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ルチアの同胞

 齢六歳の頃と思わしき金髪の少女は薄暗い部屋の中に立っていた。まるで貴族の娘であるかのような煌めく装飾品を身に着け、白い衣服に赤いマイクロミニスカートを穿いている。絵に描いたようなとても可愛らしい、しかしどこか子供らしくないませた少女だった。

 そんな彼女を取り囲むのは成人した男女や異形の怪物など様々なシルエットの人物達。みんな少女から見ればずっと巨大な者達だった。彼らは少女に期待と疑問の眼差しを向けている。少女はそんな視線に押し潰されそうになってはいるがそれでも怖気ずに気を張っていた。幼子の割に達者な者だと感嘆する者も少なからずいただろう。しかしやはり大多数はこんな小娘で大丈夫か? と声では無い声を発している。


「私が深淵の君の直系の子、ルチアです。同胞のみなさんと力を合わせて天使達を打ち破りたいと思います!」


 甲高い声で、小さな体で精一杯の大声を上げるルチア。深々と頭を下げる。その様子に彼女の同胞、つまり魔物達はお互いに顔を見合わせてゲラゲラと笑っていた。


「確かに始祖に似た顔立ちだ。しかし我々よりずっと若い小娘にいったい何が出来るのか、見物だな」

「久し振りに現れた直系がこんな子供だなんて我々もつくづくついていないな」

「天使を追い払うのは諦めて、このガキをかわいがった方が余生を有意義に過ごせると思うぜぇ?」


 口々に思った事を口にする魔物達。そんな魔物の一人がルチアに近付き、その頭を、彼女の体よりも大きな手で押し付けた。


「お前のような若者に何が出来るってんだよ? あぁん?」


 しかし、ルチアはそんな巨体の魔物に近付かれても一切臆する事は無かった。全身に力を込めると同時に体から黄金のオーラが湧き出る。炎のように込み上げるオーラは小さな体から出ているとは思えない程輝かしく巨大で、魔物の体を見下ろす程に強かった。周囲にいる魔物達全てが彼女のオーラに驚きを隠せない。


「みなさんを落胆はさせません。このルチア、必ず天使共を討ちはらい、みなさんのお役に立ってみせます!」


 ルチアの言葉と力は本物だ。魔物達は一転して彼女の存在に喜び震えていた。


「こいつは驚いたぜ! 嬢ちゃん、酒は飲めるかい?」

「え? 飲んだ事はありますけど……」

「よし、今日は宴会だ! この娘と始祖とラーク殿に乾杯だ!」


 それは宇宙のどこかにあるとある惑星での出来事だった。そこには数百人の魔物が天使から逃れて、群れを作り集まっていた。惑星周辺の空間を切り取り自分達の隠れ家に作り変えたのだ。天使達はこういった魔物が作り出した空間を魔界と呼んで区別した。ある日、ラークは彼らに協力するためにルチアを送り込んだのだ。今回はルチアにとっては初めての経験だった。しかし彼女はこれまでにもブラッドジェルを狙う旅人と戦い、全てに勝利している。天使にも勝つ自信があった。

 しかし運が悪いのは初日の宴会の席で、天使が現れた事であった。

 ルチアが派遣された魔界は一人の天使によって壊滅させられた。酒に酔った魔物達は不意を突かれる形となる。天使によって虐殺される魔物達。酔いが覚めて応戦する者達もことごとく天使に八つ裂きにされてしまった。一人は腸を引きずり出されて、一人は頭を背骨ごと体から引き抜かれた。天使は魔物達に少しでも痛い思いをさせてから殺そうとしている。深淵の君の血統、宿敵なのだから当然だ。そしてルチアはそんな天使にも勇敢に立ち向かった。

 その天使は両翼を背中から生やした緑髪の男性のような姿をしていた。額にある一筋の傷がトレードマークだろう。体格は筋骨隆々。衣服は白い衣を纏い、杖を腰のホルダーにさしている。しかし彼が使う武器はあくまで拳一つ。彼の剛腕は自身より巨大な魔物をもバラバラに打ち砕く。彼に睨まれた魔物はもれなく体がぐじゃくじゃに押し潰される。まさに神の如き、いや悪魔の如き強さだった。

 当初は自信に満ち溢れていたルチアも彼には敵わず、ズタボロにされた。彼女は命が惜しくなり、天使に殺されないように逃げるのが精一杯だった。それでも天使に殺されずに逃げられるのは彼女がそれだけ強い事に他ならない。

 魔物の返り血や自身の血によってルチアの体は赤く染まっていた。半べそをかきながら、酷く息を乱しながら彼女は回廊を必死に逃げている。途中足を挫いて転んでしまう。片方の靴が脱げてしまった。


「ハァハァ……、なんでなんで……、こんなはずじゃなかった……みんな殺されちゃった」


 脱げた靴を拾おうと振り向いた時、視線の先には例の天使がいた。この回廊は一直線にとても長い。ルチアが走ってきた途中に曲がり角等は無かった。この天使はルチアを、彼女に追いつかない程度のスピードで追っていたのだ。すぐに追いつかないのは彼女に追われる恐怖を与えるためか。天使はルチアと目が合うとニヤリと笑みを浮かべた。


「深淵の君の直系よ、逃げるのは諦めたか」


 ルチアは背筋が凍るのを感じた。脱げた靴などお構いなしに、おぼろげな足取りで立ち上がると何度も転けそうになりながら駆け出した。

 そうしていくらか時が経った頃、曲がり角を曲がった先でとある人物にぶつかりルチアは尻餅をついた。見上げるとそこには魔物の一人が立っていた。全身傷だらけで血みどろだ。ルチアと同じく、天使から逃げてきたのだろう。ルチアは魔物に合わせる顔が無かった。どう反応すれば良いか迷っていると魔物がルチアの首襟を摑んで持ち上げる。


「てめえ、始祖の直系だろうが! 俺達を落胆させない! 天使共を討ち破るって言ったよなぁ!? このザマはなんなんだよっ!!」

「あ……あ……、あんなに強いとは……思わ……おもわ、なくて」


 ルチアの声はとても小さくかすれていて最後の辺りはまるで聞き取れなかった。


「はっきり言えよクソガキがぁ! てめえ、期待させといて何も出来てねぇだろうが! このやろう!!」


 魔物は拳を振りかぶる。ルチアの頭を殴り飛ばす気だ。ルチアは抵抗する気力も起きず、ただ目を瞑る事しか出来なかった。

 その時、衝撃波が発生して二人は同じ方向にふきとばされる。ゴロゴロと地面を転がっていき壁に激突してしまう。驚いた二人は同時に衝撃波の発生源に目をやる。そこには悪魔の顔をしたあの天使がいた。天使の笑みに二人は恐怖で震え上がった。

 魔物はルチアを立たせて前へと押し出す。ルチアは恐怖で震えるが自分の使命を忘れたわけでは無い。逃げ出したい気持ちを抑えて天使に対して構えを取る。


「さすがは魔神の直系。これ程の力の差を見せつけられても立ち向かうか」


 天使は全身に力を込める。放たれるオーラはまるで仏像の化身と思わしき神々しいオーラだった。恐怖でルチアの息が荒くなる。死を実感して震えが止まらない。


「始祖の直系だろ! てめえがなんとかしろ!」


 魔物はルチアの背中を足で蹴り、前へと突き飛ばす。ルチアは足を挫き、その場に倒れる。しかしすぐに立ち上がり、構えを取る。その刹那、天使は一気に距離を詰めた。ルチアが立ち上がった頃にはもう眼前に迫っていた。


「あ……」


 それから程無くして、びちゃびちゃと流れ落ちる水の音が回廊に鳴り響く。それはルチアの小便だった。ルチアは恐怖のあまり失禁してしまったのだ。足を濡らして床に水溜まりが出来る。それを見て、天使は笑い、魔物はもう終わりだと気を落とす。魔物はルチアを捨てて逃げ出してしまった。残るのは天使とルチアの二人だけ。ルチアは尚も小便を散らしながら、お構い無しに構えを取る。死の恐怖にのみ頭は支配されていた。


「顔立ちは母親に似ていても、その力はまるで届かないようだな」

「う……うわあああ!!」


 ルチアは自暴自棄気味に突きを放った。ろくに力の入ってないパンチが天使の腹にヒットする。しかし、ろくに力の入ってない拳など天使には通用しない。それどころか今の突きでは人間の子供を突き飛ばす事も出来ないだろう。

 直立不動の天使を見上げるルチア。すると天使の腕が大きく振り上がっていた。攻撃が来る。とても大きな一撃が。当たれば命が砕かれるであろう一撃。しかしルチアは背を向けない。もう一度突きを放つ。しかしその突きが放たれる前に、天使の拳がルチアの体を抉った。

 ズドンっ! という鋭い音が魔界中に鳴り響く。衝撃で天井や壁が壊れて外の景色が見える。四肢を伸ばし宙に浮くルチア。その腹に打ち込まれた拳。ルチアの胸から腹を纏めて覆う拳は、オーラによって本来より大きく見えていた。直後ルチアはふきとばされるはずだったが、天使はもう片方の手でルチアの背中を平手で抑えた。そのため、ルチアは腹と背を挟まれる形となったのである。ルチアは口からとてつもない量の血を吐き出した。体内は滅茶苦茶に引き裂かれている事だろう。ルチアは力無く、天使の拳の上に倒れる。


「歯応えのないヤツだ。本当に深淵の君の直系なのか不思議なくらいにな」


 その後、天使はルチアの頭を掴んだ。そして彼女の足下にあった水溜まりにルチアの顔を叩き付けた。ルチアの意識は既に事切れる寸前だったがまだ繋がっていた。口の中に液体が入り込み、ゲホゲホと咳をする。


「ルチア=サファイア、お前は簡単には死なさん。見せしめとして天界に縛り付けてやる」


 その言葉を最後にルチアの意識は途絶えた。

 天界でのルチアは常に生死の狭間を綱渡りするような仕打ちを受けた。ある程度の傷では死なない事を良い事に手足を千切られてたり、ノコギリで腹を裂かれたり。苦痛の限りを味わった。終わりが無いと思われる日々はまさに地獄であった。天界と思われる場所はルチアの目からは暗闇しか映っていない。彼女を見つめる他の天使達はルチアの姿を見て笑う者ばかりだ。

 ルチアはもはや叫ぶ気力も無い。ルチアの意識はぼんやりとした暗闇の底に落ちる。




「――お目覚めかいルチア。良い夢を見ていたようだな」


 ユーラスの言葉を聞いてルチアはぼんやりとしていた意識がはっきりと戻った。そこはとある惑星にあるボロ小屋だった。ルチアは夢を見ていた。初めて天使と遭遇した時の事であった。ルチアの体はまだ震えている。呂律も回らなくなっていた。


「嫌な夢を見ていた。天使に惨めに負けた夢だ。よく生還できたと思う」


 かすれた声でルチアは言う。ルチアの怯えた姿から相当な相手だったのだろうとユーラスは思った。


「どうやって生還したんだ?」

「わからない。天界に囚われていたけど、ある時気を失って、気付いた時には下界の知らない星にいた。横にラークが立っていたから彼が助けてくれたんだと思う。どうやったかは知らないけどね」


 天界という単語にユーラスの目付きが変わる。


「天界? そこに天使達がいるのか? どこに行けばそこに行ける?」


 この世界を大きく二分に分けて見た場合、至天の君や天使が住まう地を天界と呼び、人間達が住まう世界を下界を呼んで区別する事が出来る。ユーラス達が行動している宇宙は下界に相当する。つまり天界にいけばユーラスの目的の一つは達成可能という事になる。


「行きも帰りも意識が無かったから。どこに向かえば辿り着けるのかはわからない」

「使えんヤツだな」


 ユーラスは落胆して溜息をついた。そんなユーラスの表情を見てルチアはキツい顔付きとなる。自分をボロボロにした天使の凄まじい力を、この男は何もわかっちゃいない。ルチアは苛立ちを覚えた。


「今のあなたが天界に行ったとしたら間違い無く殺される。だからブラッドジェルを蓄えて力をつけているんでしょ?」

「天使とはそれ程の強さなのか?」

「何度も言ってるのにわからないのあなた? 無抵抗な私を押し倒した程度で満足しているようじゃ話にならないよ」


 ルチアの言葉にユーラスは反論しなかった。ユーラスはルチアの力をわからないわけでは無い。確かに鈍感な所はあるが、彼女と交わった時に彼女の実力が体に伝わっていくのを感じた。実際の所はまだまだルチアの方が実力は上であろう。ルチアの言葉通り、ユーラスが彼女の体を好きに弄れたのは彼女が抵抗せずに受け入れたからに他ならない。ルチアが抵抗していれば立場は逆になっていたはずである。その現実をユーラスは実感している。だからラークの言う子作りの話に乗る気にもなったのである。

 二人が初めて交わったあの日から既に一月以上が経つ。あの後、二人は互いの体を求めるようになり、気が向く度に何度も交わった。そしてラークは未だ姿を見せていない。二人は結局以前と変わらずに律儀にブラッドジェルを集める旅をしていた。変わった所と言えばユーラスのルチアへの理解がより深まっている事くらいか。ユーラスも自身の実力の程を理解したのか、大人しくブラッドジェルを回収している。弱者の虐殺はもう飽きたのであまりやっていない。そんな事しても時間の無駄だからだ。たまに暇潰しにやりに行く事はあるが。


「俺の思い過ごしかも知れんが、よく寝るようになったな。腹の中にいたりしてな。そいつにエネルギーを吸われているとかな」

「交わったからといって必ず出来るものじゃないけど。時が経てばわかるさ」

「詳しいな」

「そりゃあ……長く生きてるから。あなたよりもね」


 長生きアピールをするルチア。ユーラスは小さな声でこう返した。


「つまりは俺より年寄りのババアってわけか。見た目はまだガキなのにな」

「まだまだ若いと捉えるべき。寿命はきっととても長いので。それにブラッドジェルを集めていれば半永久的に伸びるからね」

「寿命も伸びるのは良い事だ。百年そこらの寿命じゃ、きっと神の座にはつけないだろう」


 その後、ユーラスはルチアを連れて小屋を出た。そこでユーラスは小屋の周りを監視していた人影に気付いた。途端に人影を捕らえるユーラス。人影の正体は小人の姿をしたからくり人形だった。着物を着た女の子タイプの人形、人の手の平サイズのものだ。


「……なんだこの人形」


 直後人形は爆発を起こした。それは近くの小屋ごとふきとばす大爆発だ。地面も陥没し、大きなクレーターを作った。周囲は煙幕につつまれ、空にはきのこ雲が現れる。するとその煙幕を見て駆け付けたもう一人の人影があった。それは人間の子供の姿をしたモルスだった。モルスは立ち上がる煙幕を見てはしゃいでいた。


「よっしゃ! 他愛の無い奴らだったな! これでブラッドジェルは頂きだぜ!」


 モルスはブラッドジェルを求める旅人だったのだ。勝ちを誇るモルス。その時、風がふいて煙幕をふきとばしてしまった。そして中からはユーラスとルチアが傷一つ付いていない様子でモルスの事を見下していた。モルスは驚愕を隠せない様子た。


「嘘だべさ……なんで生きとんねん」


 あのからくり人形の爆発はブラッドジェルのエネルギーが込められていた。山をも消し飛ばす威力がある大爆発だ。これに耐えられる人間というのはそんなにいない。モルスも勝ちを信じるわけである。が、相手が悪かった。

 ユーラスはモルスの首を掴み持ち上げる。モルスはジタバタと手足を動かして抵抗するがまるでビクともしない。


「クソガキのクセに悪くない攻撃だった。褒美だ、一瞬で殺してやる」


 そうしてユーラスは拳を振りかざす。しかしその時、ルチアが止めに入った。今まで止める事は無かったというのに。ユーラスは疑問に思った。


「その子はおそらくモルス。物理的な攻撃ではただ苦痛を与えるだけ。それは止めた方が良い」

「関係無いだろ? 俺達に牙を向けた敵だ。後悔させてやる」


 するとモルスが泣き始めた。


「待ってください!! 俺を見逃してくれるなら良い物をお見せしますから殺さないでーっ!!」


 泣き喚きながら必死にモルスは懇願した。ユーラスはその良い物とやらに興味を示した。いつでも殺せる相手、今殺す必要も無い。見るだけ見てやろうというのだ。

 そうして解放されたモルスはユーラス達を連れて宇宙を飛び出した。この惑星とは別の遠い場所に案内するというのだ。ユーラスとルチアは特に恐れる事も無く、モルスについていった。




 モルスにつれられて辿り着いた地は奇妙な力を放つ惑星だった。一見すると岩山しかない、砂漠のような惑星だ。植物は存在しているがかなり少ない。気候は蒸し暑く、湿気が多い。奇妙なのはこの惑星は太陽を公転しない、自由浮遊型の惑星という事だ。つまり太陽光という絶大なエネルギーを一切取り込んでいない。それにも関わらず、この星は極寒の地にならずに熱を持っている。よく見ると海も存在しているようだった。

 この奇妙さの正体は見当がつく。なにせ、こういうパターンの星をユーラスは何度も見ているからだ。


「この星はブラッドジェルが豊富なようだな」


 太陽光からエネルギーを得ていなくても、ブラッドジェルからエネルギーを得ているならば、太陽を公転しない自由浮遊型惑星でも生命が存在出来る。微生物だけではない。人間だって生きていける。太陽光という光の無い、暗闇の世界ではあるが。

 しかし、ユーラス達が訪れたこの星は明るかった。光源は不明だが大気が光り輝き、大地を照らしている。実に奇妙な惑星だ。

 モルスは「こっちです」と言って二人を惑星の奥地へと案内した。途中、惑星の影に何者かの手の平のような幻影が浮かび上がり、惑星を掴んでいるように見えた。それにユーラスとルチアは思わず唾を飲んだ。しかしモルスはそれに気付いているのかわからないが、何も見ていないかのようにどんどん奥へと進んでいく。ユーラス達はおいてかれないようにその後を追った。

 そして着地した地は砂漠の上だった。二人は辺りを見渡す。周囲には誰もいないはずなのに感じる視線。常に見られているような感覚に二人は不快だった。


「気味悪い星だな。なあ、ルチア」

「……でもこういう星はブラッドジェルがたくさんある。この不気味な気配はきっとブラッドジェルから放たれている。まるで体をバラバラにされた母の怨念のような……。私はこういう所は凄く怖い」


 ルチアの顔は怯えていた。額から汗が滲んでいる。するとユーラスは「はははは」と豪快に笑いだした。


「実の娘とその夫が来てやったんだ。そこは歓迎してもらわないと困るなぁ」

「……ははは」


 その後、二人はモルスにつれられて洞窟の奥へと導かれる。洞窟の中は更に暑苦しく、まるでサウナの中にいるような蒸し暑さだった。迷路のように入り組んだ洞窟を何度も右往左往するユーラス達。もはや、帰り道もわからない程だ。洞窟の中には小さな虫が散見された。ムカデやゴキブリのような素早い虫が数え切れない程たくさんいる。ここにいる三人とも、虫には免疫があるようだが、虫が嫌いな人であればおそらく正気を保てないであろう。それくらい、たくさんの虫達で溢れていた。鼻を突くような臭いも感じる。ガスが充満しているのだ。モルスが向かっている地は人間が住みにくい地なのだろうとユーラスは思った。


「おい、小僧。この先に何があるんだ?」

「俺の相棒、この星のクイーンだ。この星の全てを統率している」

「その親玉に会って俺達になんの得があるんだ?」


 するとモルスが振り向き、答えた。


「お前達はクイーンの餌になるんだよ!」


 ニヤニヤと笑いながらモルスは叫んだ。ユーラスは咄嗟にモルスの首を掴もうとするが、直前モルスの姿は煙となって消えてしまった。同時にユーラス達の背後の壁から黄色のガスが噴き出した。それは瞬く間に密集していき、壁を作った。ユーラスはこの壁を壊そうとするがビクともしない。ブラッドジェルの力が込められたガスで作られた壁だ。一筋縄では行かないだろう。


「どうするユーラス?」


 ユーラスに問いかけるルチア。しかしその顔は冷静だ。ユーラスも同様である。二人はこの事態を危険な状況とは思っていなかった。


「親玉に会ってブラッドジェルを全て奪ってやるさ。この星のブラッドジェルはきっと良質だ。俺達の心強い糧となるはずだ」


 太陽の中にあった、惑星サイズのブラッドジェルに比べれば量は圧倒的に少ないだろう。しかし、その質ははるかにこちらの方が上だ。なにせ、これだけブラッドジェルが気配を放っているのだから。

 二人は洞窟の更に奥へ奥へと進んでいった。そして何時間経っただろうか。ついに迷路のような通路を抜けて、二人は開けた広大な空間へと辿り着く。まるで天然の巨大ドームであった。あちらこちらに石柱があり、地面から天井まで貫いている。空気中には目に見えない程小さな粉が漂っていてそれが微かな光を放っているので、空間の中は少しだけ明るかった。

 そして、この空間の中には明らかな生命体の気配があった。


「お望み通り来てやったぞ! クイーンとやら、姿を現したらどうだ!?」


 ユーラスが叫ぶ。直後、まるで獣の叫び声が洞窟の中を駆け巡る。それはとても低い鳴き声だった。ユーラスもルチアも咄嗟に耳を塞いでしまう。やがて叫び声が消えたかと思うと、何かの呼吸音がこれでもかと言う程聞こえてくる。それは一箇所ではない。この空間のあちらこちらから聞こえてくるのだ。生命体は一体ではない。ユーラス達はいつの間にか囲まれていたようだ。

 ユーラス達は臆する事無く、この空間の中央、最も力を感じる場所へと近付いた。するとその辺りの光が強くなり、ついに生命体が、クイーンが姿を現した。そのクイーンは人間とは似通っているがかけ離れた姿をしていた。両目が黒く、顔から突き出している。舌は胸に届く程長く、先が針のように尖っている。頭は三日月のような形をしている。腰を下ろしているため詳しくはわからないが体長は十五メートル程。

 皮膚は鎧のように強固で紫色。まとめるとクイーンは人外の怪物のような姿をしていた。その姿にさすがのユーラスもルチアも言葉を失っていた。特にルチアの顔は青くなっている。


「……なんて醜い怪物なんだ」


 ユーラスが思わずこぼした言葉だった。直後、二人の目に怪物のある部位が飛び込んできた。怪物の股から、巨大な管が伸びている。それは怪物の横に伸びて下に向けてその口を開いている。その口からは白い卵が、粘性の液体を纏いながら()()()()()()()()()。よくみるとこの空間の至る所にその卵がたくさん置かれている。このクイーンが生んだのだろう。


「……同胞だ」


 それはルチアが発した言葉だった。ユーラスがルチアの方を振り向く。

 同胞……つまりは魔物の類いなのだろうか。すると怪物がその大きな口を開いた。


「その声はもしかして始祖の直系か? 懐かしい声だぜブバババ!」


 怪物はその見た目とは裏腹に器用に言葉を発した。しかし声はこもっていて低く、あまり聞き取れない。その声にルチアは体を震わした。その声にルチアは聞き覚えがあった。


「昔、会った事ありますよね私達」

「そうだな。あの頃のお前はもっともっともっとずーっと小ぃこかったなぁあ〜。始祖と同じくらい。喰ってやりたいくらいだった〜ブバババ!!」


 会ったのはいつ頃だったか。夢で見た時の惑星か、あるいは別の惑星か。ルチアが魔界に派遣された事は何度もあったが、どこかで会った相手だった。しかし当時の彼女はこんな規格外な巨体は持っていなかったはずだ。いや、それよりも……。ルチアは魔界に派遣される度に最後は天使によって惨めな敗北を喫していた。彼女と共になった魔界も数多い。自分の不甲斐無さのあまりに魔界を壊滅させてしまった事にルチアは負い目を感じていた。それにしてもまさか生き残りがいたとは思わなかった。


「でかくなったなルチア」

「私以外で生き残った人がいたとは心外でした」


 ユーラスは完全に置いてきぼりだった。しかし二人が顔見知りだという事だけは理解出来た。


「なんだ? お前達知り合いなのかよ」

「まぁ……。かなり大きくなってるけど」

「お互い様だろ? 前のちっこい方が可愛くて俺は昔の方が好みだぜブバババ」

「……そうですか」


 この怪物の名はイートという。獣も人もモルスも、全て八つ裂きにして食べてしまう凶暴性からそう呼ばれていた。かつてルチアと会った時はまるで子猫のように小さなルチアを一方的に愛でて、その長い舌で舐め回した事があり、ルチアからの心証は良くはない。夢の中で深淵の君も舐め回し、あろう事か喰らいついたと自慢していたため、その魔界では彼女は有名であった。もちろん当時のルチアの記憶にも鮮明に刻み込まれている。自分まで喰われそうになったのだから当然か。


「ところで……、あなたはここで何をしてるんですか?」


 ルチアはイートの股から伸びた管を見ながら呟いた。もはや聞かなくても見当は付いているが。


「俺はこの星のクイーン、この星は俺の巣だ。家族を増やしているのさ」


 そしてイートが合図をするとそれまで潜んでいた彼女の子供達が一斉に姿を現し、ユーラスとルチアを囲んだ。子供達はイートを小さくしたような見た目で、それでも体長は三メートルもある。直立しているが移動する時は四足歩行で、まるで獣と人間を合わせた獣人のような移動の仕方であった。子供達はイートのような股の管(産卵管)を持っていないが、一部の個体は男性器と思わしき突起を股から生やしていた。子供達は言うまでもなく、彼女が生み落とす卵から生まれてきた者達だ。

 子供達はユーラスとルチアに敵意を抱いている。餌を見るような目付きで興奮している。一部の個体、多くは突起を持つ個体がルチアを見て性的に興奮していた。ユーラス達はこの星に訪れてから感じた気配の正体はこれだ。という事は、この子供達はこの惑星を埋め尽くす程の数存在している。この空間にいる個体など、氷山の一角に過ぎないだろう。それでも数百匹はいるだろうか。


「俺達を歓迎はしてないようだな」


 ユーラスが呟く。さすがの彼も個体数の多さにたじろいているようだ。ルチアも黙ったまま構えを取る。自分が彼らに喰われる未来を想像してしまい、背筋が凍るのを感じた。

 するとイートはブバババと笑いだした。


「お前達に敵意がない限りは手を出さん。ただ自慢したかったのだ。マイ・ファミリーをなぁ! ブバババ」


 直後、子供の一体が我慢出来なくなりルチアに飛び掛かった。ルチアは応戦しようとするが急に腹痛がして動きが止まる。同時に押し倒されてしまった。力は強く、引き離せない。それどころかルチアは力が出せなかった。相手は股から伸びた突起を膨らませていて、ルチアの股に押し付けようとしていた。ルチアは足を動かしてそれを退かそうとするが、両足も固定されてしまう。ルチアは全身に力が入らない。異常事態だった。簡単に制圧されてしまう。

 するとイートが叫び声を上げて、ルチアに乗っていた個体を尻尾で叩きふきとばした。ルチアは予想外の事態に唖然となった。


「クソガキてめぇ、俺様がさっき言った台詞聞いてなかったのか!? 許可無くやりにいくんじゃねーよマセガキがよぉ!!!」


 イートにふきとばされた個体はすぐに立ち上がり、母親のイートに怒り、歯をむき出しにする。食い縛られた歯からは唾液のような粘性のものがタラタラと落ちている。


「なんだその目はよぉ!? お母さんとやるかぁ!!??」


 イートの叫び声はこの空間の壁という壁にヒビを作った。あまりの音の強さにユーラスもルチアをあっ! と耳を塞ぎ、子供達も怯えて小さくなる。そして、先程歯をむき出しにしていた個体もまるで子猫のようにキューンとかすれた鳴き声を放ち、一目散に逃げ出してしまった。その様子を見てイートはブバババと笑った。


「それで良いのだ! 許可無くケンカするな子供達よ! ブバババ! ブバババ!!」


 ルチアは咳き込みつつも立ち上がる。途中でユーラスが手を貸した。ユーラスはルチアの異変に気付いた。ルチアがあの小さなイートに抵抗出来ないわけが無い。


「どうした?」


 問い掛けにルチアは黙ったまま首を横に振った。

 するとイートが合図をして子供達を下がらせた。すると子供達は暗闇の中へと消えていき、あっという間に静寂が訪れた。先程の殺気立った気配が嘘のようだ。


「我が同胞、直系よ。お前が仲間になってくれるなら心強いぞ! そっちの男は誰だが知らないが、お前達を連れてきたモルスたんには褒美をやらねばな」

「ちょっと待った!」


 イートの肩付近に風が起こると同時にどこからともなくガスが集まり始めた。そしてそれが実体化する。現れたのはユーラス達をここまで連れてきたモルスだった。


「なんだよクイーン! あいつらを食べないのか? 男も女も上等だ! クイーンや息子達の相手には申し分無いと思うけど」

「俺は仲良くなりたいのだ。しかしもし、敵対するなら、わかってるよなお前達?」


 ユーラス達を見ながら呟くイート。それはユーラスとルチアに向けた言葉であると同時に子供達にも向けられた言葉だった。

 ユーラスはイートもろとも怪物達を倒すつもりである。攻撃の手を上げようとしたその時、ルチアがそれを止めた。うつ向いたまま顔を横に振る。ユーラスは舌打ちをしつつもそれ以上何もしなかった。

 イートはブバババと笑った。


「家族がまた増えて嬉しいぞ! せっかくだからモルスたんに家を案内してもらえ。この家はとんでもなく広いのだ! ブバババ」

「えー、めんどくさーい」


 モルスは面倒くさそうにあからさまな溜息を付いた。

 

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