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ヘテロクロミアの魔眼騎士  作者: 礼(ゆき)


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45/50

45:毒の霧

「俺は決めたんだ。デュレク、お前を守ると……。お前だけは、誰の手にもかけさせないと。そのために、俺は理想の兄に徹した。俺が目立てば目立つほどに、大人たちの目は、デュレクから離れた。

 たびたび、お前の粛清は話題に上った。それはまるで、飼っているひな鳥の首を絞めるように、いつでもできることのように語られていたんだ。

 俺がいなければ、お前はとうの昔に、屋敷で殺されていたことだろう。

 いいか、その中で、俺は、あらゆることをこなす俺は侯爵家の理想的な跡取りになった。多くを聞き、聞かなかったことにし、生きてきた。

 これが意味することが何か、分かるか、デュレク」


 兄の言葉を受けながら、デュレクの心は濡れそぼる。

 

(俺だけじゃなかったのか。あの屋敷で人として扱われなかったのは……。俺が逃げた果てに、兄貴は……)


「デュレク。あの屋敷にはな。お前だけでなく、俺さえも、はじめからいなかったんだよ」


 兄の弁に黙って耳を傾けるデュレクは眉間に皺をよせる。


「お前は平民として大人になり、騎士でも文官でも、平民として門戸が開いている進路にすすめば良かったんだ。どうして、俺の手が届かない地へ行ってしまったんだ。魔眼が開眼しなければ、お前は前線で死んでいただろう。勝手に死ぬな。勝手に消えるな。俺一人をあの屋敷に残して、消えてくれるな」


 兄の叱責に耳を傾けるデュレクは、暗澹となる。

 デュレクはデュレクであり、兄は兄だ。

 まったく違う人間なのだ。


 デュレクは兄に頼って生きてきた。あの家で、デュレクを人として扱うのは兄しかいない。兄がいなければ、デュレクは人間になれなかったと言っても過言ではない。

 言葉も、感情も、すべて教えてもらった。年端もいかない子どもに親代わりをしてもらい、生かされた。

 

 思い違いをしていたのは、デュレクだけが兄を頼っていたと思っていたことだ。

 デュレクが頼っていた以上に、兄もまた弟を頼っていた。

 その頼り方は、デュレクより、いっそう重い。

 

 デュレクは、兄に頼っている自覚があったからこそ、前線へ赴いた。

 あの頃は、立派な兄に一方的に寄りかかっていると意識し、このままではいけないという焦燥感もあったろう。兄からの自立。目指したのはそこであり、家から捨てられた自身の命を粗末にした結果でもある。


 そして、デュレクは成長し、兄だけが取り残された。あの家に囚われた兄は、役割を強要され、自我を殺した。求められるをこに応えるだけで何者にもなれず、ひび割れた土台は今にも崩れそうな未熟さを抱え、体だけが大人になったのかもしれない。


 自立したいデュレクが旅立つことを責められようか。

 家にからめとられた子どもが逃げ出せずに、壊れていくことを責められようか。

 長い年月に堆積した膿は黒々しい。


「俺はお前に手を差し伸べている時だけ、人になれる。

 人間とは、かくあるものだという、あり様を体現できた。

 俺にとって、デュレク、お前に手を差し伸べている時だけが、生きている一時だけだったんだ。なのに、お前ときたら、なんで勝手に前線に行ってしまうんだ!」


 頼れる兄をギリギリの心で演じた、弟に縋っていた兄。

 兄が弟を責める言葉の奥には、兄の非業が燻っている。


(兄貴だって、身勝手な発言をしている自覚……、あるんだろうな)


 苦しくて、虚しくなるデュレクは、脱力し佇む。褐色と紅の瞳によぎる憐憫。

 兄の双眸が激情に燃える。憤怒と悲哀。柄を握る手が振り上げられた。白刃が陽光を照り返す。


 デュレクは眩しさに目を細めた。

 目に光を受け、耳を傾けることにかけていたデュレクは、兄の動きへの反応が遅れた。

 殿下に連れて来いと言われている子どもも担いでいる。

 動きも鈍くなり、態勢も悪い。


(せめて、子どもだけでも守らなくては!)


 デュレクの体温が急上昇し、緊張が突き抜ける。その身体の微細な変化を感じ取ったのか、子どもの片目が薄く開いた。

 瞳が青く底光る。 


 青の魔眼が働きだす。

 子どもを中心に空間に霧が発生しはじめ、デュレクを飲み込む。周辺が霞がかり、デュレクの兄も飲み込んだ。

 

 デュレクの目の前に迫った兄の動きが止まる。手から力が抜けて、剣が地に落ちた。

 喉を押え呻く兄が崩れ落ちた。


 デュレクの片目が赤く光る。担ぐ子どもが発生させた霧は、魔眼を持つデュレクへは効力が軽減される。魔眼を持たない兄は、霧の威力を直に受けた。

 

(兄貴! このままじゃ危ない)


 再び発生した霧が広がる速さは遅い。まだ、薄いもやがかかっている程度だ。

 

 この霧を払えるのはセシルしかいない。デュレクは地に子どもを寝かせた。兄に駆け寄り、重い体躯を背負いあげる。

 ずるずると引きずりながら、子どもへと近づくと、再びしゃがみ、子どもをわきに抱えた。

 大の男を背負い、子どもをわきに抱えて、歯を食いしばり、デュレクは屋敷に向かい歩み出した。






 

 もやは御所の庭に侵入する。白い綿のような浮遊物が近寄ってきた。新たな霧の発生に、セシルは動く。女官と殿下を残し、庭の中央へと進み出る。

 見据えれば、菫色の瞳が輝きを放つ。薄く広がろうとする靄の動きが止まる。末端を消滅させながら、靄は林の中へと逃げ戻る。

 

 




 林の奥へと押し返された靄がデュレクの周囲に取り巻き、霧散する。視界は晴れて、歩きやすくなる。変わらないのは、子どもと兄の重さだけだった。


 足元が見えるよになっただけでもありがたい。

 デュレクは、その現象がセシルの魔眼の効果であるとすぐに看破する。


(セシル、セシル……。頼む、助けてくれ) 


 霧を浄化する瞳を持つ女騎士の名を、呼びながら、デュレクは林を抜けた。






 デュレクは御所の庭に出た。

 広い庭があり、大きな御所の建物を見て、安堵する。セシルが林に輝く瞳を向けており、その後ろに殿下と女官が立っていた。


 デュレクは崩れ落ちる。背負った兄を地面にどさりと落とし、座り込んだ。脇に抱えた子どもだけ、地面にそっと降ろした。


 顔をあげると、セシルが駆け寄ってくる。

「セシル!」

「デュレク、無事か!」


 凛とした声に震えるデュレクは、深く頭を垂れた。


「セシル……、頼む。どうか、兄貴を、助けてくれ」



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