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決斗! 灼熱の狼対水色の流星

 赤い狼ことタロは一足先に太陽の表層に辿り着いた。太陽表面の温度というのはよく知られる値は六千℃程度であろうが、ここの太陽の場合はその数倍以上にもなる。そんな太陽の表層に来たところで熱くて熱くて溶けてしまいそうなものであるが、タロは今までの長い旅路でブラッドジェルをいくつも集めてきている為、そんな熱など問題にならないのだ。星間移動もお手の物の彼は既に人の身を超えて神に近付いてきているのである。といってもその言葉は少し大袈裟が過ぎるというもの。言い方を変えるなら、神様の体の一部を食べた為にその神様にちょっとだけ近くなっただけである。そう、ちょっとだけである。ちょっとだけというのが肝心である。ルートス達も同様であるが。

 ここでちょっとした昔話である。この世界にはこの世界全てを支配する神様がいる。至天の君とも呼ばれ、天使と呼ばれる何万もの配下を従えているのだ。至天の君はこの世界において一番偉い。神話に登場する最高神とか至高神とか、そういう所に位置する神様なのだ。そしてこの世界には、そんな至天の君と敵対する悪い神様というのも存在する。深淵の君だ。

 そしてブラッドジェルとは深淵の君の体の一部なのである。深淵の君は至天の君に戦いを挑み敗れた。しかし神というのは不滅の存在であり、中でも特に強大な力を持つ深淵の君を殺す事の出来る者は至天の君を含めて誰もいなかった。そして深淵の君は敗れても尚、敵対の意思を変えなかった。倒しても殺す事が出来ず、その敵意は決して消える事が無い。殺せない敵の対応に苦慮した至天の君は天使達に命じて深淵の君の力を根こそぎ奪い取り体を細切れに引き裂いた上で無上地獄に封印する事にした。その際に細切れに引き裂かれた体の一部が長い長い時を経て変質し、化石あるいは原油のように形を変えたものがブラッドジェルなのである。

 レイの姿は人間である少女のような見た目なのだからその体を引き裂いたところで今世界に散らばるブラッドジェルとは質量的に全く届かないのでは? という疑問を抱く者もいるであろう。前述した通り、神様は不滅である。体が細切れにされようが細胞ごと消滅しようが元通りに復元してしまうのである。つまり深淵の君の力が消えて無くなるまで、何度も何度もただただひたすら体を引き千切っていった結果なのである。

 ルートスはそんな深淵の君の末裔である。その体に流れる深淵の君の血、細胞は天使達にはとても脅威的でありとても恐ろしい存在であった。過去に深淵の君が至天の君に戦いを挑んだ際にはこの世界のありとあらゆる全てが塵と化した。至天の君や天使達が支配する秩序だった世界が深淵の君のせいで全て無にされたのである。深淵の君は至天の君と対等に渡り合う唯一の存在である。今でこそ深淵の君を封印し、その悲劇を回避してはいる。しかしそんな魔神の血を引く者が今まさに宇宙の中を自由気ままに旅しているのである。

 身近な例を出すなら、連続殺人鬼が警察の手を逃れて街中をうろついているような状況である。危険極まりないであろう。

 至天の君と深淵の君の戦いという歴史、そしてルートスが深淵の君の末裔である事はブラッドジェルを追う者であれば誰もが知っている。ブラッドジェルは深淵の君の肉体だったもの。そして天使達が引き裂いたもの。ブラッドジェルにはその歴史と記憶が刻まれているのだ。

 タロがブラッドジェルを集める目的はやはり力を欲しての事だ。集めていけばいずれは深淵の君に匹敵する力が手に入るかもしれない。例えそこまで行けなかったとしても、それで得られた力があればまず誰からも支配される事は無い。もちろん天使達からは警戒されるだろう。第二の深淵の君になるのではないか? 例え当人にその意思が無かったとしてもその疑いというものはどうしても受けてしまうものである。だからブラッドジェルを集める上ではその警戒を無くし、天使達を安心させた方が良い。その方法として最も手っ取り早い事とは。それは深淵の君の血を引くルートスの命を脅かす事。別に殺す必要は無い。形だけでも彼と敵対してる風に見せる事だ。

 タロがこの星域に来た元々の目的は太陽に住む赤い龍が持っているブラッドジェルを手に入れる事だった。ルートス達と同じだ。しかし、そこには偶然ルートス達がいた。本当にたまたま。ブラッドジェルを集める者としてはルートスにちょっかいを出さない手などあり得ないのだ。しかもルートスは強い。やはり魔神の血を引いているからなのか。ルートスと赤い龍を戦わせて、共倒れを狙う。そして二人がこれまでに集めたブラッドジェルを全て奪い取り、その後でタロ自身が二人を力ずくで倒してしまおう。タロはそう計算してルートスのブラッドジェルを奪ったのだ。やはり自分一人の力で赤い龍に挑むのは大変だからね。

 タロは太陽に住まう龍と対面した。赤い龍はまるでオレンジ色に輝く火、ガスの体をした、手足の生えた蛇のような姿だった。胴体の太さは惑星を何個も飲み込む程に大きい。タロから見れば、その大きさはまるでケタ違いである。知識が無ければただの赤いオーロラのような物が景色として視界いっぱいに広がっているようにしか見えないであろう。

 タロは叫んだ。


「太陽に住まう龍よ! お前もモルスだろう! 話がしたい! だからさもっとこう、話しやすい姿になってくれないかなぁ!?」


 モルス。妖精とか精霊とか、そういった類いだと思えば良い。ツキミと同じだ。

 タロがそう呼び掛けると赤い龍は激しく体をくねらせた。するとガスが一部胴体から離れて流れていき、タロの目の前に集まっていった。それは赤いモヤとなって三メートル程の長さの長方形のような形を作った。その長方形の中に親切にも両目と口がかたどられている。これはとても大きな顔だった。長方形の顔は口を動かして言葉を発した。


「ブラッドジェルを持つ者よ。俺に何の用だ?」


 タロは話した。深淵の君の血を引くルートスが龍のブラッドジェルを奪いにここに向かってきていると。タロはルートスのブラッドジェルを奪おうとしたがタロ一人の力ではルートスと戦うには身に余る。龍に協力して欲しいと。すると長方形の顔は口を大きく開けてゲラゲラと笑いだした。口の部分からガスがブフブフと漏れ出す。それはとても高い温度の熱を放っていてタロは思わず両手で顔を隠した。その後、龍は言った。


「言っておくがお前とルートスが小さな岩の星で行っていた顛末、全て見ていたよ。つまらんウソはつかない事だな」

「あ、見ていたのネ」


 タロは返す言葉が無く、体が小さくなった思いがした。しかしだからといって何も言わないわけには行かない。


「だけどルートスがここに来る理由は俺やあんたのブラッドジェルを奪う事だ! 俺達で協力して奴を倒そうぜ! なぁに、どっちにしたってやる事は変わらねぇよ。あんたらだけで勝手に潰し合って欲しいとは思ってたけどよ」


 長方形の顔はガスの流れを器用に動かしてしかめっ面の形になった。タロは自分の全身よりも巨大な顔でしかめっ面で睨まれるものだから恐怖を感じた。萎縮して、その場から離れたい衝動に駆られる。


「なんで俺がお前の指図を受けなきゃならんのだ。俺がお前らのブラッドジェルを全て手に入れて終いだ。二人共飲み込んでやるよ」


 目の前でただ口を開いているだけなのにこの威圧感。タロはその全身で龍の持つパワーを叩き付けられているような錯覚を覚えていた。鉄をも溶かすような吐息を浴びせられて錯覚しているのかもしれない。しかしブラッドジェルを手にした者は他人のパワー、生命力というものを肌で感じ取る事が出来る。その精度は個人差があるが、タロが尋常でない威圧感と恐怖で押し潰されそうな感覚になっているのもそれと無関係とは言えないだろう。


「……そりゃ無理だろよ。俺達が協力しないときっとルートスには勝てないぜ。あんた一人じゃ無理だよ絶対にな」


 口元をピクピクさせながらタロは言った。この期に及んで挑発するなんて我ながら良い度胸である。しかし、タロだって元々はこの龍と正面から対峙しようと思っていたのだ。確かにちょっと怖いかもしれないがだからといっておめおめと引き下がる必要は無い。ブラッドジェルを持っているなら条件は同じだ。

 「なんだと?」と長方形の顔が今にも噴火しそうな顔になる。


「深淵の君の末裔だかなんだか知らないが、あんなチビ共に俺が負けると思っているのか?? お前の脳ミソはそうっとう小さいようだな」


 そりゃ龍の頭部のデカさと比べれば小さいだろうよとタロは心でツッコミを入れた。とその時、何かの圧力がとある方向からかかって周囲のガスというガスを吹き飛ばしてしまった。長方形の顔も跡形も無く消えてしまう。タロが視線を向けるとそこには青い柱が立っていた。その中に浮かぶ一つの人影ともう一つの小さな影の点。噂をすればなんとやら。宇宙を横断していたルートスとツキミがやってきたのだ。ルートスは髪と瞳を水色に染めており、体には水色のオーラのようなものが揺らめいている。闘気だ。まるでガスバーナーのようである。

 ルートスもツキミも仲良く揃って腕を組み、胸を張っている。口を開いたのはルートスだった。


「毛むくじゃらのタロちゃんと、赤い龍。おとなしくブラッドジェルを渡すなら倒さないでおいてやるよ」


 「そうだそうだ!」とツキミも続けて口を開く。二人共自信満々で、龍に対してこれっぽちも恐怖を抱いていない。

 タロはどうしてルートスが自分の名前を知っているのか疑問に思った。すると先程吹き飛んでいったガスが集まり、再び長方形の顔を形作った。ルートスとツキミを睨みつけている。とても敵意に満ちた目だ。


「面白い事を言うガキ共だ。俺からブラッドジェルを奪えると思っているのか?」

「余裕だね。謝るなら今の内だよ。ツキミ、あれやってやれ」


 ルートスに言われたツキミは頷くと一歩前に出た。長方形の顔のすぐ前まで来るとニンマリと笑みを浮かべる。何をする気なのかと龍とタロは黙って見ていた。するとツキミは両手で自分の頬を押し付けて口を突き出した。白目を向いて変な唸り声を上げている。世にも奇妙な変顔をしていた。ひょっとこみたいなそんな顔だ。呆気に取られている龍とタロを尻目にツキミは今度は背中を向けてその小さなおしりを突き出した。そして顔を向けて右手で自分のおしりをペンペンと叩く。


「おしりぺんぺん。おならぷー、だ!」


 ぷーと言ったと同時に短いおならがぷ~と音を立てた。するとガスに引火してその場で大爆発が起こった。さて、ルートスとツキミはこうなる事を予想していただろうか。否、微塵も頭になかった。ただの挑発、相手を小馬鹿にしていただけである。まさか屁によってガスが爆発するなんて。ルートスとツキミ、そしてタロは黒焦げになっていた。全員、絶妙な空気となり誰もがその後一言も喋らず黙っていた。ツキミは一人、おしりを痛そうに撫でている。その空気を破ったのは龍もとい、長方形の顔だった。鬼のような顔で今にも食い付きそうな勢いだ。


「……このチビ、人の顔に向かって屁をこくとは。相当、殺されたいようだな」


 顔はツキミに噛み付いた。ツキミは直前で避けて、ルートスのそばに逃れた。


「だったら一戦、交えるか? 気を取り直してさ」


 ルートスは自信満々だった。片手を突き出して、来てみろと龍を煽っている。遂に龍の堪忍袋の緒が切れた。長方形の顔が形を崩してただのガスの塊に変化する。そして龍の体も一部形を変えてガスの塊と化した。それはなんと一斉にタロの体の中へと入り込んでいった。タロは事態を理解出来ずに混乱していたがそれもつまの間、龍の体はみるみるとタロの体へと入り込んでいく。やがてタロの体ははちきれんばかり筋肉の鎧に包まれた。そして尻尾のようなガスの帯が九本、尻辺りから伸びている。全身の毛が深紅色となり、真っ赤な炎のオーラがタロの体から吹き出ていた。

 タロの意識はあった。自身の体の奥底から無限に力が湧き出てくるのを感じていた。そしてそれを外に吐き出したくてたまらなくなった。意識はあっても理性の大半は失っていたのだ。その虹彩は青く変色し、黒の瞳が中心にある。その目には龍の顔のようなものも見える。ふとタロは息を吐くように言葉を発した。その言葉はまるで龍のタロが同時に喋っているようだった。


「この方が戦いやすいだろうよ。思う存分ぶん殴って、叩き潰した後で飲み込んでやる」


 凄まじい威圧であった。太陽を取り巻く龍の大半はタロという小さな体に凝縮されていた。タロの体は今や太陽のそれを超えるエネルギーを秘めていた。ルートスとツキミもそのエネルギーを肌で感じとっていた。ちょっとびびっているが武者震いもしていた。激しい決斗になりそうだ。


「変身完了かな? それじゃあ、かかってきやがれ!」


 ルートスが叫ぶと当時に火蓋は切られた。タロの拳がルートスの腹を抉る。ルートスは一気に吹き飛ばされた。太陽を公転する星々を一気に横切っていく。一瞬で消えていったルートスを見つめるツキミ。するとタロはツキミの体を左手で掴んだ。ツキミの体は小さいので左手にすっぽりと体が入ってしまった。凄い力だ。振り解けない。

 ツキミは手から頭だけを出して叫ぶ。


「このやろー! 離せよクソッタレ!」

「黙れ。この悪いケツには仕置きが必要だな」


 タロは手を少し広げてツキミのおしりだけを突き出した。そして空いていた右手でそのおしりを何度も叩いた。まるで悪ガキをしつけるかのように。ツキミは「いて! いてぇ!」と叫ぶが力はより強くなっていく。やがておしりに火が立ち上った。


「うわあああ!? なんでぇ!?」


 ちなみにこれは本格的な攻撃では断じて無い。ツキミを馬鹿にしてやってるのだ。屈辱的な仕打ちを敢えてやっているのであって殺すための攻撃では無い。しかしそれもこの辺りで潮時である。

 タロは両手でツキミを力強く握り締めた。すると全身から噴き出した炎が両手に集まり、ツキミを燃やし始めた。ツキミはとても熱がっていた。ツキミの体が自然発火した頃にタロはツキミの体を右手に移し替えて、ルートスが吹っ飛んでいった方向に投げつけた。それもまるで野球ボールを投げつけるようにフォームを整えて投げつけたのだ。ツキミはまるで火の玉の魔球のようになり、先程のルートスを上回るスピードで宇宙空間を横切っていった。途中、惑星や小惑星にぶつかって星々を粉々にしていった。それでも尚、燃える魔球はスピードを落とす事無く飛んでいった。


「ふっふっふ。簡単には殺さないぞ。たっぷり遊んでやる」


 タロの意識か、龍の意識か。はたまた両方か。タロは深紅の炎を身に纏い、ルートス達を追い掛けた。




 吹き飛ばされたルートスは太陽圏の端に位置するとある小惑星に落ちていた。道中、色々な星にぶつかり、粉々にしてしまった。マグマに入ったりして常に体が焼ける思いだったが、この度、小惑星に落ちてようやく体は冷やされた。この小惑星、氷で出来た極寒の星なのである。公転周期が太陽から遠すぎて光も熱もほとんど届かない程の距離を公転している星だ。ルートスは表面の氷を突き破り、中に存在していた、氷点下をずっと下回る海に落ちていたのだ。

 ルートスは慌てて泳ぎ始めて海面に顔を出した。空は大気がほとんど無いのか、宇宙空間の漆黒の闇と点々と輝く星々の眺めが広がっていた。ルートスが落ちた所はまるでクレーターのように陥没していて大きな穴が空いているがそれより外側は氷の大地で覆われている。雪がさんさんと降り注いでいた。この時、ルートスは寒さで体を震わしていた。なにせ水温は氷点下をずっと下回るのである。あっという間に氷付けになってしまう程だ。


「寒っ! くっそあのやろ〜」


 空の中心、ルートスが吹き飛ばされてきた方角を見ると一際輝く光の点があった。太陽だろうか。ルートスは随分吹き飛ばされたなぁ、と呑気に思っていた。ルートス自身には然程ダメージは無かった。これ程吹き飛ばされてはいるがそんなのこれまでにもよくあった話である。


「……ところでツキミのヤツはどこいったんだろう?」


 そう呟いたのもつかの間。空の中心に輝く光の点が一瞬で近付いていき、ルートスの顔面に直撃した。あの光の点はツキミだったのだ。顔を手で覆うルートス。ツキミは海面に落ちたおかげでようやく燃えていた火を消す事が出来た。ツキミは海面に浮かびながら痛そうにおしりを手で撫でていた。実を言うとこのツキミも、ルートス同様大きなダメージは受けていない。もちろん、とても熱かったしおしりは痛くてたまらなかったが。

 ルートスは起き上がるとツキミを両手ですくい上げた。ツキミはそれにも気付かないくらいおしりを気にしていた。ルートスはその姿を見て笑い出した。なんというか可笑しくてつい笑ってしまったのだ。


「よっほど叩かれたようだな。後で痛み止めのクリーム買って塗るか?」

「ううう、うるせー。あのヤロウ、執拗におしりばかり叩きやがって。許さんぞマジで」


 ツキミは立ち上がった。目立ったダメージは叩かれたおしりだけである。ここからは反撃の時間だ。

 ルートスとツキミは海を出て、氷の大地に降り立った。その頃になってツキミも寒さで体を震わし始める。そこにタロが現れた。空から猛烈なスピードで飛んできた炎の柱は火の玉となってルートスの前に降り立つ。火の玉がオーラへと姿を変えるとタロの体が目視出来るようになった。タロが降り立った途端、氷の大地は湯気を出して蒸発を始める。温度の違いは波風を起こし始めた。氷の大地は裂け目が入り、自ずと揺れ動く。ルートス達とタロの間にも裂け目が入り、両手の位置は勝手にズレていくがお互いの視線は変わらなかった。


「まだまだやる気のようで安心したぜ。この程度で音を上げられたんじゃカッコ悪過ぎるからなぁ。特にそこのチビ助。俺におしりペンペンして屁をこいた礼はたっぷり取らせてもらうぞ」

「そんなにムカついたのかよ。やっぱり効果絶大だな。だったらもう一回やってやるか」


 するとルートスが止めに入った。


「もう止めとけよ。後ろで見てたけどなんというか、見てたこっちが恥ずかしくなってたぞ」


 そうルートスが告げるとツキミは急に顔を赤らめて叫んだ。


「なんだよそれ! そっちがやれって言ったんじゃないか!」

「いやまぁ、そうだけど。なんか笑えてきてさ」

「……」


 ルートスにそう告げられてツキミはやるせない気持ちになった。無言のまま、ルートスの顔をボコボコと殴り始める。ルートスはまぁまぁとなだめつつ、身を引いてかわしていた。やがて二人は勝手に追いかけっこを始めた。タロと対峙していたのをそっちのけだ。二人の自由気ままな様子にタロは憤慨した。こちらを無視してふざけている。そんな余裕があるのか。本気で攻撃したわけでは無いし、二人が致命的なダメージを受けてない事などわかっていた事であるが、目の前で起こされた態度にタロは激怒した。

 タロは血相を変えてルートスとツキミに殴りかかった。二人は同時にそれをいなして、放たれた拳を地面に向ける。その時の衝撃で氷の小惑星は弾け飛んだ。

 小惑星がバラバラに砕かれ、三人は宇宙空間に放り出された。そこで三人は壮絶な打ち合いを始めた。それは傍から見れば人間同士の喧嘩、武器を持たない素手による殴り合いだった。格闘術とかそういう上級な技は使っていない。力に任せた殴り合いだ。しかし強大な力を持つ三人による殴り合いは星を砕き、空間を割く。ブラッドジェルを手にし、神に近い力を身に着けた者同士。しかも片方は深淵の君の血を継いでいて、もう片方は太陽に住まう龍である。ただの殴り合いも星々を湧き立てる威力であった。

 しかし当人達からすればやってる事はただの殴り合いである。相手を殺すつもりで拳を振っている。獣であれば噛み付いたり、蹴飛ばしたりといったふうに。相手が死ぬか降参するまで、三人は殴り合いを続けるのだ。

 ちなみにツキミ一人だけが群を抜いて小柄なのでツキミはルートスの補助をしている形である。連携が取れている……かは疑問が残り、たまにお互いの動きを邪魔してしまっている。しかしこういう打ち合いの最中となると相方に文句を言う余裕は流石に無いようだ。

 打ち合いが続いても三人は一切息を乱していない。まだまだ戦いは始まったばかりだ。タロが口から不意に炎を吐き出した。ルートス達はそれを防ぎ、距離を取った。お互いの位置が離れて仕切り直しとなる。するとタロはこの殴り合いを楽しんでいるかのように微笑みを浮かべた。


「こういう喧嘩というのは長い歴史の中でよく見てきた。時には餌を争い、時には女を争い、あるいは宝を争い。獣同士の喧嘩も人間同士の喧嘩も見てきた。一度こういう喧嘩してみたかったのだ。飲み込んでしまえばそれでおしまいだからな」


 タロの言葉というよりは龍の言葉である。龍にとってはこの戦いは遊びなのである。わざわざタロの体を使って、遊びに興じているのだ。それに飽きてきたらタロの体も、目の前にいる二人も飲み込んで終わりにする。ブラッドジェルも手に入る。龍はまだ飽きてはいない。もっとこの戦いを続けたがっている。


「俺も喧嘩は好きだけどこう、単調だと飽きてくるな。なんか武器とか使ってこないのか?」


 ツキミもウンウンと頷いている。


「武器か。刀とか棍棒とか……別に造ってもいいが。折角だからもっと大きいものでやろう」


 タロがそういうと片手を頭上に掲げた。すると太陽を公転していた小惑星達、岩石達がタロの頭上へと集まってきた。タロが手をひねるとその岩達は自ずと削り取られていき、星サイズの棍棒だったり、ショットガンのようなものへと姿を変えた。


「まずはショットガンかな」


 ルートス達に向かって手を向けると、ショットガンの形をした岩石の塊が自ずと動き始めてその銃口がルートス達の方に向いた。次の瞬間が引き金の部分が勝手に動き、銃口の部分から弾丸の形をした無数の星々がルートス達に向かって飛んでいった。とても凄まじいスピードだ。ルートスとツキミは反応出来なかった。バカみたいに大きな岩石の塊はルートスとツキミに衝突し飛んでいく。しかしルートス達の体は粉々にはならない。その場で踏ん張り、逆に弾丸を粉々にしてしまった。

 次にタロは棍棒を振った。しかしショットガンの弾を模そうが、棍棒を模そうが大きさが違い過ぎる為、ルートス達から見たらただの星が飛んできているだけである。ルートスは棍棒を破壊しようと手を伸ばす。しかしそれより先にツキミが飛んでいって頭突きで棍棒をふきとばした。お互いが触れた直後、体からエネルギーの圧を出して粉々にしたのである。

 ルートスは言った。


「今の俺達にはその程度の攻撃は通用しないよ。昔はそうでもなかったが、ブラッドジェルを集めすぎて強くなりすぎちゃったみたいで、ね」


 するとタロはこう返した。


「随分と調子に乗った台詞だな。だが、そんな言葉はすぐに出せなくなる」


 タロは手をルートス達に向けた。すると体から炎がふきでてタロの腕を伝って掌に集まっていった。やがてそれは形を変えていき、小さな石ころへと姿を変えた。ルートス達は意味がわからず困惑している。するとタロは言った。


「俺が言いたいのはつまりこうだ。生意気な事言ってると後で恥をかく事になるから口は慎め。身のためだ」


 ルートスとツキミは笑った。


「そうは言ってもさっきからあんたがいくら攻撃したところで俺達はてんでダメージを受けちゃいないよ。見た目がダイナミックなだけじゃないか。なぁ?」

「おしりを叩かれたのは痛かったけどそれくらいなもんだ。拍子抜けだね!」


 ルートスとツキミは顔を合わせてそう呟く。タロは不気味な笑みを浮かべると、先程造り上げた石ころをルートスに投げ付けた。ルートスは先程やったように石ころを破壊してやろうと拳を突き出した。

 ドッ!

 鈍い音と共に傷ついたのは石ころでは無くルートスの拳だった。ルートスの拳の皮膚が剥がれて血が流れる。ルートスは痛そうに拳をもう片方の手で抑えた。少し驚いたような表情だ。ツキミも同じ顔をしている。


「今の石ころの強度。さっきの星で造った弾丸やら棍棒がそれくらい硬かったなら、お前ら死んでたな」


 タロもとい、龍の力はルートスの体を傷つけるだけの力を持っていたという事である。星を壊せる程の力を持つ者同士の戦いだからこそ起きる事だ。

 タロが両手を上げるとそれぞれに刀が生成された。これは先程の石ころよりも硬く鋭い刃である。つまりルートスの体もツキミの体も一刀両断にする事が出来るというわけだ。

 ルートス達もその事を察したようだ。最初の余裕など表情から消え失せている。


「今からちょっと本気で斬りにいく。頑張って逃げるんだな」

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