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第2話 「退魔官のランチ」  

「ほらここ、剥がれかけてる。こういった古いお札が貼ってあるところは要注意だからこういうのは逆に剥がしちゃって封印をし直すんだ」


 僕は今、空田さんと野火さんとで区内の神社に来ている。

 今日の午前中の退魔課の仕事はこの神社の敷地内に貼られてある御札を点検して回ることだ。目の前にある小さな祠の天井の裏側に雑に貼り付けられた御札を見つけたので貼り直しをする。

 過去の退魔術師が貼ったものか、はたまたインチキ術師の仕業なのか。五十年前の《禍者》視認化によってこういうものはあちこちに存在していた。

 

「ちゃんと前のは剥がすんだぞ! 術者の相性が悪いと逆効果になるから」

「はい!」


 僕は学校で習った通りに封印の印を切り御札を貼り付ける。これでこの祠には《禍者》を生む悪い気を浄化する力を持つことになる。

 あくまでも微力な活動だけどこういう日頃の努力が《禍者》の被害を減らすことに繋がるのだ。マッチ一本火事の素。


「封!」


 空田さんの方はしめ縄の付いた大岩に御札を貼り終えたところだった。


「そしてこれの上にこれを貼る」

「なんですかそれ?」

「御札保護シートだ!」

「御札保護シート??」


 なかなかのパワーワードだ。

 空田さんは御札の上にフィルムのような材質のものをペタリと貼り付けていた。シール状になっているので作業は簡単だ。


「御札を雨風から守ってくれる。表面に連絡先も書いてあるから何かあったら連絡してもらえる」


 確かに「何かあったら退魔課練摩支部まで!」と連絡先が書いてあった。班長の発案だよと教えてもらったが合理的過ぎて御札のご利益が薄れそうな気がしてしまった。実際は術にはなんの影響もないそうだけど。


「ま。依頼とかがない普段はこんなかんじで《禍者》がとどってそうなとこ探しての浄化と封印して回るのが主な仕事ね。この前みたいな事態はめったにないし、ああいうのはもともと本部の方に回す仕事だし」


 実際戦闘なんて年に数回有るか無いかだよ、と教えてくれた。


「野火くんそっち済んだ~?」

「ああ完了であるぞ」

「んじゃ今日はもう戻ろっか」

「うむ」


 別の場所をチェックしていた野火さんと合流し、お昼も近いことだし午前の作業はここまでという事となった。

 野火さんは普段は無口でクールな印象な人だ。だけど僕が危ない目にあったとき心配してくれてたみたいだった。怖そうな見た目だけどきっと優しい人なんだろうな。

 ただ、僕はやっぱりまだ気になってしまう事があった。


「あの、野火さんは普段からああいう感じなんですか?」

「何が?」

「口調、とか……?」

「うんそう。僕と初対面のときからああだよ。どこの王様だよって思うけどすぐ慣れるから(笑)」

「は、はい!」


 僕はドッキリを仕掛けられている説を疑っていたけれど違っていたみたいだ。ここの人達ならもしかしたらなんて少し疑ってしまっていてネタバラシをされても上手くリアクションが取れるか不安だったけどそんな心配はしなくてよかったみたいだ。あれが素というのもちょっと気になるけど世の中には色んな人がいるものだしと自身を納得させた。





「課長外回り終わりました~!」

「巡回パトロールね。おつかれさん」

「凄い疲れた~! あー班長! めっちゃお菓子食ってる! 僕らが汗水たらして頑張ってるのに! サボり!」

「ふふふ残念私はちゃんとデスクワークをしていたのです!」

「ぐぬぬ」


 巡回に参加していなかった班長さんは一人事務室で書類整理をしていた。

 課長さんにチェックしてもらってちゃんと仕事をこなしていたのは事実だけど、4月とはいえ今日は暖かかったから空調の効いた涼しい部屋でお菓子を頬張っている班長さんを見て空田さんが抗議をしたくなる気持ちもわかる。班長さんはこれ見よがしにノートPCをブラインドタッチしてみせていた。


「みんなご苦労さま~お昼行っていいよ」


 課長に促され、みんなで昼食をとることになった。


 突然だけど退魔課は専用の社屋があるわけじゃなくて、実は警察署のなかの一室を間借りさせてもらっている。区役所に作る案もあったけど《禍者》を退治する際「憑れてきてしまう」場合もあるそうで色々と対処ができるようそうなったそうだ。

 「退魔課」とあるので一般の人は警察組織だと思っている人もいるけど管轄も何も全く違う組織団体だったりする。

 そういうわけだけど退魔課も署内の施設は警察官同様に使うことができるので僕たちは今ランチを取るべく署内の食堂に向かっている。


「おう退魔課今日もちみっこいな」

「ちみっこ隊員また増やしたんだって?」

「ははは」


 食堂へ向かう途中、体格のいい交通課白バイ隊員の3人組に捕まってしまった。さすがは大型バイクを操る白バイ隊員の皆さんなだけあってムキムキだ。


「まー野蛮人が来ましたよ!」

「やあねー」


 ちみっこ隊員というのはもちろん僕と班長と空田さんのことだ。


「野火、あとで道場に来い。稽古に付き合え」

「うぬ。相分かった。」

「じゃあ、ちみっこ新人君以後よろしくな!」


 そういうと白バイ隊員のみなさんは一方的に絡んで去っていった。どうやら彼らと退魔課の普段の挨拶のようなもののようだ。


「凄いムキムキでしたね……」

「退魔官はRPGでいったら魔法使いポジだからね! 脳筋と一緒にしないでほしいもんだよ」

「ですが退魔官だって格闘訓練は必修ですよ」

「分かってるよ~~でもムキムキになる必要はないからね。野火くんは珍しいムキムキ退魔官だけど」


 唯一、退魔課でムキムキ担当の野火さんは屈強な警察官の方々の中に入っても体格に引けを取らない。空田さんの言うように退魔官は主に術を駆使して《禍者》退治を行うため物理的に筋肉を付ける必要はない。


「凄いですよね」

「はははお主らくらいなら片腕で軽々じゃな」


 そういうと僕と空田さんを両腕にぶら下げてブンブン振り回す。


「おお~凄い! すごーい!」

「きゃーー♪」


 子供の頃だってこんな事してもらったことない。初めての体験に子供みたいにはしゃいでしまったが空田さんのほうも僕以上に楽しそうだった。


「ふふふ退魔課くん達、今日もかわいいね~」


 通りすがりの女性警察官のみなさんがこちらを見て微笑ましい眼差しを向けていた。

 管轄違いの退魔課は普段どんな仕事をしているのかいまいち理解されておらず、オカルトチックな道具の置かれた事務室や小柄な体型からここの警察の人達からは座敷わらしかなにかだと思われているフシがあった。


「笑われちゃいましたね……」

「むしろご褒美だね……!」


 それもどうなんだろうと思ったけど口には出さないでおいた。





 食堂は簡素な雰囲気の内装で近所に住むパートのおばさん達によって料理が作られている。お昼休みの時間なので他にもたくさんの警察官の方たちがランチを取っていた。

 食堂のメニューはランチA~C、カツ丼、親子丼、あとうどんとラーメンといった簡単なものばかりだ。僕は本日のAランチの唐揚げ定食にする。


「おや、退魔課さんそっち新人さんかい?」


 食堂のパートのおばさんが僕に声をかける。入ってまだ数日なので初顔合わせな職員さんもまだまだたくさんいる。


「茅野大河といいます! よろしくおねがいします!」

「また可愛い子が入ったねえ幾つだい?」

「十六です!」

「おやまあ育ち盛りだね! 大盛りにしてあげようかい」

「わ、有難うございます!」


 そういうとおばさんは男の子はこのくらい食べないとねと言いながらご飯だけでなくからあげも倍増してくれた。


「凄いな全マシマシ定食か。それ全部食えんの?」

「僕結構食べる方なので……えへへ」

「へ~僕ごはん小盛りにしてもらってんのに~」


 先に席に着いていたみなさんと合流すると空田さんが僕のトレーを見て驚いていた。昔から痩せの大食いなのだ。


「霊力が多い分燃料も必要ですからね。その分食べるって人は多いですよ」

「そうなんですか! 僕の大飯食らいはそういう理由だったんだ。また一つ謎が解けました……」


 霊力量に関係していたなんて退魔官にならなければずっと気づかないままだっただろうな。


「退魔官って元々退魔術師の関係者だって人が多いけどうちの班長もこう見えて退魔術師のすげー名門の家の人なんだよ」


 空田さんが雑談ついでにと話し始める。


「へーそうなんですか」

「やっぱ知らない? 葉山なんてメジャー中のメジャーだけど」

「やめてください。名前だけですよ。名前ばっか有名だからめんどくさいんですよ」

「それなのにしがない支部勤務……。気の毒に。左遷かな?」

「翔くんはちょいちょい私に辛辣ですよね~~なんででしょうね~~!」

「わははは日頃の行いかな?」


 退魔術師は古くからずっと《禍者》退治を生業にしている人達で、退魔課も政府と術師の人達によって設立されたものだ、と学校で習った。でも退魔官になる前の僕にとってはニュースで見るくらいの認識でしかなかった。正直知らないことばかりなのだ。


「空田さんと野火さんもそういう家柄の方なんですか?」

「僕はね普通んちの子だけどちょっと訳有だったからたまたま退魔術師と知り合う機会があってそのまま弟子入りしたんだ。退魔官になったのはその人の勧めでね」

「吾輩もまあ…… 「似たようなもの」であるかな……」

「意味深な言い方しても野火くん別に何もないでしょ!!」


 野火さんはたっぷりに含みのある言い方をして意味深く微笑んでいるが特に何もないらしい。キャラ作りの一環のようだ。


「大河は? 適性テスト受かったからってまだ十六だろ? 高校出てからって選択肢もあったじゃない?」


 退魔術師の家系でも弟子というわけでもない僕が退魔官になるというのは養成学校でもとびきり浮いていたのは事実だった。


「あ、別に言いたくなきゃいいかんね」

「あ、いえうちは僕が小さい頃父のDVで大変だったんですけど……」

「おおっいきなりヘヴィーだな!」

「いや、今は母も再婚して新しく妹もできて幸せなんですけど!」


「でもあのころ感じた無力感が凄く悔しかったので、今度は絶対大切な人を守れるように泣いてるだけにはならないようにって……。そのためにはまずは安定した仕事と収入かなと!」


 僕としてはもう過去の話なのだけどそれでも子供というのはそれだけで凄く凄く無力だった。そういう意味ではやはり定職と貯蓄はそれだけで力であり正義だ。


「失礼ながら正直職種は何でもよくて……。退魔官なら仕事しながらでも学業のサポートが受けられる制度があるので」

「へーじゃあ学生もやってるの?」

「通信制ですけど」

「苦学生じゃん……! がんばってこうな!」

「はい!」


 苦学生というのはちょっと違うけど空田さんの激励が嬉しかった。


「あ、でも適性テストのときあんなふうに人に褒められたのは初めてだったので、それでかな。でもなったからには立派な退魔官になれるようにがんばります!」


 僕の数値を見て係の人が目を輝かせて是非にと言ってくれた。人から必要とされるなんてそんなことは僕の人生で今後二度と起こらないと思った。


 僕の身の上話を退魔課のみんなは優しく聞いてくれた。いつのまにか食堂内の警察官のみなさんも僕たちの話に聞き入っていて目頭を押さえていたのだが、そのことに僕は気付いてはいなかった。


「そういえば子供の頃といえば信じてもらえないかもですけど……」

「なんですか?」

「僕の家の近所に天使が住んでいたんです」

「天使? それは言葉通りの意味ですか?」

「はい! こう背中にぱたぱた~と」


 僕は手でパタパタと羽のジェスチャーをする。


「周りの人に言ってもそんな子はいないって言われてしまったんですよね。でもあの子に僕はずっと助けてもらってました」


 子供の頃のたったひとりの僕の友達。もしかしたら小さかった僕が霊力で作り出した幻だったのかもしれない。僕の霊力量が人並み以上と知ってからずっとそんな思いが頭をよぎっていた。そんなことあるんだろうか。退魔術はそういうこともできるんだろうか。


「あなたが言うのなら本当に居たのでしょうね」


 班長さんは僕にそう言ってほほえんだ。

 幻でもそうでなくてもあの子は居た。たしかにそれでいいのかもしれない。


「……はい!」


 今日のランチタイムは退魔課のみなさんと色んな話ができて嬉しかった。午後の業務も頑張れそうな気がした。


「さて、午後もお仕事頑張りましょうかね」

「やーだー働きたくな~~~~い」

「お主……。今の話を聞いてもなおそれを言うか……」

「言うともさ!!」


 決意を新たにした僕をよそにあいかわらずの空田さんが愚痴をこぼす。いついかなるときも働いたら負けを信念にしている空田さんの変わらなさはむしろ空田さんらしくて安心した気持ちになる。


「まあまあ午後は面白いものを見に行こうと思っているのですよ!」

「おもしろいもの??」


 午後の業務内容はそういえばまだ聞いていなかったけど、「面白いもの」って一体なんだろう??


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