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第1話 「退魔官の仕事」


 「よし! ではさっそく初仕事に向かいましょうか!」


 そう班長さんが告げて、僕たちは車で移動し練摩区を離れた郊外へとやってきた。練摩支部なのにと不思議がっていると人手不足なのは退魔課全体のことなので手が空いている班はそっちへ行くこともありますと教えてもらった。


 そうして一軒のお宅の前で降ろしてもらうと運転してくれていた森宮さんが終わったら迎えに来るからとその場から去っていった。

 残された僕たちは『退魔官』の制服に身を包んでいる。僕は今日はじめて袖を通した。真っ黒なコートのような形をした制服は物語に出てくるような特殊な形をしていて、とてもかっこいいのだけど……


「コ、コスプレしてるみたいで恥ずかしいです……」

「だよねー。なんか設立当初にデザイナーが張り切って作っちゃったみたいでさー。まあハッタリ? も大事ってことなんだろうけど」

「うむ。吾輩は気に入っておるぞ」

「野火くんはそーだろーね~」

「すぐに慣れますよ。すみませーん。ご連絡頂いた退魔課の者ですー!」


 家のチャイムを鳴らすと奥からおばあさんが出てきて出迎えてくれた。


「まあ~お待ちしてました。おじいさーんお祓い屋さんが来てくださったわよ~」


 お祓いやさん……。まあ間違ってはいないのか。

 おばあさんに客間まで案内されるとそこにはおじいさんと呼ばれていた家主が座っていた。


「すみませんね。足が悪いもので」

「いえ、お気になさらず。ご依頼の件ですが……」

「家の裏山にある祠のあたりがね、なんだかおかしいっていうのよ。おじいさんが。私にはよくわからないんだけど」


 依頼内容はおじいさんが家の裏山から数日前からおかしな気配がしてどうにもたまらないというものだった。山に昔からある祠にもしかしたら何かあったのかもしれないから調査してほしいそうだ。足の悪いおじいさんでは行けない場所に建てられているらしい。


「確かにこのあたりの空気は少し淀んでいます。祠になにか封印がしてあったものが綻んでいるのかもしれません」


「へえ、やっぱりそうなの?」

「そう言うたじゃろ」

「よくわかりましたね。これは一般の方にはなかなか感じ分けは難しいと思いますよ」

「おじいさん昔から良く視える方なのよ」


 一般の方、というか《禍者》の気配の察知なんて僕には絶対に無理だ。普通はもっともっと近づかないとわからない。特別な道具を使って《禍者》の位置は捜し当てるものだと習った。でも班長さんも気配を感じ取っているようだ。班長さん、実は凄い術師なんだろうか?


「では現場に向かいましょう!」


 裏山の祠の前、というところまで来て僕は衝撃を受けることになる。


「こ、ここですか? 祠ってあそこですか?? どうやって行くんですか!?」

「前は縄梯子が掛かっとったんじゃが台風のときに飛ばされて以来そのままになっとる」


 足が悪い以前の問題だった。ビル何階分という高さの崖の中間あたりに横穴が掘られていて、その奥に件の祠はあるらしい。昔の人頑張りすぎじゃない!?


「下からよじ登るか、上から下りるか……」


 僕はどっちでも嫌だ。高いところは苦手だから……!


「どっちがいいですか? 大河くん!」


「はっ????」


 班長さんがびびり倒している僕の肩をポンと叩き満面の笑みで笑いかける。ここを僕に降りろと? もしくは登れと??





「準備は完了であるぞ」


 僕は有無を言わさず縛り上げられ崖の上からクライミングする準備がちゃくちゃくと進んでゆく。頑丈な木にロープを二本くくりつけ一本はこの縛り上げられた命綱、そしてもう一本は崖を降りるためのものだ。こんな頼りないもので降りていかなくちゃいけないなんて……!


「ちょ、ちょっと待ってください! 僕が行くんですか? こういうのは野火さんとかのほうが良いのでは??」

「何を言います! 折角の初仕事なんですから君が行かないでどうします!」


 初仕事……そんな風に言われたら行かないわけにはいかない。


「!! い、行きまぁす!!!!」

「よく言ったぞ! 新人!!」

「あ、大河くん、これを」

「な、なんですか?? これ」

「お守りですよ」

「班長さん……」


 そう言ってそっと手渡されたものは明らかに手作りのへたくそで禍々しい雰囲気を放っている人形だった。

 なんだろう……いらない、かな……。



「大河! 下を見るでないぞ!」

「がんばれ! がんばれ!」

「まじそんけーするよ新人!」


 そうだ、これが僕の初仕事なんだ。こわいなんて言ってられない。《禍者》と対峙することになったらもっともっと怖い思いをするんだ。でも決めたんだ。絶対退魔官になるんだって! 

 みなさんに励まされ僕は意を決して降り始める。

 

「でもやっぱりこわいいいいい!!」

「もう少しですよ~~」


 それでも少しずつなんとか降りていくとようやく足場に辿り着くことができた。


「つ、着きましたああ」


 足場はわりと広めのスペースが有ったので僕はその場にへたり込んでしまった。

 体に巻かれていた命綱のロープを外し僕は洞窟の中に入っていく。なかなかの広さがあり、奥は光も届かなくて薄暗い。

 僕は懐中電灯で中を照らし、慎重に進んでいった。


「映像見えてますか?」

「大丈夫ですよ」


 僕はスマホで洞窟内を撮影しながら進んでいく。


「あ! 祠がありました! 縄が取れて中の石が外に飛び出てます。御札も剥がれてます。」

「石が御神体なのでしょう。それで空気が淀んだんでしょうね。放っておいたら《禍者》が発生していたかもしれません。」


 《禍者》は思念の集合体だが発生条件は実はよくわかってはいない。呪いの儀式に使われた祭壇でも発生しない場合もあるし、女子高生がやったコックリさんで発生した例もある。

 人の思いの集まる祠なんかは発生条件を上げてしまうものではあるが逆に適切に管理されていればこの土地の思念を鎮めてくれるものでもある。

 こんなところに建てた理由が必ずあるのだろうけど人の管理が届かない場所というのはなかなか厄介だ。


「石をもとに戻して封印を。大河くん、封印の術式はやれますか?」

「はい!」

「御札に霊力を込めて印を切り……」


 サイドポシェットから取り出した御札と指先がぼうっと光り、その光りで空に印を刻んでいく。


「封!」


 印を刻んだ御札をご神体の石に貼り付けると光がぱあっと飛び散り、飛び散った光が石に吸収されるとその勢いで祠の扉がバタンと閉まる。ちらちらと光の残りが漂っているが封印の術式はこれで終了だ。


「ど、どうですか?」

「うーん……」



 スマホ越しの班長さんに出来栄えを確認してもらう。学校で習ったとおりにやったけどどうだっただろう。


「合格です大河くん! あとは縄を結び直して戻ってきてください」

「ちゃんとやれんじゃんD判定!」

「あはは……はい……!!」



 やった……僕にもできた……!! これでここも浄化されるはずだ。おじいさんも安心してもらえるだろう。

 僕はしめ縄を直し足早に洞窟の出口へと向かう。またあのロープをつたって登らないといけないと思うと憂鬱だけど初任務は無事終了できたしあともうひと頑張りだ。


   『キケンキケン!!』


 突然班長さんにもらったあのお守り人形が騒ぎ出す。


「うわっこの人形喋るんだ、きもちわる……! って、『危険』って……」


 瞬間、後ろから感じたことのない物凄い霊気が襲いかかる。

 さっきまでは何もなかった、何もいなかったはずなのに。僕は全く動くことができずその場に立ち尽くしてしまう。資料映像はたくさん見た。でも本物を見るのはこれが初めてだった。


「まが、もの……?? なんで??」


 洞窟の壁からズルリと黒い大きな塊がにじみ出ていた。中心には人の目玉にも見えるようなものがぎょろりとこちらを見ている。おそろしく強力な霊気にあてられて僕は全く身動きが取れなくなってしまっていた。


 思念の塊、これを人の心が生んだものなのか。

 中心の目玉に睨まれると僕の心は恐怖でいっぱいになった。手も足も震えて思うように動かない。まるで本能の深いところを直接掴まれるようなおぞましさだ。

 立っていられなくなりがくんと尻餅をつく。逃げるように這うが思うように体が動かない。


怖い、


助けて、


逃げたい、


逃げる?


なんで?


僕は、


こいつと戦うためにここにいるのに??


 恐怖で真っ白になっていた意識が少しだけ鮮明になる。そうだ、戦わないと!

 僕が、僕が決めたことだ。戦うんだ、この化物と。

 もう逃げないとあのときに決めたんだ!!


 僕は立ち上がり振り返ると腰に付けた警棒を握りしめ《禍者》と対峙する。

足も、警棒を握る手も震えたままだった。


 それでも。



「くっそおお!!」


 恐怖心を振り払うように僕は叫んだ。


 

  「滅」



 瞬間、《禍者》は真っ二つに割れ消滅してしまった。

 僕は何が起こったのか全くわからずにいた。

 

 だって僕は何もしていない。

 何もできなかった。


「……!!」


 そこには班長さんが立っていた。

 この人があの恐ろしい化物を一撃で倒してしまったのか。

 事実班長さんは手に持った舞扇子の一振りだけで《禍者》の核を砕き消滅させてしまった。


「よく頑張りましたね。大河くん」


 にっこり微笑む班長さんは僕に優しく声をかけてくれた。僕が身動き一つ取れなかった相手にこの人はまるで何もなかったかのような穏やかな態度だ。


「は、班長さああああん!!!」


 僕は恐怖から開放された安堵からその場にへたり込むと子供のように大泣きしてしまった。


「ぶえええええ~~こ、こわかったですうう~~」

「もう大丈夫ですよ。怖い目に合わせてしまいましたね」


「どうやらあの鏡の中に潜んでいたようですね」

「か、鏡……?」


 見ると洞窟の奥、祠の近くの岩の陰に古くひび割れた鏡が落ちていた。


「あの中に封印されていたものが鏡が割れた事によって解き放たれてしまったのでしょうね」


 班長さんの説明ではかつての退魔術師があの鏡に《禍者》を封印したが長い年月で術の効力が弱まり鏡が割れたことによって自由に出入りできるようになってしまったのだそうだ。


「あの封印の鏡の中に潜り込まれてしまっては気配を探ることもできませんでしたからね」

「僕が……もっとちゃんと調べなかったから……」


「すみません……!」

「いえ、これは私のミスです。あなたは……」

「僕 体が動かなくて こわくて 何もできませんでした……!」


 結局僕は何もできなかった。怖くて震えていただけだった。


「いいえ、あなたはよくやりました」


 不甲斐ない僕に班長さんは優しく声をかけてくれる。


「だから最初から付いていってやればよかったであろうに」


 野火さんがスルスルとロープをつたって降りて来てくれた。僕が必死の思いで降りた崖だったけどこの二人は当然のように難なく降りてこれるんだ。


「おぬしはいつもどこか詰めが甘いのう」

「失敬な! だから人形渡したじゃないですか!」

「この人形……ですか? そういえばさっき喋ったような……」

「そうです! これは《禍者》を察知すると知らせてくれる退魔具ですよ! ちなみに私の自作です!」

「ええ! 凄い……」


 凄い……は凄いのだけど見た目はもう少しなんとかしてほしい。喋りだしたとき呪われるのかと思うほど不気味だったから。


「いや~でもまさかあんなのが潜んでるとは思わないじゃないですか! びっくりびっくり」

「びっくりで新人を危険な目に合わせおって。これでこやつが辞めたらおぬしのせいじゃぞ」

「ちゃんとフォローはしたじゃないですか~!」


「おーいおーいみんなぁーだいじょうぶー?」


 崖の上に一人残っていた空田さんが上から声をかける。


「はいはーい終わりましたよーあなたも降りてくればいいじゃないですかー!」

「無理!! 高い!! 怖い!!」


 その後、鏡を祠の横に安置し御札を貼った。鏡の中にはもう何も封じられてはいないけど念の為だ。今度こそこれでもう安心のはずだ。これからはこの祠がこの一帯を守ってくれるだろう。



 ◇



「みなさん本当に有難うございました」

「いえ、何かありましたらまた退魔課の方にご連絡ください」


 山から戻り、依頼主である夫婦に説明を終えると二人から感謝の言葉を告げられる。時刻はもう夕暮れ時で空は夕日に赤く染まっていた。


「わしの若い頃はどうしていいかわからず怖い思いを何度もしてきたが今はこうやってお役所の人がお祓いに来てくれるんだから本当に助かります」

「ちょうど視えはじめた最初の世代ですね。ご苦労をなさったでしょうね」


 退魔課が設立されて十年、それ以前は退魔術師に一般の人が退治の依頼をする方法なんて無いに等しかった。そもそも五十年前の2000年以前は退魔術師の存在さえ知られてはいなかった。突然ばけものが見えるようになってしまった一般の人達はただただ怯えて暮らすしかなかっただろう。


「あい子さんあと十分くらいで迎えに来てくれるそうだよ」


 近くの公園で向かえの車を待つことにした。とっくに夕方のチャイムの鳴った公園は僕たち以外は誰もいない。


「大河くん初仕事どうでしたか?」


 班長さんに尋ねられて僕は今日のことを思い出す。


「すごく大変でした」


 大変だった、という言葉では表せないくらい大変だった。養成学校の先生の言う通り僕はまだまだ卒業の実力ではなかったんだ。


「まあでも普段はもっとずっと弱い《禍者》を相手にするくらいで殆どは祠や封印の修復が主ですからね。怖い思いを今後しないという保証はありませんが……」


「頑張れそうですか?」


「班長さん……」


 凄く怖かった。だけどあのとき僕を助けてくれた班長さんはものすごくかっこよかった、僕もあんなふうになれたらいいなと思った。


 こんな僕に班長さんは「やめろ」、ではなく頑張れるかと聞いてくれた。


「はい、僕がんばります! 皆さんよろしくおねがいします!」




 だから僕はここで頑張ってみたいって思ったんだ。



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