第23話 愛する人の元へ
受け取った手紙を握りしめたまま、しばらく微動だにしない私を見てケビンが声を掛けた。
「レイカさん、大丈夫ですか?」
その声に、私ははっとしてケビンを見る。
「あ、ごめんね。なんでもないの。手紙すぐ届けてくれてありがとうケビン」
「いえ! じゃあ俺、門番の仕事に戻りますね」
私に軽く手を上げながら、ケビンは小走りにその場を去っていった。
ケビンが去った後、私は手の中の手紙を大事に持ち直して自分の部屋に入った。
そしてテーブルにその手紙を置き、椅子に座ってから改めてハリスが書いてくれた文字を眺める。
「ハリスってこういう字を書くんだ! 割と上手」
他愛もないことを呟きながら、私は手紙を読むのを躊躇っていた。
(何が書かれているんだろう……)
もしかしたら、とても辛い内容かもしれない。
それとも、私にとってハッピーな内容だろうか。
頭の中で色々な葛藤をくり返す。
しばらくそんなことを考えた後、私は覚悟を決めて手紙を掴んだ。
そして、深呼吸をしてからそっと手紙に貼られていた可愛らしいシールを剥がした。
「え、これって生誕祭用のカード?」
封筒の中に入っていたのは、とても美しい装飾がされた生誕祭用のカードだった。
私は、そのカードを慎重に封筒から取り出した。
ゴクリ
緊張で、思わず唾を飲み込む。
そして、思い切ってカードを開いた。
(たくさん書いてくれてる)
優しく丁寧な言葉で綴られた文章を読み進んでいく。
ハリスの日常の様子などが書いてあり、思わず微笑みながら私は文字を追っていった。
途中まで読み進めたが、ナタリーのことは全く書いていなかった。
どこかでホッとしている自分がいる。
書かれていた内容に心が暖かくなっていき、手紙の内容もあと少しで終わってしまうと思ったその時、最後の二行に綴られた文章に私は言葉を失った。
私は今まで何を躊躇っていたのだろう。
ハリスのことを誰よりも信じてあげなければいけないのは私なのに。
(行かなきゃ!!!)
私は思い切り椅子から立ち上がり、カードをしっかりと握りしめたまま部屋を飛び出した__。
☆
お城を飛び出した私は、必死にハリスのパン屋に向かって走っていた。
城下町は雪が降っており、コートも着ずに走っている私に、通りを歩いている通行人たちは奇妙なものを見るような視線を向けた。
しかし、そんなことは私にはどうでもよかった。
(早くハリスに会いたい!!!)
その一心で城下町をひた走る。
そして、ついに目の前にパン屋の看板が見えてきた。
一瞬、先日の出来事が脳裏に浮かんだが、もう私は迷わなかった。
パン屋のドアを掴み、力一杯ドアを開けた。
カランカラン
ドアにつけられたベルが、勢いよく音を鳴らす。
店の中で話をしていたハリスとナタリーが、驚いた顔でドアに目を向けた。
「ハリス! これ! カード届いたの!」
「レイカ! どうして」
走り疲れて、肩で息をしている私にハリスが駆け寄る。
私は握りしめていたカードをハリスに渡し、その胸に飛び込んだ。
「カードありがとう。私、読んだら居ても立っても居られなくなって……。お城を飛び出して来ちゃった」
「届いたのか、良かった……」
ハリスはホッとしたように微笑むと、私をぎゅっと抱きしめた。
そんな私とハリスの後ろで、ナタリーはわなわなと震えながらその様子を見ていた。
そして、激怒しながら声を張り上げた。
「なんでよ! その手紙はゴミ箱に捨てたはずよ!」
そう言いながら、ナタリーはハリスからカードを取り上げようとする。
ハリスは、私とカードを後ろに隠しながらナタリーと向かい合った。
「やめてくれナタリー。俺は、君のそんな姿は見たくないし、君のやったことを許さない。これ以上、君をここに置くわけにはいかない。出ていってくれ」
ハリスから出ていくように言われたナタリーは、顔を歪ませ、さらに語気を強める。
「何よ! こんなところ、こっちから願い下げよ!」
ナタリーはそう言うと、二階に駆け上がり、部屋から自分の荷物を持ってくるとそのまま店を出ていった。
静かになった店の窓から、私とハリスはナタリーが去っていったほうをしばらく見つめていたのだった__。
☆
深夜。
ハリスの部屋の窓からブリオッシュ王国の城下町を眺める。
時計の針が0時を指すと、暗闇の空に一斉に色とりどりの花火が打ち上げられた。
教会の鐘もそれに合わせて鳴り出し、街中が生誕祭のお祝いムードに包まれていた。
「綺麗! 私、ハリスと一緒に生誕祭を迎えられて本当に良かった」
私がハリスのほうを振り向きそう言うと、ハリスもうなづいた。
「俺もレイカと生誕祭を祝えて嬉しい。あきらめていたからな。手紙がレイカのもとに届いて本当に良かった」
そう言って微笑んでくれるハリスに、私はある事をお願いしてみた。
「ねえ、ハリス。お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「あのカードの最後に書いてあったこと。ハリスからの言葉で直接聞きたいの」
私がハリスにそうお願いすると、ハリスは少し照れたように頭を掻いた。
しかし、意を決したように私の目をじっと見つめ、カードに書いてあった言葉を口にした。
「レイカ。俺はいつか君と一緒に人生を歩んでいきたい。俺と結婚してほしい」
そこまで聞いて、私は耐えきれずに涙を流してしまう。
「う、うう……」
泣き顔を見られたくなくて俯いてしまった私の顔を、ハリスは優しく両手で自分のほうに向けた。
そして、私の涙を指で拭うと最後の一言を言葉にする。
「愛してる」
そう言ったハリスの顔が、今まで見た中で一番幸せそうで私も思わず言葉が口をついて出てしまった。
「私も……私もハリスのこと愛してる」
私の言葉に、ハリスはふっと笑うと少し強引に私の唇を奪い、そのままベッドに押し倒した。
「もう離さない」
優しく耳元で囁かれ、私はそっと目を閉じた……。
窓の外では、生誕祭を祝う花火がいつまでも美しくブリオッシュ王国の空で輝いていたのだった__。
完
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