10 消えた日常
「フィンリー。えらい豪商のお嬢様だったんだって?」
「結婚はなしかあ」
「気を落とすなよ、リアン」
俺はしばらく人に会えば同情され続けた。
まあ気にはしなかった。
無視を決め込んだ。
だが、中にはお嬢様を助けたお礼はどのくらい貰えたんだ?と揶揄う奴がいて、
それには辟易した。
なんとタニアと、そしてカールまでもその一人だった。
「お嬢様を助けたお礼をたんまりもらったんじゃないの?リアン」
任務明けに入った食堂で。
タニアと、そしてカールはやけにニヤニヤしながら俺に言った。
俺はうんざりしながら答えた。
「馬鹿言え。俺は兵士だぞ?当たり前のことをしただけだ。
お礼なんて、受け取れるかよ」
「ええ?!なんだ、断っちゃったの?
貰っとけば良かったのに。痩せ我慢しちゃって」
と、タニアが言えば
「――ああ。そうか。
リアンにはデボラ婆さんの遺産があるもんな。お金には困ってないか」
と、カールも言った。
冗談じゃない。
俺は反論した。
「あのな。怒るぞ?
デボラ婆さんの遺産は、婆さんの親戚のものに決まってるだろう!
婆さんにやっかいになってた俺やあいつが貰っていいものじゃない。
あの家のことを言っているんなら、婆さんの親戚が要らないって言ったんだよ。
だから婆さんは俺にくれたんだ」
本当は《俺たち》にくれたんだが、話をややこしくしたくなくて俺は自分が貰ったことにして二人に話した。
「なんだ、そうだったのか。
そうだよなあー。婆さんの親戚の気持ち、わかるよ。
こんな魔物の森に近い村にある家を貰っても、売れもしないし住むのは怖い。
売れない、使えない。なら要らないよなあ」
と、タニアが言い
「ああ、それでリアンに押し付けたのかあ。
でもさ、リアンは住むところができたわけだし、婆さんの親戚の方は不要な家を維持せずに済む。
どっちにとっても良かったな」
大きな声でそう言って大笑いした。
俺はそこで、やっと気づいた。
店にいた奴らが俺たち三人の話に耳をそばだてていたことに。
タニアとカールは、奴らに聞かせるために言っているのだ。
あたっていたらしい。
タニアとカールは俺を見てにっと笑うと、次に今までの大声をひそめて言った。
「……リアン。泣いていいぞ」と。
―――俺はいい同僚を持ったようだ。
胸に熱いものがこみ上げてきた。
それを隠すように酒を飲もうとした。
だがグラスにはもう酒は残っていなかった。
力なくグラスを戻す。
自然と言葉が出た。
「仕方がないさ。
あいつは雪だったんだよ。
長くは手にしていられない。
そんな奴だったんだ」
俺らしくない言葉だ。
感傷に浸るにも程がある。
だが二人は笑わずにいてくれた。
まるで乾杯をするように俺のグラスに自分たちのグラスを合わせた。
ぶつかった三つのグラスがたてた高い音が、やけに耳に響いた。




