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前時代 ユーラスとルチアの出会い

しばらくルートスの両親の話が続きます。

前時代 ユーラスとルチアの出会い

 無数に存在する異次元の宇宙の辺境に、意思を持って浮遊する惑星があった。「ゆりかご」という名の機械惑星だ。一見すると地球のように自然豊かな惑星であり、動植物が住んでいる。ガス惑星のように巨大な星である事を除けば、緑溢れる惑星である。しかし、その地下は金属の触手が張り巡らされている。大地のいたる所にある火山はマグマでは無く、レーザー光線を放つ大砲だ。海からは時折、山より大きな金属触手が伸びてくる。外敵や他の星(太陽のような恒星を含む)を喰らい、そのエネルギーを取り込むのだ。まるでゆりかごは宇宙という海を漂う軟体動物である。

 ユーラスという機械人間がゆりかごの頭脳であり、船長であった。かつて人間だった彼には胸に秘めたとある思いがあった。


「人間を超越した存在になりたい。神をも超える偉大な存在になりたい」


 ゆりかごの船長である彼にとってゆりかごという星は一つの城であった。至天の君に挑む為の動く拠点である。




 辺境の、文明レベルも低い名も無い星に生まれた彼はその星で祀られていた至天の君という神の実在を信じていた。見た事も無い神に憧れを抱き、人の身でありながらあろう事かそれを越えて行きたいと。金も力も無く、病弱な彼はそういった「力」と支配欲には貪欲であった。


「この世に生を受けた以上、俺は世界の全てを平らげたい。何もかも俺の手の中に収めたい」


 病弱のくせに貪欲な彼は他人の剣を、金を、食料を、女を我が物にしようと攻撃を行った。しかし力なんて無かったので当然返りうちにあった。そりゃあ、怒りを買って散々な酷い目にあった。どうして殺されずに生き延びたのか不思議なくらいである。それでも彼は傲慢で懲りる事も無く悪事を続けた。それに堪忍袋の緒が切れた人々はついに彼を殺してしまおうと思い至った。しかしある一人の女性が言った。


「ただ殺してしまうだけでは足りない。かつて深淵の君がその数々の悪事を重ねた結果、無上地獄に閉じ込められたように、あの男にも数多もの苦痛と辱めを与えましょう」


 その女性はまだ若い頃にユーラスによって強姦された人物だった。暴力を振るわれ、ボロ雑巾のように扱われた彼女の、ユーラスに対する怒りはもっともだ。人々はユーラスをすぐに殺す事はせずに苦痛と辱めという罰を与えてから殺す事にした。

 まず最初に行ったのが性器の切除であった。女性に対して暴力を働いた罰だ。次に両手の指を切り落とす。拳を握れないように。他人の物を盗んだ罰だ。加えて舌と歯を抜き取り、口を聞けないようにした。そして衣服を剥ぎ取り、村の真ん中に晒す。十字の柱に繋ないで。この星の伝説では至天の君に敗れた深淵の君も同じように十字の柱に繋がれて晒し者にされたというが、もちろんそれの再現だ。村のど真ん中で裸のまま晒し者にされた彼は、彼に恨みを持つ人々に殴られ、蹴られ、唾を吐かれた。ある者は身動きが取れない彼の顔に小便を引っ掛けたという。

 まさに因果応報。元々病弱だった彼がこんな事をされて耐えられるはずもなかった。あっという間に病気となり、今度は村中に病をばら撒く病源となった。すぐにユーラスを殺さなかったのが仇となる。彼の住む村は瞬く間に病気に侵されて壊滅してしまった。多くの人々が病気で弱り、年寄りや小さな子供などは死んでしまった。まだ余力を残した人々もいたが病源のユーラスを恐れて近付く者はいなかった。ユーラスは元々病弱であったがこんな状況でも絶命はせずに生き延びていた。虫の息ではあるがなんというしぶとさだろう。

 そんな折、朦朧とする意識の中でユーラスはとある二人組を見た。その二人はユーラスに近付くのを恐れもしなかった。顔付きや服装から村人では無く、外から来た者だとわかった。一人は白い髭を蓄えた大きい身体の老人、そしてもう一人は金髪の若い女性だった。老人の名はラーク、そして女性の名はルチア=サファイアという。


「これはこれは、中々大変な事になっているな」


 ユーラスの、見るも無様な姿を見てラークは笑みを浮かべている。ルチアはユーラスのしぶとい生命力に感嘆している様子だ。

 ルチアはレイによく似た出で立ちをしている。年の頃は見た目は地球人女性の十五から十六といった所だ。実際はこの世に生を受けてから数千年以上の時が流れている。目付きはレイのそれよりも鋭い。


「あなたの執念深さは中々のものですね。あなたの内にあるオーラを感じますよ」


 深淵の君レイの血を引くルチアはルートスよりもはるかに強大な力を持っていた。レイには及ばないまでもその力は絶大だ。


「ここで会ったのも何かの縁でしょう。あなたが望むならこのブラッドジェルを与えます」


 そうしてルチアは自身が取り込んだブラッドジェルの一部をユーラスに渡した。ユーラスもそれが得体の知れない何かだとすぐに理解した。これを取り込めば力が手に入る事も。口の聞けないユーラスは餌を求める獣のようにブラッドジェルを持つルチアの手に向かって大口を開ける。ルチアはブラッドジェルを彼の口の中へと放り投げた。ユーラスは口の中に投げられたブラッドジェルを噛み砕き、飲み込む。途端にユーラスの体には力がみなぎり、傷付いた体も修復された。ユーラスは力を手に入れた。この星に住むどんな生物をも一捻りにねじ伏せるパワー、生まれてこの方感じた事も無い生命力に、ユーラスは胸が騒いで収まらない。

 力を手に入れたユーラスは村中のまだ生きていた人々を皆殺しにした。復讐というよりもこの力を行使したい。人殺しが好きというわけでは無いが、敵を力でねじ伏せる感覚、征服したという実感がたまらない。以前まで自分を痛めつけていた奴らが土に頭を付けて命乞いをするわ、泣き叫ぶわ……。ユーラスが欲していたのはこういう、他者を征服出来る強大な力である。まさか、こんな形で手に入るとは。ユーラスはその手で殺めた村人の亡骸を足で踏みつけて、そのまま踏み潰す。

 ユーラスとブラッドジェルはとても相性が良かったようでユーラスの身体能力を凄まじく強大にし、その凶暴さも膨れ上がらせた。村人を殺めるだけでは飽き足らず、故郷の星そのものまでも破壊してしまう。その力の適応具合にはラークもルチアも驚きを隠せないでいた。

 ユーラスは自分の凄まじい力にとても喜んだ。高笑いして踊りだしてしまいそうな程だ。この時初めて彼は他人に感謝してお礼を言った。


「あんたらのおかげで俺は生まれ変わった。この力があれば世界は意のままだっ!」

「ほう? この世界を手中に収めたいのか?」


 興味深そうに問うたのはラークだ。


「そうだ。俺は至天の君とかいう神もこの足で踏み付けてやる。俺がこの世界の新たな支配者になるんだ」


 その返答にラークはとても喜んだ。懐から四肢のもげた片目の白髪人形を手に取るとそれで腹話術をするようにしてユーラスに語りかける。


『気に入ったぞユーラス! お前を遠くで見かけた時から! 素質あると見込んでいたんだ!』


 教えたわけでもないのにラークはユーラスの名前を知っていた。理由はわからないがユーラスにはそんな事はどうでも良かった。

 ラークの言葉にユーラスはほくそ笑む。彼はブラッドジェルを取り込んだ事でそこに刻まれた、至天の君と深淵の君の戦いの記憶も同時に取り込んだ。敗れた深淵の君の体がバラバラにされる瞬間、そしてそれらが長い時を経てブラッドジェルへと形を変える様子が鮮明に脳へと入り込んだ。そして、そんな深淵の君とよく似た顔をしたルチアの出自についても彼は察しが付いた。ルチアが「あの深淵の君の実の娘」である事を。

 至天の君がたくさんの子供達を天使として従えたように、深淵の君にもたくさんの子供達がいた。深淵の君の子供達や彼女に仕える者達は魔物だとか、悪魔と総称されている。この時代、長い時を経て多くの魔物が世代交代を繰り返した。魔物は誰もとても長寿であったが、深淵の君のように不滅な存在というのは少ない。その上天使達との戦争で命を失う者も多い。深淵の君が敗れた時代において、魔物は天使にとって根絶しなければならない対象なのである。そういった時代において、ルチアは深淵の君の直接の娘だった。血縁がとても近いのだ。当然、他の魔物に比べて強大な力を、母親の深淵の君により近い力を持っている。

 そんなルチアが、今目の前にいるのだ。ユーラスは至天の君を超えたいと思っている。深淵の君も同様だ。この女を自分の物にして、踏み台にしてやろう。ユーラスはそう考えた。


「あんた達、名前は?」

「俺はラーク」

「……ルチアと言います」

「ルチアか、良い名前だな」


 ルチアを見下ろすユーラスの目は女を喰らおうとする男の目だった。ユーラスはそんな態度を隠そうともしない。今の絶大な力があれば全てが思いのまま、手に入ると思っている。そんなユーラスの心の内をルチアは察していた。ルチアはユーラスに冷たい視線を送りながら、どこからともなく取り出した布を一枚ユーラスに渡した。


「どこかで手にした獣の皮です。それで下の大事な所くらいは隠した方が良い。……さっきから激しく主張しすぎですよ」


 ルチアはユーラスの下半身をまじまじとみつめながら言った。興味を持ってはいるが異性の裸を見ても特別取り乱す事も無い。どこか見慣れているといった様子だった。

 そういえば自分は裸のままだったとユーラスは気付いた。少し恥ずかしく思い、受け取った獣の皮を腰に巻いた。


「村で晒し者にされていた時は見るにも耐えない姿でした。目も当てられない程に痛々しかった。無事、血気盛んになって良かったですね。調子も戻ったようで」


 ルチアの声はどこか淡々とした様子だった。ユーラスによって爆発四散した星の残骸を見つめている。そんなルチアの姿をユーラスはじっと眺めている。記憶の中に流れてきた深淵の君とよく似たその横顔。強大な力を持ち、他人を見下しているような、そんな印象がある。こういう強者をボロ雑巾のように滅茶苦茶にしてやりたい。自分に力を与えてくれたルチアはユーラスにとって恩人であると同時にいずれは捻り潰す対象であった。


「あんたらも俺と同じだろう? 至天の君を捻り潰す。深淵の君はルチアにとっては母親だろう。お母さんを助けたいといったところかな?」

「鋭いですねあなた。……まぁ、そんなところかな」

「前々から俺の事を観察していたのか?」


 するとラークが口を開いた。


「品定めだよ。我々の仲間となるに相応しいかどうか。俺としてはお前は悪く無いと思っている。ブラッドジェルもお前とひとつになれてきっとテンション上がってるだろうしなぁ」


 ラークの上から目線の態度にユーラスは怒りを感じた。今すぐにでもその顔面をぶん殴って口が聞けないようにしてやりたかったが、わざわざここで牙を向ける事は無いと判断した。二人は自分を仲間に引き入れようとしているのだ。それにやはりこの二人のおかげで自分は強くなれた。少しばかり上から見下ろしてきても大目に見てやろう。もちろん最後はラークも足で踏み付けるつもりである。


「ブラッドジェルの記憶を見ておおよその事情は判って頂けたと思います」


 ルチアはユーラスに近付きその手を握った。


「私は私の非力を痛感しているのです。どうか力を貸してください。……母を無上地獄から救う為に」


 懇願するルチアの姿はとても弱々しい小動物のようだった。ユーラスから見ればとても非力とは思えないが、この態度を見るに母親のような強さは持ち合わせていないのだろうとユーラスは思った。


「借りは返さないとな。無上地獄から母親を解き放ち、至天の君は俺が捻り潰す。そして――」


 ユーラスは天を仰ぎ続けた。


「この世界の頂点に、俺は立つ」




 この出会い以降、ユーラスとルチアとラークは行動を共にする事になった。無上地獄の深淵の君を解放するにはまず、無上地獄の場所を探す必要がある。だがその前に無上地獄を監視する天使達を上回る力を身に付けなければならない。それは今のルチアとラークでも力及ばない領域である。なので目下、やらなければいけない事は力を蓄える事だ。

 世界中に散らばるブラッドジェルをその身に取り込む。これは見方を変えると一度バラバラになった深淵の君の力を回収する作業でもある。ルチア曰く、深淵の君を救った時に回収したブラッドジェルを全て返して完全復活させるという意味もあるそうだ。しかしユーラスはいずれ深淵の君そのものも喰らって取り込むつもりである。それはもちろん秘密だ。

 ある時は星の内部に。ある時は太陽の龍が。ある時はユーラス達のようにブラッドジェルを求める旅人が。彼らが手にしているブラッドジェルをユーラス達は奪い取り、その身に取り込んだ。その力はますます強大になっていく一方だ。

 とある灼熱の超新星に訪れた時の事。青い光球の上でルチアが手をかざすと衝撃と共に巨大な光球は爆発し、ブラッドジェルを残して跡形も無く消えてしまう。それを回収しようとルチアがブラッドジェルのもとへと向かう。その後ろ姿を見ていたユーラスが口を開いた。


「あの日から、俺達はブラッドジェルを取り込み続けた。まだ天使とやらに挑むには足りないのか?」


 ユーラスがルチア達と出会ってから数十年。ブラッドジェルを回収する毎日が延々と続いていた。無上地獄の場所もわからず、事の進展が一向に来ない。ユーラスは苛立っていた。


「あなたと行動を共にしてから数十年しか経っていない。あなたの元々の寿命を考えると長い月日かもしれませんが、私からすればほんの一瞬です。今の私達では無上地獄に乗り込むには早過ぎますよ」


 惑星サイズの大きさを誇るブラッドジェルに、ルチアは手を触れる。するとブラッドジェルは粒子へと姿を変えてルチアの中へと取り込まれていった。


「俺達の力があれば、生物はおろか星を粉々にするのも簡単だ。それでも足りないのか?」

「魚釣りを覚えた人間が海全てを蒸発させられると思いますか? あなたは相手の力をまるで理解していない。この先何年かかるかなんてわかりませんよ」

「……何故敵は俺達に手を出してこない? 深淵の君の娘をどうして野放しにしている?」

「そりゃあ、脅威とは思ってないからでしょうね。私の力なんて母とは比べ物にもなりませんし。神々にとって私達なんて、その辺の土の上をうごめいている小虫程度の認識でしょう。あるいは海中を泳ぐプランクトン? ですかね」

「小虫……この俺が小虫程度だと……」


 絶大な力を手に入れたと思っていたユーラス。しかしそれはただの思い上がりなのだと痛感した。故郷の星での人々の争いも天使達からすれば取るに足りない、そもそも認識すらされていない事柄なのであろう。至天の君を踏み付けるどころか、至天の君ははるか空の高みにあって常に自分を見下ろしている。ユーラスはその時からどこか脱力したような状態になってしまった。

 ある時、ユーラスはルチアとラークの言葉を聞かず、ブラッドジェルとは関係無い星へと降り立った。そこは緑豊かな星で人々が平和に暮らしている星だった。故郷の星よりも文明が栄えているようで町工場やら、蒸気機関車やらが景色に映っている。


「こいつらも全て、虫ケラ同然。取るに足りない存在だ」


 ユーラスは鬱憤を晴らすかのように力を振り絞って人々を虐殺し、町を破壊していった。その気になれば星ごと一気に破壊出来るがそんな事はしない。人一人が死にゆく瞬間をその目に焼き付ける為に、ひとりひとりを素手で確実に殺していく。まるでその様は大量殺人鬼だった。

 ユーラスの目の前で、とある子供が泣いていた。齢は六つくらいだろうか。その横には首から上が潰れて倒れている女性が一人。母親だろうか。この子供は不幸にも一人だけ生き残ったようだ。親を無くし、どうしていいかわからずに泣き喚いている。


「力の無い屑はそうやって泣き喚くのが関の山だ。お前も母親の後を追わせてやる。何も悲しむ事は無いさ」


 ユーラスは一瞬で距離を詰めると子供の首を思い切り掴み、そして持ち上げた。泣き喚く子供は呼吸が出来なくなり、その場で悶え苦しむ。ユーラスは親指を使って子供の首をへし折った。折れた首の傷口から骨が飛び出ている。この子供は即死した。

 ユーラスは子供が死んだのを見届けるとそれを足元に叩き付けた。そしてその頭を踏み潰す。頭の中身がそこら中に飛び散った。いつの間にか人々の悲鳴は聞こえなくなり、聞こえるのは風の音だけとなっていた。


「……つまらん。こんな連中を殺した所で何になるというのか」


 ユーラスは胸がキツく絞められるような感覚を覚えた。満たされない。目の前の光景は今まで何度も見た光景であった。力の無い弱者を殺す。刃向かう者を殺してまわった。しかし何も面白くない。最初は絶大な力に浮かれていたものの今となっては、敵を倒してしまうのが当たり前となってしまって実につまらないものとなってしまった。骨のある者といえば同じくブラッドジェルを求める旅人くらいであるが今のユーラスにとっては相手にならない連中ばかりだ。

 今のユーラスの力があればほとんど出来ない事は無かった。人から金銀財宝を奪う事も、その辺の綺麗な女を狩る事も。惑星ごと破壊する事も出来るのだ。今更人間相手に手こずる方が難しい。だからユーラスはそんな事では満たされなくなってしまった。

 元来の最終目的、至天の君を下す。ユーラスが人殺しを積極的に行うのは天使や至天の君を呼び寄せる為の挑発行為でもある。しかし、一向に敵が現れる事は無かった。


「いつまでも雑魚狩りの作業をしている気分だ。……こんなクソガキを殺して何になる? 手が汚れるだけだろう。俺はもっともっと、強大な相手を叩き潰したいのだ。天使、至天の君、深淵の君。奴らの居場所さえ分かれば、こっちから乗り込んでやるというのに。お前達を信じる人間が殺されているのに、どうしてお前達は俺を殺しに来ないのだ。まだ俺は小虫同然だというのか……」


 それから少ししてルチアとラークが降り立った。ユーラスの虐殺行為を見て、またやったのかと呆れた様子である。


「また取るに足りない奴らを殺したのか。彼らを殺してもブラッドジェルは手に入らない。全くの無駄足だ。そんなに面白いのかねぇ」


 ラークが笑いながら呟いた。ルチアも何も言わずに人々の死骸を見下ろしている。


「ブラッドジェルを取り込んで強くならないといけないのに、こんな意味の無い事している時間があるんですか?」

「……息抜きは必要だろ? さすがに飽きてきたがね」


 ユーラスは力の無い声で呟くと、ゆっくりとした足取りでルチアの方へと近付いた。少し呆れた表情を浮かべるルチア。その肩にユーラスは手を置いた。


「いつまでブラッドジェルを回収すりゃ良いんだ? もう飽きちまったよ」

「そんな事言われても……」

「ルチア、お前の体はブラッドジェルにはならないのか? ブラッドジェルはお前の母親の一部だろう?」


 ユーラスは両手でルチアの肩を掴む。やや力が入っていてルチアを押し倒しそうな勢いだ。ルチアはその両手を抑えながら、こう返した。


「私の力は母にはまるで及ばないのです。本当にあの人の血を引いているのが不思議なくらいだ……」

「……まったくその通りだな」


 ユーラスはルチアの体を突き飛ばした。ルチアはそのまま尻餅をついてしまう。ルチアは突き飛ばされても何も言い返さずに黙っていた。ユーラスの言葉はもっともであると思っているからだ。突き飛ばされて何も言い返さないルチアの姿をユーラスは見下すように見つめた。


「いくら星の人間を殺そうが、俺達がブラッドジェルを集めようが、天使とやらは姿を見せやしない。相手にされていないんだ。ムカつくぜ……」


 ユーラスはそう言って唾を吐き捨てる。するとルチアが言った。


「天使と遭遇してない現状はむしろありがたがるべき。一度見付かれば逃げ切るのに苦労するから」

「初めから逃げる前提か? 天使様ってのはそれ程のバケモノってわけか、ん?」

「……天使と会った事が無いあなたにはわかりませんよ」


 ルチアがそう呟いた時、ユーラスの動きがピタリと止まった。ユーラスの胸の内にあるモヤモヤとした気持ち。その天使にぶつけてやりたいものである。そんな苛立ちという名の風船をルチアはパンと割ってしまった。

 ユーラスはずかずかとルチアのもとへと駆け寄るとルチアの首を摑んで軽々と持ち上げた。ユーラスの方が体が大きいのでルチアの足は地面から離れてしまう。ルチアはユーラスの手を退けようとするが、その力は強く中々振りほどけない。


「ユーラス、何を……」

「前々から思っていた事だが、お前のそのフニャフニャしたような態度が俺は気に入らなかったんだ。どうした? 俺の手を振りほどけないか?」

「……っ!」


 ユーラスの力は強い。既にルチアの力を上回る程になってしまったのか。ルチアは何度も首を掴む手を退けようとするがビクともしない。


「お前、俺よりずっと昔からブラッドジェルを取り込んできたはずなのにこの様なんて、本当に非力なんだな。お前が取り込んだ分を俺が取り込んだ方が効率が良さそうだ」


 ブンッ! と風を切る音が鳴る。同時にルチアは頭から地面に叩きつけられた。ゲホゲホと席をするルチアの腹部を踏み付ける。更に蹴飛ばした。ルチアはゴロゴロと地面を転がっていく。少し前にユーラスによって殺された人々の血の上を転がっていった為、ルチアの服は赤く染まってしまった。


「この際だ。俺とお前、上下関係をハッキリさせよう。お前の態度は気に食わん」


 ユーラスはゆっくりとルチアに近付いていく。ルチアは地面を蹴って素早く立ち上がるとユーラスと視線を合わせた。ユーラスに腹を蹴られたが然程ダメージは受けていないようである。急に攻撃された事にとまどってはしているが取り乱す事は無く冷静な様子だ。


「あなたのしている事はまるで意味がわからない。今私達が戦って何になるんですか?」

「暇潰しの喧嘩だよ。雑魚狩りしているよりよっぽどマシだ。ちゃんと抵抗しないと、お前の体、喰っちまうぞ」


 ユーラスの体から生命力がオーラとなって浮かび上がる。ユーラスは本気のようである。ルチアの態度に気が触ったか。ユーラスはいつかルチアの体を自分の物にしようと思っていたが、実行に移す時はいつでも良かった。それがたまたま今、その気になったのだ。対するルチアもユーラスの様子にやむを得ないと感じたのか臨戦態勢を取った。お互いのオーラで星の大気が割れて竜巻が起きる。星のあちこちで異常気象、天変地異といった現象が置き始めた。

 一触触発な状態の二人をラークは面白そうに見つめていた。二人を止めようともしない。


「なんだ、黙って喰われたくありませんってか? ようやく顔が活き活きしてきたな」

「……」


 直後、ユーラスは飛び掛かった。ルチアの顔面に思い切り殴りかかる。しかしルチアはそれを防ぐ事も避ける事もしなかった。何を思ったのか直前で力を抜いてしまう。ユーラスのパンチをまともに受けて、ルチアはまるで弾丸のようにふきとばされていった。家等の建築物等を何度も破壊しながら、ルチアははるか彼方まで飛ばされていった。そうしてようやく地面に倒れる。ルチアの口からは血が流れ、頬には痣が出来ていた。よく見ると体中が建築物等にぶつかった影響で傷付いている。彼女程の力であれば、建築物にぶつかった程度では怪我ひとつ負わないはずである。ルチアはすっかり力を抜いて、防御力も消してしまっていた。その事はルチアの近くに瞬時に移動したユーラスも気付いていた。

 自分から力を抜くなんて、やる気あるのか?

ユーラスは更に怒りを覚えた。ユーラスがすぐ近くに来ているというのにルチアは立ち上がる素振りも見せずに俯いている。抵抗しないから好きにしろと主張しているようなものだ。


「歯応えの無いヤツだ。どうして避けない? 俺に体を預ける気になったのか?」

「あなたの言う通り、私は非力です。……もう好きにしてください。ボロボロにして構わない」

「……バカな女だ。それなら遠慮無く、ボロボロにしてやるよ。後から喚くんじゃねーぞ?」




 ルチアはユーラスによって文字通りボロボロにされた。まるでボロ雑巾のような扱いを受けた。ユーラスはルチアの体をさんざんに痛め付けて、そして一線を乗り越えた。ルチアは抵抗しようと思えば出来る力はあったのだが、本人の言に違えず一切の抵抗をしなかった。声も無く涙を流すだけだった。そんな二人の様子をラークは黙って見守っていた。

 ルチアは衣服を破られ、ほぼ全裸の状態だった。その全身は傷だらけ。ブラッドジェルを取り込んでいるならば、ましてや深淵の君の娘ならばこの程度の傷など簡単に修復出来るものを。何故か体の傷は再生されない。ルチアの顔にはまるで覇気が無かった。それはユーラスが最初に会った時から既にそうだったのだが。


「泣いているのか? 嫌なら抵抗すれば良いんだ。お前は抵抗する素振りも見せなかった。俺に勝てない程、差がついたとは思えないがね」


 ユーラスはルチアの体に馬乗りしている。ルチアの顔、喉、腹を手でなぞる。股間もなぞろうと手を伸ばすがそこには自分の体があるのでなぞれない。


「お前のように抵抗しないヤツは初めてだからな。何を考えているのかわからん」


 するとそれまで黙ってされるままとなっていたルチアが口を開いた。


「非力な自分が嫌だった。ぶん殴ってやりたいと思っていた。……別に誰でも良かったんだけど、ラークはあなたを選んだ」


 顔を背けながらルチアは言った。ユーラスはふと周りを見渡すがそこにラークの姿は無かった。ユーラスがルチアを攻めてからどれ程の時間が経ったのか、二人共知らない。行為に夢中で時間の経過など頭に入っていないのだ。

 ユーラスはふぅ、と一息ついた。周りにはボロボロに破けたルチアの服とユーラスが脱いだ服が散乱している。いつの間にか、雷が鳴り響き雨が降り始めた。裸の二人は雨でびしょ濡れになっていた。


「つまりあのジジイは、お前をぶん殴れる相手を探していたと? それであの時俺のもとへ来たのか? 意味がわからん」

「私は非力だって言ったでしょ。母親とは違う出来損ない。あの人は私じゃ満足出来なかった」

「遠回しに言うな。単刀直入に言えよバカヤロウ」


 その時、ルチアは急に起き上がりユーラスを押し倒した。その力は強く先程までとは比べ物にならない。ユーラスは急な事態に対処しきれず黙ってしまう。


「あいつが欲しいのは! 魔神の力を超える魔物! 私に子供を作らせて、それが母を超える存在になるのを望んでいる! あんたは私の相手に選ばれたんだ!」


 ユーラスは声を荒げるルチアを初めて目にした。ルチアも久し振りに叫んだせいかすぐに咳き込んでしまっている。そしてまた泣き出してしまった。ユーラスはそんな彼女を蹴飛ばした。ルチアの腕の力は再び抜けていたようで簡単にふきとばす事が出来た。土の上に倒れたルチアをユーラスは見下ろす。


「初めからそう言えば良いのによ。言ってくれたらもっと早くこうしていたのに」

「……あの人は見物するのが好きだから」


 ユーラスは倒れたルチアの腹を手で撫でた。既にこの体にはユーラスの子種が植え付けられている。見事、ラークの手の平で踊らされた事にユーラスは苛ついていた。


「深淵の君を超える存在を作る手段としては一理ある。突然変異の天才ってのは俺も見た事あるんでね。しかし、魔神を超えるのは俺だ。ガキじゃない」


 腹を撫でる手に力が加わる。ルチアはそれに気付いて恐怖を感じたのか顔がこわばった。その顔を見てユーラスは笑みを浮かべる。そんな顔をしたルチアを見るのが初めてだったからだ。こんな顔もするんだな、と。


「お前は無力な自分がとにかく嫌いなんだろ? ラークに踊らされるのも嫌だと見た。この場でお前を殺してやっても良い。楽になるぜ」

「……死にたくは無い。けど人形になるのは嫌だ」

「今度は死にたくありません、かよ。はは。それならラークだけでも殺せばいいんじゃないか?」

「私じゃアイツには勝てない。それにアイツには従っていた方が得」

「どうして?」

「魔物が命を狙われるこの世界、全てを無にしたい。そのためには母の力が必要。たとえダメでも子供が母より強くなれれば良いと思った。ラークは私を必要としてるけど、私も同じなんだ」


 ルチアは自分達魔物を消そうとしているこの世界を全て破壊したいと思っていた。母である深淵の君を復活させるのも、強い子供を作るのも、そのための手段でしか無かったのだ。


「母を助けてあげたいとは純粋に思っているけど、あの人はそれを拒否した。でもあの人には一刻も早く復活して欲しい。そもそもあの人が負けたせいで私達魔物は攻められてるんだ! そうでしょう?」


 ユーラスはルチアの手を取り、立たせた。


「俺は至天の君も深淵の君も下して新しい支配者になりたい。お前は顔は良いから、俺の妻にしてやる。共に世界を作らないか? 拒否するならこの場で殺す。好きな方を選べ」

「そういう強引な所は大嫌いだけど、きっと母もそういう人だったんでしょうね」


 ルチアはユーラスに従う事にした。抵抗するより従う方が良いと思ったからだ。深淵の君をも下したいと告げるユーラスに何も言わないのは母親に対しても多少の怒りを感じていたからなのか。

 ユーラスも自分一人の力では天使には勝てないと薄々勘づいていた。ただの感だ。それよりもラークの目的であった強力な子供の存在に少なからず興味を示していた。ラークのやりたい事に乗ってやろう、そう思い至ったのだ。それに一人ではつまらない。

 ユーラスとルチアはここから二人で行動する事になる。

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