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31:夕食時

 沈んだ気持ちで、部屋を出たセシルはふっと顔をあげた。美味しそうな香りが抜けていく。同時に、お腹がぐうと鳴った。

 テーブルに皿を置くデュレクが、顔をあげる。


「すぐ用意できるよ、セシル。座っててよ」

「こんな短時間に料理はできるものなのか」

「生活上、作るのに時間はかけれないものだよ。簡単な品しか作っていないからな。屋敷の料理人にと比べないでくれよ」

「料理とはそんなに簡単なのか」

「そこんとこは、缶詰を使うんだよ。野菜とか茸をありったけ入れて、だしが出たところに、味付けされた缶詰を入れるの。その辺は、そうとう適当だから、文句言われても、本当に困るからな」

「食べさせてもらってそれはないだろう」

「そうであってほしいよ」


 デュレクは台所に引き返し、セシルは席に着く。


 テーブルには大皿に盛られたスライスされたパンが無造作に積まれていた。水が注がれたコップと取り皿が座席の前に置かれ、皿の上にカトラリーが置かれている。


(雑多な置き方だな。テーブルも狭いし、こんなものなのだろうな)


 奥の窓から差し込む光りは陰り始めていた。いつの間にか、ローテーブルの上に洋灯が置かれている。テーブルの端、台所の隅にも用意され、広い家にわずかな明かりしかないおぼつかなさに、ざわつく。

 家を出たのだという、実感がぞわっと足先から脳天に突きあがった。


(やっと、やっと。私は、あの家を出たのか……)


 宿に泊まるより、深く身に染みる。見知らぬ家に佇んで、自覚が芽生える。


 デュレクが、大きな皿を片手に、さっき使った二つのマグカップを持ってくる。テーブルに置かれたマグカップには、紅茶ではなく、ごっちゃりと具が入った赤黒いスープが入っていた。

 テーブル中央に焼いた肉が盛られた大皿をどんと置く。あらびきの胡椒と塩が振りかけられている。皿と肉の間に、フォークとナイフが挟まれていた。


「これは?」

「ただ焼いた肉だよ。適当に切って、取り皿に寄せて、食べるの。マナーとか言うなよ。所詮、平民の男が作る料理なんてこんなものだ」

「言わない。いや、言えない。私の方が、なにもできないんだから」


 セシルが真顔で言うものだから、デュレクは笑ってしまう。


「俺も予防線張りすぎたよ。作ったのに、美味しくないって言われたら、傷つくからな。もし口に合わなくて、美味しくないと思っても、もうお腹いっぱいで食べれない、とか嘘ついてくれよ」

「なんなんだ、それは」


 セシルも笑ってしまう。香ばしい焼けた肉の香りが気持ちを朗らかにしていた。


 日は傾き、部屋は徐々に暗くなる。頼りになる洋灯がデュレクとセシルの半面を照らす。


 座ったデュレクが肉を切り分け始める。ナイフを入れるとじゅわっと肉汁が零れた。慣れた手つきで切り分けた一部を、デュレクは身を乗り出して、セシルの皿に乗せた。


 暗がりが増す。眼帯が顔に陥没を作っているかのように見えた。顔の目立つ位置に真っ黒い穴が開いているさまにぞっとする。


「眼帯。とらないのか? 暗くなってきて、見えにくくないか」


 デュレクは、自分の皿に肉を寄せて、ナイフを置くと、眼帯に手をかけて、するりと抜いた。机の端に置く。

 褐色の髪と片目。もう片方の、紅の瞳がオレンジの火の元に晒される。炎がチロチロと揺れ、デュレクの紅の瞳も照り輝く。


(きれいだな)


 両眼が異なる色というのも、目を引くものだ。


「食べよう」


 促されたセシルは、お皿に載っているフォークを持った。


 宿で食べた夕食より、簡素な、これが料理なのかと思うほどの品だ。肉と、パンと、スープ。


(一人で暮らすとはこういうものなのか)


 着る服も、食べる品も、部屋も。すべて自分で賄う現実。

 家から逃れたくて、憧れていたものがするりと零れ落ちてきた。


 一口では食べきれない肉がお皿に載っている。


 デュレクは大きな肉を大きな口に放り込んでそのまま食べている。

 セシルには一口で食べるには大きすぎる。切り分けて食べようかと迷ったのの、今更、行儀を気にする必要はないのだと気づく。


(ここは、屋敷じゃないんだ)


 焼いてくれた肉を刺して、かぶりついた。まだ暖かく、肉汁がじゅわっと広がる。嚙みちぎって、フォークに刺す残った肉を皿に戻した。


 咀嚼するごとに、塩と胡椒と、肉の味しかしない素朴な味が広がる。それで十分、美味しかった。

 屋敷で食べていた味とは違う。

 咀嚼するごとに、目頭が熱くなった。


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