャラクター。今風に言えばトランスジェンダーなのかしら。すんなり受け入れられて人気キャラクターになった辺り、今は多様性の時代なんだと実感するわ」
「男の子も女の子も出てきて、仲良く一緒に活躍してたよねー。観てて楽しかったよー」
「そうね、女の子同士の友情もあって。ヒロインは最終的に幼馴染の男子と結婚するんだろうなぁって、素直に、そう思わされる展開だったわ。新しい要素も入れつつ、しっかり堅実に話を作ってて、大成功と呼べる完成度だったと私は思うの。それが『デリシャス』に関する私の総評ね」
「さて、『デリシャス』は、プリキュアシリーズ19作目で。そして20作目となるのが、『ひろがるスカイ!プリキュア』よ。驚いたのが、ヒロインの髪が青色だったってことよね。何しろ、これはシリーズ史上初だったんだから」
「うんうんー。今まではヒロインの髪って、ピンクが多かったよねー」
「そうなんだけど、ヒロイン以外なら青い髪のプリキュアも、何人か存在してるのよね。『デリシャス』で言えばキュアスパイシーがそうだし、青い髪のキャラクターって子供に人気らしいのよ。ちなみにソースはアニメージュ特別増刊号ね。2023年1月号増刊で、『デリシャス』のシリーズ構成を担当された、平林佐和子さんがインタビューで答えているわ」
「へー、そうなんだー。じゃあ、いつかは青い髪のヒロインが出てきても、おかしくなかったんだねー」
「そうなのかもね。それで『ひろがるスカイ!』のヒロインは、決めゼリフが『ヒーローの出番です!』なのよ。ヒーローって英単語は通常、男性を指すんだけど、それをヒロインが自称しているのよね」
「ふむふむー。主題歌には『ヒーローガール、スカイ』って歌詞があったよねー。これはヒロインであるキュアスカイのことだし、タイトルである『ひろがるスカイ!』にも掛かっているのは分かるよー」
「ヒーローガールっていうのが、ヒロインの高い理想を表しているのは想像がつくわよね。凛々しくて強くて、それでいて優しい完璧な存在かしら。ちょっと理想が高すぎるわねぇ、だからヒロインは時に挫折して、時に泣くことになるわ」
 




