第12話 突然の訪問者
ハリスは、今日も朝早くからパンを焼く。
レイカがサミュエルの専属占い師として城に行ってから、まだそれほど日は経っていない。
しかし、静かな部屋に一人でいると、もう長い間レイカに会っていないような感覚を覚えてしまう。
そんな気持ちを振り払うように、ハリスは首を振った。
(今日もレイカは頑張っているだろう。俺も頑張らねば)
毎朝こうしてレイカを想い、気合を入れる。
そして、焼き上がったパンを店に並べると、開店のために店のカーテンを開けた。
眩しい光が店内に差し込む。
よく晴れた街並みをハリスが窓から眺めると、店の前に1人の女性が立っていた。
「あれは……」
ハリスがそう思うのと同時に、その女性は店の中に入ってきた。
そして、懐かしむような素振りで店内を眺めた後、ゆっくりとハリスのほうを見た。
「久しぶりね、ハリス。ずいぶんお店の感じが変わっちゃって、入るのに戸惑ったわ」
「ナタリー! なぜ君がここに……」
ナタリーの顔を見たハリスは、動揺を隠せないまま尋ねる。
そんなハリスに、ナタリーは悲しそうな顔をして話し出した。
「ごめんなさい。勝手に出て行ったのは私なのに。怒ってるわよね……。でも私、今行くところがなくて……」
話の途中で、ナタリーは情がたかぶったように泣き出す。
そして、泣きながらハリスに抱きついた。
「ナタリー、わかったから少し落ち着け」
ハリスはナタリーを椅子に座らせると、カップにホットミルクを注ぎナタリーに差し出した。
「私がホットミルクを好きなのまだ覚えててくれたのね」
ホットミルクをゆっくり飲みながら、ナタリーはハリスを見つめる。
ハリスは、複雑な気持ちで目を逸らすと再びナタリーに尋ねた。
「行くところがない、とはどういうことだ? 友達のところにいるとばかり思っていたんだが」
ナタリーが出て行った日にベッドの上に置かれた手紙と、友達の家に泊まると言っていたナタリーの姿が思い返される。
忘れようとしていた辛い記憶を思い出し、ハリスは少し目を伏せた。
「友達のところにいたのは事実よ。でも、苦労して稼いだお金を持ち逃げされたの。どうしていいかわからなくなっていた時に噂でここのパン屋が新装開店したって聞いて、懐かしくて……あなたにも会いたくて……」
「そんな、一方的な……」
ハリスは困ったように口をつぐむ。
そんなハリスの手を掴んで、ナタリーは頭を下げた。
「お願い、ここに置いて! お願い!」
必死に頼むナタリーを見て、同情してしまう自分がいる。
思い返せば、学生時代の楽しい思い出や両親が亡くなった後に店を一緒に支えてくれた恩もある。
もちろん、もう恋心は微塵も持っていないのだが。
ハリスは、観念したようにナタリーに頭を上げるように言った。
「わかった。少しの間ならここにいてもいい」
「ありがとう! そうだ、私またこのお店のお手伝いをするわ! ハリス一人だと大変でしょ?」
「うん? あ、ああ、まあそうだが」
「決まりね! あの部屋まだ空いてるのよね? またしばらく使わせてもらうわね!」
ナタリーはそう言うと、ハリスの返事も聞かずに今までレイカが使っていた部屋に勝手に向かってしまう。
そんなナタリーに、ハリスは自分の決断を少し後悔するような複雑な気持ちになるのだった__。
【登場人物紹介②】
ハリス・バゲット 28歳
パン職人
両親から受け継いだパン屋を営んでいる。
異世界から来たレイカを助けたが、やがて恋に落ち
る。
ブリオッシュ王国1番のパン屋を目指している。