ゆりかご誕生
ジュウリョクと赤い光球の戦闘、赤い光球はただ体当たりするだけであったが光球のエネルギーは凄まじく、触れてしまうとジュウリョクの体をも焼いてしまう程だった。ジュウリョクは攻撃を加えるが物理的な攻撃は効かず、光線などのエネルギー系列の攻撃は光球に吸収されてしまう。ナイフなど武器系の飛び道具も通用しない。お互いが有効な攻撃手段を持たぬままの攻防を繰り広げるだけだった。
それからしばらくしてこの洞窟の天井が破壊される。天井は崩れ、何十メートルもの壁に囲まれた先に空が見えた。空の彼方からブラッドジェルを求める旅人達が現れる。元々数十人で現れたはずの彼らも、この場に訪れたのはわずか三人だけだった。彼らはブラッドジェルの気配を察知し歓喜に震えていた。ボロボロで血だらけの体を鞭打って壁を降下していく。
「やったやった! 見ろよ、大量のブラッドジェル! 初めて見たぜ!」
子供のようにはしゃぐ男。三十手前の年頃だろうか。ブラッドジェルのおかげで寿命も若い期間も伸びているため実年齢を見た目から判断するのは難しい。
「イェイェイイェイ! ここまで苦労したかいがあったよ! あの世で見てるか!? お兄ちゃーん!!!」
二人目は十代後半と思わしき少女。こちらもノリノリだ。脇腹が何かで貫かれて風穴が空いているというのに元気な事である。
「勝負は終わってねぇよバカめ! ブラッドジェルはまだ取り込んで無いんだぜ! 俺が全部貰い受ける!」
一番ノリした三人目の老人は地面に降り立つと両手をブラッドジェルにかざした。エネルギーを取り込んでいき、パワーが倍増していく。それに続いて他の二人も。少女の脇腹は徐々に治癒していき、瞬く間に元通りになってしまった。
「この感覚はいつ感じてもヤバイ。まずい、イキそ……」
少女が顔を赤らめる。身を捻り、視線を下に向ける。その時、ふとその視界に大怪我を負った金髪の少女が倒れているのが飛び込んできた。少女は気になり、その金髪のもとへと向かう。ルチアだ。顔は裂けており、全身が切り傷で筋肉や骨が露出、腹には大きな風穴が空いてあった。少女はそのグロテスクな死体を見て急に気分が悪くなり、蹲ると直後に腹の中身を吐き出してしまった。
「おぇええ!! ウソウソっ! 何これ誰これ!? ちょっとみんな来てよ!」
少女の言葉に他の二人も近付いていく。しかし同時に大きな爆発音。少女は飛び上がり、他の二人のもとへと向かい陣をとる。現れたのはユーラスとイート、数百のイートジュニアにイートのモルスだった。ユーラスとイートはつい先程敵対したばかりであったが天使という強大な敵の襲来を前に停戦、共闘する事にしたのだ。数百のジュニア達も天使と戦う為に招集された特別な子供達だ。
旅人三人はイートジュニアの姿を見てたじろぐ。ブラッドジェルを取り込んでいるとは言え、疲労困憊の中またすぐ戦闘となると精神的にキツイのだ。
ユーラスはルチアの姿を見て言葉を失った。すぐさまルチアのもとに駆け寄る。胸に手を当てて心臓の鼓動を確認するが鼓動は無かった。
「ルチア! まさか……死んだのか?」
しかも見るからに無惨な姿。顔は裂けていて原型が無い。ただ殺されただけではなく、あの天使は楽しみ虐殺したのであろう。ユーラスは自身のブラッドジェルを分け与えてルチアの回復を図る。それに気付いたイートはルチアに冷たい視線を送っていた。
「もう助からんだろう。腹に穴が空いている。子供を殺されたんだ。きっと立ち直れないさ。哀れだな」
ユーラスは黙ってブラッドジェルを与え続けた。
そんな彼らの様子を見た旅人三人は事情の把握は後回しでブラッドジェルの回収に専念していた。ここまで来て殺されてはたまったものではない。ルチアという名に聞き覚えがあるがそれどころでは無いのだ。そうしていると今度は違う場所からまた爆発音。振り向いて見るとジュウリョクと赤い光球が戦闘を行っていた。その姿を見て三人は驚愕する。ジュウリョクの姿、天使の姿は三人も書物から知識として得ている。あれは至天の君に仕える天使だ。一体全体、この星で何が起きているのか。三人はまるで意味がわからずポカンとなっていた。
またイートは赤い光球の姿を見て感嘆の息を漏らした。ルチアの子がまさか自立して戦っているとは。やはり直系の突然変異体は凄まじい。ちゃんと生誕のプロセスを踏んでいないにも関わらず既に天使と戦えている。奇跡だ。ラークの言葉通り、本当に始祖深淵の君や至天の君を超えるような存在になるかもしれない。
同じようにジュウリョクもこの赤い光球に危機感を抱いていた。母親のルチアなんかより、父親のユーラスなんかよりずっとずっと手強い。あの二人は言ってしまえば雑魚である。稚魚も同然。プランクトンである。水と一緒に簡単に飲み干して、糞で出してトイレに流せるようなそんな存在だ。しかし目の前にいるこの光球は、自分の攻撃が通用しない。そんなバカな。ありえない。この場で始末しなければ第二の深淵の君になりかねない。ルチアをすぐに殺さなかったが為に、遊びに徹したが為に取り返しのつかない事態になろうとしている。そんな事、あってはならない。
「少しだけ、本気を出そうか」
ジュウリョクの体を緑のオーラが纏う。同時に放たれた衝撃波はこの星全体を覆い尽くした。そのオーラはこの星の生きとし生けるものを根絶してしまった。それどころかこの星を諸共粉々に砕いてしまったのだ。旅人三人は当然死に、イートジュニアも全滅、イートも絶命し、モルスもその体の性質から致命傷は受けていないが身動きひとつ取れない大怪我を負った。ユーラスもルチアの体の上に倒れた状態で死にかけになっていた。残った赤い光球は光が薄くなり中身があらわとなる。中はほとんど何も無く空洞でその中心に小さな小さな本体が浮かんでいた。人の赤子の形にすらまだなれていない、細胞の塊、あるいは脳の一部と表現した方が適切な小さな塊があるだけだ。指の先に乗るくらいの小ささだ。
「……まだ生きているとは驚いたぞ。養子に迎えたいくらいだ。しかし深淵の君の血を引く以上は許されない。すぐに母親の後を追わせてやるから安心しろ。お前もその方が本望だろ?」
ジュウリョクは手の平から光線を放った。先程の全方位への衝撃波。星を壊す程のエネルギーに指向性を持たせて範囲に対する威力を何倍にも膨れ上げる。そんな絶大な威力の賜物を赤い光球の中心にいる小さな塊に向けて放ったのだ。
光線にのまれて赤い光球は消えた。ジュウリョクは勝ちを確信した。この場にいた生命体のほとんどは死に絶えた。ユーラスは……まだ生きている。称賛したくなる程のしぶとさだ。残ったモルスは、殺してもよかったのだが記念に連れ去る事にした。モルスは死にかけているが基本的に物理攻撃でモルスが死ぬ事は無い。正体はエネルギーの集合体なのでブラッドジェルを取り込む要領でエネルギーを吸い取れば解決なのだが、ジュウリョクはルチアに代わる遊び相手とする事にした。モルスの首を掴む。見た目は人間の子供であり軽い。
「さて、これで終わりだ。家に帰って風呂にでも入るか。その前にこの罪人を殺しておかないとな」
ジュウリョクが向かったのは宇宙空間に漂うユーラスだ。ユーラスはまだしぶとく生きている。しかし体のほとんどが消し飛び、脳だけとなっていた。ルチアの体もほとんど消し飛び、肉か何かの一部が残るのみとなっていた。イートはさすがに頑丈な体をしているせいが頭だけ丸々残っている。しかし息絶えており、頭はただの死体だ。ユーラスは死にゆくだけの状態となっている。星も消えてなくなり、この場は死にゆくものだけが残る死体の浮かぶ地となってしまった。
そしてジュウリョクは死にかけのユーラスの脳を破壊しようとする。これで終いだ。そうして手を掛けようとした時、突然モルスが声を上げる。
「ああ、クイーンが! 俺達の家が! この野郎よくもやりやがったな!」
モルスが意識を取り戻した。首を掴まれながらも必死にもがいている。さすがはモルス。凄まじい生命力だ。ジュウリョクはモルスの顔面を殴りつける。しかしモルスは変わらず声を上げる。なのでジュウリョクはモルスが黙るまで何度も殴り付けた。強力な一撃を五十発くらわし、顔がタコのように膨れ上がったところでモルスはようやく静かになった。ではいよいよユーラスを殺そう。
その時、ジュウリョクの胴体を何かがふきとばした。ジュウリョクは後退する。このデジャブはまさか……。目の前にはあの忌々しい赤い光球があった。
「バカなっ! 何故死なないんだ……! 不死身か貴様!」
そこでジュウリョクは自分が口にした恐ろしい推察に恐怖する。こいつが深淵の君のように本当に不死身だとしたら……殺せない敵だとしたら……これ以上力をつけられては不味い。
……いや、深淵の君のように無上地獄に閉じ込めれば良いのだ。何も焦る必要は無い。ジュウリョクは息を整えて深呼吸をした。吸って吐いて吸って吐いて。そしてまた吸おうとした時、赤い光球はジュウリョクの手を焼いた。ジュウリョクは驚き、拍子に掴んでいたモルスを手放してしまった。解放されるモルス。そのモルスの体に赤い光球は入り込んだ。
驚いたモルスは体を何度も手で触れる。赤い光球を取り除こうとするがどうすれば良いのかわからない。するとそれを見ていたジュウリョクが苛立ち顔を曇らせた。
「そんなガキの体に入ったから何だと言うんだっ! 死に損ないがっ! 大人しくしろ!」
ジュウリョクはモルスに飛びかかる。しかし同時にモルスの髪と瞳が真っ赤な炎のように赤く染まった。同時に絶大なエネルギーがモルスの体に纏う。モルスはジュウリョクの顔面にパンチを打ち込む。ジュウリョクは顔面を強く叩かれ、回転しながらふきとばされる。すぐに静止するが鼻が折れて鼻血が出ていた。下界の誰かによってダメージを受けるのは初めての事だった。
「まさか! そんなバカな……」
「なんかわからないけど凄いパワーだ。よし、クイーンの仇取ってやるぜ天界のイヌ!」
「一撃入ったくらいで調子に乗るなよ小僧っ!」
二人は激突する。凄まじい肉弾戦が繰り広げられた。衝撃波は周囲の宇宙空間を巻き込む。拳と拳、蹴りと蹴りがぶつかり合うと同時に宇宙空間に穴が開き別次元が顔を出す。凄まじい威力。モルスは自分の力に驚きを隠せない。まだまだ力が湧き上がる。自分はこんなに強かったのか! ジュウリョクは焦る。このモルスが自分と渡り合っている現実に。本当の本当に第二の深淵の君を生み出してしまったのではないか? 下手をすればこの世界の終わりへのカウントダウンスイッチを押してしまったのではないか?
「そんな事あってたまるかっ!」
ジュウリョクの渾身の一撃……をモルスはギリギリでかわした。同時にその顎に頭突きをおみまいする。脳を揺らされ怯むジュウリョク。直後頭を蹴飛ばされジュウリョクは大きく後退する。モルスは得意気に笑みを浮かべた。
モルスはジュウリョクに猛攻を行う。突きや蹴りはジュウリョクの体に打ち込まれ、ジュウリョクは後退せざるを得ない。凄まじい威力だ。あのクイーンも一撃で沈むであろう威力。モルスは興奮していた。
そんな折、ジュウリョクはほくそ笑んだ。突如両手を突き出し向かってくるモルスに狙いを定める。
「遊びは終いにする。ここで殺してやる! 全霊を込めてっ!」
放たれた不穏な空気を察知しモルスは急ブレーキをしてその場に留まる。と、同時にジュウリョクのエネルギーの檻がモルスの体を包み込んだ。直後モルスのエネルギーがジュウリョクに取り込まれていく。凄まじい量と速さ。ジュウリョクの両手は真っ黒に染まっている。まるでブラックホールだった。エネルギーをみるみる吸い取られていくモルスは苦しみもがく。やがて気分が悪くなり、体が薄くなり半透明になっていく。エネルギーの喪失……モルスにとっての真の死が目の前まで来ていた。それを彼は実感する。
「ちくしょう! 結局こうなるのかよ。クイーン、まだまだずっと一緒にいたかった」
直後、モルスの髪が赤から黒に戻る。赤い光球のエネルギーが消えたのだろう。直後モルスの体はスパゲッティのように細長く伸びていき、全てがジュウリョクの手の中に落ちていった。そして訪れる静寂。モルスは死んだのだ。そして今度こそ、終わった。
戦いに勝利したジュウリョク。残るのは死体だけだ。いや、まだユーラスの脳が残っている。ジュウリョクは光線を放つ。ユーラスの脳は光に呑まれた。
これでもう生き残った魔物はこの地にはいない。終いである。
「風呂で体洗お。鼻いてぇ……」
ルチアが死に、一つの時代が幕を閉じた。ジュウリョクは少し寂しく思いながらもその場を後にした。
赤い光球ことユーラスとルチアの子はまだ生きていた。密かに自身の力でユーラスの脳とルチアの体の一部分を保護していた。しかしもう限界だった。二人のそれぞれの破片を横一列に並べる。赤い光球はその破片を見て何を考えているのか、そもそも思考能力があるのかも不明だが。
次の瞬間、赤い光球の光が消えて本体の小さな塊は形が崩れて宇宙の暗闇に消えた。小さな子は不死身では無かったのだ。深淵の君の子であるルチアはブラッドジェル無しでも凄まじい再生能力を持つ。生きる執念というものがあれば粉微塵にでもされない限り、時間をかけて元通りに再生する事が出来る。その力はこの小さな子にも受け継がれている。しかし体がそもそも未完成であり更に限界を超えた戦闘の連続と度重なる攻撃による身体への負荷が小さな子の体の再生能力を上回り、死に至らせた。彼あるいは彼女はこの結末をどう思ったのか、こうなっては聞く余地も無いであろう。
それから数日が経ったある日の事。既に死亡しているイートの頭からコンピュータチップが独りでに抜け落ちてきた。それはしばらく空間を漂っていたがやがて自ら動き始めてユーラスの脳に取り込まれていく。その直後、ユーラスの脳は機械と一体化した。
更に七日が経過した頃、その空間には機械の体をしたユーラスが漂っていた。意識は呆然としている。コンピュータチップに埋め込まれた情報がユーラスの中へと入ってくる。魔物が天使に打ち勝つ為の術がそのチップには刻まれていた。ユーラスには情報が勝手に頭の中に入り込む様子が心地よかった。同時に記憶もおぼろげになっていく。自分自身が侵食されていく実感があるが心地良さを感じているから気にならない。肉体が再生されず機械の体として再生したのは肉体の限界なのか。ユーラスは快楽に溺れそんな事は考えなくなった。
翌日、自分の意思で体を動かせるまでユーラスは回復した。するとユーラスは真っ先に、残っていたルチアの一部を飲み込んだ。放置してはいけない、回収しなければと体が自然に動いたのだ。ユーラスの視界にはコンピュータチップがイートの視覚から見ていた我が子の戦いぶりが映っていた。それを見てユーラスは喜んでいた。
「俺とルチアの子はこんなに強いのか。凄まじい強さだ。また作りたい。そしてルチアも蘇らせる」
ユーラスの脳に残った記憶は断片的だった。感情もどこか欠けてしまい、かつてのユーラスとはどこかが違っていた。確かに言える事はこの時のユーラスはルチアに情愛を抱いていた。かつてのユーラスも心のどこかにそんな感情が芽生えていたのか、それとも最初の頃のような都合の良い道具としか思っていなかったのかは不明である。しかし今のユーラスはルチアを蘇らせて共に過ごしたいと思っていた。しかしそれ以上に映像にあった我が子を再現したいと思っている。
またこのユーラスは本能的に天使と至天の君への復讐心を抱いていた。元々の至天の君への怒りは上から人間を監視しているというふうに捉えたユーラスの一方的な怒りであったが、この時のユーラスにはそんな具体的な理由は無い。強いて言えば自分とルチアがこうなったのは彼らのせいだ。なんとなくそう思う。だから彼らを憎んでいる。
記憶は曖昧で以前のユーラスと自分が同一という感覚も薄い。知識としては理解していても感情が追い付かない。しかし追い付くつもりも無かった。今のユーラスは今のユーラスでやらねばならない事がある。それを実行するだけだ。
次にユーラスはイートの頭部のもとに向かった。その頭部を凝視しているとユーラスの瞳が頭部をスキャンする。情報を処理しているのか、瞳に奇妙な文字列や数列が流れていく。ユーラスの脳内にはイートの遺伝子情報が記憶された。
「…………ルチアを守る家が必要だ。誰にも邪魔されない大きな家が。この変な頭のヤツが作っていたような家、もっと大きなものを用意しよう」
ユーラスの頭脳と一体化したコンピュータチップにはある情報が刻まれていた。ゆりかごの設計図。機械惑星の全てだ。何故このチップにそれが記憶されていたのか、そしてイートがこれを持っていたのかは定かではないがユーラスには関係の無い事だ。ルチアを守るため、そして子供を作るためにゆりかごを造り出さなくてはいけない。ゆりかごは機械惑星、惑星サイズの要塞だ。イートが造ったような、人工の巣にもなるし戦艦にもなる。
まず必要なのはモデルとなる特別な星だ。イートが住んでいたような星。自分とルチアが住みやすい星を見付けよう。その星をユーラスの機械の体で造り変えるのだ。
百年が経過した。一人、目当ての星を探してブラッドジェルを取り込みながら続けた旅の末、ようやく相応しい星を見つけた。キレイな空気、豊富な青い海に青い空、緑豊かな大地。その星はとても豊かだった。太陽を公転する惑星だが、ブラッドジェルを内包している。ユーラスは決めた。この星を自分とルチアの家にしようと。
手をかざしエネルギーの波動を放つ。ブラッドジェルをかき集めてより強大になったユーラスの力はその星にある不純物を手をかざすだけで排除する。不純物とはその星にあるゴミである。先住民が作り出したゴミや建造物等だ。生物は生かしておくが人工物は全て排除した。
ユーラスは地面に降り立った。生命も溢れる星であるが鳥はユーラスを恐れて逃げてしまったようだ。生物の気配は無くとても静か。聞こえるのは高鳴るユーラスの胸の鼓動のみ。
「では、大規模工事始めるか」
振り上げられた手の平が地面に突き刺さる。掌打は地面に穴を開けた。するとユーラスの手の平から機械のコードのようなものが数百、数千と枝分かれして伸びる。まるで砂を水が浸食するように、コードは地面を伝って奥へ奥へと伸びていった。そしてついには中心核のコアに到達する。
ユーラスの一部であるコードは惑星全体に張った根のようだった。惑星のエネルギーを取り込みながら、同時にブラッドジェルと自身のエネルギーを送り込む。土やマグマを機械の素材へと変換させる。通路を作り自分好みの間取りを作る。そう言えば間取りを全く考えていなかった事に気付いた。即席で作ってしまおう。後で作り変えれば良い。今必要なのはルチアは復活する場所なのだ。
そうして七日間、ユーラスは手を地面に突き刺したままその場を離れなかった。星の外見は七日前と変わらない。しかしその内部は機械惑星のそれに完全に置き換わっていた。ゆりかごが完成したのだ。
ユーラスはようやく地面に突き刺していた手を抜いた。同時に穴が一気に巨大化してエレベーターを作り出した。ユーラスは笑みを浮かべてエレベーターに乗り込む。そしてまるで最初から使い方がわかっていたかのようにボタンを押して下降していった。
銀色のパネルで覆われた壁の中をエレベーターは下降していく。そして訪れた大広間。ここから迷路のような通路を抜けていく。この通路はイート星にあったような入り組んだ通路そっくりだかが見た目は岩や砂ではなく銀色のパネルに覆われた、まるで研究施設のようである。そしてとある通路の壁の前に立つ。それに手を触れると何故か手が壁に取り込まれていく。まるで水面から水中に沈むように、ユーラスは壁の中へと入ってしまった。
それから更に数時間かけて、ユーラスはゆりかごの中心核に訪れた。数キロに渡る巨大な空洞。マントルが露出していて、この空間だけ他の場所とは明らかに異様であった。そしてその中心部には黄金のゼリーが浮かんでおり、上下に向ってゼリーが管のように伸びて地面と天井に通っている。北極と南極に向かっているのだ。ユーラスはこのゼリーを見て思わず笑みを浮かべた。宙を浮き、ゼリーの前まで近付くと更にその中に入り込む。先程、壁の中に入るように、ユーラスの体はゼリーの中へと取り込まれていった。
ゼリーの中は生暖かく、まるで体温を感じているようだった。母親の胸に抱かれているような感覚。ユーラスは親の顔も知らないはずだが覚えてもいない母親を思い描く。そして更に中心に向っていくと人影が見えた。長い金髪を乱したまま、浮かんだ状態で眠っている。衣服は着ておらず、全裸の状態だ。ユーラスは彼女の姿をこの百年待ち焦がれていた。
そこにいた金髪の少女はルチアであった。
ルチアはまだ眠っており意識は無い。ユーラスはその胸に恐る恐る手を触れる。相変わらず年の割には薄い胸である。手を伝って感じるのは心臓の鼓動だ。ルチアの裸はよく見てきた。記憶にあるルチアとそれと目の前の少女は一寸の狂いも無い。目の前のそれはルチアそのものだった。
かつてルチアの肉片を食し取り込んだ。その時に遺伝子も記憶し、ユーラスはルチアと一体となった。そして今、ゆりかごを作りルチアを再生させたのだ。ユーラスは今すぐにルチアを目覚めさせたかったがまだ時間が必要である。ルチアが自然に目覚めるのを待つのみだ。
肩から腕を指でなぞり、脇腹から腰までなぞった。弾力のある柔らかい体だ。強く握れば壊れてしまいかねない。かつて天使によって傷つけられた体は嘘のように元通りになっていた。ユーラスは我ながらルチアを再生出来た事が不思議で仕方が無かった。百年待ったかいがあったというものだ。
と、ルチアの体を指でなぞっているとルチアの体がピクリと動いた。わずかにその口元が動く。感触も正常なのであろう。ユーラスは我に戻り、体から手を離した。
「睡眠の邪魔はよくないよな。外で待ってるよ。そう、飯でも作っておくかな。そう言えば何が好きなのか聞いてなかったな。そもそも作った事も無かった気がする」
ユーラス自身もどうして急に飯を食べさせる気になったのか謎であった。取り敢えずルチアが目覚めるのを待ってユーラスは外に出る。ゼリーの塊から抜けて床に降り立つ。そこでユーラスは目の前の人影に気付いた。そこにいたのは懐かしい顔、ラークがいた。
ラークの姿を見てユーラスはすぐに反応出来なかった。さて誰だったか。気配は感じられない。隠しているのか、それがより不気味さを醸し出す。「誰だ」 と口にした矢先にその顔がラークのものであると思い出した。ルチアと初めて交わって以来の再開だ。かつてはラークにも上から目線をされているようで苛立ちを感じていたが今ではそんな気持ちは一切無く穏やかそのものだった。
「復活おめでとうユーラス。まさかルチアを蘇らせるとは驚きだ。よくやったぞ」
そう言ってラークはこの部屋の中心に浮かぶ黄金のゼリーを見つめた。
「……今更のこのこと現れて、何の用だ」
「親代わりが様子を見に来るのに理由が必要か?」
ラークは達観したような顔でフフフと笑った。やはり彼の自分は全ての上に立っていると主張するような表情や仕草は気に食わないものである。
「さながらルチアを囲うあの黄金の球体は母親の腹だな。ルチアとお前の子は再生出来たか?」
「……わからない。でも今はルチアが目を覚ましてくれるならそれで良いさ」
「そうか。それは残念だ。あの子は才能があったのになぁ。やはり助けるべきだったか。俺は元来、見守る主義なんでね」
するとユーラスがラークのもとに駆け寄り、その首襟を掴む。しかしラークは一切動じる事も無く冷静な様子を崩さない。やがてユーラスは掴んだ手を解いた。
「用が無いなら帰れ。ルチアが目覚めた時の為になにか飯を作らないと行けないからな」
「なら焼き魚でも作ってやれ。あいつは魚が好みだからな。刺身とか寿司とか――きっと顔色を変えるぞ。なんなら良い店教えてやろうか?」
「……この星の文明を破壊するんじゃ無かったな。今はこの星から出られない」
「なら俺が作り方を教えてやる。俺も久々に食べたいから寿司にしよう」
ラークは寿司も刺身も作った事があるそうだ。材料となる魚は海に行けばいくらでも取れる。鮭、マグロ、イカ、その他諸々。ユーラスはラークに従って飯を作る。ルチアが目覚めた時にすぐに腹ごしらえが出来るように。ちなみにルチアの食の好みは初耳であった。