第3話 「退魔課本部四ノ宮班 前編」
「こちら本日立入禁止となっています。ご協力お願いします!」
「これより退魔官が《禍者》の駆除を行います!危ないですから立ち入らないでください!」
お昼休憩が終わり、僕たちは班長さんに連れられて練摩区某所に移動した。そこでは数人の警察官によって立ち入り禁止の規制線が張られていた。この先の廃ビルで《禍者》が発生しているようだ。周りにはすでに大勢の野次馬が集まってきていた。
「ご苦労さまです」
班長さんは野次馬をかき分けて警察官に声をかけると規制線の内側へと入って行った。
「何をしてるんですか? 行きますよ大河くん」
「あ、あの……もしかして午後の面白いものって……僕たちでここの《禍者》退治をするってことですか?」
僕は配属初日にでくわした《禍者》のことを思い出し、なんの心構えもなくあんなバケモノと戦うことになるのではと恐々とする。
「何言ってるんですか。そんな危ない真似させるわけ無いでしょう。退治には本部の方がすでに来ていますよ。本日はそちらの本部の方の《禍者》退治の見学をさせてもらおうと思っています」
「見学……ですか! よかった……」
戦いに参加することがないと分かり、ほっと胸をなでおろした。僕だって一人前の退魔官になるにはいずれは退治もできなくならないといけないけれど、今はまだまだひよっこで力不足だ。
退魔課には「本部」と「支部」があって、「本部」に所属する退魔官は全国から能力の高い人達が選ばれている。支部の退魔官では手に負えないような大きく強力になった《禍者》を退治するのが彼らエリートの人達の仕事だ。
その人達が来ているってことは、この先にいる《禍者》は恐ろしく強力なやつということになるんじゃないだろうか。
たとえ「見学」だと分かっても少しだけ足がすくむ。
「班長~それ向こうの許可取ったの?」
「行ってから取るので大丈夫です」
「えっ!?」
「絶対怒られるやつ~~」
班長さんは今日管轄内で「本部」の《禍者》退治があることを知っていて勝手にやって来てしまったみたいだ。普通に許可を取ればいいのにしないということは通常は許可が下りないからということでは?? もしかして僕たち凄くお邪魔なのでは……??
しかし班長さんは意に介さずヘーキヘーキと目的の廃ビルの中に入っていってしまった。
「おじゃましま~す。本部の皆さんいらっしゃいますか~?」
廃ビルの中は打ちっぱなしのむき出しのコンクリート壁と柱だけの状態で、薄暗く奥の様子はよくわからない。
「あら? 葉山さん?」
奥に居た人物がこちらに気付いて近づいてくる。その人はふわふわの薄いピンクがかった栗毛色の髪の女の人だった。
「綾菜さんどうもー! 今日も相変わらずお美しいですね!」
「ありがとうございます。どうなさったんです? 応援にいらしてくださったんですか?」
「いえ、今日は新人研修の見学に来ました」
「あらそうですか」
その人は班長さんに美しいですねと声をかけられても一切の謙遜をしないのも納得なくらいの綺麗な人だった。
本部のエリートというのでもっと怖そうで強そうな人を想像していたけど、こんな人もいるんだな。術者には体格も性別も関係ないとわかっていてもこの人が強力なバケモノと戦うのだと思うと驚いてしまう。
見学の話をしても怒られることなく班長さんが「綾菜さん」と呼んでいたのでどうやら知り合いのようだった。
僕は空田さんにこっそりと耳打ちをする。
「本部の人って優しそうな人みたいで良かったです」
「騙されるな! 大河!!」
「へ?」
「白鳥綾菜! あの女はすげーおっかないんだ! 僕はニガテー!」
僕が本部の人に聞こえないように小声で話したのに空田さんが大声を出すものだから向こうにも聞こえてしまった。
白鳥綾菜さんはちらりとこっちを見たけど何事もなかったように聞き流されてしまった。
「ほらな! 見ろよ! 無視かよ! ああいう態度が気に入らないんだよ! ああやって僕らのことをいつも見下してんだよ! 気に入らなーい!」
「空田さんがそういう態度を取るからなのでは……?」
一方的にプンプンと怒っているけれど、どう見ても空田さんのほうが悪い。一方的に突っかかって相手にされていないようにしか見えなかった。
「葉山さん、わたくし今日こそ葉山さんのお力拝見したかったですわ」
「何をおっしゃいますやら」
「おいっ! ここで何をしている!」
班長さんと白鳥さんが穏やかに話をしているところに突然大声が響き渡る。廃ビルの奥から声の主であろう黒髪の鋭い目つきの男の人が苛ついた様子でこちらにズカズカと迫ってくる。
その後から眼鏡をかけた男の人もやってきていた。二人ともスラリとした長身で日本刀を腰に下げていて、エリート然とした強そうな雰囲気を出している。
「いえいえ! 本部のエリートさんがいらっしゃるとの事で折角なのでご活躍見学させて頂こうと思いまして!」
「邪魔だ、帰れ!!」
班長さんはあきらかに苛ついている相手に対し更にイラつかせるような事を言って煽っていく。あきらかにわざとやっているみたいだ……!
本部の、鋭い目つきの男性は班長さんの制服の襟元を掴みあげ、睨みつけてきた。しかし班長さんは気にも留めずなんとも言えない笑顔で相手を挑発している。
「こちらにはおかまいなく。勝手にやっていますので!」
「聞こえなかったのか! 邪魔だと言っているんだ! だから練摩に来るのは嫌だったんだ! ハイエナみたいに嗅ぎつけてきて!」
「馬鹿ですか? 私が本部の派遣要請を申請したんだから知ってるに決まってるじゃないですか」
「そんな事はわかっている!!」
ギャイギャイと大人げない言い争いが始まってしまった。班長さんがわざと怒らせているのは間違いないなかったが相手の人もまんまと挑発にのせられてしまっていた。
本部の人をあんなに怒らせてしまって大丈夫なんだろうか。しかしその場にいる人達は誰一人気にも留めていないようで僕だけがオロオロするばかりだった。
「あーあまた始まっちゃったよ」
「え? どういうことですか?」
「あの二人会うとすぐ喧嘩すんの。あっちの目付きの悪いのが向こうの班長の四ノ宮さん。眼鏡の方は御影さん。あの二人うちの班長と幼馴染なんだってさー」
「幼馴染ですか……」
いつも穏やかな班長さんの子供のような態度にも驚くけど、相手の人も「身内のそういうノリ」なんてものじゃなく本気で怒ってるみたいなんだけど、どういうことなんだろう。
「今回のこともわかってて嫌がらせでやってんの」
「いやがらせ??」
「うちの区の案件、本部の人みんな嫌がって四ノ宮班に押し付けてるみたいだから。あっはっは」
「毎度、あの男も律儀にやって来るものだのう」
「そ、そうなんですか……」
今回の「見学」もその嫌がらせの一環だったようだ。随分と仲が悪いみたいだけど……。こういう幼馴染もあるんだな……。
「龍之介、そのくらいにしておけ。そろそろ始めるぞ」
「すみませんね~エリートの方々の手を煩わせてしまって」
「だったらいちいち呼ぶな!!」
「そんな、我々はしがない支部隊員ですのでよろしくおねがいします。あ、《禍者》は外に出ないように結界は私が調査のときに張っておきましたので。」
「裕一郎、行くぞ」
眼鏡の御影さんという人が声をかけると喧嘩はひとまず収まった。この人がストッパーの役割をしているんだろうか。ならもう少し早く止めてほしかったな、なんて思った。