第5話 過去の記憶と恋の予感
(俺は何を考えているんだ)
ハリスは先程の自分の行動に戸惑っていた。
レイカのことが好きなのか?というと、自分でもよくわからない。
嬉しそうに、今日あった出来事を話してくれるレイカが可愛くて、咄嗟にあんなことをしてしまった。
きっと、心の奥底ではレイカに惹かれている自分がいるのだろう。
しかし、自分はもう恋をしないと決めたのだ。
ナタリーがこの家を出て行ったあの日から……。
同じ学校に通っていたハリスとナタリーは、恋人同士だった。
その頃、パン屋はハリスの両親が営んでおり、休日にはハリスも店の手伝いをしていた。
ナタリーもそんなハリスを支えており、両親公認で、いつ結婚してもおかしくないと周りからは思われていた。
しかし、三年前、ハリスの両親が事故で他界したことがきっかけで、ハリスは1人で店を継ぐことになってしまう。
「私も一緒に頑張るから!」
そう言ってくれたナタリーは、それから間もなくハリスの家に引っ越してきた。
同棲をしながら2人でパン屋を守ってきたが、なかなかパン屋の売れ行きが良くならない。
そんな中、ナタリーは隣町のレストランに働きに出るようになる。
レストランで働き始めて一年が経った頃、ナタリーの様子が少しおかしくなった。
「今日は仕事の後、友達の家に泊まるから」
「わかった」
そんな会話をたびたび繰り返していたある日。
ハリスが朝目覚めると、枕元に手紙が置いてあるのを見つけた。
手紙はナタリーからのものだった。
『私、もう疲れました。ごめんなさい』
手紙を読んだハリスは、ナタリーの部屋を確認する。
綺麗に片付けられた部屋には、人影はなく、ただ冷え切った空気だけがハリスを向い入れただけだった……。
「嫌なことを思い出してしまったな……」
ハリスは額に手を置くと首を振る。
(俺はもう恋はしない)
そう思いながら、ハリスは何もかも忘れようとするかのように仕事に取り掛かった__。
☆
(びっくりした〜)
私の心臓は、ハリスにキスをされたことで、ドキドキとまだ脈打っている。
「レイカが可愛くて……」
そう言っていたハリスの顔は、少し赤くなっていた。
いつもはクールで言葉も少なめなハリス。
違った顔を見せられて、私はキュンとしてしまう。
もしかしたら、ハリスには深い意味はなかったのかもしれない。
それでも、意識してしまう。
(ずるいよ〜ハリス)
何かを期待してしまう自分がいる。
新しい恋の予感に、私の胸はさらに高鳴ってしまった……。
過去の出来事で、もう恋はしない、と誓ったハリス。
新しい恋の予感を感じているレイカ。
すれ違った思いを抱きながら、2人の長い一日が終わろうとしていた__。