赤い龍のブラッドジェル
その日、ルートスとツキミはとある星の丘にポツンと建っていた家を訪れていた。誰がこんな場所に建てたのか知らないが、その建物には電気があり、ガスもあった。料理をするための材料も器具もあった。そこは過去にルートス達のような星の旅人が使っていた休憩所だ。ルートス達はそうとは知らずに勝手に家に訪れて、利用させて貰っているのだ。
ルートスは椅子に座り、料理が出来るのを待っていた。料理を作るのはツキミである。ツキミは人の手サイズの体長しか無いが、自分よりも大きなフライパンやら包丁やらを軽々と手に持ち、そして器用に料理をしていた。そんな彼女が作っているのは目玉焼きと味噌汁である。炊飯器で炊いた米は既に保温状態だ。目玉焼きと味噌汁が出来しだい、椀に盛って食べるだけである。
「……ふう。ツキミちゃんよ、まだ出来ませんかね? こちとら半日くらい、こうして座っている気がするよ」
「そんなに早く食べたいならそのデカい図体を少しでも動かして、早く料理が出来るようにして欲しいものだね」
「やだわ、めんどくせー」
ルートスはテーブルの上に頭をゴツンと置いて動かなくなってしまった。するとツキミは調理場に置いてあった小さなナイフ(ツキミから見れば自分よりも大きなナイフ)をルートスに向けて投げつけた。それはルートスの目の前のテーブルの上に刺さり、ピンと立った。刺さった直後は大きくしなってルートスの顔にぶつかった。ルートスはびっくりして両目を見開いていた。
「次文句言ったら、その目ン玉くりぬくからなこのヤロー」
ツキミはフン! と吐き捨てると再び調理場を視線を向けた。
「俺の目玉を焼いて目玉焼き作るか? 洒落にならんぜ。へへ……」
そうして出来上がった料理を食卓に並べると二人は黙々と食事を始めた。ルートスは椅子に座り、箸を使っている。ツキミは皿の横に足を伸ばして座り、小さな箸を器用に使って食べている。ツキミは小さい体であるが、ルートスと同じくらいの量を食べている。体の体積を超える量をどうして軽々と食べられるのかはルートスも、ツキミ自身もよくわからない謎の現象である。ツキミ曰く、腹いっぱいになるまで食うのみとの事だ。
食事をしている間、二人は次の行く先をどうするかについて議論を始めた。ブラッドジェルはルートスのポケットの中に一つ入っている。ブラッドジェルから力を得るためには何らかの方法で体に取り込む必要がある。だからこうして持っているだけではあまり意味は無いのだ。しかしルートスが体に取り込む事もせずに残しているのは、それが他のブラッドジェルの場所を示すからだ。この星に立ち寄ったのも元々はブラッドジェルが反応を示したからである。この星の近くに他のブラッドジェルがあるのだ。
ルートスがテーブルに置いたブラッドジェルは青い光を点滅させている。まるで心臓の鼓動のようにピカ、ピカ、と。他のブラッドジェルのもとに近付けば近付く程、光の点滅はより早く強くなっていくのだ。ブラッドジェルがある場所というのは星の地下深くのコアに沈んでいるか、運良く表面に出ていて洞窟の中や海底に沈んでいるか。はたまた人間や獣がルートスのように身に着けているか、体に取り込んでいるかだ。ただ置いてあるだけならそれを拾えば良い話だが他人が持っていた場合は取り合いになる。戦闘である。ルートス達はこれまでも何度も戦闘を繰り広げてきた。戦いに勝って見事ブラッドジェルを手に入れる事もあれば、戦いに敗れてブラッドジェルを奪われたり、殺されそうになって、少しカッコ悪いが死物狂いで逃げたり、と色々だ。この星の近くにあるブラッドジェルは果たしてどう転ぶのだろうか?
「久し振りの美味い飯だ。たらふく食って、一眠りしたら出掛けよう」
ツキミは口を頬張りながら呟いた。するとルートスはブラッドジェルを手で持ち、見上げながら言った。
「まぁ、急がなくてもいいんじゃないか? どうせ逃げるものでも無いし」
ちなみにブラッドジェルというのは大きさは様々であり、ルートスが手に持っている物はビー玉くらいの大きさでボコボコとした球体の形をしている。中には人より大きな岩石程の大きさもあるのだ。そういったブラッドジェルをどうやって取り込むのかは追々分かる事である。
「……どうだツキミよ。二人で風呂に入らんか? 体、磨いてやるよ」
ツキミはブフッ! と口の中の物を吹き出した。しばらく咳き込んでいたが水を飲み、体を落ちつかせると、こう返した。
「そうだな。うん。……入っちゃうか!」
「やったぜこれ。泡だらけにしてやるからな」
「たらふく食べた後に入ったらお互いに死ぬだろうから時間置いてにしような。前みたいに温泉で吐きたくないからさ」
「そうだな。あれはグロかったな。あんな思いはしたくないぜ」
一般的な男女であれば恥じらうような場面であるのだがこの二人は物心ついた時から戸惑いも無く共に入浴したり共に寝たりする間柄である。この入浴も二人にとってはちょっとした戯れ合いのようなものだ。
二人は食事を終えて腹が落ち着いた頃になると湯を沸かして風呂の準備をした。準備が出来ると二人は素っ裸となり、持ち歩いている石鹸を手に浴室に入った。
二人は昔から入浴するのが好きだった。星を渡る途中、温泉等があればほぼ必ずそれに入る事になる。ちなみに二人はとてつもなく力が強い。ブラッドジェルを取り込んだ影響もあるが元がとても強かった。数十人の、武器を持った人間に素手で立ち向かい勝利するのは当然である。手からエネルギーをレーザーのように放ち、山を抉る事だって出来るし、その気になれば惑星を一つ粉々にする事も出来る。そんな二人が戯れ合うのだ。見方によっては取っ組み合いとも取れる内容。力のある二人が取っ組み合いを始めようものなら温泉なんて簡単に壊れてしまう。だから二人はいつも力を抜いて、はしゃぎすぎないようにするのだがつい、夢中になってしまう事が多々あるのだ。それが浴室という狭い場所であれば尚の事。そもそも入浴とは体を洗ってリラックスする為の場所であり取っ組み合いをする場所では無いのだが。
「ルートス、ここは狭い。小屋を壊したくは無いから落ち着いて入ろう」
宙に浮かびながら、湯気に包まれるツキミは呟いた。ルートスは手にしていたタオルをツキミの頭に被せた。タオルはツキミの体よりも大きい。ツキミはタオルに覆われて、まるでタオルが空中でひとりで浮かんでいるようになった。ツキミは慌ててタオルを退かすが、そこにルートスは石鹸を手にした手でツキミを掌打した。ツキミはそれを受け止めた。
「この小屋が壊れたところで、他にもたくさんあるだろ?」
「マジかよお前……。なるほどね」
石鹸の裏からツキミは顔を出した。
「それじゃあお前、これからおっ始めて構わんと言うんだな? ボク、手加減しねぇぞ?」
「こないだは負けたが今回は俺が勝たせてもらう。行くぞこのチビ助!」
と言った様子で二人の取っ組み合いが始まった。どちらが先に一つの石鹸を手にして相手を泡だらけにするか、といったものであるが勝負の過程を書いてもしょうが無いので割愛する。因みに今回もツキミが勝ったようである。ツキミは体が小さくすばしっこいのでこの手の勝負はツキミの方が有利なのである。
今回の勝負で奇跡的だったのは浴槽が壊れて周囲が水浸しにはなっても小屋は吹き飛ばなかった、といったところだろうか。二人はタオルで体を拭きつつ、浴室から出てきた。ツキミはのぼせた様子でルートスの頭に乗っている。ルートスは悔しそうに顔を歪ませている。二人はそのまま、調理場の所へ向って水を飲み始めた。部屋の隅で二人とは違う物音が聞こえているがのぼせている二人にはその音は耳に届かなかった。
「畜生。狭い所で飛び回られたんじゃ勝てっこ無ぇよ」
「ふー、ふー。ステージのせいにするな。お前がのろまなんだよ」
「……くそったれが。握り潰してやろうかな」
「ははは。ほれほれ来てみろのろまのろま!」
ツキミは飛び上がるとルートスの前でちょこまかと動き始めた。ルートスは頭に来てツキミを捕まえようを手を伸ばすが簡単に避けられてしまう。ルートスの足はおぼつかず、テーブルに当たって盛大に転んでしまった。
「ふはは! ダッセぇ!」
ケラケラとツキミは笑い出す。ルートスは元々赤くなっていた顔を更に真っ赤にさせた。
「許さねぇ……。絶対に吠え面かかせてやるぞぉっ!」
二人は服を着るのも忘れて、小屋の中を走り回った。ちなみにツキミは自由に空を飛べるのだがルートスは空を飛ぶ事が出来ない。あくまで地面に足をつけて走るだけである。飛び回るツキミを捕まえようとするのはまるで、飛び回るハエを叩き落とそうとしているが如くであった。ルートスはどこからともなく取り出したハエ叩きを手に、ツキミ目掛けてぶん回した。ツキミは一瞬冷や汗をかきつつも華麗にそれをかわした。ツキミものぼせていて判断力が鈍っているはずなのに中々の身のこなしだ。
「ちょっと待てや! 武器使うのは反則だろぉ!?」
「やかましい! 勝てば良かろうなのだ! 覚悟しやがれ!」
「体デカいくせに武器まで使うなんてなんて卑劣なヤツなんだ! 良いぜ、来いやっ!」
ブンブンブン! ルートスのハエ叩きはいずれも空振りをしていた。ツキミも必死になってかわしている。ハエ叩きの先はしなっていてとても凄まじいスピードだ。あんなのに叩きつけられたら痛いなんてものじゃないだろう。ツキミは恐怖心にかられながら逃げ回る。壁際に追い詰められるとルートスの股の下を潜って反対方向へ。椅子の下、シンクの中や棚の中に隠れたりしつつ、絶妙な逃げ足だ。空振り動きが止まるルートスの足を蹴飛ばし、ルートスは尻餅をつく。痛そうに尻を手で抑える様を見てツキミはつい笑ってしまう。するとルートスは更に怒って鬼のようなけんまくでハエ叩きを振り回すのだ。
遂にハエ叩きは二刀流となった。右手と左手から繰り出すハエ叩きの音がビュンビュンと小屋中を吹き荒れる。テーブルやら床やら家具やらがバチンバチンと叩かれて傷付いたり、皿が割れたりするがお構い無しだ。再度壁に追い詰められたツキミは再び、ルートスの股下を潜り抜けようとするが、ルートスはその動きを事前に察知した。
両の手から振り下ろされるハエ叩きはツキミの背中を捉えた。バチンッ! 手応えあった。鋭い音と共に背中を叩きつけられたツキミは甲高い悲鳴を上げながら吹き飛ばされていった。
「ハァハァ、どうだ」
ルートスは一息付く。その後一瞬の静寂の後にツキミが悲鳴を上げながら飛び上がった。
「痛っってえぇえええ!!!」
赤く腫れた背中を両手で抑えながら、ツキミはがむしゃらに小屋の中を走り回った。痛みが引いていくまでひたすら駆け回った。ルートスから逃げていた時の数倍はあろうスピードはルートスの目に追えない程であった。
「あああっ!! うわああああ!!」
涙と鼻水を噴き出しながら駆け抜けるツキミの姿に、ルートスはふと我に返り、やりすぎたかなと、一瞬反省するもののこれは挑発してきたツキミの自業自得、因果応報であると自分に言い聞かせた。走り回るツキミを他所にルートスはせっせと服を着てちらかった家具の片付けを始めた。
そんな時、ツキミは何かにぶつかりそのまま地面に倒れた。
「痛いよ痛いよ……」
しゃっくりを上げながら泣いているツキミのすぐ側にいたのは、二人の見知らぬ獣人であった。人を狼にしたような姿で衣服等は身に付けておらず全身が赤い毛で覆われている。その獣人はちょうど身を屈めていたようで、床に伸ばした手にツキミがぶつかったのであった。
ツキミは泣きべそをかきつつもその獣人の姿に気付いた。そして目が合う。次に獣人が伸ばした手の先に目をやるとそこにはブラッドジェルが握られていた。
状況を理解するのに遅れて沈黙するツキミに対し、獣人は手を振った。
「それじゃ、ごきけんよう。さよなら」
獣人が駆け出すのとツキミが飛び上がるのと、ルートスが獣人に気付くのはほぼ同時であった。ルートスが駆け付けた頃には獣人は小屋の扉から抜け出た後であった。
「ど、ドロボーだーっ!!」
「何してんだツキミ! 追い掛けろ!」
「任せろい!」
ツキミは背中を抑えながら獣人の後を追って飛び出したがすぐに戻ってきた。そして照れ臭そうに顔を赤くしながら手を伸ばした。
「そういや、ボク服着てないや。服ちょうだい」
ルートスはいつものレオタードをツキミに手渡した。ツキミが一瞬で着替え終えると二人は一目散に獣人の後を追った。
獣人はかなりの素早さであった。ブラッドジェルの力で身体能力を上げているような身のこなしだ。一度地面を蹴る毎に数メートルは前進するのだが、それを凄まじい速さで繰り返すのであっという間に目視出来なくなってしまう。加速が凄まじい。しかし問題は無い。生命というものはその体に生命力を宿している。エネルギーといえるものなのだが、ルートス達はそれを目視したり臭いで感じたり、第六感で知覚する事が出来る。それがブラッドジェルで強化した生命力の持ち主であれば例え、星の反対側にいようが隣の星にいようがおおよその方向はわかるのだ。
「あっちだ」
「わかってらぁ!」
ルートス達は相手の姿を視界から失っているが相手が放つ生命力の出処はハッキリと捉えていた。後はそれに追いつけるかだ。ツキミは自身の力をルートスに分け与えた。するとルートスもツキミのように宙に浮かび始める。こうする事でルートスも空を飛ぶ事が出来るのだ。
「逃さんぞあの毛むくじゃらめがっ!」
二人は地面すれすれを飛行しながら獣人を追い掛けた。
ルートス達がいるこの星は人のいない岩だらけ小惑星だ。一般的な岩石惑星よりも小さな星である。所々に大きな山や谷底がたくさんあるが。地球のように海がないので山頂と谷底の間は地球のそれよりも何倍も大きい。しかし獣人は凄まじい速さで山を駆け上がり、谷を飛び越えて走り抜けた。ルートス達も全力で追い掛けているのだがそれでも追い付けない。なるほど、これは強敵である。
ここで作戦を変更する事にした。ルートスはツキミにこのまま追い掛けるように告げた。ルートスは反対方向に飛んでいくというのだ。この小惑星をぐるりと回り込んで獣人を挟み撃ちにする計算だ。
ツキミは作戦の意図を理解し力強く頷いた。そしてルートスは足を止めて反対方向に飛んでいった。
それから数時間が経つとルートスの計算は見事に当たった。ルートスの前方、はるか彼方の地平線の上に、かすかに見える獣人の姿。獣人は真っ直ぐルートスに向って走ってくる。ルートスはしてやったりといった顔でニヤリと笑った。更にスピードを上げて行くルートス。獣人がルートスの姿に気付いた時には既にかなりの接近を許していた。まだ距離的にはずっと遠いのだが彼等のスピードであればもう目と鼻の先といった様子だ。
「とっ捕まえたぜ毛むくじゃらがよぉ〜!」
ルートスとツキミは一斉にスピードを上げる。獣人が囲まれたと気付いた時にはもう遅い。急ブレーキを掛けて止まった頃にはすぐ後ろにはツキミが、すぐ前にはルートスが迫ってきているのだ。しかし獣人は余裕の表情を変えなかった。
「はっ、バカめらが!」
捕まるギリギリまで止まっていた獣人だったが次の瞬間、獣人は空高く飛び上がった。瞬く間に宇宙の彼方へと飛んでいく獣人。獣人は星を渡る力を持っていた。初めから飛べたのだ。それもそうであろう。宇宙船も無しにこんな辺境の小惑星に来れる者など星を渡る力を持った人間か神くらいしかいないのだ。
さて、獣人が急に空に逃げたものだからルートスとツキミは獣人を捕まえる事は叶わない。それどころか待っているのはお互いに正面衝突するだけだ。二人は全力で飛んでいたので急ブレーキなんてとても出来ない。獣人が空に逃げた時から二人はお互いにこれから襲ってくる現実を理解した。
ごっつんこ。二人は頭と頭を勢いよくぶつけた。お互いに石頭なのかは不明だが頭が割れるなんて事は起きなかった。しかし二人は正面衝突してからその場に倒れる事しか出来なかった。「畜生」「イタイ」等とお互いに呟くのがやっとの二人はそのまま気を失ってしまった。
ルートスが目覚めたのは何も無い白い空間の上だった。ルートスはすぐにここが夢の中であると理解した。何故ならこの夢を見るのは初めてでは無いからだ。そしてこの夢を見た時には確実にあの人物が姿を現すのだ。ルートスは立ち上がるとその人物の姿を探して辺りをキョロキョロと見渡した。すると地平線の彼方に人影が見えた。その人影に気付き注視した時には既にその人物がルートスの目の前に移動していた。
腰まで届くような長い白髪に白い瞳をした少女。ルートスよりずっと小柄で華奢な細い体つき。人間で言うならまだ一桁の年齢のような、とても小さな容姿。幼児のような顔で胸も平らだ。極端に丈の短いワンピースを一枚身に纏う。靴下や靴は装備せず裸足。太腿の殆どは露出している。丈が短いものだから、簡単に下着の黒い紐パンが見えてしまう。ルートスは幼い頃から彼女の姿を見ているがいつも彼女の腰から下の方に目が行ってしまうのである。それを彼女は面白がって更に見せびらかすものだからもう歯止めが効かない。
彼女の名はレイといってルートスのご先祖様にあたる人物だ。ルートス達とは次元の違う、一線を画す存在。そしてこの世界の神と呼ばれる者の一人である。神としての名は深淵の君。無上地獄に閉じ込められている魔神である。ここにいるのはクローンという別の姿であって本来の力には遠く及ばない。彼女はルートス達がブラッドジェルを集めて力をつけてほしいと思っている。
「ご先祖様、やっぱりいましたね」
ルートスは少しの下心を抱いてヘラヘラと笑いながら呟いた。するとレイは上機嫌にピースをした。
「やあやあ。元気にしてるかい? 仲良く頭ゴツンとしてる所、見えたよ。ヘマしちゃったね」
「そんな事よりもご先祖様はなんでそんなに丈の短い服を着てるんですか? ……もしかしてそういう趣味なんですか??」
ルートスは彼女と会うと決まって同じ質問をする。レイは笑みを浮かべて、ルートスをからかうようにその体を指で突いた。
「そんなに気になっちゃう?」
「気になります。もうあんな赤い狼なんざ関係無ぇ。知らんわあんなの」
「ほれほれ。ホイホイホイホイ」
レイは自らワンピースの裾を掴んで下着を見せつけてきた。ルートスは驚いて身を屈めるがレイは空に浮かびながら、笑いながら裾をパタパタさせていた。
「見たいならいくらでも見せてやるよ。ほれほれ」
「もう最高……」
ルートスが気味悪い顔で笑っていると突然ツキミが現れてその顔にゲンコツをお見舞いした。ルートスは鼻を手で抑えてその場でうずくまる。
「ご先祖様! 突然現れて、現れる度にそういう事しないでくださいよ! なんというか、ダメだと思いますよそういうの!」
ツキミが懇願するように叫ぶとレイは興醒めしたようにたくし上げたワンピースの裾を離した。そしてツキミの前まで降りてくるとその頬を指で突いた。
「君に免じてこの辺にしてやるよ。ルートスと仲良くやってるようで何よりだ」
「ハエ叩きで背中、叩きつけられましたけどね」
するとルートスが鼻を抑えながら起き上がった。鼻からは血を流しておりとても痛そうにしていた。その様子を見てレイはまた面白いと思ったのかニンマリと笑った。ルートスは冷静さを取り戻していたのでそれほど気味の悪い顔にはならなかった。
ちなみにルートスの相棒であるツキミもレイの事をご先祖様と呼ぶのはちょっとした複雑な理由があるのがそれは後程。
「と、ところでご先祖様。今日は何の用事があって現れたんでしょうか?」
ルートスが問うた直後、レイの姿はルートスの肩の上にあった。いつの間にかルートスに肩車してもらっている状態になっていたのだがルートスは重さも何も感じ取る事が出来なかった。肩車されている事に気付かずに周りをキョロキョロしていると肩の辺りからの太腿が垂れている事に気付いた。直後、レイが口を開いて初めて状況を理解する。
「あの赤毛の狼男の事さ」
「ひゃい!?」
ルートスは間の抜けた返事をした。話の内容を耳に入れる余裕なんて彼には無かったが、レイは構わず、ルートスの髪を弄ったり顔をペタペタと叩きながら言葉を続けた。
「あいつにブラッドジェル奪われて、大変だろ? あいつが逃げた先、教えてあげようと思ってさ」
次の瞬間、ルートスとツキミの頭の中にあの赤毛の狼男の逃げる様子が、まるで目で見ているかのように映像として流れ込んできた。狼男の表情や息づかいまでハッキリと感じ取れる程精細だ。狼男は何やら鼻歌を歌っているようだった。
「いいかい? あの赤毛は君達がいた星を周している、すぐ近くの太陽に向かっているんだ。そこには真っ赤に燃える龍が住み着いている。そいつもブラッドジェルを持っているよ」
レイがそう言うと、その言葉の中に出てきた太陽と思わしき姿が映像に映し出された。太陽の周囲にはプロミネンスというプラズマの波が飛んでいる。ただしそのプロミネンスがこの映像にある太陽の場合は龍の姿をしているのだ。龍は自ら意思を持ち、太陽の周りを飛んでいる。たまに太陽の中に入り込んではエネルギーを蓄えているようだ。それを外に出ては全身から放出する。放出したエネルギーは近くの惑星を燃やして宇宙空間のチリやガスを吹き飛ばしていた。
ルートスとツキミはその様子を見て感嘆の息を漏らした。わぁお! と思わず言葉が出た。
「ちなみにあの毛むくじゃらの名前はタロって言うそうだよ。そういう事だから二人共。行ってこーい」
レイが笑いながら、ルートスの頭を叩く。同時にルートスは視界がぼやけて意識を失った。
ルートスとツキミが目覚めたのは同時だった。二人が正面衝突して気絶していた状態から目を覚ました。二人は先程まで同じ夢を見て共有していた。神のお告げ、天啓と言えば聞こえが良いがルートス達からすれば電波を受信して夢で見た程度の事である。
「ルートス、行くぞ!」
ツキミはルートスに立ち上がるようにせがむ。ルートスは立ち上がるがいまいち力が入らないようだ。
「俺、ずっと夢の中にいたかったんだけど。そしてなんでお前毎度邪魔するの?」
ルートスは心底、気を落とした様子で溜息をついた。ルートスはこういった夢を見ると大抵、夢から醒めた時は落ち込んでいるのだ。
「何言ってんだ! ずっと寝てるわけにはいかんだろ! 夢なんていつでも見れるんだ行くぞほら!」
ツキミに背中を押されながらルートスは空を飛んでいった。大気圏を抜けて宇宙空間を横断する。空気は無いが二人にとってはへっちゃらだ。目指すは彼方に見える太陽。太陽というのはとてつもなく大きくて、惑星が数百個くらい詰められる程大きいのだが、地上から見える太陽はずっとずっと遠くにあるので見た目はビー玉のように小さく見える。ルートス達が宇宙空間から見えている太陽もとても小さい。ここからあの太陽までとてつもない距離がある。
しかし二人が全力で飛んでいけば数分で行ける距離である。赤毛の毛むくじゃらと追いかけっこした時のスピードでは数分での到着は無理であるが、二人には星間移動する時には奥の手があるのである。その奥の手とは体力的に負担が大きい為になるべく控えているのだが星間移動の際はそうは言っていられない。
「ゴーゴーツキミ! 青髪になってぶっ飛んでいくぞ!」
「イケイケドンドンだな! みなぎってきたぁ!!」
ハイテンションの二人。ツキミはルートスの周りを回転し始める。二人の力が共鳴して倍増していく。二人は水色の光りに包まれた。ルートスの髪と瞳がツキミと同じ水色に変化する。二人の本気モードだ。宇宙空間を横断する青い光の帯はまるで青い流星のようだった。
二人の移動スピードは宇宙船のそれをはるかに超えて光速以上に到達する。これまで集めたブラッドジェルの力も合わさり、神に近い力を手にした賜物だ。質量のある物体が光速以上の加速をする事は不可能であるとどこかの物理法則の話をする際にはよく聞くのだが、ハッキリ言おう。この世界ではそんな話は通じない。
光速云々は置いといて、とにかく今の二人はとんでもない速さで移動しているのだ。目指すはオレンジ色に輝く火の玉、太陽。一直線に飛んでいく。
凄まじい速さで移動し、近付く程、みるみる太陽の大きさが大きくなっていく。太陽の周囲を走るプロミネンスがハッキリと見える。夢の中で見た映像のままだ。あのプロミネンスは太陽そのものがすっぽり入ってしまう程のリングが出来るくらいに大回りに飛び回っている。映像でも見た通り、あのプロミネンスの正体は太陽に住まう赤い龍だ。レイの話によればその龍もブラッドジェルを持っているという。ルートスのブラッドジェルが反応していたのはおそらくこの龍の持つブラッドジェルであろう。
一石二鳥。ブラッドジェルは別のブラッドジェルを引き寄せる。互いを求めているかのように。ルートスとツキミはニヤリと口角を上げた。赤い狼と赤い龍をまとめて叩き潰し、ブラッドジェルを手に入れるのだ。そうすれば二人は更に強くなれるわけだが二人はその戦いそのものも楽しんでいる。
星々を巻き込む戦いがまさに起こらんとしていた。
いいねとブクマと感想お願いします!